300 村人、とっとと帰る。
「ゼェ……ゼェ……!
え、永遠に呪われろ! 神の敵め!」
「教会を嘗めるなよ……キサマを殺しにきた部隊は、移民団に扮した我等だけでは無───」
コタリア領へ迫る教会。
『ほんの数時間前』 までは膨大な数の軍隊であったソイツ等は……今や両手の指に足らぬほどの人数。 しかも怪我一つしていないというのに、ヒドく息が荒い。
その表情は、激怒と───恐怖。
返り血まみれのキュアの一挙一動に、様々な体液を垂れながしていた。
「取敢ず、商団に擬装したのは四つ、移民団に擬装したのは三つ潰したが……オマエ等で四つ目だな」
「…………ふっ!?
巫山戯るな、痴れ者が!!」
恐怖に彩られた教徒たちに比べて、普段通りのキュアと朱雀。
二人は、【ドラゴンハーツ】内で比較的戦法が魔法特化なところが教会に似ている【黒鼠教団】、嫌らしい連携をしてくるところが似ている【ゲイザー】【ローパー】など対大軍団戦に慣れていた。
しかもその相手は高LV帯の敵たちなのだ。
さらに教会の回復魔法は擦り傷を塞ぐ程度だが……キュアの【癒し】は傷と同時に、疲れまでもを癒す。
魔力が続くかぎり、恐怖に囚われ身動きも出来ず子供のクチ喧嘩のような負け惜しみしか言えぬ軍隊ごときには、捉えられぬトップスピードを維持し続けるのである。
「い……如何なキサマが強かろうと、神の軍勢に何が出来る!?
おそらく、ハッタリで体力回復までの時間稼ぎでもしているのだろうが……全てがキサマを呑み込んで……」
「た、隊長……!
偽証鑑定魔法が……コイツに反応…………していませんっ!?」
「…………っ!?」
敵との交渉やフェイントを見破るために、教会の軍隊には数名は配置されている 『嘘を見破れる魔法使い』 。 彼等は、キュアの大言じみた言葉が嘘だとは見破れない。 キュアは嘘を吐いていないのだから。
認められぬ事実に……絶望が恐怖をより強固にし、身体が震えで動かなくなる軍隊長とその部下たち。 ついに顔面以外からも体液を垂れながだす。
「……ば、ばば馬鹿げた事を言うな!?
魔ナシ如きに、そんな事が出来る訳───」
「何だそりゃ??
そもそも、「魔ナシが魔法を使ったから教義違反者だ」 とか言って攻めてきたんだろう?
俺はそうゆう魔法を使っただけだ」
「「…………っ」」
今回、コタリア領への派兵は様々な要因が絡んではいるのだが……特別視されていたのは、間違いなくキュアだ。
反教会派最大派閥レイグランを最重要視する者も多いが……ソレは豊かな領地の領主が反対してくると、自らの富に直結してきてナニかと困る教会富裕層が殆んどである。 だが、レイグランを屈伏させたくとも、経済に悪影響が出るタイミングでは駄目だ。
ソレでも、今。
この日に進軍してきたのは、『教義違反者であるキュア』 や 『神を騙る悪魔、朱雀』 を危険視している熱心な教徒が暴動に近いカタチで決行したからだ。
───であるというのに……心の奥底では、未だ 『何も出来ない劣等』 だからと魔ナシ差別をして、キュアを見くびっていたようである。
「アジルー村の連中もそうだったが……差別主義者とは話が通じないなぁ」
「主様、白痴どもに理路整然と語っても無意味かと。
噛みつき猿の群にでも襲われたと思いながら対処すべきでしょう」
「信念も持たないんだし、『獣害』 って事か」
「き、キサマ等ぁぁぁああ!!」
キーキーと喚きちらす獣を無視して話を進めるキュアと朱雀。 キュアは回りに敵が 『完全に』 居なくなってから試したかった事があったので、朱雀にフォローを頼む。
「教徒は世界中に居るのだ!
何時か、何時の日か……悪魔とその使徒に天罰が下るだろうっっ!!!」
「朱雀、ちょっと実験してみたい事が有るんだが……失敗したら、代わりにソイツの始末を頼む」
「主様の、良しなに」
「おいっキサマ!?
我等を無視す───」
やや、離れた位置へゆくキュア。
ソコにあったのは……丸い石。
キュアの身長に近い直径の、石。
石に手を当てつつ。
「『武器』 の定義って、何だろうな?」
「あ?」
キュアの突然の疑問に、教会の人間たちは気触れでも見たかのような顔をし、朱雀は。
「『才能や人脈が武器』 と呼ぶ者も居りましょうが……大概は、殺傷・無力化を目的にした道具の総称かと。
大昔は、ただの石が最強武器だった時代もあります」
「ただの石、か」
【ドラゴンハーツ】における武器とは、『武器に分類された道具』 をさす。 地形を武器にする戦法もあるが、基本的には剣や槍、弓に杖などのみ。
防具は 『防具』 でしかないが、仮に固く重い金属鎧で人間をブン殴ったら……骨は砕け、臓器は破裂し、致命傷たりうるだろう。
「どっ…………こ……い、しょぉぉお!」
「「「なあぁっ!?」」」
「其れは……。
私が、此方の朱雀と別たれる前に、成されていましたね……」
石……巨石と言っていいサイズの石を持ち上げ───ゆっくり元の場所へと近付くキュア。
「……や、やめ…………コッチへ来るな!」
「くくく……神に祈るがいい、人間ども。
ソイツは助けてくれのだろう?」
朱雀は頬を紅潮させ、淫靡な笑みを浮かべる。 ドSか。
教会の人間は、抜かした腰を……それでも引きずりながら逃げ。
キュアは巨石を持って、少し離れた位置からソレを放り投げる。 投げた石の端に指先は触れたまま───
「【ロングディスタンスレンジ】!」
「「「あ」」」
キュアの身長と同じくらいの直径の丸い石は……スキルにより、三倍の直径となる。
「剣だと、射程が三倍になっても柄は元の太さのままだし、丸い石から横に長い石へと変化するだけかと思ったんだがなぁ」
「其れこそ 『射程の定義』 とは此の石にとって、此う成ることが三倍だったのでしょう」
「なるほど」
丸い石が、丸い石のままキュアのスキルにより直径が三倍になった。
その質量は三倍で済んだのか、は…………受けとめた教徒たちに聞いても答えない。
「───正直、烏合の衆だったな」
「祈れば何でも神から与えられ、教徒以外からは奪えば良いと思っている、思考停止者ばかりです」
「有る意味、純粋とも言える狂信は立派な 『武器』 とゆうことか」
「魔法連携を先鋭化させた軍といえど……所詮は、持たざる者から奪うのが関の山かと」
腐れていたキュアを、決して見捨てなかったクリティカル。
兄妹ともどもに居場所を与えてくれる領主館の面々。
魔法を齎してくれた【仮想現実装置】と、【仮想現実装置】を齎してくれた朱雀たち。
キュアもほんの少し前まで持たざる者だったのだ。 皆には感謝しかない。 そして、そんな彼等の 『敵』 である教会。
キュアは絶対に許せない。
「領主館が心配だ、とっとと皆の所へ帰ろう」
「ええ」