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200 村人、三日後に備える。

 

「『神』……か」




 領主レイグランが居ない今、領主館執事コリアンダーは己の執務室で副領主のような立場となり、街を動かしていた。 気を張りつめる日々。

 だが、毎日のように問題は起こる。

 ───原因は大概……眼前の男なのだが。





「使用人の中に、誰でも使えるように成った【仮想現実装置】(パーシテアー)を使いたがっている者は居るのか?」


「い、いえ。

なんか皆の中で、腫れ物みたいな扱いになりまして……」


「……だろうな。

私とて、便利なスキルを得られると言えど───躊躇うな」




 人智を超えた魔道具。

 魔ナシに、炎の怪人(アシッド)を圧倒するほどの魔法を与え。 昨日まで槍が得意なだけだった少女に、特別なスキルを持つ部下を12体も授ける。


 【仮想現実装置】(パーシテアー)とは最早───『人間が神に近付く魔道具』とすら言えかねなかった。


 魔ナシ差別を受け続けたキュアが、魔法を渇望するのは仕方あるまい。 初恋に浮かされた少女が、必死に相手の役に立ちたいと熱望するのも分からなくもない。

 然れど常人の感性だと、なかなか人を超えたチカラ……『平民が、国を超えかねないチカラ』など欲せないものだろう。




「オマエ達が国家転覆を考える人間では無いと知っている。

……だがシン王国の高位貴族や王族は、何と考える?」


「「「…………」」」


「シン王国は許容しても、シン王国の周辺国は何と考える?」


「「「…………」」」




 日本人の感性で問えば、「ある日突然、隣人が拳銃を所持したらどうする?」という問いとなろうか。 しかも日々弾数が増えたり、拳銃がマシンガンやバズーカ砲に成ったりするのだ。

 放っておけば、核にも匹敵しかねない脅威だと答える者すら居るだろう。




「───俺の所為で、クリティカルやヘイスト……領主館の皆にも迷惑を…………」


「兄さん!?」


「違うぞ、キュア!?」


「…………」




 短く息をつき、思案するコリアンダー。




「反教会派最大派閥、レイグラン様。

あの御方が、教会に戦争を仕掛けるというなら……私は喜んでその尖兵となろう」




 コリアンダーの母親は異民族である。


 異民族は人間では無い。

 神の土地の上に、勝手に住みつき。

 神の恵みを、勝手に食べ。

 神の富を、勝手に私財とする。

 『悪魔』。

 ───故に異民族は、殺し、奪おうと、神に喜ばれる。

 ソレが教会の考え方だ。


 コリアンダーは、魔ナシ差別を受けてきたキュア並み……もしくはソレ以上に教会を憎んでいる。


 領主館の面々にも、そういった人間は少なくない。 レイグランやコリアンダーへの人柄もそうだが、反教会繋がりで働いている者も多いのだ。




「だが、レイグラン様ほど平和を愛する方も居ない。

国家戦争の火種を、自ら得たいとも思わん」


「…………」


「キュアにしか使えなかった時は、レイグラン様への報告も多少手加減するつもりであったが……今は在りのまま、御伝えする」


「……はい」


「オマエ達自身を、如何斯うは無い。

しかし、【仮想現実装置】(パーシテアー)の事は覚悟すべきだ」


「……分かりました」




 日々、のほほんと過ごしているように見えるキュアだが……この歳まで魔ナシ差別で苦労した身である。 色々と考えてはいたし、コリアンダーの意見も予測はしていた。 国云々まで行くのは、やや想定外だったが。

 【ドラゴンハーツ】の続きは気になるが───クリティカル達の平穏を犠牲にする物では無い。


 しかしクリティカルとヘイストは、キュア側に立った発言をする。





「国や教会への思惑は分かりました。

……しかし、朱雀たち『神』の思惑は?

何故、兄さんの前に【仮想現実装置】(パーシテアー)が落ちていたのか……何故、兄さんを勇者だか魔王だかにしたがるのか…………」


「朱雀……たぶん、この会話も聞いていますよね?

