311 村人、下僕を再びゲットだぜ。
「いやぁ……♡
もうこの歳だと、成長を諦める処か少し垂れはじめてたんだけど……ハリまで戻ったよ♡」
「…………」
「…………」
深夜。
夜勤組や、教会対策で急遽動かざるをえなくなった者以外は眠る時間帯である。
コタリア領領主レイグラン専属の警護秘書部隊副隊長であるクリティカルは、攻めてきた教会への対処や関係各所への根回しなどなど……現在館内で最も急がしい人物の一人であり、パニックのまま部下に引きずられていった。
パニックの元凶であるキュアは、せめてもの御詫びとしてコレからの徹夜を乗り越えられるよう【癒し】を目一杯掛けておく。
慟哭の声を上げる最愛の妹を見送りながら、自室へ向かう途中。
「へ、ヘイスト……落ち着いたか?」
「お陰様でなっ!(怒)」
クリティカルをパニックに陥れた事象は、キュアの目の前にいるヘイスト親子も体験していた。 その反応は二者二様。 母親の方は、更に若返れたおかげで上機嫌だったが……ヘイストは、クリティカルと同じく恥ずかしさでパニック中である。
しかもクリティカルは元凶にして一番知られたくないキュアと一旦距離を置けているが、自分は現在も一緒なのだ。
意識するなという方が無理である。
「す、スマン」
「キュアさん、謝ることぁ無いよ。
あの騒動の、元々の原因はヘイスト ( ) の、ツマンナイ嫉妬が原因なんだからねぇ」
真の原因と元凶は二人の朱雀なのだが……それには目を背け。 まあ、キュアが天然なのが状況を悪化させた事には間違い無いだろう。
「『あの薬』 を持ってきたのも、振り撒いたのも、全部俺ですから。
ヘイスト、顔もまだ赤いし……もし熱が在るなら【病忌避】を」
「 ……キュアさん。
何でもかんでも魔法に頼るのは関心しないねぇ」
「……?? というと?」
「元・魔ナシたればこそ人間にとって本当に必要なチカラとは、魔法じゃあないって分かるだろう?」
「そう……ですね。
現に俺は、風邪をひいたり腹を下した事も在りません」
「今回だって、キュアさんが教会軍に勝ったのも 『魔法に頼らない人間としての芯』 が、ヤツ等より太く強かったからさね」
「魔法に頼らない強さ……」
感極まるキュア。
天然のキュアは、未だ食堂で自分が仕出かした事を本当の意味では理解していない。
意味は分からねど、自分のせいでクリティカルとヘイストが半泣きな目に逢ってっている。
そんな自分が認められた気分であった。
「辛い時はね……自分自身の気力、そして愛する人の応援こそ大事なんだよ」
「ちょっ……母さんっ!?」
「───分かります。
蔑ろにしていたとは言え……クリティカルはどんな治癒魔法よりもどんな薬よりも俺を助けてくれました」
「キュアっ!? ……しっかりしろ!」
ヘイストには……己の母親が、純真無垢な天然に良からぬ事を吹きこむ悪魔に見えた。
そして天然には、ヘイストの母親がこんな自分でも大事な人へのチカラに成れるのだと……暗に言っているように聞こえた。 キラキラした 目である。
「ヘイストの顔が赤いのはね……食堂の騒ぎなんかキッカケに過ぎないんだよ。
……分かるでしょう? 優しい娘さね。
敵とは言え、人殺しなんてさせたくなかった」
「分かります……。
俺がもう少し早く旧市街地に着いていれば…………」
「何も分かって無───もがっ!?」
「良いんだよ、ヘイスト。
……良いんだ」
