256 村人、音痴を感染させる。
「朱雀、魔法の杖や指輪の気配は有るか?」
「申し訳有りません、主様。
周囲に気配は感じられません」
明後日に、領主レイグランが帰ってくると聞かされてから二日目。
その前に出来るだけ魔法・スキルを集めておきたいキュアだが……その為だけに、【ドラゴンハーツ】を 『効率重視』 の楽しめないプレイはしたくない。
「まあ良いさ。
ならばココから西はあまり探索が進んでないし、マップボードの空白地帯を埋めよう」
「【扉】で行ける場所が増えるしなー」
「ああ」
「チェン、頑張るぞー」
キュアの願望に、無邪気に応えるチェン。
領主レイグランが帰ってくれば、平民の手に余る【仮想現実装置】を献上すべきである。
そうなれば、チェンとももうすぐ会えなく成るだろう。 考えようによっては、チェンの好意を利用しているとも言えた。
悩むキュアだが……。
「───主様」
「朱雀……?」
「迷いは誰の為にも成りません。
主様は、目的達成を遅らせ。
我等の行いは、無駄と成りましょう」
「…………」
今回、外に出なかったとは言え、朱雀は全て分かっている。
キュアの目的も葛藤も。
そしてキュアもまた、朱雀の……本体とのアレコレといった葛藤を知ってはいるつもりだ。
己が消滅するかもという瀬戸際で在りながら、なおキュアを優先してきた朱雀。 そんな彼女にココまで言わせては成らない。
「───了解だ。
まず、旅を楽しもう」
「主様の、良しなに」
「楽しむぞー?」
気持ちを切りかえ、【ドラゴンハーツ】の冒険を再開するキュア達。
◆◆◆
「モヤが~出た~~♪」
「モヤモヤかー♪
街かな~♪
敵の居る洞窟とかかな~♪」
ソロの時、偶に出ていたキュアの歌。 キュアが歌いだすとチェンも真似て歌いだす。
……しかし。
つられて音痴になる事は在っても、つられて上手くなる事は無いようだ。
キュアの事は主として一人の男として大事ではあるが……チェンの事も大事な朱雀は、チェンの情操教育を考えて止めるべきか悩んでいると。
「街じゃない~♪
何かヒョロ長い棒~♪」
「……塔、もしくはタワーと呼ばれる建築物ですね」
まだ認知していない街や洞窟などのポイントに近付くと、マップボードに 『モヤ』 が出現する。 更に近付くとモヤが特定の形に変化するのだが……ポイントはキュアの知らない形状に変化した。
超長距離を探査できる現実の 『本体』 ほどではないが───コチラの朱雀とて、神の分身としてマップボードで確認したモヤポイントを長距離から探査していた。
「建築物~?」
「故郷では有り得~な~───……い、高層建築物ですね」
音痴は、普通に喋っているだけで移るらしい。 軽く戦慄した朱雀はキュアとチェンに警戒を促す。
真面目な顔に戻る二人。
「有り得ないほど高層とは?
五階ぐらいか?」
「六十階建てです」
「───ろ、く……っ!?」
「た、高いなー?
チェンも、その高さまでは飛べないぞー?」
キュア達の住む、現実の建築技術では有り得ない高さである。
「て、敵は?」
「タワー内部は不明ですが、一階入口前にはラットマンが犇めいています。
所作・装備は上等な物で、盗賊の類いとは思えません」
「どうするんだー、キュア?」
「まさか全ての階に、敵がビッシリ居る訳じゃ無いとは思うが……連戦は覚悟しないとなあ。
今は回復薬が心許ないし───」
【ケルキオン】以外の全所持杖の魔法名を買ったキュアは、(用心深いキュアにとっては) 満足と言えない量の回復薬しか持っていなかった。
しかし朱雀が何かを発見したようだ。
「……おや?」
「どうした、朱雀?」
「タワーを望める森の中に、光燐の人間が」
「タワー、もしくはラットマンを監視しているのか?」
「かと思われます。
何故ならば、ポッチャリと同じ鎧を来た者達だからです」
「ポッチャリ……オードリーの事か」
朱雀は、キュアの仲間であるオードリーの事をポッチャリと呼んでいる。 その理由は……少なくともポッチャリの意味を知らないキュアには分からない。
「オードリー兄妹は、実父実兄の失態によりラットマンと因縁が在ったな」
「ラットマンと友達の国を、怒らせちゃったんだっけなー?」
オードリーとバーンの実父は貴族である。
だが。
兄妹の母親が妾だから、という理由で雪国の貧村で暮らしてきており……母が死に、餓えかけた所を 『裏切らぬ肉盾』 として実父に拾われた。
両親を流行り病で亡くし、魔ナシ故にアジルー村の肉盾として生かされてきたキュアは……オードリー兄妹への情は深い。
地球で言う外交官である実兄ヘップが、外交で何らかの失敗をしてしまい、その尻拭いをしてきた兄妹をキュアは何度も助力してきたのだ。
「外交とか、俺には如何しようも無い事態ならともかく……そうで無いなら彼等を助けたい」
「主様の、良しなに。
私設兵団と安全に接触できる道を示しますわ」