275 村人、目を見る。
「【鼠の黒剣】から【ゲイルインパクト】。
【鼠の黒槍】から【ドリルインパクト】。
【鼠の黒斧】から【アースインパクト】。
……中々美味いな」
「また強く成ったんですかい、キュア兄サン……」
「キュアは強いぞー!」
【イビルゲイザー】という、石化攻撃を使用してくる敵との戦いに辛勝したキュア達。 しかし【イビルゲイザー】は、まだまだ【魔神城】に複数居ると思われた。
【石化治療薬】の余裕分を欲し、魔人族のチンピラであるピョウとユンの案内で材料が有る地点へと進む道程で【イビルゲイザー】戦で得たスキルを確認していたキュア達。
「キュア、どんなスキルなんだー?」
「攻撃を何かに当てた瞬間、別種の衝撃を与えるスキルのようだ。
例えば剣で斬ったと同時に、槍で突くような」
「発勁……とも違いますか。
主様は割と最初から、其れに近しい無駄を削ぎ落とした武技を使っておられますし」
【インパクト】系は通常攻撃の後、追加で攻撃力の半分の追加ダメージを与える完全戦闘用で、マイナス要素がなく使い勝手の良いスキルだ。
「───っと、見えてきやした。
【触手の森】でごぜぇやす」
「触手?」
ユンが指さす先に見えた森。
赤黒い触手を伸ばす、植物とも動物とも言い難い魔物がウジャウジャと居た。
「エネミーボードは───
【ローパー】か。
【ゲイザー】といい【魔神城】には変な魔物が多いなあ」
「地球で【ローパー】と言えば、ロープを作る人間、余り働かない人間、あと……イヤラシイ意味が有ります」
「何故にっ!?」
【ドラゴンハーツ】は健全なアクティビティである。 変な意味の魔物では無い。 触手生物と聞いて、変な意味を想像するのは極小界隈だけだ。 たぶん。
触手は男であるキュアも襲う。
いや、更に極小界隈では男も……いや。 いやいや。
「触手にさえ気をつければ脅威度は低いな。
攻撃力も弱いし。
二人とも大丈夫か?」
「ええ、服ン中までベトベトでやすが」
「毒も持っていやしたが、キュア兄サンの【毒忌避】で一発でごぜぇや……朱雀の姉御、どうかしやしたか?」
「…………別に」
別に。
オッサン二人の触手攻めなんて誰得……とか考えていない。
ピョウとユンは【ローパー】の触手に捕らわれたが、大したダメージを受けてはいなかった。
「たぶん他の魔物と連携して、真価を発揮する魔物だな」
「他の……。
そういや【ローパー】は、【ゲイザー】と同じく魔神様の御力が具現化した存在らしいですぜ?」
「【ローパー】が絡めて【ゲイザー】が遠距離から熱線攻撃か。
面倒そうだな。
…………ソレに」
「ソレに?」
「いや、根拠の無い予想だ。
そんな事より、触手を部位破壊したら出てきた【ローパーの触手】が【石化治療薬】の材料なのか?」
「そうでさぁ」
「序でに【ゲイザー】のドロップ品、【ゲイザーの眼球】は【料理】用の食材でごぜぇやす」
「目玉焼きだなー?」
料理の話が出てワクワクしだすチェン。 【下位魔人族の集落】では餓えた集落民を優先し、彼女は殆んど食べていなかった。 ユーザーであるキュアは余り腹が減らないのでついつい後回しにしていたが……チェンはそろそろ限界か。
ワガママを言わないチェンに甘えていた己を反省し、【触手の森】を出て【料理】をし始めたキュア。 食材は件の【ゲイザーの眼球】である。
「……このプルプルした食感は、馴れればウマイな」
「なー?」
「そ、然うですか」
【ゲイザーの眼球】から出来る【ゲイザー焼き】は、【ドラゴンハーツ】スタッフの悪意が込められたかの如き見た目で、キュア以外のユーザーからは総じて苦情が出たほどである。
しかし魔ナシ差別で稼ぎが無かった時代、背に腹は代えられないとキュアは我慢して魔物も食してきた。 中にはゲテモノも有ったが、【ゲイザー焼き】は (キュアの中では) ソコまで気色悪い物ではない。
「主様の妹は、忌避するのでは?」
「まあたぶん、クリティカルとかは引くかなあ……」
腐って、妹を蔑ろにしていた時期も有るキュア。 だがそれでも兄のプライドに賭けて、変なモノや傷んだモノは食べさせていない。 クリティカルは兄に大丈夫だと伝えたが……当時のキュアは意固地になってしまい、困ったクリティカルはゲテモノを食さなかったのだ。
そのお陰───という訳では無いだろうが、普通の少女らしく可愛らしい物を好むよう育ったクリティカルに【ゲイザー焼き】を見せたら……まずドン引くだろう。
( キュアに、ではなく【ドラゴンハーツ】スタッフに。)
「食事効果は……【石化耐性UP】か。
【イビルゲイザー】との戦いに役立つな」
「今度はキュアに迷惑をかけないぞー!」
【ドラゴンハーツ】の状態異常はLV10に成ると死ぬ。 【イビルゲイザー】の怪光線を浴び続けると体はどんどん重くなり、より回避しづらくなる。 他の状態異常より致死率が高い状態異常が【石化】なのだ。
「さて……みな、腹は膨れたか?」
「おー!」
「キュア兄サンは【鍛治】だけじゃなく【料理】も大したモンでさぁ」
「当然で───……主様」
「朱雀、どうし───……アレか」
食事を終え、立ち上がろうとしたキュア達の前に現れたのは……白い影。 【触手の森】に見える、その影は。
「……魔人族?」
「あっ、逃げるぞー!?」
「待て、チェン!
追わなくて良い!」
「お、おおー……分かったー」
森に消えたのは、白い肌の人間……魔人族であった。
「ピョウ、ユン。
あれは何だ?
あの……まるで木の虚のような、あの 『目』 は───」
「……理性を失った魔人族、でさぁ」
「人間最強種族のチカラが、餓えで暴走した……だとか、魔神様の神気に当てられた……だとか、いろんな説がごぜぇやすがね。
ホントの所は分かりやせんが」
「アイツ等は魔物と変わり無ぇって話でさぁ」
キュア達の前に現れた【理性を失った魔人族】とやら。 放火宣言をしたアジルー村の人間など、理性を失った者を見た事は有ったが……彼等とは違う、寧ろ【ゲイザー】のような魔物に近い存在であった。
「そうか……。 【魔神城】には他に【下位魔人族の集落】は無いのか?」
「噂っつうか、予想では北に有るんじゃねぇかとの事でさぁ」
【魔神城】のマップボードは、外周を 『奈落の崖』 に、中心部が 『城壁』 に取り囲まれており、漢字の 『回』 の字のようになっていた。
『回』 の下部……南に、キュアが世話した【下位魔人族の集落】が有る。 なら上部にも集落が有ってもおかしくは無いという考えらしい。
「ただ……理性が無い連中か、盗賊のアジトの可能性は有りやす」
「ああ。 だが、俺は行くべきだと考えている」
「分かりやした、案内いたしやす」