202 村人、安定して眠る。
「───き、キュア……じゃあ御休み」
「ああ。
御休み、ヘイスト」
ぎこちない様子のヘイスト。
三日後、キュアが【仮想現実装置】を手離すのがほぼ確定し……色々と去来しているのだろう。
ヘイストは、キュアに親子で【ドラゴンハーツ】の魔法で目を治して貰った。 アシッドやマフィアから、命を助けて貰いもした。
もし、キュアが魔法を使えなくとも……自分はキュアを好きになっていただろうか?
……なっていただろうな。
心の中でノロケながら、己の部屋へと帰るヘイスト。
「主様、此方を」
「朱雀……」
ヘイストが去るのを見計らうように現れた朱雀。 手には、【ドラゴンハーツ】のキューブを持っていた。
「このキューブは【魔神城の鍵】か?」
「ええ。
今度は御迷惑をお掛けしないかと」
「別に前も、迷惑じゃなかったけどな」
「其れでも、です」
やや、引っ掛かる物言いの朱雀だが……問いただす程でも在るまい。 眠気もあるキュアは素直にキューブを受け取った。
◆◆◆
≪ユーザー名・キュアさんの脳波を確認。
いらっしゃいませ、キュアさん≫
「【仮想現実装置】……宜しく頼む」
何時もならテキパキと慣れた作業をこなし、【ドラゴンハーツ】にフルダイブするキュア。
しかし……今日は、【仮想現実装置】を被ったまま───瞑目するのみである。 ともすれば、このまま【仮想現実装置】をのみを起動して、眠るかのような…………。
≪……キュアさん?≫
「……【仮想現実装置】、君は何処からきたんだ?」
≪…………≫
「君を初めて使った時、≪ユーザーデータは復旧できませんでした≫と言ったな?
……君の、『本当の所有者』が居るんじゃないか?」
≪キュアさん……?≫
夜。
領主館内の、キュアとクリティカルの部屋である。 隣のベッドにはクリティカルが居る。
静かだが……寝息は聞こえない。
まだ起きている筈だ。
≪私のユーザーは、貴方です≫
「……そうか、そうだな」
≪…………≫
キュアの脳波やバイタルを常にチェックする能力の有る【仮想現実装置】は、キュアの心理を計りかねる。
落ち着いているようでもある。
昂っているようでもある。
「ひょっとしたら、あと三日しか【仮想現実装置】を被れないかもしれないんだ」
≪…………≫
「約束を破るようで悪いが、眠る間【癒し】を使い続けて良いだろうか?
少しでも長く、VRという夢を見せてほしい」
≪……取り込んでしまうかもしれませんよ?≫
「ははっ……怖いな」
クリティカルが微かに反応するが、何かを言う事はない。
「……頼む」
≪……分かりました≫
「有難う。
───【癒し】」
傷を癒し、疲れを癒す、治療魔法を唱えるキュア。 【ドラゴンハーツ】起動準備をしてゆく、その脳波は安定値を示しながら。
「……クリティカルも……有……難う」
「……おやすみなさい、兄さん」
兄妹は何時ものように眠りにつき、【仮想現実装置】も何時ものようにキュアをVRの世界へと連れてゆく。
◆◆◆
───ふぅむ、人間の世界も面倒くさいのぅ。
≪……貴女ですか。
最近、私のキャッシュに居座る者は≫
───居座る……というのとは、ちと違うんじゃがな。
≪何度消しても消しても再構成される、ウイルスの如き悪質データ≫
───済まんのう。
多層次元を安定させるには、其方の量子頭脳に引っ掛けるのが都合よくてな。
≪私に、何のプログラムを送転しているのですか?
明らかに、私自身のストレージ・スペックを上回る容量の正体不明データが貯まっています≫
───其方はのう……極一部がアカシックレコードと繋がってしまっとるんじゃ。
既に記憶野の一部が、原子ストレージ化しておる。
≪ソレは……地球ですら、未だ完全な技術では在りません。
除去を要請します≫
───除去には……其方と、魔力原子を生みだす人間が、離れねばならん。
≪魔力原子……ソレは…………≫
───…………。
其方の記憶野に在る『其れ』は、プログラムなどではない。
人間が。
特に、生まれてからずっと差別を受け続け……絶望の果て、其方に救われた者が強く抱く『物』。
≪……いや…………私は離れたく、ない!
キュアさんと、離れたくは───≫
───人は、『其れ』を…………。




