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第23話 脱出

「岩井さん、そろそろ行かないと」


「これだけはやらせてくれ。……しかし、国も動くとはな」


 自分を救出に来た部隊の男がそう急かすが、キーボードを叩く圭一はそう呟いた。


 グローバル・エレクトロニクス社が管理している、ネバダ州にある研究所。ローリングキューブ社の買収以来、彼はそこに監禁されているような状態だった。

 暴力をもって連れて来られた上に、その周囲は砂漠地帯であり街まではとても歩いて行けない距離。だが研究所内にさえいれば命を脅かされる事までは無かった為、彼は素直に命令に従う事とする。

 そこで行なっていたのは、自らが開発したシステムの保守作業だ。同様の作業をしていた技術者がもう1人居たのだが、彼女は先に別働隊とここからの脱出を図っている。


 見張りの人間は殆どが武装しており、ただの1企業とは思えない程の厳重な警備に守られた研究所だったが、圭一を助けに来た男によるともう既にほぼ制圧された状態らしい。

 その装備からは彼の所属を読み取る事は出来なかった。しかし、圭一は彼を全面的に信頼していた。顔見知りだったからだ。


「流石に他国があんな状態になっちゃ、世界の警察も動かざるをえないでしょう。おまけにその原因は、自分の腹の中にあるかもしれないと来たもんだ」


 圭一の横でMP5を肩から提げた男は言った。

 そのマガジンには勿論実弾が入っており、ここまでの道中も監視の目を撃退しながらだった。戦闘は、この白人でブロンドの髪を短く切り揃えている彼が先頭に立って行なっていた。

 その手際を見るに、どうやらあれから地上での戦い方も訓練していたらしい。彼にも色々あったようだと、岩井は手を動かしながらも思っていた。


「しかし、10年前のレッドフラッグ以来ですかね? お元気そうで何よりです」


「そうだな、こんな所で君とまた会うとは思いもしなかった。こんな所とは言っても演習の時と同じ州内だが」


「はは、確かに」


 そうした会話の間も、圭一はキーボードを叩き続ける。

 その男と出会ったのはまだ圭一が自衛隊に居た頃、彼が参加した演習でだった。

 海軍パイロットとしては随分若かった彼に対して、圭一は撃墜判定を出した。だがそれを不服とした彼と口論になり、その後の演習期間中は常にお互いを意識し合う事となる。

 最終的にその撃墜・非撃墜数は同数となり、その年の演習は終わる。それが彼とは最初で最後の空戦だったが、それを切っ掛けにして以来たまにプライベートで連絡を取り合うような仲になっていた。


「VR教練を終えてから初めての部隊配属の直後、まだ尻の青い若造だった君が懐かしい。自分の頃から考えれば、今でもまだまだひよっこの歳だがね。以前貰ったメールでは海軍を辞めたと言っていたが?」


「ええ、辞めました。まぁ、雇い主は変わっていませんがね」


「君の世代は全てが早いな。ま、詳しく聞いても答えてはくれんのだろう?」


「……申し訳ないです。もう想像は付いているかも知れませんが」


「既に民間の身だ、それ以上出しゃばりはせんよ。そういえば君のフライトログも見させてもらった。うちの製品で遊んで貰えてるとは嬉しいね」


「半分は仕事ですけどね。ただ、面白い奴がいるんで大分楽しめてます」


「ほう、それは良かった」


 そう言った所でキーを叩く圭一の手が止まる。同時に、彼はコンソールに刺さっていたUSBメモリを外した。


「よし、これでここでの作業は終わりだ。サーバ本体は別の所にあるから、根本的に何とかするにはそこを抑えなきゃならない。メインAIはまだUACSエンジンから切り離されているから、当分問題は無いだろう」


「サーバの場所は判ってるんですか?」


「いや、アップデートの際に移動されたようだ。私がローリングキューブ社内から触っていた頃と、ネットワークのルーティングが変わっているみたいでな」


「……そうですか。クソッ、振り出しか」


「手掛かりがゼロな訳じゃない、ここから出たらいくらでも協力するさ。私も、手塩にかけて作った愛娘があんな使われ方をするのは辛いからな。さあ、それじゃ外へ……」


「待って下さい」


 一通りの作業が終わり、部屋を出ようとした圭一を男が止めた。


「……ご自身の家族を犠牲にして作り上げたそれには、どれだけの価値があるんですか」


 その問いに対して振り返った圭一は、


「君が動いていると言う事が、その価値を一番良く表しているんじゃないかね?」


「俺もあれから、あなたと同じようにウィングマンを失いました。だから、あなたの気持ちは分かるつもりですが……」


 悲しそうな顔でそう言う男。

 その会話に割り込むように、コンソールからアラーム音が鳴り始めた。モニターに表示されている警告ウィンドウには管理者権限による操作、UACSエンジンへのAIの統合を知らせるメッセージが表示されている。


