もう婚約破棄なんて言いません!!
「ねえ、アル。婚約破棄しましょう」
先程までかぶりついて読んでいた本からガバッと顔を上げると同時に婚約者のサナが衝撃の言葉を口にする。
しかし、婚約者の奇行は今に始まったことではないので、内心「またか」と思いつつ、婚約破棄宣言について淡々と意見を述べる。
「婚約破棄は相手の同意を得ず、一方的に婚約を取り消す事だ。この場合、婚約破棄ではなく『婚約解消しましょう』と言うのが正しいな」
「だって婚約解消より婚約破棄の方がインパクトがあるじゃない」
ぶぅと口を尖らせてサナが反論する。
感情論で来られるとそれ以上、建設的な話し合いは望めない。
仕方なく、何でそんな事を言い出したのかおおもとを攻めることにした。
「それで、今回はどんな本を読んだんだ?」
本好きのサナは昔から良くも悪くもすぐ本の影響を受ける。
純粋――と言えば聞こえは良いが、そのぶん何を仕出かすか分からない怖さがある。
これまでも「毎日練習したら空を飛べるようになるのよ」と言って、毎日ジャンプをしてみたり(跳び過ぎて足を痛めた)、「地面の底には地底帝国があるのよ」と言って古井戸に下りてみたり(自力で出られなくなった)、「こうしていたら妖精が来るのよ」と言って、窓辺に砂糖水とお菓子を置いてみたり(蟻が集った)、他にも子どもの頃から現在に至るまでありとあらゆる奇行を繰り返して来た。
最近は大人しくなっていたので、15にしてようやく落ち着いて来たのかと安心していた矢先にコレだ。
そんな胸中に気付くはずもなく、サナが先程まで読んでいた本を得意気に掲げる。
「これよ。いま巷で流行りの婚約破棄物!」
「婚約破棄物?」
「簡単に説明すると、上位貴族のご令嬢には婚約者がいるんだけど、その婚約者が別の女性を好きになるのね。それで婚約者の心変わりが面白くないご令嬢は恋敵に意地悪をするの。でも公衆の面前で婚約者からその事を責められて婚約破棄を言い渡されるの。『お前のように性根の腐った女は俺の婚約者として相応しくない。婚約は破棄する。そして彼女(恋敵)と結婚する』って。その後の展開はバリエーション豊富だけど、ここまでの流れは婚約破棄物の様式美ね」
大好きな本について嬉々として語るサナの頬は喜びで上気している。
そんなサナを後目に痛む頭を押さえながら、今の話の最大の矛盾点を指摘する。
「色々と言いたい事はあるが、とりあえず婚約というのは、個人の感情だけで簡単に破棄できるものではない。家同士の事だけでなく、各家の親類にまで影響があるんだぞ? ましてや、勝手に結婚相手を決めるとか……。その男の頭には脳味噌ではなく大鋸屑でも詰まっているのか?」
「これがいわゆる恋愛脳というやつね」
「恋愛脳?」
「分かりやすく言うと脳内お花畑状態ね」
「……ところで、上位貴族のご令嬢が恋敵にした意地悪っていうのは、具体的にどんなことなんだ?」
話が明後日の方へ向かいそうだったので、すかさず舵を取る。
その甲斐あって、何とか方向を見失わずにすんだ。
「えっとね。よくあるのは、私物を隠したり壊したりするとか、ドレスに水をかけるとか、後ろから突き飛ばしたりとか」
「その程度、社交界ならよくある事だろう。むしろ、その程度の事を自分で対処出来なくてどうする? そういう事態を上手く収める事も貴婦人としての嗜みだろうに。それを男に泣きつくとか、その恋敵も自ら『自分は無能』だと吹聴しているようなものだな」
「でも、意地悪されたけど誰にも言わず密かに対処しましただと面白くないじゃない。物語はインパクトが大事なのよ!」
サナが鼻息荒く主張する。
「インパクト、ね」
「そう! そして平凡な日常には刺激が必要なのよ。――っというわけで、婚約破棄しましょう」
「そこで最初に戻るのか。……まあ、いい。それで婚約破棄の理由は?」
「理由?」
キョトンとしたサナにため息を吐きつつ、理由が必要な訳を教える。
「理由もなく婚約破棄は出来ないだろう」
「はっ! 私まだ誰にも意地悪してない!! っていうか、誰に意地悪したらいいの!?」
「……」
何で婚約破棄宣言する方が婚約破棄の原因を作ろうとしているのかとか、そもそもどういう理由で婚約破棄するつもりだったのかとか、もう色々と面倒臭いので黙って静観しておく。
しばらく放っていたら、苦悩していたサナが突然ガバッと顔を上げて、目を輝かせた。この目は名案(という名の厄介事)を思い付いた時の顔だ。
「――ねえ、アル。物は相談なんだけど、今度私の友達に会ってみない? すっごく良い子だから、きっとアルも好きになると思うの」
「婚約破棄するために恋敵を用意するとか本末転倒もいいところだな。大体、すっごく良い子の友達に意地悪なんて出来るのか?」
「うっ」
やはり碌なアイデアではなかったか。
分かっていてもため息が零れる。
「はぁ。そういえば外国にこんな教えがあったな。小人閑居して不善を為す」
「どういう意味?」
まんまと食いついてきたサナを、にーっこりと笑って捕まえる。
「人は暇になるとろくな事をしないという意味だ。ひとつ賢くなったな、サナ」
「アル。目が笑ってない」
「さあ、語学に歴史にマナーにダンス。どれから勉強する?」
しっかりとサナの腕を掴んだまま、選択肢を示す。
「えっ。ここのところずっと頑張ってたから、今日は午後からレッスンは休みだって」
「その結果がこれだろう。心配するな。俺も付き合ってやる」
だらだらと冷や汗をかいているサナの腕を引っ張って歩き出した。
「イヤー! 許してー。もう婚約破棄なんて言いません!!」
(完)
話には全く関係ないけど、アルは愛称で正確にはアルシェという名前だったりします。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!




