第1話「出逢い」②
愛依の道案内に従いながら着いていくと、学校らしき建物の隣に『喫茶 laurier』と書かれた看板が建てられているのが見えた。看板の隣にはちょっとおしゃれなログハウスが建っていた。愛依は「あっ!」と口を開き、そのログハウスの前まで走って行った。
「ここです! ここが聡彦さんが経営している喫茶店です!」
愛依はそう言いながら、俺の方を見て手招きしている。俺は愛依に近づき、ログハウスの方を見る。
ふと窓の方を見ると、中で1人の男性が店内の掃除をしているのが見えた。丁度開店準備中だったのだろうか。
窓から中をじっと眺めていると、たまたまこちらを向いた男性と目が合った。男性は「おや」というような表情をした後、掃除道具を近くの壁に立てかけると、店のドアの方に移動した。
数秒しない内に店のドアが開かれ、男性がこちらの方に近づいてきた。
「やあ、愛依さんじゃないか」
どうやら彼は俺だけじゃなく愛依にも気づいていたようで、どこか優しい声でそう言った。
愛依が「こんにちは、聡彦さん」と返すと、彼もまた「こんにちは」と返した。
「ところで……そちらの男性は初めてお会いするね。新しい住民かな?」
男性が、俺の方を見てそう言った。俺は「あっ、はい」と返した。
「今日からこの村に住まわせていただくことになりました弓本洋輝です。よろしくお願いします」
「洋輝さんだね、初めまして。僕は『興村聡彦』。見ての通り、喫茶店を営んでいるんだ。よろしくね」
お互いに自己紹介を済ませた後、興村さんは「ところで」と続けて言った。
「申し訳ないことに、今はまだ開店準備中なんだけど……もしかして、島の案内中かな?」
「それもあるんですけど」
興村さんからの問いに答えたのは愛依だった。
「洋輝さん、ここに引っ越してきたばっかりでお仕事がまだ決まってないんです。それで、丁度ここで従業員を募集してると秀将さんからお聞きしまして!」
愛依がそう言うと、興村さんはどこか嬉しそうな表情で「おや」と返した。続けて俺の方を向き、確認するかのように「そうなのかい?」と聞いた。俺が「はい」と返すと、興村さんは微笑みながら言った。
「それは有難い。ここのところ、この村も住民や観光客が増えてきていてね。人手が足りない所だったんだ。早速、明日から働いてもらう事になると思うけど……引っ越しの後片づけとか大丈夫かい?」
「はい。実はさほど荷物は多くないので、片づけの方はすぐに終われると思います」
興村さんからの問いに俺がそう返すと、興村さんは「そうかい」と返した。
「それじゃあ、早速明日から働いて貰おうかな。今日はとりあえず島の案内からだね。……ああ、そうだ。島の案内が終わったら、2人でまたここに戻っておいで。コーヒーでもごちそうしてあげるよ」
「本当ですか? ありがとうございますー!」
興村さんの言葉に愛依がそう返すと、興村さんは再び微笑みを浮かべた。
「案外あっさり承諾してくれたな……」
喫茶店から離れた俺がそう呟くと、隣にいた愛依が「ねっ?」と答えるように口を開いた。
「優しい方だったでしょう、聡彦さん!」
「いや、まあそうだけど……まさか面接も無しに受け入れてくれるとは思わなくて」
「最近、聡彦さん忙しそうにされてましたからねー。一人でも手伝ってくれる人がいるだけで心強いんですよ、きっと! ……それに」
愛依の言葉に俺が「それに?」と聞き返すと、愛依は俺の方を見て答えた。
「聡彦さん、人を見る目があるんですよ。職業柄、っていうんですかねー? 多分、さっきの短時間で洋輝さんが良い人かどうかを判断してたんだと思います。そして、『この喫茶店で働いても大丈夫な人』だと判断したんだと思いますよ」
「人を見る目……か」
