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第25話 出発

「ベル、フライトログの拡散はどうだった?」


「完了しました。但しグローバル・エレクトロニクスの管理者が即応した為、アップローダー上で公開されていた時間は極僅かです」


 ゲーム内で日没を迎えてから数時間後の今、ローズマリーのデッキにプレイヤーの姿は無かった。ここは日本人プレイヤーが多い空母であり、リアル時間の深夜に活動するプレイヤーが少ないからだ。このゲームのプレイヤーの年齢層が高い事も要因の1つだろう。

 マリーも今はログインしていない。航行と交戦については、事前に彼女が伝えた指示を元にしてNPC達が行なっている。

 今ここにあるのは私が放置していった有人型グリペン2機とベルの姿に、彼女のUCAV型グリペン。それに私の隣に立つジャックだ。

 ネットへのログの拡散については、彼が言い出した事だった。


「反応した人が少数でも居てくれればいい。後は勝手に広まっていく筈だからな」


「でも、不特定多数の人間を巻き込んでよかったのかしら……?」


 まだ戸惑いのある私は、ジャックへ問い掛けた。

 情報を拡散するのはいいが、それでまた他の人間への悪い影響が出ないのだろうか、と。


「もう、既に彼らも巻き込まれているんだ。正しい現状認識は必要だし、世論が動く事が必要なんだ。だからといってマスコミに持ち込めばチャールズ達の対応が楽になってしまうし、余計な事まで関連付けられて面白可笑しく報道されちまう。……これで少しでもスクランブルミッションに参加する人が減れば、こちらも対応し易くなるんだがな」


 呟きながら彼はメニューを操作する。

 表示されたのはフレンドリストだった。彼はその1つ1つを登録解除し、私のみが登録されている形へと変更した。私もまた先程、同様の作業を済ませたばかりだ。


「よし、これで終わり……と。申し訳無い気分になるな、特にナオには」


「そうね……でも、あの子はこんな事に関わるべきじゃないから」


「俺はお前を巻き込んでしまった事も、同様に感じてるんだけどな」


「その話は昨日で終わった筈よ。私達が……」


「ああ、決着を付ける」


 このゲームのフレンドリストは、一方通行ではなくお互いに認証した場合のみ登録されるようになっている。つまり片方がフレンド解除をした場合、相手側のリストからも消去される仕様だ。

 これで私達のログイン状況は、友人達に見られる事が無くなった訳だ。


「フィオナ、そちらの機体はどうしますか。まだテスト飛行もしていませんが、このままでも高AOA時にパドルを稼働させなければ飛行可能です。スロットル操作におけるノズル収縮は既存の物が流用出来ますので」


「それじゃ、テストはどこか時間が出来た時にやりましょう。まずはここを出る事を優先でお願い」


「アイアイ、マム」


 背筋を伸ばした完璧な敬礼をしながら、そう返答をするベル。小さな女子姿と、その軍人の様な挙動の差には違和感しかない。


「……どこで覚えてきたのよ」


「余剰CPUパワーで動画サイトをクローリングしていました。こういう物に、日本の男性は"萌え"を感じるとの事です」


「前みたいな幼女モードはもう大丈夫なの?」


「はい。UACSエンジンへのAI統合で、機能が補完されました。あちらがお好みであれば変更しますが」


「……これでいいわ」


 とは言え少し名残惜しい気がしてしまうのは、充分自分も毒されていたと言う事だろうか。

 そんな事を考えているとUCAV型グリペンのコクピット部ハッチが上に開き、ベルはそこに寝転がるようにして乗り込んだ。


 ハンガーに横並びで置かれた2機の有人型グリペン。蛍光灯の無機質な光に照らし出され、そのグレーの塗装が光っている。後部のエンジンノズル部にある推力変更パドルには、私はまだ違和感を感じていた。単に見慣れないと言うだけなのだが。

 コクピットの右側から延びた梯子の下でそれを眺めていると、ジャックはハンガーの空いたスペースに自分のF/A-18Eを出現させた。


「こっちはいつでも行けるぜ」


「了解、行きましょうか」


 彼へ返答して、梯子へと足を掛ける。


「機体、ナオのはそのままにするのか?」


「……ええ。餞別、のつもり」


「そうか」


 これが終わってから、彼女とまた一緒にこの空を飛ぶ為に。

 それまで彼女を守ってあげてね、とキャノピー越しに語りかけて。


「フライトコントロール。フェザー隊、発進します。エレベーターを」


『コントロール了解。甲板上はクリア、いつでもどうぞ』


 私達は新たな巣を求めて、ローズマリーを飛び立った。

 甲板を離れた私は、折角導入された電磁カタパルトのスムーズな加速感に名残惜しさを覚えていた。




 ***




【件名】

ナオへ


【本文】

これをあなたが読んでいる頃、私達はローズマリーを離れていると思います。――少し、個人的な戦いの為に。


既にそちらのフレンドリストに私達の名前は無く、あなたもフェザー隊から除名されているかと思います。でもそれは、決別だとか、今世の別れだとかではありません。そのつもりもありません。ただ、終わるまではリアルでの連絡も取らないつもりです。


これが終わったら、またローズマリーへ戻るでしょう。その時に全てを話します。それまでは、あなたはあなたの空を自由に飛んでいて下さい。

自分勝手なお願いでごめんなさい。


勝手ついでにもう1つ。スクランブルミッションへの参加ウィンドウが表示されたら、絶対に受諾しないで下さい。お願いします。


――フィオナ


End of message.




