第7話「失った記憶を思い出すリスク①」
春日井さんとの件があって数日。だがそれでもあの時の春日井さんの様子を忘れる事は出来なかった。
その所為であまり夜も眠れず、何度か仕事中ボーッとしてしまう事があった。そんな様子を見ていたのか、昨日マスターからも久留実からも心配されたほどだ。
今日は元々休みではあったのだが、それでも結局朝まであまり眠れず、とりあえず朝から散歩でもして気分を紛らわそうとする。それでも。
『あんた……やっぱ、ここやないどっかで……』
そんな春日井さんの言葉が、何度も頭に浮かんでくる。
一体どこで会ったというのだろう。もしかしたらどこかですれ違っただけかもしれない。……だが、だとしてもあそこまで過剰に反応するはずがない。……だとしたら何故?
「……春日井さんと知り合いだった……?」
思わずそう呟かざるをえなかった。だって、そうとしか考えられないのだ。あの『交通事故』が遭ったその時に、当時の記憶を失ったと同時に『春日井龍之介に関する記憶』も失っている、としか。
「おや? 弓本さんじゃないか」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。ハッとして声の聞こえた方を向くと、そこには俺の予想通りの人物が立っていた。
「あっ、おはようございます摩耶さん!」
そこにいたのは記憶淵診療所の院長、摩耶さんだった。摩耶さんは「おはよう」と少し笑いながら返すと、俺の方に歩いて近づいてきた。
「今日は診療所はお休みですか?」
「ああ。だがいつもの癖でね、つい早く起きてしまったんだ。だから散歩でもしようかと思ってね。弓本さんもか?」
「えっと、まあ、そんなところです」
流石に『眠れませんでした』と言えず、摩耶さんの言葉に俺がそう返すと、摩耶さんは俺の方をじっと見てきた。
「……な、なんですか……?」
戸惑いつつ俺がそう聞くと、摩耶さんはしばらく俺の方を見つめた後、再び口を開いた。
「……弓本さん。君、さては『寝てない』ね?」
「……えっ!?」
摩耶さんの言葉に俺が思わず驚いてそう返すと、摩耶さんは「図星か」と少し溜息混じりに返した。
「私の目はごまかせないよ弓本さん。これでもちゃんとした医者なのだから」
「そう、ですよね……。すみません、ここ数日ちゃんと眠れませんでした」
摩耶さんの言葉に俺がそう返すと、摩耶さんは「よろしい」と返し、続けた。
「しかし睡眠不足か……。何か悩みでもあるのか?」
「ええ、まあ……ちょっと」
「そうか。私でよければ相談に乘りたいところだが……今日は興村さんの所の喫茶店も休日だし……」
俺の言葉に摩耶さんが少し考えながらそう返した。その後摩耶さんは少し考えた後「そうだ」と再び口を開いた。
「この近くに、宗次郎と二人でよく行くフレンチレストランがあるんだ。よかったらそこで少し話を聞かせてくれないか?」
「えっ、良いんですか!? あっけどそこってお高いんじゃ……」
「そこまで高くないよ。それにお金のことは心配しなくていい。私が払うからね」
「えっ!? あ、いやけど、話を聞いて頂けるのは嬉しいですがそこまでしてもらうわけには……!」
摩耶さんの言葉に俺が慌ててそう返すと、摩耶さんは「いいからいいから」と笑いながら言った。
「これは私が好きでやってる事だから、気にする必要はないよ」
摩耶さんはそう言った後、「ほら行くよ」と俺の手を引いて歩き出した。俺は「わっ」とそれにつられるように歩き始めた。
歩きながら時々摩耶さんの方を見ると、摩耶さんも時々俺の方を見てフッと微笑んだ。
……この島の人達は皆何かしら面倒見が良いというか、優しいというか。……あまり良い言い方ではないかもしれないが、『お節介』な人が多い。
摩耶さんは特にそうだ。……だからこそ、この島で医者として周りから慕われているのだろう。
俺は流石だと思いながら、摩耶さんの後ろをついていった。
【「失った記憶を思い出すリスク」②へ続く】




