第2話「初仕事」①
翌日。俺は『喫茶 laurier』の入り口の前に立っていた。
今日が初出勤。喫茶店の仕事は経験がない為、少し不安ではあった。ただ、昨日ここの喫茶店でコーヒーを飲みつつ様子を見ていた為か、ぼんやりとではあるが雰囲気は掴めつつあった。
俺は入り口の前で一度深呼吸すると、入り口のドアをノックした。すると、入り口のドアは勢いよく開いた。
「あっ、弓本さん! お待ちしてましたよー!」
中から現れたのは、やけに見覚えのある女の子だった。
「……あれ? 君は確か昨日の……」
「はい! 宗雪久留実です! お話はマスターさんからお聞きしました! ささ、中にどうぞどうぞ!」
そう言って、久留実は俺の手を引っ張った。少しよろけつつ中に入ると、丁度この店のマスターも店の奥に見える階段から現れた。マスターはすぐに俺の方に気づくと、「ああ」と口を開いた。
「待っていたよ、洋輝君。改めて、今日からよろしくね」
「はい、よろしくお願いします! ……あの、ところでこの子は……」
俺が久留実の事について聞こうとすると、マスターは「ああ」と再び口を開いた。
「その子とは昨日会ったばかりなんだよね、洋輝君は。……この島に来る子は、両親がいない事が多い。久留実ちゃんはその内の1人でね。1人でこの島で暮らすにはまだ幼過ぎるという理由で、僕と一緒に住んでいるんだ」
「ああ、それで開店前なのにここにいるんですね」
俺がそう返すと、今度は久留実が「そうなんです!」と返事をした。
「……いやー、これはお恥ずかしい話なんですが、私自身1人でこの島で暮らすという事が少々不安といいますか……正直怖くて。なので、私を育てると言ってくださったマスターさんには感謝してるんです! だから、私も喫茶店を手伝える時は手伝うようにしているのですよ!」
「……そっか。良い子なんだな」
久留実の言葉に俺がそう返して頭を撫でると、久留実は少し照れくさそうに「それほどでもー」と返し笑った。
その後、マスターが「さて」と口を開いて俺の方に近づき言った。
「早速だけど、まずはこの服に着替えてくれるかな?」
その言葉とともに手渡された紙袋を、俺は「あっ、はい」と返事をし受け取った。
中には、この喫茶店の制服と思われる服が入っていた。俺が紙袋を受け取ったのを確認したらしきマスターが、続けて口を開いた。
「2階の一番奥の部屋が更衣室になっているから、そこで着替えてきてね。洋輝君の分のロッカーも用意してあるから」
「はい、ありがとうございます。早速着替えてきます!」
俺はマスターの言葉にそう返事をし、更衣室へと向かった。
着替え終わって1階のカフェへと戻ると、2人は丁度開店前の掃除を終わらせたところだった。
掃除道具を片付けていたマスターがふと俺に気づき、「ああ」と口を開いた。
「よく似合っているじゃないか。恰好良いよ」
「あ、ありがとうございます」
マスターの言葉に俺が少し照れながらそう返すと、マスター同様掃除道具を片付けていたらしい久留実も俺に気づいた。
「わあー! よくお似合いですよ弓本さん! その制服、実はマスターさんのおさがりなんです!」
「え、そうなんですか!? なんかすみません……」
久留実の言葉に、俺が驚いてマスターに頭を下げると、マスターはクスッと笑って「謝らなくていいよ」と返した。
「その服は、僕が丁度洋輝君くらいの年齢の時に着ていたものでね。僕ではもう入らなくなってしまったから処分に困っていたんだよ。サイズが合うかどうか不安だったんだけど……丁度ピッタリだったようで安心したよ」
マスターの言葉に俺が「はい、ありがとうございます」と返すと、マスターは再びあの柔らかな笑みを浮かべた。
愛依の言った通り、マスターは凄く良い人だ。昨日からの会話や行動で、そう強く感じた。
マスターは再び「さて」と口を開いた。
「そろそろ開店の時間だ。久留実ちゃん、入り口の看板を『OPEN』にしてきてくれるかい?」
マスターの言葉に、久留実は「かしこまりました!」と返して入り口へと走った。
……いよいよ、俺の『初仕事』が始まる。そう思うと、少し緊張してきた。
そんな俺の様子に気が付いたのか、マスターが俺の右肩を軽くポンッと叩いて言った。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。この島の人達は皆良い人達だから、滅多に怒ったりしないと思うよ」
マスターのその言葉に、俺は「はい」と返事をした。
その瞬間、不思議と少し緊張がとけた、そんな気がした。
【「初仕事」②へつづく】