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第26話 協力

 Lazward onlineのマップほぼ中央に位置するスロキス島。都合、3回目の訪問となる今回は、前回の2回とは違って戦いに向かうのではない。そこにいる人間達に協力を求める為の訪問だ。

 だが、1度はそれに了承しておきながらも、急にテンションを下げて乗り気でなくなった人間が私の横を飛んでいる。


『あいつに協力を求めるってのが、はぁー……』


「何よ、そんなにジェイクの事が嫌いなの?」


 これからやろうとする事、それに相応しい場所はあそこ以外に無いと思っている。プレイヤーのスクランブルミッションを妨害するのだから、言ってしまえば全プレイヤーを敵に回す様な物だ。

 地理的にもマップの中央なのでどこが目的地になっても向かいやすい、というのはベルの言葉だ。彼女には、現地に着いたらジェイクを含めて詳細な作戦説明をして貰おうと思っている。


『だってよぉ……』

『3%』


 情けない声を出すジャック。一人っ子の私としては兄弟がいるのが羨ましく思えるのだが。

 その辺の事も現地で何か手を打たなければいけないのかも知れない。


 スロキス島まで50kmと近付いた所で、迎撃機が上がってきたのが見えた。余計な刺激をしないように、レーダーは起動しないでそのまま直進をする。

 ヘッドオンの状況から一旦交差し、少ししてから迎撃機は私達の横に並んできた。機種はF-16、機数は2。よくある米空軍仕様のツートングレーの塗装だ。


『あーあーあー、テステス。へいへい、スロキス島上空は立入禁止だぜ。もうESSMが狙いを付けてるから、入った瞬間にボン! だぜ』


 なんだこいつ。マニアっぽくきっちり警告をしてくれる事を期待していたら、雰囲気もへったくれも無いものが聞こえてきた。残念過ぎる。


「こちらフェザー隊、スロキス島への着陸を求めます。そっちのボスにフェザー隊のフィオナだと言って貰えれば通じると思いますが」


『ハッ、適当な事言いやがって。そうやってこっちの油断した所をその腹に抱えた爆弾で……いや、なんも抱えてねーな?』


「見ての通りこっちは非武装よ、機銃弾だけはあるけどね。やるって言うなら御相手するわ」


『このバカ、挑発してどうするよ……』

『非合理的な判断です。5%』


 しまった、つい口が滑ってしまった。


『ちょっと待て、フェザー隊ってもしかしてあの……?』

『あぁ、気の強い女がいるって噂のアレか。取り敢えずジェイクに聞いてみようぜ』


 悪かったわね、気が強くて。

 合計5機編隊を組んだ私達は、しばらくそのまま直進した。鏃のように飛ぶフェザーの3機を、スロキス島からの迎撃機が左右から挟み込む形だ。

 その答えは、2分程で出た。


『あー、許可が出た。基地のILSに従って進入してくれ。一番長い右側の滑走路だ。南からで良い』


「フェザー隊、了解」


『変な真似したら撃つからな!』


 しないわよ。

 溜息を付いてから、無線のチャンネルを隊内のみの物に変える。


「……ね。ちょっと見せつけてやらない?」


『お前は、言ったそばからそれか! ……でも、そう言うの嫌いじゃないぜ』

『こちらも問題ありません。6%』


「それじゃ、ベルが先頭でそのまま着陸して。私達はその後ろについて行くから」


『了解しました』


『密集編隊のまま、いきゃいいんだな?』


「ええ。ジャックはそのまま左で、私が右に行くわ」


『了解』


 まず、ベルが高度を下げつつ左への緩旋回を開始。その後にジャックと私も旋回を開始して、ベルの翼端へ自機の鼻先を合わせた。機体が大きいジャックは、翼端から少し外れた軸線を取っている。


