第1話「出逢い」①
島に到着すると、俺は船を降りて辺りを見渡した。
パッと見は、凄くのどかな村だった。恐らく大多数が想像する『田舎』そのもの、といったところか。
家の数はそんなに多い方ではなく、平屋が多い印象だった。
暫くすると、1人の男性が歩いているのが見えた。男性はこちらに気づくと、「おー!」と大きく手を振りながら近づいてきた。
「お前さんが、この村の新しい住民じゃな?」
「あ、はい。『弓本洋輝』です。今日からお世話になります」
そう言って俺が頭を下げると、その男性は「がっはっは!」と豪快に笑って言った。
「そんなかたくならんでもええ。こん村の住民は、みーんな優しい人じゃけぇ」
男性の言葉に俺が「は、はぁ……」と返事をすると、男性は「おっと」と続けた。
「そういやー自己紹介がまだじゃったのぉ。わしゃ『舘島秀嗣』。こん村の長じゃ。……と言っても、見ての通りのどかな村じゃ。滅多なことが起こらん限り、やる事はあんまりないんじゃがのぉ!」
村長はそう言って再び「がっはっはっは!」と笑った。のどかな村とはいえ、それでいいのか村長よ。
とはいえ、村長がそう言っているということは、この村は平和で安全な村なのだろう。事件とかそういう事もあまり起こらなさそうだ。
そう思いながら再び辺りを見渡すと、一人の女の子がこちらをじっと見つめているのに気が付いた。なんだろう。新しい住民が来る事自体が珍しいからなのだろうか。そう思いながら見ていると、女の子はパッと明るい笑顔になり、こちらに駆け寄ってきた。「あの!」と声をかけてきた彼女に、俺が「ん?」と返すと、少女は物凄い笑顔で。
「あの! 貴方もしかして、私の『運命の人』ではありませんか!?」
……とんでもない事を言い出した。
俺が「ハ?」とポカンとした顔で返すと、村長がまた豪快に笑って言った。
「やーすまんすまん! その子、今日の占いで『運命の人が現れるかも!』なんて言われたみたいでのぉ!」
村長の言葉に、俺は「ああ……」と返した。成程。この子はそういう占いを信じるタイプか。都内でも何人か見かけたことがある。俺は占いはあまり信じない方なのだが。
村長が、その女の子に向かって口を開いた。
「ほれ、まずは自己紹介じゃろうて」
女の子はハッとした表情で「あ、そっか!」と返した。
「すみません、そうですよね! 『依田愛依』、高校3年生です! これからよろしくお願いします!」
『依田愛依』と名乗ったその子は、満面の笑みでお辞儀をした。それにつられるかのようにこちらも慌てて「弓本洋輝です」とお辞儀をしながら返すと、彼女は「洋輝さん……!」と満面の笑みを浮かべた。
「素敵なお名前ですね! うん、私覚えました!」
そう言って、愛依はフフッと笑った。今まで名前が素敵だと言われた事が無かった俺は、少し動揺しつつ「あ、ありがとうございます」と返した。
役場での色々な手続きを終えると、愛依が役場の入り口前で待っていた。なんでもこの村を案内したいらしい。手続き自体昼過ぎには終えてしまい丁度暇だった俺は、その言葉に甘える事にした。
案内されている間、俺は辺りを見渡す。あちこちから「よお、新入りかい!」「よろしくねー!」など挨拶する声が聞こえる。その一つ一つに「よろしくおねがいします」と会釈で返す。なんだか、少し人気者になった気分だ。
ふと、一軒の家に目が止まった。家、というか、もはや『洋館』だった。一見人が住んでいるようには見えないが。
「……あの、愛依?」
俺がそう愛依に話しかけると、愛依はどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私の事、もう名前で呼んでくれるんですね! 嬉しいです……!」
「あーうん、まあね。……それより、あの館には誰か住んでるのか?」
俺がそう言うと、愛依は「あーあそこですか?」と返した。
「あそこには、『春日井龍之介』さんという方が1人で住んでるんですよ」
「1人で!? あんな立派な館に!?」
俺が驚いたようにそう返すと、愛依は「はい」と頷き、続けて言った。
「龍之介さん、基本的に誰とも関わろうとしないんです。とはいえ、完全に近所付き合いを拒否してるって感じでもないみたいなんですけどね。……っていうか、村長さんとか一部の人が半ば強制的に付き合わせてる、みたいな感じなんですけど」
愛依は、そう言って少し困ったような笑みを浮かべた。
俺は館の方をじっと見つめた。春日井龍之介……少し会ってみたい、ような。
そんな事を考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「よぉ。そいつ新入りか?」
その声に、俺も愛依も振り向く。
そこにいたのは、わりと恐い顔をした、俺より身長が高い男性だった。その姿に、俺は思わず驚いたように数歩後ずさる。だが、愛依の方は平気らしく、「あっ!」と口を開いた。
「秀将さん、こんにちは! パトロール中ですか?」
「……パ、パトロール……?」
愛依の言葉に俺がそう聞くと、男性が「おう」と返した。
「『御厨秀将』、この村で警察やってんだ」
「……えっ、警察……!? す、すみません! 俺さっきびっくりして後ずさっちゃって……!」
御厨さんの言葉に俺がそう言って頭を下げると、御厨さんは「あー」と口を開いた。
「別に気にしてねぇから、気にすんな」
「そうですよー洋輝さん! この人第一印象で恐がられる事の方が多いんですから!」
「おう……随分はっきり言ったなぁ依田よ……」
愛依の言葉に御厨さんがそう返すと、愛依は「だって事実じゃないですかー」と笑いながら返した。御厨さんは少し困ったような笑みを浮かべながら「そうだけどよぉ……」と返した。もしかしたら、この人根は良い人なのかもしれない。
そんな事を考えていると、御厨さんが「ところで」と再び口を開いた。
「てめえら何してんだ? 出逢って早々デートか?」
「ちっ……違います! 愛依に島を案内してもらってるだけです……!」
御厨さんの言葉に俺が動揺しながらそう返すと、御厨さんは「冗談だって」と笑いながら言った。
「そうか、島の案内か。……あっ、なあ依田。『興村さん』のとこはもう案内したか?」
「興村さん……?」
御厨さんの言葉に俺が首を傾げながら返すと、御厨さんは「その様子じゃまだみてぇだな」と返した。
「この近くに、興村さんがやってる喫茶店があんだよ。『laurier』ってとこ。結構洒落てる喫茶店でなぁ。そこが今従業員を募集してるらしい。どうせこの村に引っ越してきたばっかりで、職がまだ決まってねぇんだろ? だったら行ってみな」
その言葉に、愛依がハッとしたように「そうですね!」と返した。
「それが良いですよ洋輝さん! 聡彦さんはとっても優しいマスターさんなので、きっと洋輝さんの事もあたたかく受け入れてくれますよ!」
その言葉に俺が「そうかな……」と返すと、愛依は「そうですよ!」と返した。
確かに、この村に引っ越してきたばかりで、決まっていたとしたら家の場所くらいだった。丁度、この村での仕事をどうしようか考えていた為、その喫茶店が従業員を募集しており受け入れてくれるなら有難い話だ。
「……わかりました。行ってみます」
俺がそう答えると、御厨さんは「おう、行ってこい」と微笑みながら返した。
【第1話「出会い」②へ続く】