第12話「勿忘祭」①
4月。冬が終わり、だんだんと暖かくなってき始めた頃。
いつものように起床し、準備を整えてアルバイトに出かけようとドアを開いて外に出る。
だが、この時期はいつもと少し違う事がある。
「……やっぱ凄いな、何度見ても」
そう呟きながら、俺は家の反対側にある小さな丘を見つめる。
―その丘一面に咲いていたのは、この島のシンボル『勿忘草』の花だった。
3月から少しずつ開花していたらしいが、4月は特に『勿忘草』の花が満開になって綺麗な時期だとマスターから聞いていた。1つ1つは小さい花だが、それが集まって一面に咲いているのを見ると、この村が『勿忘草島』と呼ばれているのも頷ける。
俺は暫くその丘を眺めてから、バイト先である喫茶店へと向かった。
喫茶店に到着すると、俺が挨拶をするより早く、久留実が近づいて来た。
「おはようございます、弓本さん!」
久留実の元気のいい挨拶に少し圧倒されながら、俺は「おはよう」と返した。
その後ろの倉庫から、とある準備をしていたらしいマスターが顔を出した。
「ああ、来たね。おはよう洋輝君。早速だけど準備の方手伝ってくれないかな?」
「あっ、おはようございます! 分かりました!」
マスターからの言葉に、俺はそう返事をして倉庫の方に向かった。
『準備』というのは、来週末に行われる『記憶淵村』の一大イベント『勿忘祭』の準備の事だ。
この『勿忘祭』はこの島で一番盛り上がるお祭りで、島の住民はもちろんの事、島の外から来た観光客もたくさん来て盛り上がるのだという。
出店も『ハロウィン祭』以上にたくさんあるとの事で、その中には『喫茶 laurier』の出店も含まれている。その為一旦喫茶店はお休みし、その代わりに出店の準備をしているのである。
久留実も、春休みの間は『勿忘祭』の出店の為の準備を手伝っているらしい。
「……そういえば久留実、『勿忘祭』のステージには『Memoria』も出演するんじゃないか? そっちの練習は大丈夫か?」
ふと浮かんだ疑問を聞くと、久留実は「大丈夫です!」と返事をした。
「『Memoria』の練習も順調ですよ! 今日は本番に向けて一旦お休みしようかって事でこっちを手伝ってるんです!」
「そっか。……怪我には気をつけろよ?」
久留実の言葉に俺がそう返すと、久留実は「ありがとうございます!」と元気よく返事をした。
今日の仕事を終えると、俺はいつもより少しゆっくりめに帰り道を歩いた。
道のあちこちに、『勿忘草』の花が咲いているのが見える。
(綺麗だなあ……)
沈んでいく夕日と相まって、より一層綺麗さが増している気がする。
そんな事を考えながら帰っている、と。
(……ん?)
ふと前方に、何やら黄昏ている人影が見えた。近づいてみると、それは俺がたまに見かけている人物だった。
「……おきくさん?」
そう声をかけると、おきくさんは俺の方を見て「おや」と口を開いた。
「こんにちは。……ああ、今はこんばんは、かいね?」
「こんにちは。どっちでも良いと思いますよ。……ところで、ここで何を?」
おきくさんの言葉に俺がそう返すと、おきくさんは「ああ……」と再びガードレールの方を向いて言った。
「花を見てたんじゃよ。『勿忘草』の花を。……今年は特に綺麗じゃ思うてのぉ」
「そう、なんですか」
「そうじゃ。去年よりたくさん咲いとるように見えるのぉ。……ところで」
そう言って、おきくさんは再び俺の方を見る。俺が「なんでしょうか?」と首を傾げると、おきくさんは続けて言った。
「弓本さんは、ある『噂』を聞いた事ないかえ?」
「『噂』……?」
おきくさんの言葉に俺がそう聞き返すと、おきくさんは「そうじゃ」と頷いた。
「実はこの島に咲く『勿忘草』の花には、ある能力があるんじゃ」
「能力?」
「そう。その能力っていうのが―『失った記憶を運んでくる能力』じゃ」
「……えっ!?」
おきくさんの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
『失った記憶を運んでくる能力』。それがもし本当に、この島に咲いている『勿忘草』の花にあるのなら。もしかしたら―『勿忘祭』が終わったら。
よほど俺が動揺しているように見えたのか、おきくさんは「ホッホッホ」と笑って言った。
「あくまで『噂』じゃがのぉ。……じゃが、もしそれが『本当』なら、今年は去年より多くのもんの記憶が、戻るかもしれんのぉ?」
そんな意味深な言葉を残し、おきくさんはその場を去って行った。
『失った記憶を運んでくる能力』。
その言葉が、俺の頭からずっと、離れずにいた。
【「勿忘祭」②へ続く】




