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あの日の誓いを忘れない  作者: 青空顎門
第二話 海保水瀬は自信がない
8/38

08

 旋風との騒動から数日。

 敵の襲撃もなく秋の穏やかな日々を過ごしていた最中、新たな騒動が幕を開けようとしていた。


「はろー、皆」


 そんな能天気な声と共に〈リントヴルム〉の作戦室の扉が開けられ、隊の面々の視線が入口に集中する。そこにいたのは、頭の中が春なのではないかと思うぐらい締まりのない笑顔を浮かべた那由多に似た女性だった。


「こ、これは理事長代理。何かご用ですか?」


 彼女が誰なのか真っ先に気づき、征示は即座に立ち上がって慇懃に尋ねた。

 那由多に似ていて当たり前。彼女こそ那由多の姉にして、この私立明星魔導学院の理事長代理である夕星模糊(もこ)だった。


「もう征示君ったら、そんな他人行儀な呼び方、嫌だわあ。私のことは模糊でいいっていつも言ってるのに」

「こればかりは、礼儀ですから。少なくとも学校では」


 子供っぽく頬を膨らませて不満をアピールする模糊。だが、彼女は二五歳だ。


「うー、お姉さん、悲しいなあ」


 那由多に似た滑らかな黒髪に、那由多よりもはっきりした体つき。しかし、那由多よりも柔らかい、と言うか柔らか過ぎて緩々な表情。

 正直、二人が並べば、模糊の方が妹のような雰囲気がある。が、二五歳だ。


「いや、そんな、上目遣いで見られても……」


 さらに強調するが彼女は二五歳だ。そして、魔法がこの世界に生じてから、今年で丁度二五年目。即ち彼女は第一世代の魔導師なのだ。


「あの征示先輩が押されとる。……にしても、いつ見ても、こん理事長代理が伝説の魔導師やなんて信じられへんなあ」


 旋風の苦笑混じりの言葉に、妹である那由多が頭を抱える。


 一五年前、十年続いたテレジアの魔導機兵と各国の軍隊との戦いは、真綿で首を絞めるように消耗を強いられ、ジリ貧になっていた。

 テレジアが全世界的に戦いを同時展開するという愚挙に出ていなければ、大国の一つや二つ即座に落ちていたことだろう。

 そんな劣勢の最中、僅か十歳に過ぎなかった第一世代の魔導師達が戦いに参加し、均衡状態まで押し戻したのだ。

 中でも模糊は多大な戦果を収め、伝説的な英雄として今尚語り継がれている。

 日本においては魔法少女としてアニメ化された程だ。


「ちゅうか、征示先輩、何で理事長代理にはあんな弱いん?」

「ああ……姉さんは小学生時代に戦いに明け暮れたせいで、心を病んでしまってな。高校生の頃、それはもう酷い邪気眼に侵されてしまったのだ。何でも、征示はその頃の姉さんと知り合っていたらしく、トラウマを植えつけられたそうだ」


(……なまじ本当に魔法という力を持っていたから尚のこと、たちが悪かったよ)


 那由多の解説に心の中で補足をつけ加えておく。


「んー、でも、高校生の理事長代理か。可愛かったんだろうな」


 二人の会話を横で聞いていた火斂が小さく呟く。と、旋風と那由多から冷たい視線を向けられ、彼は慌てて誤魔化すように口笛を吹き始めた。


「こほん。それで結局、何のご用ですか? 理事長代理」


 咳払いをして強引に話を元に戻す。が、模糊は尚不満そうに唇を尖らせた。


「征示君の意地悪」

「お、お願いですから、真面目にですね――」

「むー、分かったわよ。じゃあ、入って。海保(かいほ)水瀬(みなせ)君」


 作戦室の扉に向かって模糊が声をかけると、遠慮がちに扉が開かれ、一人の可憐な少女が部屋の中に入ってきた。


「今日から〈リントヴルム〉に加わる海保水瀬君よ。皆、仲よくして上げてね」


(ああ、新入隊員は今日からだったか。と言うか、新入隊員を放置してはしゃいでいたのか、この人は……って、ん?)


 模糊に紹介され、妙に顔を赤くしながら恥ずかしげにペコリと頭を下げる海保水瀬君。


「ちょ、可愛いなあ、おい」


 即座に反応する火斂。


(く、君、だよな? 男だったよな? と言うか、火斂。お前にも知らせたはずだぞ?)


