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あの日の誓いを忘れない  作者: 青空顎門
第二話 海保水瀬は自信がない
9/38

09

 ヴェルトラウム城謁見の間。

 相変わらず身の丈に全く合っていない玉座に、アルビノの少女が浅く腰かけている。

 彼女、テレジア・フォン・ヴェルトラウムは見下ろすような冷淡な瞳を向けようと頑張っているが、何分背が小さいため若干首が大変そうだ。


「お前ともあろう者が失態だな」


 声色まで変えた無駄に尊大な言葉を放つテレジアに、その前で跪くゲベットはビクリと体を震わせる素振りを見せ、さらに頭を低くした。


「も、申し訳ございません」


 そして、慌てて弁明する演技を始める。


「しかし、玉祈征示に邪魔をされまして――」

「言い訳はよい。見苦しい。任務を遂行できぬ無能な者など、我が部下には必要ない。連れていけ!」


 声を荒げるテレジアだったが、その言葉は謁見の間に残響を残して空しく消えた。

 その静寂に恥ずかしくなったのか、彼女は白磁のような肌を赤くして、傍でぼんやりと三文芝居を眺めていたアンナを睨む。


「……で、私は何をすればいいの? と言うか、まだ魔王ごっこしてるの?」


 どうでもよさそうに抑揚なく呟くアンナに、テレジアは「うっ」と言葉を詰まらせてしまったため、代わりにゲベットが顔を上げて口を開く。


「ああ、違う違う。ただの魔王ごっこじゃない。作戦に失敗した部下を冷徹に処分する魔王ごっこだ。ちなみにこの場合、アンナは俺を無理矢理引っ立てていこうとして、俺がテレジア様にもう一度チャンスを下さいと懇願する流れに続く」

「テレジア様、酷い。お兄様は失敗なんかしてない」


 アンナは無表情のまま目だけを鋭くして「〈die spiegelblanke Marionette〉」と小さく呟いた。瞬間、彼女の周囲に僅かな魔力拡散光が漏れ出ると共に魔法が発動する。


「ア、アンナ? これはただの遊びだ。ちゃ、ちゃんと分かっている。お前の兄はしっかり私のオーダーを果たしてくれた。勿論、感謝している本当だ。だから頼むからその物騒な人形をしまってくれお願いします!!」