『なんだぁ? その編隊のまま降りるつもりか?』


『速度400kt、エアブレーキ展開します』


 それに合わせて自分もエアブレーキを展開。ベル機は一般的なグリペンと同じだが、こちらのグリペンは推力変更パドルの絡みでエアブレーキの取り付け方が変わっている。通常は真横に開くのだが、現在は少し上方へと開く形になっているのでその空気抵抗で少しお尻が沈み込んだ。それに合わせて上がろうとする機首を操縦桿で宥める。


 横のジャックはもっと大変だろう。私達と同じ機体では無いので、進入スピードに対する機体の挙動が変わってくるからだ。きめ細かい推力の調整と、エアブレーキのオンオフで位置をキープしている。


『速度280kt、ランディングギアダウン』


『ここの滑走路幅はそんなに広くないぜ、横並びで降りれる訳がねぇ。平均台の上に降りるようなもんだ』


 こっちはいつも、平均台どころかつまようじの上に降りてるのよ。

 間髪入れずにこちらもギアダウンしてから、念の為に推力を少し落とす。どうしても動作タイミングのズレから、先頭機との距離が短くなってしまうからだ。

 ベルが機首上げを始め、こちらもそれに合わせて操縦桿を引いた。横のジャック機との距離感を確かめつつ、右へと軽くラダーを踏み込む。彼の主翼と私の主翼の距離は2m程か。

 流石にブルーエンジェルスというレベルまでは行かないが、外から見る分には充分近いだろう。彼らの機体間隔は1mを切るらしいので、いつかはそのレベルまでチャレンジしてみたい。


「このぐらいで大丈夫? はみ出ない?」


 横を見ながら彼に問い掛ける。


『ああ、多分大丈夫だろ。ぶつけたら修理費はお前持ちだからな』


『おいおいおいおいおい、当たる当たるブツカるぜ!』

『お前らが墜ちたら、俺らが降りにくくなっちまうだ……ろ?』


 余裕の返事を返してくる2番機に対して、ギャラリーからは慌てた声が上がる。

 そのまま姿勢を維持しているとランディングギアが接地して、タイヤのスキール音と衝撃が伝わってきた。


『マジかよ……』

『嘘だろ、翼はみ出てるじゃねぇか……』


 やってみれば結構出来ると思うんだけどな。


「接地完了、ブレーキ開始」

『こっちもブレーキ開始だ』


『確認しました、減速開始します』


 お釜を掘らないように、私達が減速を始めてからベルがブレーキを掛け始める。そのまま、滑走路の中程でベルを頂点にした三角形は停止した。

 うん、やっぱこう言うの楽しいわ。


 そのまま私達は滑走路左にある誘導路へと機体を動かし、エプロンへと駐機させた。




「結構ギリだったな」


 手早く機体をハンガー内に入れてからインベントリへと収納した私に、F/A-18Eから降りてきたジャックが言った。


「そう? こっちはタイヤから白線までまだ2mぐらいの余裕があったけど」


「そりゃあんま、余裕とは言わねぇ」


「私は余裕でした。8%」


 先に機体を降りていたベルがこちらへ歩いてくる。彼女の機体は、インベントリへと仕舞ってしまうともれなく彼女もこの場から消えてしまうので、そのままハンガーへ置いておく。


「むしろ余裕じゃなかったら困るわよ。で、さっきから呟いてる数字は何?」


「フライトコントロールシステムに対する推力偏向パドルの挙動反映率です。まだ、ヨーに対する反応すら出来ない状態です」


「先は長いわね」


 ヨーに対する反応が出来ないとの事だったが、これでも今回のフライトでは微調整の為に相当ラダーを使用していた。その上でこの反映率の上がり具合なのだから、普通に飛んでいるだけだともっと数字は増えにくいのだろう。

 やっぱり、どこかで時間を取ってのテストは必要だ。意外とやりたい事が多いな、私。


 そうして少し談笑していると、1人の男がハンガーへと入ってきた。

 私はその顔に見覚えがあった。ジェイクと同じタイガーストライプの迷彩を着た彼は、前回の訪問時に私を取り囲んで出口を塞いだ人間の1人だ。

 彼は身長がとても高かったので覚えていたのだ。190cm以上はあるんじゃないか?