 模糊に紹介された彼は、何故か女子用のブレザータイプの制服を着ていた。

 プロフィールの写真通りのセミショートの黒髪と中性的な顔立ちに加えて、やや低い背丈と女子生徒用の制服が合わさると、もはや女の子にしか見えない。


「り、理事長代理! 何をしているんですか!? いきなり女装させるなんて」

「だって、可愛いんだもん。とおっっても似合ってるでしょ?」

「いや、似合っている似合っていないの問題ではなくてですね――」

「聞こえなーい。とにかく、分からないことは教えて上げてね。後はよろしくー」

「ちょ、待――」


 人の言葉を遮ってマイペースに言いたいことだけを言うと、模糊は作戦室から早々に出ていってしまった。


「あ、あの人はあああっ!」

「ど、どうどう、征示先輩、落ち着いてえな。海保君が困っとるよ?」


 あの一件以来随分と丸くなった旋風に宥められ、深く息を吐いて気持ちを整える。


「……ええと、海保水瀬君。改めて自己紹介をして貰えるかな? ……あ、いや、その前に着替えてくるといい」

「ええ? 別にいいんじゃねえの? このままでも」

「おいこら、変態いい加減にしろよ」


 思い切り白眼視してやると、火斂はたじろいだように一歩後ろに下がった。


「う、そんなに怒るなよ、征示。いつも冷静なお前がどうした?」

「征示は確か高校時代の姉さんに無理矢理女装させられてたりしていたらしいから、そのトラウマが甦ったのだろう。……言っていて久々に征示の違和感しかない女装写真が見たくなったな。帰ったら探してみるか」

「な、那由多も、頼むからやめてくれ。本当に」

「違和感しかないんや……」


 あの日々は正直人生最大の黒歴史としか言いようがない。記憶に厳重に蓋をして永久に封印しておきたい程だ。

 模糊の無茶振りは、他人に向けられているのを傍から見ているだけでも肝が冷える。


「って、あのー、先輩方? 海保君が泣きそうなんやけど」


 旋風の言葉に全員の視線が一斉に水瀬へと向く。と、彼は怯えたように一歩下がり「すみませんすみません」と繰り返した。


「いや、別に君は何もしていないだろう?」

「あぅ、すみません」

「いや、だから……あー、まあ、いいや。とにかく、早く着替えてくるといい」


 模糊はもう理事長室に帰ったのだから、これ以上女装する必要性は皆無だ。


「で、でも、制服が、なくて」

「は? な、なら、授業とかはどうしていたんだ? まさか――」

「い、いえ! その、ついさっき理事長代理に没収されてしまって……」


 涙目で告げる水瀬に言葉を失う。無理矢理着替えさせると同時に元の服を隠された訳か。何となくその展開に覚えがあって、征示は軽く頭を抱えた。


(駄目だあの人早く何とかしないと)


 水瀬に同情しつつ、模糊への呆れを強めていると那由多が一歩前に出て口を開いた。


「姉の不始末、真に申し訳ない。だが、水瀬君、今は一先ずそのままで自己紹介を頼む」

「あ、はは、はい。えと、海保水瀬。一年三組です。属性は、その……」

「ん? 属性は?」

「た、多分、水、です」

「多分? どういうことだ? プロフィールには確かに水属性と書いてあったし、そもそも水属性の隊員として入ったはずだろう?」

「えと、すみません。その、判定では確かに水属性なんですけど、自分でも余り信じられなくて。……僕、水属性の魔法が変な形で発動するんです」


 水瀬の口から出た言葉を即座に理解できなかったのか、一瞬作戦室に沈黙が流れる。


「なので、僕自身、どうして僕なんかが隊員に選ばれたのか、分からないんです。属性もおかしい気がするし、何より魔法もてんで駄目なのに……」


 彼は自信なさげに呟くように続けた。それを見た旋風や火斂は顔をしかめ、公明正大な那由多でさえも首を傾げていた。


(仲間として信頼するに足るか決めかねているレベルじゃなく、もう根本的に疑問を抱いている、って感じか……困ったな)


『なあ、征示先輩。あん子、ほんまに大丈夫なんかな?』


 考え込んでいると、風属性の魔法を利用した旋風の言葉が耳に届いた。


『理事長代理が選んだんだ。間違いはない、はずだ。少なくとも魔法出力や魔法容量は旋風並にあるんだぞ?』


 対して征示も彼女から貰った魔力で言葉を返す。


『へ? それ、嘘やなくて?』

『本当だ。プロフィールにあっただろう?』

『ああ、真面目に見とらんかったわ。けど……話の腰を折りたなかったから言わんかったけど、あん子、確か一年やと泥水水瀬言われとる子やで?』

『ど、泥水水瀬?』

『せや。普通水属性が魔法で出す水は純水のはずやのに、海保君は泥水しか出せへんらしいのや。しかも、真っ当な威力も出えへんっちゅうし。そんで――』

『それで泥水、か』


 征示は思わず眉をひそめた。何となく彼に昔の自分が被って見える。


『先輩?』

『理事長代理を信じよう。彼にも何か光るところがあるはずだ』

『……うちは理事長代理のこと詳しくは知らんから、正直信じられんわ』

『旋風――』

『けど、先輩のことは信じる。やから、見極めさせて貰うわ』

『……そうか。ありがとう』


 そうして小さく笑い合ってから二人揃って水瀬へと視線を向けると、彼は未だにおどおどと不安そうに視線を下げていた。


(あの人に出会えなかった俺は、あるいはこんな感じだったのかもしれないな)


 何となく雰囲気の悪くなった作戦室の中、征示はそんなことを考えつつ、新たに生じた難題を前に浅く嘆息したのだった。

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