 アンナの目の前に生じた、鏡のように磨き抜かれた金属鎧で全身を包んだ人形を前にして、テレジアは土下座でもしそうな勢いで懇願した。


「アンナ、テレジア様を困らせるものじゃない」

「お兄様が、そう言うのなら。……帰っていいよ。〈Das Spiel ist aus〉」


 その言葉を合図に再度魔力拡散光が周囲を淡く照らし、人形はその場で溶けるように消え去った。それからアンナはテレジアに小さく頭を下げる。


「テレジア様、ごめんなさい」

「い、いや、別に構わないさ。お前のブラコンっぷりには慣れている。それより――」


 テレジアは先程まで人形がいた空間を見詰めた。


「今のは新しい人形か? 中々面白そうな姿をしていたが」

「そう。昨日思いついて。ちょっと作ってみた」

「昨日の今日であれか。さすがだな、アンナ」


 ゲベットが僅かな驚愕を声に乗せる。

 アンナは簡単そうに言うが、人形生成の魔法の調整は驚く程難易度が高い。

 人形という大きな枠組みこそ決まっているが、だからこそ一部に改変を加えると他の部分にしわ寄せが行ってバランスが大きく狂ってしまうのだ。

 それこそセンスのない人間には一生かかっても新たな人形生成魔法の創造など不可能だ。

 勿論、改変によるバランス変動の許容範囲は使用者の魔力量次第だが、戦闘用となるとそれで吸収できる程度の微妙なパラメータの調整では済まない。

 とは言え、そもそも、センス以前に膨大な魔力量がなければ魔導機兵レベルの人形すら作れないのだが。


 類稀なるセンスと豊富な魔力。

 アンナは正に、人形生成魔法を極めるために生まれてきたと言っても過言ではない程の適性を持っているのだ。


「お兄様……もっと褒めて?」

「アンナは天才だな」

「……もっと」

「アンナは俺の自慢の妹だ」

「嬉しい。お兄様、愛してる」


 満足気な表情を見せてゲベットに抱き着くアンナと、そんな彼女をしっかりと受け止めて微笑ましげに見守るゲベット。


「おいこら、そこのシスコン&ブラコン兄妹、少し自重しろ」


 そんな二人の姿にテレジアは呆れたように半眼を向け、それから少し真剣な口調に戻して言葉を続けた。


「ともかく、アンナの新しい人形の話だ。次の作戦はその……何だったか?」

「〈die spiegelblanke Marionette〉ですか?」

「そう、それだ。それを軸に作戦を立てたいと思う」

「分かった。テレジア様の役に立てるよう頑張る」


 余り表情を変えずに小さく頷くアンナにテレジアは微苦笑した。先程半ば本気でテレジアを攻撃しようとした者の台詞とは思えない。

 しかし、ゲベットに対する愛情に天秤が大きく傾いているだけで、テレジアへの敬愛と親愛も一般から見れば相当なものだ。

 そして、それはテレジアから二人への信頼も同じだった。


「役にならいつも立っているさ。お前達が傍にいてくれるだけで私は随分と助けられている。お前の兄にはいつも矢面に立って貰っているし、アンナの人形にも色々と補って貰っているからな。やはり魔導機兵だけではままならん」

「アンナの人形は魔導水晶を使わずに仕様の変更ができますからね」

「ああ。その点も重要だな。あれは節約するに越したことはない。特に今は、完成間近の我等が最終兵器の仕上げにまとまった数が必要だからな。魔導機兵如きのマイナーチェンジのためになど使ってられん」