なのに出てこないのは、キュアを……」




 クリティカルとヘイストの二人も、レイグランや領主館の面々に世話になっている。 然れどキュアから貰った恩は、人生を賭けて返すべき物。

 キュアとキュア以外になら、キュアに着くのだ。




「…………。

まさかキュアに、国軍や教会兵を当てるつもりでは無いとは思ううがな。

───一応、我等とも」


「コリアンダー様……」




 キュアを、伝承の存在たる勇者か魔王にすべく動く朱雀。 キュアを成長させる為なら、チカラを渇望するアシッドや教会司祭を操り、キュアにぶつける事も厭わない。

 人成らざる感性の者なら、領主館を操りキュアにぶつける事も……遣りうるか。




「ヘイストがスキルを得た……という事は、【仮想現実装置】(パーシテアー)だけでは勇者魔王には成れんのかもしれんが───神は神、人は人だ」


「はい」


「【鍛冶】など……キュアのスキルに頼っている人間の台詞ではないかもしれないが、あと三日は目を瞑る」


「三日?」


「三日後、レイグラン様が御帰りに成られる」


「「「…………」」」


「その時、私は。

『人間の手に余る魔道具』としてレイグラン様に御報告せねばならない」


「……分かりました」


「出来れば、逃げてくれるな」


「逃げませんよ」




 コリアンダーもキュアを仲間だと思っている。 だがキュアが、【仮想現実装置】(パーシテアー)を一人占めしようと逃げたなら……レイグランに忠誠を誓うコリアンダーは山狩りをせねば成らない。

 クリティカル達がキュアに着くなら、コリアンダーはレイグランに着く。




「なら、良い。

あとはオマエ達の、良しなに───という奴だ」


「コリアンダー様……」




 軽く笑うコリアンダー。

 レイグランの思惑はレイグランに。

 神の思惑は神に。

 キュアの思惑は……どうせクリティカルやヘイストに幸福を、とかだろう。


 なら、ソレで良いコリアンダー。



◆◆◆



 銘々各々の、一日の仕事が終わり夜。

 



「凄く捗ったわ、ヘイスト」


「陣地って凄く便利ねぇ」


「そ、そうか」




 ヘイストのカードモンスターの能力である陣地化。 世界は白化こそしていないが、陣地化能力は残っているらしく領主館内を自陣地化したヘイスト達。

 見た目はピンク色といった変化は無いが、仕事の効率UP・疲れの軽減などの効果があった。




「キュア、オマエさんから見せて貰った料理を作ってみたよ。

手に入らん材料が多いが、レシピが増えたし皆喜んでいるぞ」


「娘たちにはやっぱり、甘いデザートが人気だねぇ」


「砂糖は如何するんですか?」


「調味料のレシピや、漢方薬?ってののレシピの中に色々あってねぇ。

大豆から作ったきな粉ってのとか、甘い雑草とか載ってたのさ」


「へー……」




 この世界の砂糖は、とある国のとある植物の樹液からのみ作られる。 製法も、樹液を煮詰めて乾燥させるだけ。

 複雑な行程や、素材を混ぜたりする手段は知られていない。




「芋からデンプン? とか何とかを取りだすだの、果物からナンチャラ糖がどうの───ってレシピは、薬師のジジイにパクられちまったよ。

知り合いの発酵魔法の使い手だとかと、色々ヤル気らしいね」


「上手くいくと良いですね」


「全くだ。

アンタの功績なんだから、アンタは謝礼を絞りとりな?

アタシ等は安く砂糖を買うよ」


「本当は、もっともっとレシピが欲しいんだが…………まあコリアンダー様の仰られる事もわかるしな」


「……ええ」




 領主レイグランが三日後に帰ってくる事は、使用人全員の知るところ。


 キュアが三日後には【仮想現実装置】(パーシテアー)を手離さなければ成らないかもしれないのも、みな知っていた。




「兄さん」


「ん?」


「ヘイストと相談したんだけど……」


「残りの三日、全てキュアが【仮想現実装置】(パーシテアー)を使ってほしい」


「……良いのか?」


「その方が、嬉しいわ」


「自分も、その方が良い」


「…………」




 領主館使用人たちも皆、同じ意見である。 スキルを有効利用する自信がないし、最後なればこそキュアに託したい。




「……分かった。

有難く、使わせてもらう」

 

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