「お待たせしました、フェザー隊の方々ですね? ジェイクが待っていますので、こちらへ」


 そう彼に案内された私達は階段をいくつか登っていき、ある1室へと入った。

 スロキス空港の管制塔、最上部。空港の様子が一望出来るそこは、さしずめ彼らの作戦室といった場所だろうか。そこから腕を組んで外を見ていた男がこちらに気付き、振り返った。


「やぁ。また会えると思わなかったよ、フィオナちゃんと兄さん。それに……そちらの小さい彼女は僕の姪になるのかな?」


「ならないわよ!」

「ならねぇよ!」


 声を揃えて言う私達から1歩前に出て、ベルは自己紹介をした。


「初めまして、ベルと言います」


 ジャンプスーツの腰辺り、弛んだ部分をスカートのように持ち上げながら優雅なお辞儀。

 こいつ、猫被ってやがる。見知らぬ他人に対しては常にこんな感じだから、その辺の制限は変わっていないのだろうか。

 それとも、お得意のジョークエンジンの産物なのか。


「ベル……ベル……。ああ、君が甲板を掃射してくれた天使ちゃんか。いやぁ可愛いねぇ。あの時は本当に助かったよ、有り難う」


「いえ、それほどでも」


 そう言いながらベルの頭を撫でるジェイク。その彼の笑顔は……頬を弛ませた実にだらしない物だった。

 ベルと同じ目線になるようにしゃがみ込んでから「お兄ちゃんって呼んでくれないかな?」と言い出すジェイクに、最初は笑顔だったベルも流石に顔をひきつらせ始める。

 ああ、こいつはロリコンなんだ。AIが引くレベルって、人間って怖いな。そう思いながら横にいるジャックを見て、


「あー、そう言う事ね」


「何を1人で納得してんだよ?」


「血は争えないのね、って」


「だから、何に納得したんだよ! これだから嫌だったんだ!」


「え、本当にそんな事なの……? あんた達、しょーもない兄弟ね」


 まぁ、そんな事を話に来たのではない。このままでは新年の挨拶周りで親戚へ娘を見せに来たような感じになってしまうので、早速本題へと入る事にした。


「ジェイク。今日ここへ来たのは、あなたにお願いがあるからなの」


「なんだい、藪から棒に」


「少しの間でいいから、ここを私達の活動拠点にさせて貰えないかな、って」


「……理由を聞いてもいいかな?」


 ジャックを見るとこちらへ頷きを返してきたので、これまでの経緯を簡単に説明した。自分とチャールズの問題については横に置いて、話したのはスクランブルミッションの真実についてだ。


 このゲームのプレイヤー達が、知らずの内にリアル側の戦闘に荷担している事。スクランブルミッションで対峙している相手は、現実の人間だという事を。

 そして、ベルの提案したこれからの戦いについても。


 それを聞いた彼は、暫く腕を組んで考えていた。私とジャックの顔をそれぞれ一瞥すると、


「因みに、フィオナちゃんのスクランブルミッションでの戦績は……?」


「2機、落としたわ。その内、1機はコクピットに被弾したのが見えた」


「そうか。僕も4機程をミサイルで落としてる。……脱出した様には見えなかった。正直、俄には信じられないけど、君と兄さんがそんな嘘を付く理由もわからないし、無いとも思う」


