第8話「島の長②」
村長と歩きながら話していると、やがて目的地に到着した。
そこそこ広い公園。中にはビニールシートを敷いてピクニックのようなことをやっている家族もちらほら見えた。この公園は景色も良く、観光客がここで休んでいく事もあるほど有名だと前に教えて貰った事がある。俺は初めて来たのだが、確かにピクニックにはうってつけの場所だ。
少し歩くと、村長の言うように木製のベンチがあった。ベンチに近づくと、先に村長が左端の方に座った。続けて俺も右端の方に座る。
「……さて、さっきの話の続きじゃが」
しばらくして村長がそう言った。その言葉に俺が村長の方を向いて「はい」と答えると、村長はその返事を確認したかのように頷くと、続けて話し始めた。
「わしが村長になったのは、2年くらい前じゃ。この島に来たのが村長になる5年程前じゃけぇ、村長に任命された時にゃ、この島で一番長く暮らしとる爺さんになっとったんじゃ。前の村長が亡くなって、次の村長を誰にしようかと当時の住民全員の話し合いがあったんじゃが、満場一致でわしがなる事になっての」
「じゃあ、2年前から新しい住民を出迎えたり、記憶を取り戻した住民を見送ったりしてたんですね」
村長の話に俺がそう返すと、村長は「そうじゃ」と頷いた。
「まあーわしも歳じゃし、この島にずっと居続けるのも悪くないと思うてのぉ、村長という職を引き受ける事にしたんじゃよ。この島は居心地が良いし離れがたいわい! ガッハッハッハ!」
村長はそう言って笑う。
確かに、この島は居心地が良い。のどかで、時間もゆっくり進んでいくように感じる。島の住民達も皆良い人達ばかりだ。……若干1名よくわからない人もいるが、その人もきっと悪い人ではないのだろう。
「……じゃが」
ふと、村長が急に真面目な表情になって再び口を開いた。
「えっ、何ですか……?」
俺が恐る恐るそう聞くと、村長は再び話し始めた。
「前の村長じゃがの、実はわしよりも数十歳若かったんじゃ。そうじゃのぉ……今の住民で言う、御厨さんくらいの年齢じゃった」
「えっ!? 御厨さんくらいって事は相当若いじゃないですか!?」
村長の言葉に俺が驚いてそう返すと、村長は「うむ」と頷いた。
「あやつもなかなか良い奴じゃった。人望も厚かったんじゃよ。村長として信頼されとった。わしも信頼しておったしのぉ」
「じゃあ、どうして亡くなったんですか? 何か、病気でもされてたんですか?」
俺のその質問に、村長は「うんにゃ」と首を横に振って一言、答えた。
「……『記憶』じゃ」
「……『記憶』……?」
村長の言葉に俺がそう返すと、村長は「そう」と頷いた。
「彼は、失っていた『記憶』が何らかの拍子に戻ったんじゃ。じゃがその瞬間、彼の精神が崩壊してしまった。相当辛い記憶だったんじゃろ。そうして彼は次第に村長としての職務を放棄し家に閉じこもりっきりになってしもうた。……そして」
「……もしかして、『自殺』を……?」
村長の話に俺がそう聞くと、村長は何も言わずゆっくり頷いた。
ふと、以前摩耶さんが話していた事を思い出した。
―『失った記憶を思い出すリスク』。
もしかして、摩耶さんは前の村長の事を知っていたのだろうか? だから、俺にもあんな話を?
その疑問はわりとすぐに解決した。村長が、少し悲し気な表情で再び話し始める。
「……前の村長が住んどった家。その向かいの家に住んどった摩耶先生が異変に気付いてのぉ。ある日わしと2人でその家を訪ねたんじゃ。インターホンを押しても反応はなかった。じゃが玄関の鍵は開いとってのぉ。不審に思ってリビングの方に向かったんじゃ。……そして、首を吊った状態で亡くなっとる彼を発見した」
……村長の話を聞くだけで、胸が締め付けられる。
前の村長は、どれだけ辛い記憶を失っていたのだろうか。それを『思い出してしまった』辛さは、どれほどのものだったのだろう。
……もし、俺が今失っている『記憶』も、そのくらい辛い『記憶』だったら。……それを思い出してしまった時、その辛さに俺は耐えられるだろうか。
しばらく、沈黙が続いた。俺は、何も言えずにいた。
……だが、次の瞬間、いきなり村長がいつもの豪快な笑顔で笑い始めた。
俺が驚いたように「えっ!?」と言うと、村長は俺の方を見て再び口を開いた。
「いやーすまんのぉ! しんみりした話までしてしもぉたわい!」
「あ、いえ! 俺の方こそ辛い話をさせてしまってすみません!」
村長の言葉に俺がそう返すと、村長は「構わん構わん!」と笑いながら言った。
その表情に、俺は内心ホッとした。よかった、いつもの笑顔だ。
村長と別れた後、俺はまた少し考えた。
―『失った記憶を思い出すリスク』。
前の村長は、『村長』という立場を放棄するほどに辛い記憶を思い出した事になる。
……今の村長は、どうなのだろうか。
(……いや)
そこまで考えた所で、俺は首を横に振った。
そうだ。これ以上は考えないでおこう。俺は『弓本洋輝』であって、『舘島秀嗣』ではない。彼の記憶を、彼の心情を、俺が分かるはずがない。理解できるはずがない。
そう思い、俺は帰路についた。
【第9話に続く】




