第13話「縛られた記憶~荒若るみか~」③
「……母親の事?」
翌日。俺は早速御厨さんのいる駐在所に行き、昨日浮かんだ疑問点を御厨さんに話した。
御厨さんの言葉に俺が「はい」と返すと、御厨さんは「ふーむ……」と暫く考える素振りを見せた。
「……わりぃ。そっちに関しては情報不足だ。特段『荒若るみか』に対して母親が何かをしていたっつー報告はなかったからな」
御厨さんの言葉に、俺は「……そうですか」と返すしかなかった。
―るみかの母親は、るみかに何もしていなかった?
だとしたら、本当に何故るみかは、母親までも拒んだのか……?
「……考えられるとすりゃあ、ただ単に『自分の記憶にない人達が、急に自分の名前を呼びながら近づいてきたから、怖くなって2人とも拒んでしまった』……ってとこだろうな。あいつは母親に関する記憶も失ってんだから」
御厨さんがそう言って、ひとつ溜息をつく。
御厨さんの考察は、一理あった。確かに、知らないはずの人達が自分の名前を呼びながら近づいて来たら、正直俺だって怖くなって逃げだすだろう。
……だが、果たして本当に『それだけ』だろうか?
暫く御厨さんと話しながら考えていた、その時だった。
「御厨さん! いる!?」
急に声が聞こえて振り向くと、そこには慌ててここにきたらしい宗次郎さんの姿があった。
「宗次郎さん? なんかあったのか?」
御厨さんがそう聞くと、宗次郎さんは少し息を整えてから一言、言った。
「大変なの! 『Memoria』のレッスン中に、急に誰かが入ってきて―るみかちゃんが、倒れちゃったの!!」
「なんだって!?」
宗次郎さんの言葉に、俺も御厨さんも驚いた。
「御厨さん、もしかして昨日の人達が……!」
俺がそう御厨さんにいうと、御厨さんは「だろうな」と返した後宗次郎さんの方を向きなおしていった。
「宗次郎さんが呼びに来たって事は荒若は診療所にいるんだろ? すぐに行く。その『誰か』には心当たりがあんだ」
御厨さんの言葉に、宗次郎さんは「分かった。先に行って待ってるわ」と駐在所を後にした。
宗次郎さんが去った後、俺と御厨さんはすぐに準備をし、るみかがいる診療所へと向かった。
診療所に到着すると、摩耶さんが「待ってたよ」と言い、るみかが休んでいる病室へと案内してくれた。
病室へと向かっている時に、摩耶さんが事情とるみかの今の状態について俺達に話した。とはいえ、摩耶さん自身も事情は『Memoria』のマネージャーから聞いただけで、詳しい事はよくわかっていないそうだが。
そんな話をしているうちに、るみかがいる病室に到着した。
摩耶さんが、病室のドアを2回ノックしてから中に入る。俺達も続いて病室に入る。
るみかは、既に目を覚ましていた。るみかは俺達の姿を確認すると、「ああ」といつもより少し弱弱しい表情で笑って見せた。
「やっほー、洋輝さんに御厨さん」
「よう、荒若。元気……では、ねえな」
るみかの言葉に御厨さんがそう返すと、るみかは「えっへへ……」と苦笑した。
「さっきローラや久留実、愛依にマスターもお見舞いに来てくれてね。いやー、色んな人に心配かけちゃったわ。……2人も、ごめんね。心配かけて」
「いや……、とりあえず、るみかが無事でよかったよ」
俺がそう返すと、るみかは「ありがと」と笑った。
「あっ、そうだ。2人とも、今時間ある? ……ちょっと、話したい事があってさ」
『話したい事』。
その一言だけで何の話かをすぐに察した俺は、御厨さんと目配せした。
「……摩耶さん」
御厨さんがそう言うと、摩耶さんは何かを察したように「了解」と一言だけ言ってその場を後にした。
摩耶さんが去った後、俺と御厨さんはるみかが座っているベッドの横に近づき、そこにあった椅子に座った。
「……で、『話したい事』ってのは?」
御厨さんがそう聞くと、るみかは「んー」と少し考える素振りを見せた。
