32 村人、目覚め始める。
「……兄さん。
魔物退治には役立たないけど……村人ぐらいなら、私だって防壁魔法で───」
「いや、今の奴等は狂気に捕らわれている。
……下手に刺激するのはヤバい」
本当にヤバいのは、今のクリティカルの目付きなのだが……ソレには触れないキュア。 怖い。
実際、クリティカルが怒っているのは……自分を案じているからである以上キュアに文句は言えない。
それに、クリティカルに殺人をさせたくない───という想いもある。
一般人といえど、貴族とコネのあるクリティカルが……放火宣言をした木っ端村人如きなど無条件で殺そうと、罪には問われない。
放火とはソレ程の罪であり、領主が身元を保証した人間とはソレ程の権力が有る。
ソレでも……だ。
「俺が、魔物退治に行けば……村人の何人かが付いてくる筈だ。
そうしたら、隙を見てクリティカルは一目散に逃げてくれ」
「…………そんな───……いえ、分かったわ。 兄さん」
クリティカルはクリティカルで……兄、キュアの想いは理解出来る。 兄がそうしたいと言うなら、自分には……そうするしか無いのだ。
そして、ソレ以上に……今日の兄からは、言い表せない「ナニか」を感じさせる。
「……何時も兄さんにばかり危険に逢わせて、ゴメンなさい」
「……言うな。
俺の出来る事と、クリティカルの出来る事は違うのだから」
「───ええ」
村人を刺激 ( して、クリティカルを刺激 ) しないように、村人達の前に姿を見せるキュア。 そして村人は、魔物への恐怖と中々出てこない魔ナシに……精神力の粗方を磨り減らしていたようだ。
「───っっ、き貴様アアっ!?
ま、魔ナシの……魔ナシの癖にっ、いい何時まで儂等を待たす気だアアアっ!!?」
「……魔物を、退治すれば良いんだろう? 何処だ? 案内しろ」
「……っ!」
【仮想現実装置】での夢を邪魔された事。
……そして。
クリティカルを強迫した事。
───キュアはキュアで、村人に対して強い怒りを抱いている。
クリティカル程、露にすることは無いが……この後、彼等がどうなろうと知ったことでは無いと思うぐらいには。
「っ……何だその目は!?」
「さっさと行けっ!
『魔ナシ』の『能ナシ』が!?」
けれども、品が無ければ学も無く……ついでに思考力も無くした村人は、『今、やってはいけない事』も分からない。
「アイツ等っ、兄さんに石を───……え?」
少しでも万全にせねばならない、これから魔物退治に行く戦士に怪我を負わそうとする愚物に……思わず家から飛び出しそうになる───寸前、クリティカルは見た。
石が、キュアに当たる瞬間……石が、減速したのを。
「魔法……!?
いいえ……今、兄さんは魔力を取り込まなかったわ。 自分の体内で、魔力を使わない魔法なんて有る訳がない───」
【アジルー村】最高の魔法使いであるクリティカルは、自分が『確かに見た』全てを否定する。
本人の意思を問わない自動発動魔法など馬鹿げている。 そんな……とある場所で、『パッシブスキル』と呼ばれる物の存在など知らないクリティカルは───自分が見たモノを、『偉大な兄』に見てしまった幻視……そう決めつけた。
そんな偉大な兄は、今日もまた無事に魔物退治から帰ってくるのだ。 ならば自分は、兄の足手まといになってはいけない……と、息を潜めて兄の言うチャンスを待つクリティカルであった。