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Forget-Me-Not  作者: おかつ
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第3話「健康診断」②

健康診断の受付を終え、椅子に座って待とうとロビーに向かうと、そこには既に何人か座っていた。皆この島の住民達なのだろうか。そう思いながら辺りを見渡していると。

「……あれ?」

見覚えのある姿が見えた。その人は俺の声に気づいたのか、俺の方を振り向き明るい笑顔を見せた。

「あれ、洋輝さんじゃないですか! 奇遇ですね。洋輝さんも健康診断ですか?」

正体は、やはり愛依だった。

愛依の言葉に俺が「ああ」と返事をすると、愛依は「私もなんです!」と返した。

「学校がお休みだったので、今日のうちに健康診断を受けておこうと思いまして。……そしたらまさか洋輝さんに出会えるなんて! やっぱり洋輝さんは『運命の人』ですね!」

「……それまだ言ってたんだな」

「当たり前です! 私、そういうのって結構信じるタイプなんですよー」

愛依とそう話をしていると、同じく受付を終えたらしいマスター達がロビーにやってきた。

「おや、愛依さんじゃないか。愛依さんも健康診断かい?」

「あっ、聡彦さん! 久留実さんにローラさんも! 皆さんも健康診断ですか?」

「はい! ……あっ! 愛依さんも健康診断来るなら誘えばよかったですね! ごめんなさい!」

久留実がそう頭を下げると、愛依は「いいんですよー」と返した。

「私の方は部活もあって、いつ健康診断を受けれるか分からなかったので。今日はたまたま部活もお休みだったので来れたんですよー」

「あれ、愛依って部活もやってたのか」

愛依の言葉に俺がそう言うと、愛依は「はい!」と返事をした。続けてマスターが口を開く。

「愛依さんは『かるた部』に所属していてね。こう見えて結構強いんだよ、彼女」

「えっ、そうなんですか!?」

マスターの言葉に俺が驚いてそう返すと、愛依は「大袈裟ですよー」と、少し照れたように言った。


その後、暫く話している内に自分の名前が呼ばれ、健康診断が始まった。

内容はごく一般的な健康診断と同じだった。身長、体重、聴力、視力、血液検査……。どれも恐らく異常がなかったのだろう。何を言われる事もなく、事は進んでいった。

そして、健康診断の最後は問診。華田さんに呼ばれ診察室に入ると、そこには白衣を着た短髪の女性が座っていた。

「あの、よろしくお願いします」

俺が彼女の前の椅子に座ってそう言うと、その人は「ああ」と返事をした。

「弓本洋輝さん……、今回が記憶淵村では初めての健康診断だね」

彼女は俺に関する資料( カルテだろうか )を見ながら、そう言った。俺が「はい」と返事をすると、彼女は俺の方を見て言った。

「なら最初は自己紹介からだね。初めまして。私がこの診療所で院長を勤めている『華田摩耶はなだまや』だ。よろしく頼むよ」

「あ、はい、よろしくお願いします……って、え? 『華田』?」

摩耶さんの自己紹介を聞いた俺は、彼女の苗字が気になった。『華田』。彼女の隣で立っているオネエな看護師と同じ苗字だ。兄妹、もしくは姉弟なのだろうか。いや、それにしては似ている部分が見当たらない、ような。

そう考えていると、摩耶さんが「ああ」と再び口を開いた。

「隣にいる彼と同じ苗字なのが気になってるね? まあ無理もないだろう。まさか私と彼が『夫婦』であるなんてまず考えないだろうからね」

「ああ、夫婦……。……夫婦!?」

摩耶さんの言葉に俺が驚いたようにそう返すと、今度は隣にいた華田さんが「そうなのよー」と口を開いた。

「けど皆あたしがいわゆる『オネエ』だからって、まず摩耶ちゃんとあたしが夫婦なんて考えないのよ。あたし別に恋愛対象が同性だけってわけじゃないの。摩耶ちゃんとは普通に一目惚れして、付き合って、結婚したのよ」