ヘイストが何かを喋りだす前に優しく抱きとめて、何も語らせない母。 キュアは美しい親子愛に涙。
「キュアさんも疲れてるだろうし、今日が【仮想現実装置】を自由に使える最後の日だけどね……寝付くまでで良いんだ。
ヘイストに付いててやっておくれよ」
「(もががーっ!?)」
ヘイストの脳裏に甦る、教会軍を自己防衛のために殺してしまった時に震える自分に対して母親が冗談で言った、『同じ部屋同じベッドで慰めて貰え』 という言葉。
まさか母さんは冗談を真実にする気か……と、頭がグルグルしだすヘイスト。
「ヘイスト……済まなかった」
「(き、キュアさん……意外と大胆だね)」
「(近い近いちかいぃぃ……っ!?)」
母親の、僅かに膨らんだ胸に顔を埋め ているヘイストの頭を撫で……彼女が頭を動かした瞬間に、己へと向かせるキュア。 顎クイである。
「仲間を守るために頑張ってたつもりだったが……命だけじゃなく、その心も守れなけりゃあ意味なかったんだな」
「へっ、へけけっ……!?」
パニック声を上げるヘイスト。 キュアとの顔と顔の距離は5cmも無い。
「可哀想に……こんなに震えて」
「はひ? ほへ??」
「キュアさん……後は任せるよ」
「ふぅーーーーーーーーーーっ!??」
ヘイストを御姫様抱っこするキュア。
ナイスパスのヘイスト母。
全身真っ赤で沸騰するヘイスト。
出来るドアマンの如く、自室のドアをスッと開けるヘイスト母。
何やってんだ!?と睨むヘイスト。
指の形がモザイク必須のヘイスト母。
ヘイストをベッドへ寝かすキュア。
心臓が痛いほどに高鳴るヘイストは……覚悟を決めて、目を瞑り───
「───キュ」
「はい、主様。
【仮想現実装置】ですわ♡」
「がもっ!?」
≪ユーザー名・キュアさんの脳波を確認───とかどうでもイイし、どうせ【ドラゴンハーツ】にしかダイブしないので、とっとと行ってらっしゃい≫
「んんーっ………………」
突きだされたヘイストの唇は、朱雀がギリギリのタイミングでキュアに被せた兜にブッチゅと刺さる。
部屋の外にはホールドアップの姿勢でタメ息をつくヘイスト母。
意味も状況も分からず、意識がブラックアウトしてゆくキュア。
徐々に冷静になってきたヘイストは、全てを理解し……。
「…………」
「……泣いても無駄ですよ、小娘。
貴女もよく言っているでしょう、抜けがけ厳禁だと」
「う、うるさいな!
自分は巻き込まれただけで……」
「最終的にはノリノリだったでしょう?
……そんな我儘を言う罪人には、『罰』 を与えます」
「ば、罰……? なんの……」
ヘイストが問い正すより早く、朱雀が掲げるは一振りの剣。 ベッドに横たわるヘイストの心臓に、切っ先を向け───
「───ち、ちょっ!?
冗談だろうっ!?」
「罪には罰、当然でしょう?」
部屋の外の、母の顔は……この位置からでは分からない。 呆気に取られているのか、窮地に視るという体感時間延長か。
自分の都合で人間を操り、街を焼く、人とは全く違う精神性の存在───神が、手に持つ剣でヘイストの心臓を貫いた。
遠のく意識。
隣には【仮想現実装置】を被り、夢の中へと同じく意識を手放しつつあるキュア。 せめて最後は愛しい人に触れながら……。
僅か。 指先が微かにキュアの頬に触れた時、ヘイストの意識は途切れて。
……暫し遅れて、キュアもまた意識が途切れた。
◆◆◆
「朱雀ー!
ちゃんと戻れるかなーっ!?」
「───んぁ???
