第10話「不穏な空気は冬に漂う②」
―あの後、俺達は至急華田さん達に電話をして来てもらった。
摩耶さんは、予めソファーに寝かせておいた春日井さんに近づき容態を確認し始めた。宗次郎さんもそのサポートをするかのように摩耶さんの横に並ぶ。
「……ところで、一体何があったんですか?」
華田さん達を待っている間、俺は御厨さんにそう聞いた。御厨さんは「それがな……」と説明を始めた。
「いつものように俺がパトロールしてたら、どうやって入ったのかまでは分からねえが、学校のグラウンドの真ん中に春日井が立ってたんだよ。しかも1人で」
「正門が開いていたんじゃないのかい?」
マスターがそう聞くと、御厨さんは「いんや」と首を横に振った。
「学校は丁度冬休みだったし、校門は全部しまってた。多分、校門をよじ登ったんだろうな。ただなんか様子がおかしかったからよぉ、俺も正門よじ登って春日井に近づいたんだ。んで声をかけようとしたら……」
「そのまま倒れた、と」
御厨さんの言葉にマスターがそう言うと、御厨さんは「そういう事」と頷いた。
「あの、様子がおかしかったっていうのは……?」
続けて久留実がそう聞くと、御厨さんは「ああ」と答えた。
「グラウンドの真ん中で、ずっと空を見てたんだよ」
「空を……? あんな『薄着』で……?」
御厨さんの言葉にマスターがそう返すと、御厨さんは「そうなんだよ」と返事をした。
確かに、こんな寒い時期に『黒の長袖Tシャツ』に『黒のズボン』『黒のスニーカー』のみというのはかなりの『薄着』だ。どのくらいの時間、そんな恰好でグラウンドの真ん中に立っていたのかはわからないが、もしかなり長時間経っていたとすれば命の危険だってある。
……そもそも、何故そんな『薄着』でグラウンドの中央で空を見上げながら立っていたのだろうか。
そんな事を考えていると、「ふう」という摩耶さんの溜息が聞こえてきた。
「あの、摩耶さん。春日井さんは……?」
俺がそう摩耶さんに聞くと、摩耶さんは少しホッとした表情で答えた。
「大丈夫。命に別状はないよ。ただこの『薄着』で外に出てから小一時間は経ってる。御厨さんが来るのがもう少し遅ければ、危なかったかもしれないね」
「そうか……。すまないね、2人とも。せっかくの休診日だったのに」
マスターがそう言うと、宗次郎さんが「気にしないで、興村さん」と返した。
「それにしても……なんでこんな『薄着』で外に出たのかしら? しかも何をするわけでもなく、グラウンドの真ん中に突っ立って空を見上げてただなんて……」
宗次郎さんはそう言って、春日井さんの方を見る。つられて俺も春日井さんの方を見ると、春日井さんはまるで死んだかのように眠っている。一応、死んではいないのだが。
「これは私の憶測でしかないのだが、恐らく春日井さんが失った記憶と関連があるんだろうね。『雪』『学校』『グラウンド』……。これだけだと、私達では全く見当がつかないけどね」
「春日井さんが失った……記憶……」
摩耶さんの言葉に、俺はそう返すしかなかった。
―思えば、この時には既に不穏な空気が漂い始めていたのかもしれない。
だが、この時は、俺を含め―誰もその事に気づかないままでいた。
【第11話に続く】




