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「深衣菜ちゃんどうしたの?」
いつもと変わらず爽やかな笑顔を向けて、三年生の教室から廊下に1人の男が出てきた。
彼の名は青野遥。
彼女の部活[よろず同好会]の部長である。
サラサラの黒髪に黒ぶち眼鏡で青いタートルに黒のスラックスという姿は爽やかな男子という言葉がぴったりの容姿。
成績も常に学年上位、そのくせ運動神経も良い。
告白は何度かされているらしいが彼女はいない。
(あたし先輩ってときどき人間じゃないかと思うんだよね。だって、ここまで完璧な人って、おっとそんなこと考えてる場合じゃなかった。)
「今日親戚が来るんですよ。それで今日は部活休むって伝えてありました?」
「聞いてるよ。もしかして帰国子女の男の子のこと?」
「有名になってますね。」
「9月だなんて中途半端な時期に来るから余計ね。彼をゼヒうちの部に連れてきてくれる?」
「役立つかわかりませんよ?」
(だって本読んでるイメージしか浮かばないし、悪いけど貧弱そうなもやしっ子ぽかったし。)
「5人以上になれば同好会から部に昇格できるから大歓迎さ。じゃ、頼んだよ。」
遥と別れ、教室に戻ると丁度朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。
生徒たちはそれぞれの席につくが、話し声はいつまでもやまない。
それは、担任が入ってきても変わらない。
「静かに!」
転校生が気になって仕方ない生徒たちに教師は叫ぶ。
(あれ、入ってきたの先生だけ?じゃあ壱弥君は廊下にいるんだ。あのときよりは友好的になってればいいなぁ)
担任は黒板に大きく[只瀬・壱弥]と書く。
「只瀬君はいままでアメリカで生活していたけど家庭の事情で親戚の伊那瀬の家で暮らすことになった。みんな仲良くするんだぞ。おーい、入っていいぞ。」
廊下に向かって叫ぶと、引き戸がガラリと音をたてて開けられる。
教室に緊張が走り、静まり返る。
「しつれいしま~すっ」
沈黙を破ったのは陽気な声と共に入ってきた只瀬壱弥であった。
そして担任の横に立つと、笑顔で挨拶をする。
(あれ?なんかキャラ180度違くない?)
1人唖然とする深衣菜。
そう、昔の真面目そうな面影は全く見当たらない。
しいて同じ点があるとするなら天然パーマである。
しかし、明るめのブラウンの髪に緑のメッシュ。
二枚重ねのややゆるいTシャツ、ターコイズのジーパン。
右手首のみ黒のリストバンド。
無邪気さが現れている表情。
一言でいえば、チャラ男。
クラスの女子たちは好奇心の目で彼を見ながら、ヒソヒソ声が飛び交いだした。
そのとき、深衣菜は壱弥と目が合う。
(そうだっ人間見た目じゃないっここは友好的に!)
ややぎこちなく顔を引きつらせつつも、笑顔を向ける。
すると、壱弥は歩みだし、だんだん早足になり、深衣菜の目の前に立つ。
「な、なんですか?」
思わず立ちあがり、なぜか敬語になってしまう。
「会いたかったっ姫ぇぇぇぇぇっっ!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
あっという間に力いっぱい抱きしめられる。
とたんに騒ぎ出すクラスメートたち。
「離せっっ!!」
壱弥をおもっきり殴って引き剥がす。
驚いた表情の壱弥に、静まりかえる教室。
(やっやばっいきなり殴ったのはまずかった!!)
いきなり抱きついた壱弥も壱弥だが、やりすぎたと気づいたときはもう遅い。
「あのさ、今のはその・・「さっすが姫!かっわいい~~っっ!!」
「「どこが!!」」
クラスほぼ全員がハモった。
なかなか団結力のあるクラスらしい。
「だってだって照れ隠しじゃんっ」
「ぜったい違うっっ!なにその姿!!本当にあの只瀬壱弥ぁ!?」
「向こうの友達にイメチェンしてもらったんだぜっかっこいい?」
「変わりすぎ!」
戸惑いながらも叫ぶ深衣菜に対し、壱弥は笑みを向ける。
「だってぇ姫に少しでも好きになってもらいたくてがんばってみたんだっ」
「だからって!!ていうか姫って何!?」
「「今更かよっっ」」
見事に総クラスメートのツッコミ。
壱弥は笑顔のまま答える。
「俺の特別な女の子だからお姫様なんだっ」
「つまり伊那瀬だけはお姫様扱いするから姫ってことか。」
1人の男子がそういうと、壱弥は大きくうなずく。
(伊那瀬を女の子扱いだと!!変な奴!!)
