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古い写真、ハイカラな未来、変わらぬ俺の今

作者: 一色彩花

毎日肉体労働に忙しい俺はある朝、ニュースサイトのセピア色の写真を目に止めた。

金曜日の朝。

寝床で手を伸ばすと腕にかすかに痛みがある。

腰にも痛みがわずかに残っている。

昨日は特別に大きな荷造りと発送準備があった。

ようやく今週も今日で終わりだ。

俺はのろのろと起き上がる。


パソコンの前に座り、朝食を食べながらマウスをクリックする。

いつものようにニュースサイトを開けると、一枚のセピア色の写真が目に入る。

シリーズものの記事で、著名人、つまり功成り名遂げた人が自分の思い出を語ると言うもののようだ。

その写真はどこかの麦畑に立つ女性が幼子を抱いているものだ。

女性は、当時ではハイカラだったはずのパーマのかかった髪だ。

幸せと誇らしさいっぱいの表情の女性の胸で幼子が柔らかに微笑んでいる。

女性の着ている服装は水玉模様で、ロングスカートのようだ。

きっと当時ではおしゃれな人だっただろう。


俺の脳裏に、田舎の風景が重なる。

コーヒーを飲み干し、パソコンを閉じる。


職場の昼休み、スマホで今朝見たニュースサイトを開けた。

スクロールすると、まだその写真が載せられていた。

「拓さん、何の写真だい?」同僚の鈴木がスマホを覗き込む。「おっ、昔の憧れの女優かい? ずいぶん懐古趣味だなあ」

「違うよ、何でもない。ただのニュース記事だ」俺は苦笑いする。「どこかの有名人だ。この赤ん坊はそのお嬢さんなのさ」

鈴木は俺の手からスマホを取り、しげしげ眺め、タップして記事を読む。

「ああ…聞いたことがある名前だ。デザイナーさんだ。デザイナーさんの子供時代の事なのか」

鈴木はスマホを俺に返す。

スマホをそばに置いて俺は大盛りのうどんをすする。

鈴木はいつもの定食を食べている。


腹が落ち着き、茶を飲みながら俺は言う。

「デザイナーだなんだって、才能があればできるってもんなのかな」

「そりゃ、才能が無ければだめだろ」鈴木は笑った。「俺たちにゃ無理さ」

「そうかなあ。才能の前に…最初からスタートが違ってたらどうなんだ」

「スタートねえ」

「そうだ。この写真の赤ん坊を見ろよ。終戦時なのに、こんな裕福そうな母親に抱かれている。その家の家族もきっと恵まれた家に違いない。いわばスタートから彼らはチートしてるんだ。あ、ずるいってことね」

俺の言葉に鈴木は笑ったが、何も言わなかった。俺は続ける。

「才能があるかないか、ガキの時にわかりゃしないぜ。それにわかったとしても親がどうにもできなかったら…。そんな才能は埋もれてしまう。才能を育ててもらえないんだぜ」

「…」

「結局生まれた所で人間の人生なんてほとんど決まってしまう。俺なんて、お前もだけど、こんなところで荷造りと出荷作業だ。この年でこれだ。もうどうにもなりゃしない」

鈴木はぐいっと茶を喉に流し込んだ。大事なことを思い出したような顔で言う。

「おい、拓さん。そういや田中ツーはどうした?」

「え、ああ、そう言えば姿が見えないな」

田中ツーとは、今週から俺たちの職場にやってきた新米である。田中と言う名の上司がいるので、新入りは密かに田中Twoと呼ばれている。

鈴木はふっと顔を曇らせる。

「あいつ、最初は威勢がよかったけど、昨日は愚痴っていたな。こんな仕事か、しょうもないとか言って」

「ああ…」

俺もそれを思い出した。

鈴木は立ち上がる。

「じゃあ、俺ちょっと郵便局に行くから。ああそうだ、拓さん。田舎に帰るとか言ってなかったっけ」

俺は不意を突かれた。田舎…。そう言えば年末に帰省すると鈴木に言ったかもしれない。

「ああ…。たぶん」

「古い写真が気になるのは、田舎に帰りたいんじゃないか。こまめに帰ってあげろよ。じゃあ」

鈴木は食堂を出て行った。


食堂の中は、灰色の作業服姿の作業員たちでいっぱいだ。

ひっきりなしの喋り声が、俺には心地のいいBGMだ。

俺はまたスマホの写真を見る。

その女性のクルクルのパーマは、田舎の父親の姉の昔にそっくりだ。

叔母さんは俺の父や母に比べたらハイカラで、いつもそうやってパーマを当てていた。

その叔母さんは今や、歩くのも不自由だ。

父も母もいずれそうなる。


何か資格を取ったら給料も良くなるか、別の所で仕事をできる。

○○士の資格の勉強を続けないとなあ。

でも、毎日帰るとくたくただ。


まあ、今日はいいか、今日は疲れている。


明日だ、明日何とか考えてみよう…。



私の「小説家になろう」の作品をお読みくださり、ありがとうございました。よろしければご感想をおねがいいたします。

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