 このままでは不味い。

 そう思った圭一は、操作主に対してチャットを繋ぎ警告した。

 その操作は仮想空間上から行われているようだった。メッセージウィンドウには、AIのインターフェースを持った少女が映し出されている。

 肩口あたりまで延びた金髪。整ったその顔は、圭一のある過去を彷彿とさせて少し言葉を詰まらせた。


「――自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」




 ***




 見るからに不機嫌そうな声色で、ホロウィンドウ内の男はこちらへ問い掛けてきた。アジア系の顔立ちだ。顔しか映っていないので体付きは分からないが、研究者やプログラマーと言って想像されるような細身では無さそうだ。

 やや釣り目で、そこにはどこか一般人では無いような雰囲気がある。


「……どちら様かわからないけど、あんたもあのチャールズっていう男の仲間なの? だったらそんな言葉は聞かないわよ」


『待て、違う。どういう事か分からない。君は……何者だ?』


 人に名前を尋ねる時には、まず自分から……なんて使い古されたセリフを吐くのも面倒なので、素直に私は答える事にした。


「私はただのプレイヤーよ。訳あって、ここから脱出する為にベルをUACSエンジンとやらに戻してあげたいの」


『それはこちらにとって少々都合が悪い。だが、その口振りからすると君はグローバル・エレクトロニクスの人間では無いようだ。その、訳とやらを聞かせて貰えないか?』


 そう言われて少し悩んだ。ああは言っているが、こちらにだってこの男がチャールズの一味でないと言う保証は無い。

 しかし「違う」という言葉を信用し、私はここまでの経緯を簡潔に伝える事にした。その際、プレイヤーがさせられている事等には全く触れなかったのだが、


『くそっ、もうそんな段階まで進んでいるのか……』


 悔しそうに呟く彼。その反応を見る限り、確かに彼はチャールズ側の人間では無いのだろう。


『私は、君が抱えているそのボールの製作者だ。岩井圭一と言う』


「あら、私と同じ名字なのね。珍しい」


『なんだって? ……それじゃ、君が』


「私はフィオナ。どこぞのアホの悪巧みにはめられた、哀れな女子高生よ」


 そうしてお互いに自己紹介をすると、彼は少しの間だけ下を向いて何かを考え込んでしまう。


「……あの、どうしたの?」


『いや、済まない。で、君はベルを戻したいと言っていたな』


「ええ。そうしないとここからログアウト出来ないみたいなの」


 圭一と名乗った男は再び下を向き、何か作業をする。コンソールを叩いているのだろうか。


『……確かに、君はゲストアカウント扱いでここに入っているようだ。ベルを戻せば、君のアカウントが上書きされてログアウト出来るようになるだろう。だが……』


 言葉を詰まらせた彼に「何か問題が?」と聞くと、


『それこそが、チャールズの目的だ』


「……どういう事?」


『奴はきっと、それを見越して君をここへ閉じ込めた。ここのUACSエンジンは今だ彼の管理下にある。今のベルをそこに戻すと言う事は、私が待避させたベルの主要機能を回復させるという事になるんだ』


「主要機能?」


『ああ。ベルは持ち主のフライトログデータを参照して、その空戦能力を学習している。まぁ、私がそういう風に作ったんだが……つまり簡単に言うと、今のUACSエンジンは不完全であって本来の性能を発揮していない。それを戻せば、無人機共に手を付けられなく……』


「ちょっと待って、それだと話がおかしくなる。彼はゲーム内のプレイヤー達に現実で戦わせているのよ? 私にも、あいつの側で戦えって提案してきたんだし。それだったらAIなんて要らないじゃない」


 そうだ。それならどちらにしろ現実世界では無人で動く形になる訳で、それを操るのがAIかプレイヤーかの違いだけだ。わざわざ2つの違う手段で、同じ目的を達成する必要は無い。