どうやらクラスの男子は深衣菜をあまり女子だと認識していないようだ。
「深衣菜ってば只瀬君とられたくないから普通だなんて言ったのねぇ~」
「ちゃんと言ってくれていいんだよ。これからは気を使うからね。」
「誤解っ違うってばっっ!!」
そして、女子たちには大きな誤解が生まれた。
チャイムが鳴り響き、ホームルームが終わると、壱弥の周りには人だかり、は、なかった。
不機嫌そうに壱弥に話しかける深衣菜。
そんな様子をクラスメートたちは温かい目で見守っている。
「あたしをからかってるの?」
「そんなことないって。」
不穏な空気が漂う2人を見ながら、クラスではそれぞれ好き放題言われていることは深衣菜の耳にも入ってきた。
「伊那瀬に男がいたって意外だよなぁ」
「親戚同士っていいのか?」
「大丈夫よ。」
「帰国子女の彼氏っていいよねぇ~」
深衣菜はため息をひとつつく。
「廊下いかない?ここじゃあ落ち着かない。」
「いいよ。俺も聞きたいことあるんだ。」
廊下に向かう二人をクラスメートたちは目で追う。
そんな多数の目線をあえて無視して廊下に出た深衣菜と壱弥は窓際に行き、顔をお互い外へと向ける。
「なんで特別?あたしはあんたを泣かした覚えしか、って!もしかしてそれはあのときの復讐!!?ジワリジワリと心理的に追い詰める作戦っ!?」
「そんなわけないじゃん。それより俺のこと壱弥って呼んで。」
「わかった。」
深衣菜は外を眺める壱弥の横顔を見る。
(本当に昔の面影ないなぁ。かなり派手になったし。)
「なんでそんなに変わったの?昔はおとなしかったと思うけど?」
「姫にふさわしい男になりたいんだ。だから変わったぞ。」
「ふさわしいってっ・・・それよりも姫って言うのやめて。そういうガラじゃないじゃん。」
壱弥は首を横に振る。
「そんなことない。姫は誰よりも美しくて可愛い。」
「ふざけんなっっ!」
怒鳴る深衣菜を真剣に見る壱弥。
「なぁ、姫は本当に俺のこと覚えてないか?」
「8歳のときにあったこと?」
「違う。それよりもずっとずっと前・・・そうだなぁ・・・・・俺が壱弥になる前のこと
だな。」
「・・・・・頭大丈夫?」
いきなり現実離れした発言をする壱弥が心配になってきた。
(もしかして病気?そうかっそれならこんなに変わりすぎたのも納得できる!)
「俺のこと病気だとかって思ってるだろ?そうじゃねぇって。姫は生まれ変わりって信じるか?」
「ますますヤバイ発言してるじゃん!」
壱弥はため息を大きくつく。
「今の姫には何を言ってもダメみたいだなぁ。うーん・・・時間かかりそうだけどいろいろ思い出させてやる、じゃなくって惚れ直させてみせるからなっ」
意味深な言葉を投げて一人教室の戻っていく壱弥。
「だれが惚れるかっ!っていうか惚れたことなんかない!!」
(父さん、母さん、兄貴、壱弥と同じ屋根の下でうまくやっていく自信ないよ・・・)
憂鬱な表情で教室へと戻る。
こんなときは授業の始まりを告げるチャイムですら嘲笑っているかのように聞こえてくる深衣菜であった。
そして放課後となる。
いつもなら部室に向かうところだが、今日は壱弥を連れて早々と教室を後にする深衣菜。
「姫の家っ姫の家っ」
「はいはい。」
嬉しそうな壱弥にたいし、朝から壱弥のテンションに疲れてきた深衣菜は適当に返事を返す。
「姫っ俺両親が忙しかったから家事けっこう得意だぜっ」
「それ助かる。家母さん入院してるから家のこと交代でやってるの。」
「叔母さんのことは知ってる。母さんに聞いてるから。」
どうやら壱弥と深衣菜の母親は時々連絡を取り合っているらしい。
深衣菜たちは家族のことを話しながら校舎を出て、正門へと向かう為、グランドを横切る。
すると、突然大きな物が倒れる音がして、生徒たちの叫び声が響き渡ってきた。
そして、各部活動のユニフォームやジャージ姿の生徒たち、教師がグランドに一斉に飛び出してくる。
その表情には恐怖が表れている。




