242 村人、賭ける。
「おや、キュアさん御早う」
「御早う御座います」
領主館食堂へと朝食を食べにきたキュアとクリティカルとヘイスト。
食堂の調理場には、領主レイグラン付き料理人の弟子が二人と、二人の弟子達……の中に、ヘイストの母親がいた。
「領主様からの許可は貰って無いから、飽くまで 『仮』 だけど、今日から食堂で働かせてもらう事になったんだよ」
「そうですか……異国の料理も作れますもんね」
「キュアさんの【料理】スキルには及ばないけどね……ソレもコレも、盲目の原因だった毒を消してくれたキュアさんのお陰だよ」
ヘイストの母親は若い頃、冒険者としていろんな土地へ旅をした。 各地の郷土料理などにも詳しい。 料理の腕も自慢であり、冒険者を止めた今の天職と言っても良いだろう。
「働けるのはお母さんの技術ですし……目はアシッドの時の恩返しですから」
「色男だねぇ」
「イロ?」
「ふふっ……ソレより、また強くなったみたいじゃないかね?」
「まあ、色々と」
そんなこんなでキュア達が朝食を注文し、食べ、一息ついた頃。 クリティカルやヘイスト、同僚達と仕事前の雑談をしていると。
「───主様」
誰も居ない場所に舞う火燐。
ゲームの中のような、固定された肉体を持たない 『火の神』 。
「朱雀か……御早う」
「御早う御座いますわ♡」
【ドラゴンハーツ】の中の、欠片たる朱雀とは比べ物に成らぬ圧倒的存在感。
神。
コレでも、周りの生物───いや、『物質』 が変化を起こさないように相当チカラを抑えているらしい。
肉感的な色気の美女が、恭しくキュアに頭を垂れて朝の挨拶をする。
「其れで……早速ですが───」
「───朱雀」
「はい?
何で御座いましょう?」
朱雀の言葉を遮るキュア。
予想だにしておらず、多少驚いた風の朱雀だが……笑顔は崩していない。
「一つ、賭けをしないか?」
「……賭け?」
キュアの提案に……初めて、朱雀の笑顔が片端崩れる。 然れど、主が急に言いだした戯れに過ぎないと判断し、朱雀はすぐ笑顔に戻る。
「内容は分かりませんが……良いでしょう。 受けてたちますわ♡」
「言ったな?」
「言いました。
神の誇りにかけて、勝負を受けます。
……其れで内容は?
寝屋での勝負なら早速───」
「八部伯衆と、ハンデ・助っ人無しの一対一で俺が勝つ」
「───……ほう?」
ココで初めて、朱雀の笑顔が崩れる。 正確には…………慈悲に満ちた笑顔から、獲物を見付けた肉食獣を連想させる笑顔に変わる。
「にっ、兄さんっ!?」
「キュアっ!?
八部伯衆って、この前の全身魔石の化物岩亀の事だろうっ!?」
「キュアさん……あんた、ハンデ有りで命辛々だったって言うじゃないかいっ!?」
騒ぐ食堂の面々。
キュアが、神に等しい化物を朱雀のハンデとヘイスト達の援護と多くの運で勝利した事は領主館の皆が知っている事である。
「確かにギリギリだとは思う。
だが、八部伯衆が神に等しいとはいえ……朱雀から見たら雑魚なんだろう?」
「其うですね。
まだ竜などの方が、知性が無い分強いでしょう。
もっとも、八部伯衆とて大した知性など在りませんが」
その竜の中でも、特別高熱に耐性のある火炎竜を蒸発させるのが本体の朱雀なのだ。 八部伯衆と魔王四天侯の差は推して知るべしである。
「ですが今の主様では、未だ未だ僅かに分が悪いでしょう。
其れでも挑戦致しますか?」
「……ソレだけの物を賭けるからな」
「何で御座いましょう?」
「(【ドラゴンハーツ】内の)
───朱雀を、俺にくれ」
クリティカルとヘイストが瞬間的に沸騰し。 飲食中だった者は口内の全てを吹き出した。
「ににに、兄さんっ!?」
「キュアっ!? どういう意味だっ!?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だが?
俺は (ゲーム内の朱雀が運命に縛られないよう) 、朱雀が欲しい」
「…………ほうほう」
クリティカルとヘイストは目くじらをたて。
朱雀は笑顔を消す。
怒りや悲哀の 『ソレ』 では無い。
しかし 『火の神』 と言いながら、寒気すら感じる表情。
「もしかして主様。
また私の魂は、【ドラゴンハーツ】内で変化致しましたか?」
「ああ、別けた魂に 『俺への忠誠心』 を転写する事でアチラの朱雀を作るそうだが……どうも、共に旅をする内に忠誠心故の同化が有るとの事だ」
「同化……ですか?」
「俺への忠誠心を残しつつ……俺が大事に思う物も、俺と同じくらい大事にしてくれているんだ」
「…………そう、ですか」
キュアの説明に、朱雀は暫し思案し───
「私の魂は、今も【ドラゴンハーツ】の中に?」
「ああ。
狡いとは思うが……アチラの朱雀も、ソッチに帰りたがっていたからな」
「……主様は、私が必要ありませんか?」
「馬鹿を言うな。
恩人で良くしてくれているオマエは大事だ。
だが向こうの朱雀も、俺にとって大事なんだ」
どっちの女が良いか決められない浮気男みたいな事を言うキュア。
今一つ事情を理解出来ておらず、朱雀と急接近するキュアに泡を吹きかけているクリティカルとヘイスト。
突如始まった恋愛 (としか思えない) ドラマに、沸き立つ領主館の面々。
「先に変化した私の記憶を見るに、非効率な行動が多いかと思われます。
唯でさえ現状の主様は、【仮想現実装置】を手離すか否かの瀬戸際なのでしょう?」
「俺は非効率だとは思わん。
寧ろ、旅や仲間達の潤滑油となってくれているんだ」
「…………」
「…………」
朱雀は、瞑目し───
「───良いでしょう。
ただし取り込みませんので、明日は此方に欠片の私を連れて帰って下さい」
「……本当に取り込まないのか?」
「ええ、神の誇りにかけて。
性格を初期化したりはしませんわ。
ただ、記憶は見させて貰います。
……此れは最大限の譲歩だと御理解下さいませ」
「分かった、明日は連れて帰ろう」
普段キュアに甘えた声ばかり出している故、性格まで甘く見えがちな朱雀だが……そのプライドは高い。
誇りにかけて……とまで言うのなら約束は守るだろうし、最大限の譲歩とまで言うのなら───キュアが約束を破れば、神のチカラを垣間見る事となるだろう。
「あ。
あと、最大限の譲歩と言ったばかりで悪いんだが、もう一つ頼みを良いかな?」
「物によりますが」
「豊胸剤を実体化して欲しいんだが」
「「っ!??」」
キュアの 「朱雀が欲しい」 発言に白眼で気絶しかかっていたクリティカルとヘイストが、ガバッと反応する。
あと一部の女性使用人。
「クリティカルとヘイストが、凄く欲しがっていたから……」
「に、兄さん!?」
「キュアっ!?」
豊胸剤の意味を理解していないキュアは、呑気に事情説明をし。
さっきから、「兄さんっ!?」 「キュアっ!?」 としか言っていない二人は、顔を赤くし。
朱雀は……肩を震わし。
「…………い、良いで……しょう。
二人の為の、ほ……豊───ブフッ、豊胸剤を実体化して差し上げますわ。
……ふ、ふふ、ふふふふ…………」
「そうか、有難う」
クリティカルとヘイストが、先程までとは別の意味で気絶しそうに成っていた。