「そうなんですか。……えっと、なんかすみませんでした」

俺がそう言って頭を下げると、今度は摩耶さんが「謝らなくていい」と返した。

「こういう事は慣れてるからね。……まあ正直、私もまさか彼と結婚するとは思わなかったよ」

「あら、それを言うならあたしまさか摩耶ちゃんが告白をOKしてくれるなんて思ってなかったわ」

「……そこからかい?」

華田さんの言葉に摩耶さんがそう返すと、華田さんは「そこからよ」と返した。

そのやり取りにどこか微笑ましく思っていると、摩耶さんが「さて」と口を開きながら再び俺の方を向いた。

「健康診断の結果だけど、特に問題はなさそうだ。視力が少し気になるところだけど、まあこの程度なら眼鏡やコンタクトレンズをかけなくても日常生活に支障はないと思う。詳しい結果は後日改めて郵送で送らせてもらうよ。……さて、最後に一つ、大事な質問をしても良いか?」

「え? ……はい、何でしょうか?」

摩耶さんの最後の一言に、俺が少し身構えながらそう返すと、摩耶さんは一言、質問した。


「弓本洋輝さん。君は……『何の記憶を失ってしまった』のかな?」


「……えっ」

摩耶さんからの質問に、俺が驚いたようにそう返す。そのまま暫く黙っていると、今度は華田さんが口を開いた。

「答えにくい質問だったらごめんなさい。けど、この質問実はすっごく大事な事なの。この村の住民にとってはね」

「それって、どういう意味ですか?」

華田さんの言葉に俺がそう聞くと、その質問に答えたのは摩耶さんだった。

「実は、私この村の住民達のカウンセリングも担当していてね。何かあった時はとりあえずこの診療所に来るようにと、住民達全員に言っているんだよ。先程の質問はその為の質問だ。……とはいえもちろん答えられない人もいるから、無理に答えなくて大丈夫だよ」

「確か、龍之介君は答えてくれなかったわよね」

摩耶さんの言葉に華田さんがそう言うと、摩耶さんは「ああ」と返した。

摩耶さんの質問に答えなかった人もいる。だが、あの質問はこの村にとって重要な意味を持つ……ような気がする。

俺は、暫く考えた後、口を開いた。

「……あの。俺、事故に遭ったらしいんです。知り合いから聞いた話だと、俺が運転してた軽自動車と大型トラックが正面から衝突したらしくて。頭からひどく出血してたみたいで、その知り合いは俺が死んだかと思ったって言ってました。……けど、俺、その事故に関する事を一切覚えていないんです」

俺がそこまで話すと、摩耶さんはカルテに記入しながら「成程」と口を開いた。

「そういえば、医師の一人が『弓本さんの頭部にある手術跡が気になる』と言っていた。……その事故の後に手術した跡か」

「多分、そうだと思います。……ただ、新聞記者や職場の同僚、上司に覚えてもない事故の事を色々聞かれて。……俺、それが嫌で、逃げるような形でこの島に来たんです」

摩耶さんの言葉に俺がそう返すと、今度は華田さんが「分かるわ」と返した。

「覚えてもない事を色々聞かれるのって苦痛よねー。もう、ほっといてくださいって感じ」

華田さんの言葉に摩耶さんが「経験あるのかい?」と聞くと、華田さんは少し考えて「……ちょっとね」と答えた。


問診が終わり診察室を出ると、ロビーの椅子には既にマスターが座っていた。マスターは俺に気づくと「終わったかい?」と口を開いた。

「今終わりました。特に異常も何もなかったみたいです」

俺がマスターに近づきながらそう返すと、マスターは「そうかい」と微笑んだ。


―摩耶さんは、問診の最後に「何かあったらこの診療所に来てくれ」と言った。

恐らくそれは、病気をした時や怪我をした時だけではない。失った記憶の事で何かあった時にも来てほしい、という意味合いも込められているのだろう。

この村での『健康診断』は、ごく一般的に受けられている『健康診断』以上に重要なものなのかもしれない。だからこそ、毎年受ける事が義務付けられているんだと思う。

俺はそう思いながら、健康診断の料金を払い、診療所を後にした。


【第4話に続く】

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