322 村人、【天空牢獄】へと向かう。
「───で?
【深眠】以外に何か魔法名を買うかね、兄ちゃん?」
「さすがにコレ以上、コスナーさんを儲けさせるとキツいかなぁ」
「かっかっかっ、言ってくれる」
「じゃあな、コスナーさん。
さて……次は何処に───」
過去最高額の魔法名、【深眠】を購入したキュア達。
まだ所持金に余裕は有るものの、流石に使いすぎてしまったのもあって一つの魔法名だけで買物を終了、 次のイベントを求めてコスナーの魔法屋を後にしよう───として。
「……ちょっと良いかい、兄ちゃん?」
「ん?」
コスナーに呼びとめられるキュア。 こんな事は初めてなので、何事かと振り向けば……彼のその頭上には依頼の合図である 『?マーク』 が浮かんでいた。
「コスナーさん?」
「孫のケビン夫婦が居る村……覚えてるかい?
ああ……今は嫁さんの村に引っ越したんだが、あの村だ」
「もうずっと寄ってないけど、あの村は俺がこの大陸に来て一番最初に行った村だしな。
忘れようが無───
ま、まさかまた盗賊がっ!?」
キュアが【ドラゴンハーツ】で一番最初に受けた依頼。
それはコスナーの孫、ケビンの妻となったリマから結婚前に受けた物で 『恋人ケビンが住む村との間に盗賊が居着いた。 もうすぐ彼が来る予定なのだが、このままでは殺されてしまうのでは?』 という内容であった。
現実でも、討伐隊の手伝いで似た盗賊被害を見てきたキュア。
まだ当時は【ドラゴンハーツ】の事を 『職業体験アクティビティ』 だと思いこんでいたので、イベントやリザルトなどのシステム等を知らぬまま、リマを助けたのだ。
「いや、盗賊じゃないんだがよ……。
村も今直ぐどうこうって訳じゃないんだがね」
「不穏な気配がする、って感じか……」
「どんな気配なんだー?」
「あの村……西のド辺境に、【天空牢獄】ってのが有んのは知ってるかい?」
「……ああ」
【ドラゴンハーツ】を始めたプレイヤーは、この【天空牢獄】に無実の罪で投獄されたシーンから開始される。
無論キュアも例外ではなく、ココに投獄されていた。
「アソコは前に【レッサーワイバーン】っつう魔物に襲われて、今は無人の廃墟なんだが───」
「…………」
「最近、その【レッサーワイバーン】が活性化しやがったらしいんだよ」
「奴等が、か……。
だがLV一桁の雑魚なんだし、ちょっと強い戦士が集まれば……」
「一言に【レッサーワイバーン】とは言っても、ピンからキリまで居やがるんだぜ?
LV100を超える奴とかな……」
「そうなのか?」
【ドラゴンハーツ】で一番最初に戦う魔物である。 一応ボス扱いではあるが、雑魚は雑魚だ。 しかしストーリー中盤~後半に出る【レッサーワイバーン】は、それなりに強敵足りえる。
「なんせ奴等は、伝説の魔物……【ドラゴン】の手下らしいからよ」
「ドラゴン……!
───そうか、だからあの時……」
何らかを得心した表情のキュア。
彼の事情を知る朱雀は特に表情を変えず、【ドラゴン】にだけ反応したかチェンは目を丸くし、以前に聞いた話に引っ掛かったヘイストは微かに表情(?)を曇らせた。
「金ん成るかは分かんねぇけどよ……兄ちゃん、老い先短いジジイを助けると思って気にしちゃあくんねぇか?
……孫夫婦が心配でなぁ」
「分かった、俺にも思う所はある。
すぐにも【天空牢獄】へと行ってみよう」
「すまん、頼まぁ」
コスナーの頭上から消える 『?マーク』。 キュアもコスナーには世話に成っている。 協力に吝かではない。
そんな遣りとりの後に、店を出て。
「キュア、確か【ドラゴン】とは……」
「俺と共に協力して【天空牢獄】から脱獄した男、イーストン。
彼の妹、シーナ。
二人の兄妹に因縁がある邪悪、それが【ドラゴン】だ」
無論、キュアが【天空牢獄】から脱獄云々は三人共知っている。 無実の罪だという事も。
【ドラゴン】と兄妹に就いて、朱雀とチェンはその渦中に居て。 ヘイストは現実で 聞いている。
「二人、或いは【名を失いし神】に関連したイベントなのかなぁ?」
「現状では何とも……只々、【ドラゴン】もしくは【レッサーワイバーン】が暴れているだけの可能性も有るかと」
「見ないと分かんないなら、行くっきゃないかなー?」
「チェンの言う通りではないか?