 魔導水晶とは周囲の魔力素を吸収する性質を持つ異界の天然石だ。

 水晶のような外見のそれは、内部に紋様を刻み込むことで魔力素を属性魔力に変換したり、魔法を発動させたりすることができる。

 この城を浮遊させたり、魔導機兵を生み出したり、それらを活動させたりするのに必要な属性魔力をテレジアの魔力素から自動で変換しているのがこれだ。


 魔導水晶を利用した魔法は、魔力素を生み出せる者が近くにいれば常時発動させることもできるため〈魔導界ヴェルタール〉では暖房や冷房、空気の浄化等にも使われている。

 魔導水晶を太陽電池のパネル、魔力素を生む人間を太陽、紋様を各種電化製品と考えれば、その役割について理解し易いだろうか。


 ちなみに一種の鉱石であるため、純度、大きさ等々によって魔力素吸収範囲や変換率は異なり、値段も大きく変わる。

 もっとも、あちらの世界でしか採取できないため、こちらの世界には流通していないが。


「……作る? あの人達みたいに」


 僅かに首を傾げながら尋ねるアンナに、テレジアは首を横に降った。


「いや、それには及ばんよ。お前程の魔導師ならば魔法の創作に時間を使った方が有意義だ。そもそも、あれは天然の魔導水晶に比べ、魔力素の吸収効率や変換率に劣るしな」

「人工魔導水晶、魔造石英ですか」

「ああ。それに何より、生産性に乏しいからな。こちらにとっても、あちらにとっても戦力の大きな底上げにはなるまい」


 魔造石英は土属性の魔法によって生み出される人工素材だ。

 しかし、その魔法、超一流の土属性の魔導師しか制御できない上、精製にはかなりの時間を要する。その上で紋様を正確に刻む必要があるのだから、ほとんど苦行に近い。


 未だ〈リントヴルム〉の面々に土属性の魔導師が存在しないのは、有望な新人がまだ見つかっていないからではなく、素質のある者は魔造石英の製造などに回されるからだ。

 余談だが、身体再生など医療に役立つ魔法が土属性に多いことも、土属性の魔導師を戦闘に参加させない理由の一つである。


「とは言え、あくまでも底上げにならないだけで役には立つのだがな。魔造石英も」


 そうして多大な手間をかけて作られる魔造石英の用途は、まず飛行補助が挙げられる。

 魔導師が空戦を行う場合、基本風属性の飛翔魔法を使う必要があるが、当然風属性以外の者が素で使うのは不可能だし、風属性の者であっても常時発動は難しい。

 何より魔法の並列使用は中々に困難だ。どれ程単純な魔法であっても。

 それを成し遂げてこそ一流の魔導師であるとも言えるが、負担を軽減できるものがあるのなら使用しない手はない。つまり、それの主な製造目的は底辺の魔導師に対する救済措置ではなく、トップレベルの魔導師の補助なのだ。


「まあ、それはどうでもいい。そんなことよりも……次の、作戦の…………ふわあ、あふ」


 テレジアの真面目な言葉は、自分自身の突然の大きな欠伸によって妨げられた。


「こほん、次の作戦のことだ。キリッ」


 直前の大欠伸を誤魔化すように無駄に表情を引き締めて、自分の口で「キリッ」などと言い始めたテレジアに場の空気が一気に緩む。


「テレジア様、眠いの?」

「い、いい、いや、そんなことはないぞ? 私はまだ二四時間戦える」

「……テレジア様、また徹夜でゲームしていましたね?」

「なな、何の、ことかな? 私はここ最近十時には寝ていたぞ? クリスマスプレゼントを貰えるレベルでよい子にしていたぞ?」

「……朝の三時頃、ドアから光が漏れていましたよ?」

「そ、そんな馬鹿な。ちゃんと対策を……あ」

「語るに落ちる」


 アンナの冷たい言葉にテレジアは少しずつ目を逸らしていく。


「何日目ですか?」


 怒気を押し殺したゲベットの声に、尚テレジアは顔を背けていく。


「………………三日目だ」


 その答えに一瞬にしてゲベットの堪忍袋の緒が切れた。


「駄目じゃないですか! ゲームは一日一二時間までと決めたはずでしょう!」

「ひっ、そ、そんなに大きな声を出すな」


 両手で頭を抱え、涙目になって上目遣いにゲベットを見るテレジア。黒一色の全身鎧とそれに怯える幼く可憐な少女という構図は、何と言うか犯罪臭がする。


「そんな可愛い顔をしても駄目です。約束は約束でしょう」

「し、しかしだな。何本もゲームを積んでいると一日一二時間では間に合わんのだ。早く終わらせてアニメやらラノベも見ねばならんし。プラモも積んでいる始末だ」


 重度のオタクニートすらも遥かに超えるのめり込みっぷりに、ゲベットとアンナは顔を見合わせた。ここ最近、さらに深みに嵌っているように見える。


「あり得ないレベルで汚染されてる」

「わ、悪いか!?」

「いえ、そこは別に構わないですけどね」

「へ? い、いいのか?」


 意外そうにテレジアは小首を傾げた。


「お兄様、諦めた」

「いや、そういう訳じゃないんだが……」


 ゲベットは一瞬緩んでしまった空気を引き締めるためか、一旦咳払いをしてから真剣な声色に変えて続けた。


「いいですか? いくらテレジア様とは言え、徹夜を続けていては体に障ります。来たるべき決戦の日がいつ訪れるか分からないんですよ?」

「む、むぅ、それは大丈夫なはずだ。もう少しの間はな」

「そうだとしても、体を壊されでもしたら俺もアンナも心配するじゃないですか」


 ゲベットの言葉に同意するように、隣にいたアンナも無表情ながら、しっかりと頷く。


「心配、してくれるのか?」

「勿論です」「当然」

「そ、そうか。……ふ、ふふふ」


 間髪容れずに答えるゲベットとアンナに、照れたように頬を朱に染めて顔が綻ぶのを止められないテレジア。そんな主の愛らしい姿に、和んだように雰囲気を和らげるゲベットと僅かに表情を緩めるアンナ。

 今日もまたヴェルトラウム城は平和だった。

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