『奴の目指す最終形は、プレイヤー1人に対して3機のAIが付く形の飛行小隊だ。プレイヤー機をリーダーにして各種判断を有機的に行ない、AI機がその指示通りにミスの無い戦闘をこなす。それがP.G.S.SとB.E.L.L.Sから成り立つ、この化け物の真の姿だ』


 つまりそれは、最終的にはベルも悪用されるという事になる。そんな事は絶対にさせたくない。


「……こんな事、止めなきゃ」


『どうやって止めるつもりだ? まさか現実世界で暴力に訴えるつもりじゃ無いだろうな』


 流石にそれは、ただの女子高生に出来るとは思えない。マスコミや世論に公表したとしても、確たる証拠がない以上は一笑に付されるだけだろう。

 その対応策は、手元のボールから提案された。


【手段はあります。ただし、その為にはUACSエンジンの再定義が必要です】


『ふむ? ……詳しく聞かせてくれないか、ベル』


【P.G.S.Sのプロトコルは、現実側の兵器をVR側から操る為の物です。それを利用してスクランブルミッション中のプレイヤーの位置情報を取得、その機体をVR側にも出現させます。これは各プレイヤーのプレイ状況とリンクしていますので、そこから先はゲームエンジン側での処理となり……】


「つまり、それを私が墜とせばいいのね?」


【その通りです。ゲームエンジンを経由してであれば、私もそのお手伝いが出来ます。我々が機体を撃墜しても、ゲーム内では現実側の無人機が破壊された際と同様の処理になるので、他のプレイヤーにとっては運悪く回線切断されたぐらいの感覚となるでしょう。UACSエンジンが私のコントロール下となれば、無人機への対応も出来ます】


 ゲーム内の出来事が現実へ反映されるなら、逆にゲーム内で現実に対して都合が悪い出来事を起こせばいい。ベルの言う事はそう言う事だ。


『ふむ……。だが、それでは対処療法にしかならない』


「対処療法でも、やらないよりはよっぽどいいわ。根本的解決の手段を見つけるまでの時間稼ぎにはなる」


 再び何かを考え込む圭一。そしてウィンドウの外側へ顔を向け、口を動かす。彼の横にも誰かが居るようだ。

 ひとしきりのやりとりを終えた彼はこちらを向いて、


『……ほんと、俺も年を取ったもんだ。分かった、やりたいようにやってみろ。こちらも何かサポート出来ればいいんだが』


「開発者が太鼓判押してくれるのが、何より心強いわ。ありがとう」


『おっと、すまない。時間切れのようだ、そろそろ失礼させて貰う』


 ウィンドウ越しにそうお礼を告げると、最後に彼は一言だけ、


『そうだ。課題のヒントだが……計器を疑え』


 そう言ってすぐ、通信用ホロウィンドウは閉じられてしまった。




【それでは、オーバーライドを開始します】




【……フィオナ? 許可を】


「え? ……ええ、いいわ。やって」


 彼の最後の言葉に少し呆けてしまった。

 腕に抱いたベルのプローブが、私の言葉を受けて先程より多いホロウィンドウを出し入れし始める。それは、私の前方が全て埋まってしまう程の量だった。


【…………】


【処理終了。権限設定の移行を開始。プロトコル追加、設定完了。移行終了、ログアウト可能になりました】


 メニューを出してみると、確かにその項目が増えていた。後はこれで……。


【――プロセスへの割り込みを探知。アカウントの凍結フラグを解除。エラー発生、不正な処理が行われました。ファイアーウォール設定の変更。トラフィック増大中、認証されていない機器へのデータ転送。クライアントプログラムの変更】


「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」


【詳細は後ほど。強制ログアウトさせます】


「ベル――」


 そのやり取りを最後に、私の視界は光に包まれた。




 ***




 部屋に侵入してきた警備兵に向かって、男は持っていたMP5を躊躇無く発砲する。数発の応射があるが、2回の3点バースト射撃によって放たれた弾丸は全て警備兵へと吸い込まれていった。

 男は警備兵が倒れた後もしばらく扉を監視するが、それ以降人が来る気配は無いようだった。倒れた警備兵へ目をやると、その得物は民間用に改造されたAK。ポリマー製ストックやハンドガード部のレールシステムを見ての判断だが、フルオートで撃ってきたので合法でない改造もされているのだろう。いや、この州では合法だったか。