……………………ち、チェン?」
意識が覚醒したキュアの目の前には、快活に笑う魔人族の少女チェン。
空が血のように赤いココは……魔界とも呼ばれる、悪しき魔人族達が封印された土地【魔神城】───【仮想現実装置】のアクティビティ、【ドラゴンハーツ】の中であった。
「あ、ああ……コッチか。
い、何時の間に……」
ヘイストが、敵とはいえ命を奪ってしまい精神的に参っているらしく……その事に責任を感じていたキュアは、彼女をベッドに運び───
それからの記憶がほぼほぼ無く、気付いたら【ドラゴンハーツ】の中に居た。
うっすら朱雀の声が聞こえたので、彼女の仕業だろう。
明日、領主レイグランが帰ってくる。 人智を超えた能力を有する【仮想現実装置】は平民であるキュアの手に余る物であり、面倒事になる前にレイグランへ渡さねばならない。
つまり【仮想現実装置】を使えるのは今晩が最後かもしれないのだ。
キュアを、【仮想現実装置】を使って精霊王にしたがっている朱雀にとっては 『ヘイストを気遣うヒマが有るのなら』 といった感じだったのかもしれないが……それにしたって性急すぎる。
【仮想現実装置】も、普段とは違っていた気がする。 何やらイラついていたような……?
とかく、何時もの遣りとりではない所為か……やや、頭が重い。
状況を整理するキュア。
現在はチェンと朱雀と共に、魔人族のボスであるユキーデを倒してサブイベントをクリアした直後だった筈。 リザルトにより、朱雀は 『使役枠』 という存在になった所である。
「【道具箱】……朱雀」
「───っぷは。 はい、主様」
「おー、朱雀!
大丈夫かーっ!?」
「問題ありませんよ、羽根娘。
私は使役枠として、貴女と同じく主様のパーティとなったようですね」
「そっかー、良かったなー!」
「ええ」
現実世界の神と、ゲーム世界のキャラとはいえ……二人は仲がいい。 そんな二人の様子にホッコリするキュア。
「キューブにも出たり入ったり出来るんだな?」
「左様です。
と、言いますか……これは恐らく、複数の使役枠キューブを使い別ける仕組みかと」
「御伴枠のチェンが、他の御伴枠の犬などとは旅できないのと同じか」
「御伴はチェンが居れば良いモンなー?」
取敢ず、今すぐの状況確認は終えた。 まだ多少の混乱は在れど、【魔神城】内の調査を……と、キュアがマップボードを広げると。
「御待ち下さい主様。
外の朱雀から伝言です」
「ん?」
「最終日に向けて、下僕を贈ったので好きに使え───との事です」
「げ、下僕?」
また【道具箱】の中身を、勝手に細工されているのだろうか。 【魔神城の鍵】の中身が朱雀だった時は、心底ビックリした。 また、あんなドッキリなのか。
「ま、まあ悪くはならんだろ。
……たぶん」
「また地獄絵図かなー……」
「主様? 羽根娘?」
朱雀が【魔神城の鍵】の中に入った時は、本来は集団戦になる筈のプログラムが少数精鋭で戦うよう変化した。 チェンも、その時の大変さはよく覚えている。
「パッと見、箱の中に変化は無───んん?」
「…………ぷ、プルプル震えてるキューブが有るなー……」
「これ……か?」
キュアが、恐る恐るとプルプル震えるキューブを摘まみ上げ……。
「このキューブは【ソウルイー───」
『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?』
「うをっ!?」
突如キューブから上がる悲鳴。 おもわず手から溢れたキューブが地面に落ちると……勝手に剣、【ソウルイーター】が飛びだした。
『止めてくれぇぇ……!』
「け、剣が喋った!?」
『なんで自分を殺すんだあっ、朱雀!?』
「「「はい?」」」
不穏な台詞に、朱雀へと集まるキュアとチェンの視線。 「心外な」 と、首を横に振る朱雀。
尚も、剣から悲鳴と呻きが漏れる。
『抜け駆けしたのは謝るからぁぁ……』
「こ、この声……?」
「キュア、知ってるのかー?」
『ち、ちゅーとか誤解でぇぇ……』
「───まさか、ヘイスト!?」
【ソウルイーター】から聞こえる声。
それは確かに、現実で朱雀に【ソウルイーター】で刺されたヘイストの声であった。