第8話「島の長①」
9月も後半に差し掛かってきた頃。
今日は喫茶店も定休日で、何もやる事もなかったので昼に少し散歩でもしようとなんとなく外に出た。
俺の住んでいるアパートは、すぐ目の前に海が見える。窓から見る景色も綺麗なのだが、外に出ると潮の香りが漂ってくる。秋に見る海というのもなかなか良いものだ。そんな事を考えながら海岸沿いを歩いていると。
「……あれ?」
港の方に人影が見えた。近づいてみると、1人の女性が船に乗っている。俺がこの島に来た時に乗っていた船と同じものだ。他にいたのは船を操縦する運転手と―港の方で女性と何やら話をしている、村長だった。
しばらくすると船が動き出し、村長はその船に向かって手を振り始めた。恐らく見送っているのだろう。
「村長、こんにちは」
船が遠ざかっていくのを確認してから俺がそう声をかけると、村長は俺の方を見て「おお!」といつもの豪快な笑顔で口を開いた。
「お前さんか! なんじゃ、今日は店は定休日じゃったか」
「はい。だから散歩でもしようかと。……あの、さっき船に乗って行ったあの『女性』って」
村長の言葉に俺がそう返すと、村長は「ああ」と海の方を向きなおして答えた。
「察しの通りじゃ。あの人はこの村に住んどる間に『失った記憶を思い出した人』。じゃけぇ、見送っとった。これも、村長の仕事じゃけぇの」
そう言いながら、村長はずっと海の方を見つめていた。俺も先程船が出発した方向を見つめる。
この島には、『失った記憶をすべて思い出した場合、例外を除き島を出なければならない』という掟がある。
『例外』というのは、『島を出てもどこにも行くあてがない未成年者やお年寄り』『病気が理由で記憶を失っている人』『村長という立場にいる人』の3つだ。
そのどれにも当てはまらない場合、掟通り島を出なければならない。……いずれは、俺もこの島を出る事になるだろう。先程の女性のように。
「……あの、村長」
俺が再び村長の方を向いて話しかけると、村長は「ん?」と返事をした。
「あの、村長は記憶を思い出してもここから出られないんですよね」
「そうじゃ。村長という立場を引退するかこの島で死なん限りはな」
「それに加えて、島を出る人達を見送る仕事もしなければならない……。……やっぱり、寂しいですか?」
俺がそう聞くと、村長は「そうじゃのぉ」と少し考える仕草を見せてから答えた。
「……寂しくない、といえば嘘になる。じゃが、島の掟である以上仕方あるまい」
「それは、まあ、そうですよね……」
村長の言葉に俺がそう返すと、しばらくの沈黙が続いた後、村長が「ガッハッハ!」と笑いだした。
「それに案外すぐ新しい住民が増えたりするけぇ、『寂しい』と思えるのもほんの一時じゃわい!」
そういつもの笑顔でいう村長に、俺は「そう、なんですか」と笑顔で返した。
成程。案外そういうものなのか。誰かがこの島を出て行ったかと思えば、また新しい誰かがこの島にやってくる。村長は、その度に見送ったり出迎えたりしているのだろうか。……いや、というかそもそも。
「村長って、いつから村長なんですか?」
ふと気になった疑問を俺が聞くと、村長は「知りたいか?」と返した。
「じゃがこのまま立ち話もなんじゃけぇ、どこかで座って話さんか? ……正直なところ、年寄りに長い立ち話は辛いわい」
村長の言葉に俺がハッとして「すみません!」と慌てて頭を下げると、村長は再び「ガッハッハ!」と笑った。
「謝らんでもええ! ……そうじゃのぉ。この近くに広い公園がある。そこにベンチがあったはずじゃけぇ、そこまで行こう」
村長はそう言って、歩き始めた。俺も「はい!」と返して、その後ろからついていくように歩き始めた。
【「島の長」②へ続く】