「まだこの先どうなるか分からないけど、ここの施設を使わせて貰えるだけで有り難いの。……お願いします」


 そう言って私は頭を下げた。


「うん、わかった。ズムウォルトを譲って貰った件もあるし、当然だけれど何も問題無いよ。自由に使って欲しい」


「本当に有り難う」

「すまねぇな、迷惑掛けて」


「きっと、兄さんの仕事にも関係あるんだよね。それだったら、尚更さ。兄さんの力になれる事も嬉しいしね」


「……すまん」


 言葉は短いが、頭を最敬礼というぐらいにまで下げてお礼を言うジャック。

 その姿に、私はどこか違和感を覚えた。確かに有り難い事だけれども、そこまでするのかと。兄弟なのに、だ。

 まぁ、とりあえず許可が貰えて良かった。


「ところで、ここを拠点にするのは問題無いんだけど、1つ気になる事が」


「何かしら?」


「自分の見た限りだと、スクランブルミッションの場所は内陸部もあったんだよね。海上が舞台である方が少なかったぐらいなんだけど」


 そう指摘するジェイクに、ベルが割って入った。


「はい、その通りです。接続先は、ギリシャとトルコの国境付近からトルコ内陸部にかけてが主です。現在の主戦場はトルコ西部のブルサとデニズリを結んだラインの辺りになります」


 話の流れから、ベルが余所行きモードを解除して言う。それに少し面食らったようなジェイクだったが、


「だったら、ベルちゃんの話通りにこちら側に対象プレイヤーの機体を出したらLazward onlineでは領域外にならないのだろうかと、素朴な疑問があるのだけれども」


「……そういえば、その辺どうするかフィーから聞いてなかったな。ゲーム内での地形としてトルコはまだ実装されてないし、どうなんだ?」


 兄弟から熱い視線を向けられる。私はそれに答えようとするが……生憎、持ち合わせが無かった。指摘されるまで気付かなかった……。


「そ、その辺はベルがなんとか」


「もしかしてお前、そこに気付いてなかったとか言うんじゃ……」


 嫌な汗が背中を伝う。助けて、ベル。

 そう思いながらベルを見ると、少しだけ肩を落としながら彼女は言った。こいつ、今溜息吐いたぞおい。


「問題ありません。現状でもデータとしては存在していますので、私が一時的に侵入出来るようにします。そもそもトルコ側へ一番近いのはスオキ島なのですが、そこはWW2エリアなので候補から除外したのです。あそこの交戦ルールを変更してしまうと他のプレイヤーへの影響がありますので。そうなるとスロキス島が一番近くて設備の整った空港になりますので、ここを拠点候補とさせて貰ったのです」


「と、言う訳よ」


 ドヤァ。


「おう、ごめんなさいはどうした? まぁ、俺もその辺をあまり気に掛けていなかったんだが」


「ごめんなさい……。というか、そもそもベルも私にその理由を言ってなかったわよね!?」


「はい、忘れていました」


 しれっと言ってのけるベル。もしかしてこいつのハードディスク、断片化してるんじゃないのか? デフラグしろ。


「ま、まぁ手段があるなら良いと思うよ……」


 あー、もうだめだ。その言葉尻から、折角ズムウォルトの時に上げた私の株価が一気に下がったのが分かった。


「兄さんの趣味も相変わらずだね」

「返す言葉がねぇが、ほっとけ」


 ジェイクは笑いながら肘でジャックを小突いた。そうやってじゃれる様は、先程とは違って実に男兄弟らしいものだ。

 ますます分からない。こうして見れば普通なのに、何故ジャックはジェイクを毛嫌いするのだろう。男にしか分からない世界があるのだろうか。


「とりあえず、君達の事はここの連中に伝えておくからゆっくりしたら良いよ。もし人手が足りない事があったら、僕らも手伝うからね」


「有り難う、ジェイク」


 お礼を言い、彼と握手をする。

 その時、ベルが体をビクリと動かした。どうしたのかと思い彼女の顔をのぞき込むと、その瞳孔が機械的に収縮を繰り返す。


「ポート解放、接続の確立を探知。来ました。私はここから指示をしますので、2人は上がって下さい」


 無言で頷くジャックに合わせ、私達は管制塔を飛び出してエプロンへと向かった。



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