第4話「勝負」②
「あ、御厨さん! いらっしゃいませ!」
俺がそう言って頭を下げると、御厨さんはいつもの表情で「おう」と返事をした。その後、春日井さんの姿を見つけると「おう?」と再び口を開いた。
「なんだなんだ、珍しいやつがいんじゃねえか」
御厨さんが春日井さんに近づきながらそう言うと、春日井さんは少し嫌そうな顔をしながら御厨さんの方を見た。
「……なんや? 俺が朝からここにおったらあかんの?」
「んなこたぁ言ってねえだろ。ただお前いつもは閉店30分前くらいに来んだろ?」
「朝飯食いに来たんや。……そういうあんたは? 非番なん?」
「おう。久々の非番だからゆっくりカフェラテでも飲もうかと思ってな」
そんな会話をした後、御厨さんは春日井さんの隣に座った。もしかしてこの2人は案外仲が良い方なのだろうか?
正直春日井さんに仲が良い人がいるとは思わなかった。そんな事を考えていると、御厨さんは「ああけど」と再び口を開いた。
「丁度いいや。おう春日井、ちょっと俺と―『勝負』してけや」
「……えっ!?」
御厨さんの突然の提案に、俺は思わずビックリしてしまった。だが春日井さんの方は何処か慣れている様子で一つ溜息を吐き答えた。
「……何回やっても結果は同じや。どうせ負けるんやから、ええ加減諦めぇや」
「おうおうおうおう、言ってくれんじゃねえか。今日こそぜってー勝ってやるからな。……マスター! 『アレ』準備してくれ!」
御厨さんがそう言うと、マスターは「了解」と返事をして、奥の方に入っていってしまった。
俺は動揺しながら村長の方に小声で話しかけた。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なんですかアレ……!?」
村長はいつも通り豪快に笑った後、答えた。
「そういやお前さんは初めてじゃったのぉ! 安心せぇ。あやつらの言う『勝負』というのは、お前さんが思っとるようなもんじゃない」
「えっ、じゃあどういう……?」
村長の言葉に俺がそう聞いた後、奥で準備をしていたらしいマスターが戻ってきた。
「準備出来たよ。二人とも、そこのテーブル席に移動してくれるかな?」
そう言いながら、マスターが二人用のテーブル席へと何かを持ちながら移動し、それをテーブルに置いた。それに続くように、御厨さんも春日井さんも席を移動する。なんだか気になって、俺も続いて移動しテーブルの方を見た。
そこに置いてあったのは、線が描かれた版の上に駒が並べられたもの。それは、俺でも見覚えがあった。それは。
「……『将棋』?」
そう、どうみても『将棋』だった。俺が思わずそう言うと、マスターが「そうだよ」と口を開いた。
「御厨さん、春日井さんの姿をこの喫茶店で見かけると必ずこうして対局を申し出るんだ。……ちなみに、今日が35回目の対局、前回の対局からは1週間経ってるね」
「35回!? そんなに対局してるんですか!?」
マスターの言葉に俺がそう返すと、村長は笑いながら「まあ全部負けてるけどなぁ!」と言った。その村長の言葉に、今度は御厨さんが「余計な事言うなよ村長!」と返した。
その後、しばらくすると対局が始まった。2人とも真剣な表情だ。当たり前なのだが。
しばらく2人の対局を眺めていたが、1つ気になる事があってマスターに聞いてみた。
「……あの、さっき村長が『今までの対局全部御厨さんが負けてる』って言ってましたよね? 春日井さん、将棋強いんですか?」
俺のその質問に、マスターは「そうだよ」と返した。
「御厨さんも、決して将棋が弱いわけじゃないんだ。ただ春日井さんの方が強いってだけで。多分、将棋の大会とか出たら優勝狙えるレベルじゃないかな、春日井さん」
「えっ、そんなに!?」
「うん。……確か村長も1度対局を申し込んで負けてるよね?」
マスターがそう村長に聞くと、村長は「ガッハッハ!」と笑って言った。
「わしの将棋は凡人レベルじゃからのぉ! ボロ負けじゃボロ負け!」
そんな村長の言葉を聞きながら、もし将棋の経験があまりない俺が対局を申し込んでもきっと負けてしまうだろうなと考えていた。
そうこうしている内に御厨さんと春日井さんの対局が終わったらしく、御厨さんの悔しそうな声が聞こえてきた。
「くっそー! また負けた!」
「……せやから言うたやろ、何回やっても同じや同じ」
御厨さんの言葉に、春日井さんがそう返す。
その後、村長が再び「ガッハッハ!」と笑った。
「おう、また負けたか御厨さん! これで35連敗じゃのぉ!」
村長のその言葉に、御厨さんはさらに悔しそうに「くっそー!!」と叫んだ。春日井さんの方はいつもと変わらない表情で再びカウンター席へ戻った。
御厨さんも「マスター! カフェラテ!」と言いながらカウンター席へ戻る。マスターは「はいはい」と返事をし、カフェラテの準備をする。
「……ああ、洋輝君。そこのテーブル片付けておいてくれないかな?」
マスターの言葉に俺は「はい!」と返事をし、テーブルの上に置かれた将棋セットを片付け始めた。
―そういえば、御厨さんに35回も対局を挑まれて、少し嫌そうな顔はするがなんだかんだで対局に付き合っているのか春日井さんは。
そう考えると、春日井さんは実は良い人なのかもしれない。ただ他人と深く関わろうとしないだけで。
そう思うと、なんだか春日井さんの意外な一面を1つ知れた気がして、ちょっとだけ嬉しくなったのだった。
【第5話に続く】




