第4話「勝負」①
健康診断の翌日。俺は普段通り、喫茶店のバイトをしていた。
とはいえ、平日という事もあるのか朝はそれほどお客様が多くない。今いるのは、俺とマスター、それからお客様としてきている村長だけだ。……村長も仕事があるんじゃないかとかいうツッコミはとりあえず置いておくことにする。
あまりにも暇すぎて3人で世間話をしていると、しばらくして喫茶店の扉が開かれた。
「あっ、いらっしゃいませ……って」
そこに入って来たのは、いつもなら閉店時刻の30分ほど前に来店するお客様―春日井さんだった。
春日井さんはそのままカウンター席まで歩み寄ると、端の方に座った。
「……マスター、いつもの。……あと、なんか食べるもんあったらくれへん?」
春日井さんの言葉に、マスターは「じゃあホットケーキでも作るよ」と言い残し、厨房の方に入っていった。
その間最近コーヒーの淹れ方を覚えた俺が春日井さんの分のコーヒーを淹れていると、村長が「なんじゃ」と口を開いた。
「龍、お前さんまた朝飯買い忘れたのか! ちと仕事に集中しすぎじゃないか?」
村長の言葉に、春日井さんは「しゃーないやろ」と一言返すだけだった。
「仕事って、何の仕事ですか?」
春日井さんの分のコーヒーを渡しながら俺がそう聞くと、春日井さんは俺の方を見ながら「教えるわけないやろ」と返した。その隣で、村長が少し困った表情をしながら口を開いた。
「こやつ、わしにも何の仕事をしとるのか教えてくれんのじゃ。じゃから、マスターなら知っとるかと思ってこの間聞いたんじゃがな」
村長がそこまで話した所で、ホットケーキを焼き終えたらしいマスターが戻って来た。マスターにも今までの話が聞こえていたらしく、ホットケーキを春日井さんに渡しながら「残念ながら」と口を開いた。
「僕にもわからないんだよ。本人曰く、『人には言えないような仕事』らしいんだけどね」
「人には言えない……って、それ大丈夫なんですか!?」
マスターの言葉に俺が驚いて春日井さんの方を見ながらそう聞くと、春日井さんはしばらく黙った後「……さあ?」と答えた。
その反応に一瞬ビクッとしたが、よくよく考えたら、もし本当に犯罪にかかわるような仕事なら既に御厨さんの耳にも入っているはず。こうして普通に喫茶店で朝食をとる事などできないはずだ。そう考えると、多分大丈夫なのだろう。そういう事にしておこう。これ以上深く考えたらだめだ。
……そういえば。俺は今更ながらふと疑問に思ったことを村長に聞いた。
「あの、そういえば村長と春日井さんって仲が良さそうに見えるんですが……、島に来る以前からのお知り合いなんですか?」
俺の質問に、村長は「うんにゃ」と首を横に振った。
「わしゃーこの島に来る以前の記憶全部なくなっとるからのぉ。定かじゃないんだが、確か龍とはこの島に龍が初めて来た時が初対面じゃ。……のぉ、龍?」
村長がそう言って春日井さんに返事を促すと、春日井さんは「せや」と返事をした。
「……ちゅーか、別に仲良くはないやろ」
「そうかぁ? わしは充分仲良しじゃと思っとるがのぉ?」
春日井さんの言葉に村長がそう返す。その後豪快に笑う村長を横目に見ながら、春日井さんは一つ溜息を吐いた。
その様子を見ながら苦笑していると、再び喫茶店のドアが開く音がした。
「あ、いらっしゃいませ!」
俺がそう言ってお辞儀をすると、「おー」という声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがあった。
「なんだなんだ、ホントにこの店で働いてたんだな新入り」
その声の正体は、この島の警察官―御厨さんだった。
【「勝負」②へ続く】