コスナー店主と兄妹は無関係なのだろう?」
「そうだな、急ごう」
程度の程は分からない。
だが恩人の頼みでもあるし、キュア自身にも因縁のある相手だ。 気持ちが逸るばかりである───が。
「……すまない」
「気にするな、大丈夫さ」
マップボードには、使用出来る【扉】の位置も乗ってある。 しかし【天空牢獄】近辺には無い。 隠されているのか最初から無いのかは不明だが、【天空牢獄】へは自らの足で向かわねばならない。
しかし、本気を出して移動するキュア達三人に……ヘイストが追いつけなかったのである。
ヘイストの足は、決して遅くなど無い。 貧民街のガキ大将として駆け回っていた彼女は、常人より寧ろ速いだろう。
然れど。
空を飛ぶ、神の分身朱雀と魔人族のチェン。 アジルー村の人間から肉盾としてに険しい道のりを、幼い頃から歩かされてきたキュア。
嘗て、常人なら4~5日掛かる道程をたったの1日で突っ切った三人である。 如何なヘイストとて、本気の彼等には敵わなかったのだ。
「…………【強化】と同じ名前の癖に」
「う、五月蝿いぞ朱雀。
オマエも跳ばずに走ったら、こんな物だろう!?」
「どうする?
また俺が、ヘイストを着込もうか?」
「き、キュアの案は……却下する」
「……その方が良いかもなー?
でも、どうすんだー?」
ヘイストに合わせても充分速いのだ。
無理せず行こうと、キュアが提案しかけた時。
「キュア、【ソウルイーター】を貸してくれ」
「ん? …………ほら」
キューブ化を解いた【ソウルイーター】を、ヘイストに渡すキュア。
ヘイストは、【ソウルイーター】を握りしめるが……装備した訳では無い。 【ドラゴンハーツ】的にイレギュラーな彼女では、システム上不可能だからだ。
すぐにでもキューブ化しそうである。
「それでどうする?」
「【ソウルイーター】から【ライフイーター】への移動は、なんとなく覚えている」
「……ほう?
人間にしては勘が良いですね。
まあ他に、魂の入れ換えなどを体験した人間がどれだけ居るのかは知りませんが」
【ドラゴンハーツ】において魔力は、MPという数値や魔法として以外に視覚出来ない。 もちろん魂もである。(演出上、ゴーストなどは居るが。)
しかし、ヘイストが宿る【ライフイーター】からは不思議な 『圧』 を感じた。
「コレを……コレに!」
「おーっ!?
【ライフイーター】がキューブに成って……【ソウルイーター】が浮かんだぞーっ!?」
「成功……したのか?」
「……ああ、なんとかな」
浮かぶ【ソウルイーター】から聞こえるヘイストの声。
冷笑を浮かべる朱雀は。
「───無理なようでしたら補佐ぐらいはするつもりでしたが……」
「……ふふん」
「此処だから、ですよ?
故郷で【ライフイーター】を用意しても……無理でしょうね」
「そこまで自惚れはしない」
無事、独力での魂の移動に成功したヘイストは【ソウルイーター】の鍔の細工に【ライフイーター】のキューブを引っ掻ける。 剣と鎧を、魂で繋げた状態に維持していた。
在る種の幽体離脱である。
「【ディメイションカード】の能力の影響でしょうか。
魂を半出しにする能力が、人間にしては高いですね」
「ともかく、これで飛んでゆける。
キュア、本気で走ってくれて大丈夫だ」
「分かった、行くぞ!」
◆◆◆
「アレが【天空牢獄】か」
「60階建ての【星見の塔】よりは遥かに低いが……あれも、ムチャクチャな技術で建ってるんだろうなぁ」
常人なら二日は掛かる行程を半日足らずで走破したキュア達が居るのは、遠く数km先に【天空牢獄】を確認出来る丘。 牢獄上部には、確かに【レッサーワイバーン】が群で見えた。
「今の皆なら、空から行けるかもだけどー……?」
「……止めとこう。
仮にLV100に、空中で囲まれたらキツい」
「主様の、良しなに」