第2話「初仕事」③
閉店時刻が近づいてくると、徐々にお客様の数も減っていった。
ここの閉店時刻は午後7時。今日1日働いてみて分かったが、どうやらここのピークは正午から午後1時の間と午後3時から3時半の間らしい。
お客様の数も減って来た事もあってか、時々お客様の方から声をかけられ、少し話をする事もあった。元々人見知りをしないタイプの人間な為、話しかけられるのは苦ではなかった。
この島の住民だというお客様からは、この島の事を色々教えて貰ったりもした。その時に分かったが、この島にも色々な行事というものがあるらしい。個人的に少し楽しみなイベントもあった。
そうこうしている内に、お客様はいなくなり、店内には俺とマスターと久留実の3人だけとなった。
マスターが洗い物をしながら「さて」と口を開いた。
「今のうちに軽く掃除でもしておこうか。掃除道具は倉庫の方にあるから、好きなのを使って」
「はい、ありがとうございます」
マスターの言葉に俺はそう返し、言われた通り軽く掃除しようと倉庫の方に向かいかけた、その時。
―チリンチリン。
喫茶店のドアについているベルが鳴った。それはお客様が来たという意味を表す。
「あっ、いらっしゃいませ!」
俺がそう言って振り向くと、そこには黒い服を着た男性が立っていた。
男性はそのままカウンターの方に向かうと、口を開いた。
「……マスター、いつもの」
男性の言葉に、マスターは「かしこまりました」と返し、準備を始める。
……『いつもの』という事は、この喫茶店にはよく来ているのだろう。となると、彼もこの島の住民なのだろうか。
そんな事を考えていると、男性が俺の方をじっと見てきた。
「……あの、何か?」
俺がそう言って首を傾げると、男性は暫く何かを考えるかのような仕草をし、再び口を開いた。
「……あんた、どっかで一度俺に会うた事あったりせえへんよな?」
「……えっ?」
突然の質問に、俺はきょとんとしてそう返した。恐らくマスターや久留実もきょとんとしていただろう。
俺は暫く考え、再び口を開いた。
「……えっと、すみません。貴方とはこれが初対面のはず、ですが」
俺の返答に、男性は「せやな」と返した。
「……変な事聞いてすまんなあ。あんたどっかで見た事あるような顔しとったから、聞いてみただけや。……あんた、新入りなん?」
「はい。昨日からこの島に住む事になりました、弓本洋輝です。 よろしくお願いします!」
男性の質問に俺はそう返して頭を下げる。再び頭をあげると、男性は「ふーん」と口を開いた。
「……俺は『春日井龍之介』。多分あんたよりちょっと前からこの島に住み始めたもんや」
男性から聞いた名前に、俺はふと昨日愛依から聞いた話を思い出した。
大きな洋館に1人で暮らしている、基本的に人と関わろうとしない、『春日井龍之介』という人物。彼がその『春日井龍之介』だったのか。
そんな事を考えていると、男性は続けてこう言った。
「さっきあんな質問した後にこんな事言うのもあれやけど、一応言うとくわ。……あんま、俺に関わらん方がええで」
「……え?」
春日井さんの言葉に、俺は少し驚いたようにそう返した。
『俺と関わらない方がいい』。一体どういう意味なのだろうか? 彼自身が人と関わりたくないが為にわざとそう言っているのだろうか? ……それとも、何か特別な理由でも?
そんな事を考えていると、これまで何も言わなかった久留実が「あー!」と口を開いた。
「もう、龍之介さんまたそんな事言って! そういう事言うのはダメだって言ったじゃないですかー!」
久留実の言葉に、春日井さんは「やかましいわ」と少し呆れ気味に返した。
その後、今度はマスターが口を開いた。
「ごめんね、洋輝君。彼、この島の人には大体『自分とは関わらない方が良い』って言ってるから。あまり深く考えなくて大丈夫だよ」
「ああ、そうなんですか」
マスターの言葉に、俺は少し安心しながらそう返した。
恐らく、彼自身があまり人と関わりたくないタイプなだけなのだろう。あまりしつこく話しかけられるのは苦手だが、たまに少し話しかけるくらいなら許されるだろう。
目の前では、春日井さんと久留実が何やら話している。……というか、春日井さんが久留実の説教を軽く聞き流しながらコーヒーを飲んでいるという感じだ。
その様子に、俺は少し微笑ましいような、そんな気持ちになった。
そうこうしている内に春日井さんも退店した。その後、久留実がお店の看板を『OPEN』から『CLOSE』へと変えて戻ってくる。
閉店後の後片付けや掃除をしていると、食器を片付けていたマスターが口を開いた。
「さて、初仕事はどうだったかな?」
マスターからの質問に、俺は今日1日を頭の中で振り返り、答えた。
「最初は少し緊張しましたが、お客様から色々話も聞けましたし、徐々に緊張も解けて少し楽しかったです」
俺のその返答に、マスターは「そうかい」と返した。
「そう言ってくれて安心したよ。ミスもなかったし、初めてにしては完璧な接客だったと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
マスターの言葉に俺が少し照れながらそう返すと、マスターは再び優しい笑みを浮かべた。
この分なら、明日以降の仕事も何とかうまくできそうだ。
俺はそう思いながら、今日の仕事を終え、帰り支度を始めた。
【第3話へ続く】