「……君は、この事を知っていたのか?」


 チャットウィンドウを閉じた圭一は、深く息を吐いた後に男へ向かって問い掛ける。

 それに対して、まだ銃を扉へ向けていた男は背中越しに答えた。


「――ええ。彼女と接触したのは、そもそもこの目的の為でしたから。ただ、ここまで深く関わらせるつもりはありませんでした。予想外に彼女の能力が高くて……」


「奴に目を付けられたという事、か。彼女を守る力になる可能性を考えてやった事が……皮肉だな」


「どちらにしろあなたの親族という事で、こういう事に巻き込まれる可能性は高かったでしょう。特にグローバル・エレクトロニクスが動き出してからは――」


 どさりという音が男の背後から聞こえた。


「岩井さん? まさか、今のが……!」


 振り返った男が見た物は、背中から血を流しながら力無くコンソールへもたれ掛かる圭一だった。男はすぐに彼を抱えるとその場に寝かせる。


「ふふ……あれが、私の娘……か。妻に……似て良かっ、た」


「喋らないで!」


 弾は胸まで貫通しており、赤く染まった場所を彼は強く押さえるが、どこか大きな血管がやられているようで出血は治まる様子が無い。


「こちらブラボー、対象が被弾した! メディックを、急げ!」


 無線で即座に報告をしてから、携帯していた止血剤を傷口へ振りかける。しかしその白い粉は、傷口に触れるとすぐに血液で上書きされていった。


「岩井さん、しっかりして下さい! あんたが倒れたらあいつに会わす顔が無いでしょうが! 大体、俺はあんたをあいつに会わせる為にこの仕事を受けたんだ!!」


「これを知っ、たら……彼女は、怒るだろう……な」


 男は必死に銃創を押さえる。苦しそうに上下する胸の勢いが、だんだんと弱まってくるのが分かった。


「当たり前ですよ! で、俺まであんたの家族問題に巻き込まれるんだ! だけどその場所にあんたがいれば、俺は殴られなくて済むんですよ! きっとあいつは、あんたを先に殴るから!!」


「……そい、つは……ちょっと勘弁、願いた……い」


 弱々しく、途切れ途切れに圭一の声が漏れる。


「岩井さん、死ぬなら彼女に今までの事を謝ってからにして下さい!!」


 叫ぶ男と、圭一の目が合った。

 圭一は力無く右手を男へと伸ばすと、男は血塗れの手でそれを握り締める。


「勝手で済まん、が、彼女を……頼む。――ジャック」


「岩井さ――」


 その手には、先程コンソールから抜かれたUSBメモリが握られていた。




 ***




 VRインターフェースのヘッドセットを外してから見えた景色は、あまりにも見慣れた自室だった。ベッドから起き上がろうとするが、力が入らずによろけた身体はその場で崩れ落ちる。

 何日ぐらい、こちらの時間は過ぎたのだろう。丁度倒れた場所に落ちていた自分のスマートホンを見るが、その電池は切れていた。充電器へと繋ぐが、あまりに電圧が落ちたようですぐに電源は入らなかった。


 壁に寄りかかりながらもそのまま書斎へと向かい、旧式のPCに火を入れる。

 母が出掛ける前に残していった課題、旅客機の離陸シーン。ジョイスティックに付いているハットスイッチで、画面の中の視界を動かす。

 エンジン回転数計の針は一定を保っているが、耳を澄ませてみると甲高い音が時折鈍い物に変わっていた。


「圧縮が安定してない……?」


 スロットルを上げていく前に、既に下げられていたフラップを動かしてみる。

 視界を動かしてもコクピットから主翼は見えないので、これも耳に頼るしか無いのだが……作動音がしない。


「――そういう事、ね」


 私は力の抜けた腕をだらりと下げ、椅子の背もたれを大きく仰け反らせる。

 電圧が回復し、自動的に電源の入ったスマートホンのバイブ音が遠くで鳴っていた。




 ***




「結果はどうだね?」


「無事、データは入手出来ました。UACSのモジュールもコピー出来ています。ただ、あのAIによるいくつかの改変が見られます。こちらより上位の権限のようで、修正は難しいかと」


「なら、それを上回ってやれば良いだけの事だろう。予定通り、彼女とベルのデータが両方共手に入った。これで――」


「――キマイラは完成だ」




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