「……とりあえず、何から話せばいいかわかんないんだけどさ。……あたし、『思い出した』んだ。自分の『両親』の事」
―るみかは、やはり『失っていた記憶を取り戻していた』。
恐らく、その『両親』が再度訪れた際、はっきりと思い出したのだろう。だが、急に思い出したものだから何らかの負担がかかり、るみかはその場に倒れてしまった。……これが恐らく、一連の流れ。
るみかは続けて話し始めた。
「あたしの両親……、特に父親は凄く厳しい人だった。自由に遊ばせてくれなかったし、進路だって自由に選ばせてくれなかった。ほら、『受験』ってあるでしょ? あれ、あたし小学校も中学校もそれで入ったんだ。……似合わないでしょ? けど全部ホントの事」
「……その『父親』ってのは、『荒若修造』ってやつか?」
るみかの話に御厨さんがそう聞くと、るみかは「あっやっぱ知ってるんだ」と答えた。
「そう。その『荒若修造』だよ。良い噂も悪い噂もどっちも流れてる、世界レベルで有名なお医者さん。……まあ、そんな良い噂も悪い噂も、どっちも事実なんだけどね」
「じゃあ……『自分の奥さんや娘に対してかなり厳しい』っていうのは……」
続けて俺がそう言うと、るみかは「ホントの事だよ」とはっきり言った。
「……けどね。その噂には一つだけ『間違ってる事』がある」
「『間違ってる事』……? どういう意味だ?」
るみかの言葉に御厨さんがそう聞くと、るみかは一呼吸おいてから一言、言った。
「あのね。あたしに対して厳しかったのは、『父親だけじゃない』」
「えっ……!?」
るみかの言葉に、俺も御厨さんも驚いた。
更に、るみかから発せられた『真実』に、俺も御厨さんも驚愕した。
「ううん。寧ろお母さんは、『お父さんよりも厳しかった』よ。テストは満点以外許されない。少しでも点数が落ちれば土日祝祭日全部返上して部屋でずっと勉強しなきゃいけなかった。しかもご飯もお菓子も抜きで。流石にお父さんは『厳しすぎるんじゃないか?』って話してくれたんだけど、それも聞く耳持たなかった。……だからあたし、家出する事にしたんだ。……幸い、2人とも夜遅くまで仕事してる事がある職業だったから、2人ともまだ帰ってきてないタイミングを見計らって、荷物をまとめて出て行ったんだ」
―その『母親』のやっていた事は、ほとんど『虐待』に近いものだった。
いや、もはやもう『虐待』と言って良いかもしれない。
……言葉が、出なかった。
るみかは話を続けた。
「……家を出てから暫くして、だんだん疲れてきてふらつき始めたんだ。それで倒れかけた丁度のタイミングで―そこを自転車が凄いスピードで来た。……当然、ぶつかるよね。多分、あたしが『両親』に関する記憶を失ったのはその時だと思う」
そこまで話したところで、るみかはいつもの表情に戻った。
「……以上。これが2人に『話したかった事』。まあ、大体予想はついてたと思うけどね」
るみかがそう言って笑う。
その言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
診療所を出て、御厨さんとも別れた後、俺は家までの帰り道でまた暫く考えていた。
……形はどうであれ、るみかは自らの失った記憶を取り戻した。という事は、るみかはこの島から出て何処かへ行かなければならない。しかも彼女には両親がいるのだから、両親のもとに戻らなければ。
(……けど)
果たして、このままるみかをあの『両親』のもとに戻しても良いのだろうか?
……いや、良くない。
『父親』の方は、もしかしたら話せば少しは分かってくれる人かもしれない。その可能性は充分ある。
……だが、『母親』は? あの人も『話せばわかってくれる』のか? 少なくとも、俺にはそうは思えない。
「……なんとか、しなければ」
家に帰る途中だったが、俺は立ち止まってそう呟き、再びあの診療所へと引き返した。
【「縛られた記憶~荒若るみか~」④へ続く】