 フィオナがローズマリーを発った日の朝、ナオのメールボックスにはこの文面のメールが届いていた。まだ覚醒し切っていなかった彼女の意識は、メールの送信者を見た時点で一気に目覚めさせられる事となる。


 彼女はまず、安堵した。

 折角の夏休みだというのに、一週間も親しい人間と連絡が取れない状態だったのだ。何か事故に巻き込まれたのではないかとか、そういう嫌な考えが当然の様に頭に浮かんでしまっていた日々だった。そうした心配が、送信元の名前で払拭されたのだ。


 だがそのメールの本文は、再びナオを不安に陥れる物だった。彼女はすぐにフィオナの携帯へと電話を掛けるが、何度やっても悉く留守番伝言サービスへと繋がっただけだったので、諦めた彼女は通話先を英里へと変えた。


「もしもし、英里さんですか? 奈央です。朝早くにすみません……」


『奈央ちゃん、おはよー。メールの事でしょ?』


「英里さんにも来てたんですか」


『うん。今、とりあえず生存確認は出来たかって考えてたとこだよ』


「ですね。でも、電話に全然出ないんですよ……」


『やっぱり? こっちはアプリでメッセ飛ばしたけど音沙汰無し。ありゃ重傷だね』


「重傷、ですか?」


『うん。なんか抱え込んでるっていうか、ね。前に、結構なイケメン男子から告られた時もあんな感じだった』


「へ? そんな事あったんですか?」


『うん。純真と言えば聞こえは良いけど……あいつったらその時、その男子に「男女の付き合いという事をした事が無いので、そんな大事な決断は今すぐ出来ません」って言って』


「……それから、どうしたんですか?」


『どこで聞いたのか知らないけど、女子は恋人が出来ると友人付き合いが少なくなるからって言い始めて、急に思い出作りするかのように私を引っ張り回してさー』


「なんか、思い詰めちゃったんですかね?」


『で、そいつと付き合うのかどうかって聞いたら「やっぱ保留」って言って』


「超失礼だ!!」


『結局、1ヶ月ぐらい放っておいたら男の心が折れた』


「ちょっとかわいそうですね、その人……」


『まぁそんな感じで、さ。今回の話の裏に何があるかはわかんないけど、思い立ったら即行動、っていうのがあやつの性格よ。……そうそう、さっき掲示板見てたら変な物があったんだ。PCって立ち上がってる?』


「あ、ちょっと待って下さい。今から起動します。その性格には色々振り回されたので、そこそこ実感はしてますけど。変な物ってなんですか?」


『あ、メッセにインしてきたね。ちょっとデータ量大きいんだけど、中身はテキストファイルだった。掲示板に突然、アップローダーへのリンクが貼られてねー。ほいっ』


「ひぇっ、テキストで500GBもあるんですか!?」


『なんで、ちょっと抜き出したこれを』


「だったら、それ送らなくてもよかったんじゃ……なんですかコレ?」


『どうも、一定期間に行われたスクランブルミッションの通信ログっぽい。やり取りしてる場所は、文面の座標を検索してみたら殆どがトルコだったらしいんだ。掲示板の本スレはこの話題で持ち切り。そしてその後すぐ、運営によってスレが停止されたんだ』