愛依の返答に、俺が呟くようにそう返すと、続けて愛依が「まっ、私も大丈夫だと思ってましたけどね!」と明るい笑みで返した。
その後も、2人で色々と話しながら島をまわっていると、前方から3人の少女達が話しながら歩いてくるのが見えた。
あの子達もこの島の住民なのだろうか、なんて考えながら見ていると。
「あれ、愛依じゃん。やっほー」
集団の1人がこちらに気づいたようで、愛依の名前を呼びながら手を振っている。その声に愛依も気づいたようで、「あっ!」と答え、彼女に駆け寄った。
「るみかさん! ローラさんに久留実さんも! 今帰りですか?」
「そっ、さっきまで握手会イベントやってたからねー。……で、そっちの人は?」
『るみか』と呼ばれた少女が、俺の方を見てそう聞いた。その質問に答えたのは愛依だった。
「ああ、彼は弓本洋輝さん。新しく引っ越して来た住民さんなんですよ!」
愛依の言葉に、るみかが「へえー」と返した。
「初めましてー。あたしは『荒若るみか』。愛依とはクラスメイトなんだー。よろしくねー」
るみかの言葉に「よろしく」と返すと、るみかは他の2人の方を見ながら言った。
「ほらほら、2人も自己紹介しなよ」
その言葉に、1人の少女が「あっ、そうでした!」と明るい声で答えた。
「初めまして、洋輝さん! 『宗雪久留実』です! 隣にいるるみかさんとローラさんとともにローカルアイドルをやってます! 好きな言葉は努力と気合! 以後、お見知りおきを!」
久留実の勢いある自己紹介に「お、おう……」と押され気味になっていると、るみかが少し困った顔で笑いながら口を開いた。
「アッハハ……ごめんね? 久留実、いつもこうなんだよ。まあ、暫く話すうちに慣れてくると思うから、仲良くしてね? ……それと、いい加減あたしの後ろから出てきてくれないかなー、ローラ?」
るみかのその言葉に、『ローラ』と呼ばれた少女がひょっこり顔を出す。……が、数秒経たない内にまたるみかの後ろに隠れてしまう。その様子に、るみかは再び困ったように笑う。
「……ホントごめんね、洋輝さん。この子、物凄く人見知りでさ。……えっと、この子は『ローラ・リサ・レフラー』。あたしと久留実と一緒に、ローカルアイドルとして活動してるんだ」
るみかの言葉に俺が「そっか」と返すと、愛依がるみかの言葉に補足するように口を開いた。
「彼女達のユニット、ローカルアイドルでありながらすっごく人気なんですよ! 『Memoria』っていうんですけど、この島のみならず、色んな所で活躍しているんです。特に、るみかさんは歌もダンスもこの村の中では1番といわれているくらいなんです!」
愛依の言葉に、るみかが少し照れながら「大袈裟だって」と答え、続けて言った。
「けどまあ、実際色んな所で活動してるから、機会があったら洋輝さんもライブ観に来てよ。1度でいいからさ」
「うん、機会があったら観に行くよ」
るみかの言葉に俺がそう返すと、るみかは「待ってるよ」と爽やかな笑顔で言った。
るみか達と別れた後も、島の案内は続いた。
診療所、駄菓子屋、警察署……。こうして見ると、島には案外色んな施設が建てられていた。
そして、島を歩いていると本当に色んな人達がいる事も分かった。歩く度に、色んな人から「新入りかい?」「よろしくね」等と声をかけられる。皆良い人達ばかりなのだろう。
……そして、彼等もまた、何かしらの記憶を失って、様々な理由でここで暮らしている。
「……? 洋輝さん、どうしました?」
いつの間にか考え込んでしまっていたらしく、隣にいた愛依が心配そうにこちらを見てそう聞いた。
その問いに、俺は「……いや、なんでもない」と返した。
そうだ。考え過ぎるのも良くない。
今は、早くこの島に馴染めるように頑張ろう。
島から見える海に沈み行く夕日を眺めつつ、俺はそう決意を新たにした。
【第2話へ続く】