「……こういう事が出来そうな人……と言うか物を、私は1つ知ってます」


『あー、やっぱり? 前に探しに行った時、サーバーがどうとか言ってたもんね』


「でも、これとどう関係しているかは分かんないですね。と言うかですね、そもそもフィオナさんのアカウント停止は解除されたんでしょうか?」


『それだけじゃなくて、あの日私と別れた後にドコ行ってたのかも謎だし』


「ですね。わかんない事だらけで、でもなんか話は勝手に進んで行ってるようで……私達、のけものにされた気分ですね」


『うん。ほんとごめんね、うちのバカたれが』


「なんで英里さんが謝るんですかー。でも、ゲームやってるっていう事は病気だとかそういう系の事じゃないと思うんですよね」


『そうだねぇ。少なくとも、すぐにフィオの命に関わる事だとかでは無いと思う。全くゲームの事以外に、他に私達に言う事は無いのかっていうね』


「……だったら直接、その大好きなゲーム内で話を聞くまでです!」


『うん、そう来ると思った。行こう!』


「ちょっと自分のリアフレにも声掛けるので、8時ぐらいにローズマリーで会いましょう」


『了解、それじゃ先に行ってるね』


「はいー」


 電話を切ったナオは、座っていた椅子にもたれかかった。


 彼女が無事だった事は本当に嬉しい。嬉しいのだが、素直に喜べない事に彼女は少し自己嫌悪する。

 その個人的な戦いとやらは、一緒に戦ってきた仲間にも言えない事なんだろうか。ナオには、そんなにも大事な事が【ゲーム】という枠の中にあるように思えなかった。

 フィオナが自分を大事に思ってくれているというのは、当然ナオは分かっている。だからこそ彼女の力になろうと頑張っているつもりだったが、それでもまだ自分は力不足なのだろうか。

 そう思うと、堪らなく悔しかった。自分だって同じ部隊の仲間じゃないのか、と。


 そこでナオはハッとして、再びフィオナが送ってきたメールを見た。


「私達……」


 文面には『私』ではなく『私達』とある。つまり、それはナオ以外の3人は一緒にいるという事だ。彼女単独での行動で無いのなら、ジャックもそれに同意したと考えられる。


 もしかしたらそれは、『そんなにも大事な事』なのかもしれない。

 それなら尚の事、彼女を手伝わなければいけない。自分も彼女のウィングマンなのだから。


 ナオは椅子から立ち上がり、自室を出た。




 ***




 ナオがLazward onlineへログインすると、ローズマリーのハンガーにはグリペンが1機だけ残されていた。念の為にフレンドリストを確認するが、確かに彼女達の名前は無かった。

 ゲーム内でのナオの交友範囲はそう広い物では無いので、フレンドリストにある名前はよく一緒に行動していたサイクロプスやバンシーのメンバー、後はマリーにエイリぐらいの物だ。

 それでも、いつもログインしてから真っ先に確認していた名前が無い事はナオにとって未知の出来事だった。言い知れぬ不安感が頭をもたげる。


「やほー」


「どうもでーす」


 先にログインしていたエイリが声を掛けてくる。

 フィオナがいない間、2人はここで航空機の取り扱いを練習していた。練習と言ってもナオには既に一通りの事が出来るので、主にエイリに付き合って飛んでいた事となる。

 彼女にとって空ものは初挑戦の事であったので、やっとの事で着艦まで覚束無いながらもこなせるようになったという所だった。

 人に教えるなんて経験はナオにとって初めての事であったが、その様子には覚えがあるのでそれを懐かしく感じてしまい、自分も偉くなったもんだと自嘲気味に思っていた。


「さて、行くって言っちゃったけどフィオが行きそうなとこってどこか当てはあるかい?」


「んー、それが無いんですよね……」


「そうだよね。私も全く思い付かない」


 彼女の足取りを辿ろうにも空に足跡は付かないし、現実のようなフライトプランなんて物は必要無いので全く手掛かりが無い状態だった。大規模戦の時はあっちこっちへ飛び回っていたし、その後最終的に戻ってくるのはいつもマリーゴールドだったからだ。

 だが、ナオにはとりあえず向かう先の当てがあった。


「まず、さっきちょっとお話ししたリアフレの居るとこへ行こうと思います。人手はあって困る物じゃないと思うので」


「そだね、そうしよっか。そのフレンドさんはどこにいるの?」


「スオキ島です」


「おー、ここからじゃ結構遠いね。待ち合わせの時間とか大丈夫?」


「そこは大丈夫です。今、ご飯食べてる所なので。あ、私は適当に済ませちゃいましたけどエイリさんは?」


「私は朝抜き派だから大丈夫よん。それじゃ、早速向かいましょうかね」


「了解です!」


 ナオが勢いよく返事をすると、エイリは自分の機体をハンガーへと出現させた。

 卵のように丸まった機首。コクピットのすぐ下に装着されたエアインテーク。コクピットを過ぎた所から尾翼へ向かって、すらっと絞られていくシルエット。パイロットと爆撃手兼ナビゲーターが隣同士に座る、特徴的な座席配置。

 A-6 イントルーダーだ。エイリの懐事情もあって少し戦力としては頼りないA型、初期生産型である。

 一番最初にナオが機体を購入しようとした時、この機体も購入候補に挙がっていた。その丸っこくて少し可愛らしいシルエットがナオは気に入っていたので、エイリがこれを買った時には心の中で少しガッツポーズをしていたのだった。

 ナオはその時、フィオナが自分をトムキャットに乗せていた気持ちが少しだけ理解出来た。


『ナオ機は1番、エイリ機は2番カタパルトへどうぞ』


「了解です。それじゃ行きましょう!」


 別々のエレベーターで甲板上へ上がった2人は、ナオを先頭にしてローズマリーから飛び立っていった。




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