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第22話 権限

「――でね、フィオったらそのままどっか行っちゃって」


「えー、そうなんですか? でももう日も暮れてますよね。そろそろひょっこりと戻ってくる様な気もしますけど」


「……だったらいいんだけど、ね。あれからベルちゃんも目を覚まさないし」


 部活での試合を終えた英里のキャラ、エイリはゲームへのログイン後に空母ローズマリーへと降り立っていた。

 現在、ローズマリーは電磁カタパルトの取り付け工事の為にスアレピ軍港のドックに入っている。ナオ経由でそれを知ったエイリは、今日あった出来事を報告する為にマリー達と合流していたのだった。


「ベルちゃんが起きないと、グリペンのテストも出来ないしなぁ。おまけに今のまま飛んで墜としちゃったら、フィオナさんが来るまで機体の補充も出来ないし……」


「そうねぇ、とりあえず大人しくするしかないわね。それじゃ、私はこうしている内にみんなをここに呼んでおくわ。ここからドックアウトする前にサイクロプスとバンシー、後ヴァルキリーは集めておきたいから」


「分かりました、お願いしまーす」


「みんなが集まったら、改めて処女航海へ出発よー!」


 妙に一部分へアクセントを置きながら、マリーは2人から離れて艦橋へと向かっていった。




「……ナオちゃん、気付いてる?」


「何がですか?」


 マリーを見送ったエイリは、彼女の姿が見えなくなってからナオへと問い掛けた。


「フィオが垢バンされたってのは話したけど、それじゃ色々と説明が出来ない事があるの」


「……はい。まず、フレンドリストからフィオナさんの名前が消えていない事。後はハンガー内にある機体とベルちゃん、これらがまだ残っている事ですね」


 そうきっぱりと言い放つ、黒髪ボブの彼女。

 彼女の言う様にローズマリーのハンガーの片隅には、フィオナの機体が本人不在のまま鎮座していた。その中の1つはベルの物であり、コクピットでは彼女が寝息を立てている。


 エイリのナオに対する第一印象は、実にほんわかとした娘だという物だった。

 フィオナと出会った経緯については一応聞いているのだが、このゲームに似付かわしくない人物だとずっとエイリは思っていたのだ。

 しかし、彼女も伊達に第一線で戦ってきた訳では無いようだ。自分の言葉に対して、急に眼光が鋭くなった事にエイリは驚く。


 その後、彼女は笑いながら、


「きっと大丈夫です。所有権があるなら、フィオナさんのデータはまだ消えていないって事だと思いますから。動画うんぬんもきっと誤解です。運営の人もわかってくれると思います」


「うん……そうだね」


 前向きな彼女の言葉。それで、エイリの心は少しだけ軽くなった。


「そうだ。前にフィオから飛行機の乗り方を教わったんだけど、ナオちゃんにも教わっちゃおうかな?」


「おお! こっち側に来るんですかっ!?」


「いや、そこまでじゃないんだけどねー。やれる事は一通りやってみたいっていうね」


「それじゃ、ちょっと何か適当な機体を買ってきますね!」


「あ、私も一緒にいくー!」


 その後、2人が機体を選定している間に電磁カタパルトの施工は終わり、エイリはナオからの激辛コーチングを受ける事となる。


 その日から1週間をかけて、ローズマリーの艦内は徐々に活気を取り戻していった。

 以前にいた飛行隊は勿論として、それ以上に大規模戦での活躍を聞いていた人間が多く乗艦するようになっていた。フェザー隊をお目当てにして乗り込んできた人間も少なくない。

 各地を寄港して回り処女航海を終える頃には、そのデッキ上は発艦する機体でごった返していた。


 だが、その賑やかな艦内にフィオナとベルの姿は無く、そして何故かジャックも彼女ら同様に行方をくらましてしまっていたのであった。




 ***




 夢を、見ていた。


 それは、本当に楽しい夢だった。

 蒼い空を自由に飛び回る。私を縛る物は、そこには無い。鋼鉄の羽を広げて、雲を突き抜け、大地を飛び越え、どこまでも飛んでいく。


 そんな私を後ろから追い越していく、3つの飛行機雲。

 螺旋を描きながら行くその姿があまりに美しくて、それに追い縋ろうと手を伸ばした。


 ずっと、こうしていたい。いつまでも、こうしていたかった。

 そんな心は、突然に正面から飛んできた戦闘機に驚いてバランスを失う。


 突然の電子音。失速警報か、ミサイルアラートか。

 私の羽根は空気を掴めなくなり、そのまま背中から地面へと叩き付けられた。


 そこに痛みは無く。背中には草の感触。

 鼻腔を、青臭い匂いが突き抜けていった。群青の空から降り注ぐ日差しに目を細める。


 飛びたい。もっと飛びたい。あの透き通るキャンバスに、もっと白線を描き込みたい。

 そう思いながら空へと伸ばした手から、赤い液体が滴り落ちた。握り締めた掌はぬるりとした感触で、指の隙間からそれは溢れ出す。


 そっか。仕方ないよね。


 私は。

 私にはもう、その資格が……。







 気が付くと、私は横たわっていた。ずきりと痛む頭を押さえながら、どうにかして上半身を起こす。

 ベッドの上に寝かされていたようだった。ぼやける視界で周囲を見渡すが、その部屋に見覚えは無い。ベッド以外には何もない、白で覆われた無機質な部屋。


「……何が心配しなくて良い、よ。くそっ」


 討論とも言えないような話し合いの後、あの男がこちらに何かしたのは間違いない。だが、とりあえず手足は問題無く動くようだった。

 自分の着衣に乱れはなく、つまり……そういう事をされた訳ではないのだろう。


「――っつ!」


 再び頭痛がして、側頭部を押さえる。その際、耳の横に湿った感覚があった。

 これは、涙か。先程の変な夢といい、どうも自分の想像以上に事実はショッキングだったらしい。


『本能的に、君は争いを求めているのだ』


「そんな事は……」


 無い、とは言えなかった。

 自らの力で相手を打ち倒す、その行為は本当に甘美な物だと感じている自覚はある。特に対戦ゲームという物の唯一の目的は「相手に勝つ」事だ。その勝利の味を否定する事は、その目的の否定でもある。


『君のような軍事マニアが、平和を語るというのかね?』


 そして、相手に勝利する為に機能を突き詰めた存在。真っ直ぐに、ただ純粋にその力を追い求めた物が「武器」だ。

 それを美しいと感じてしまう事は、罪なのか。


 再びベッドに寝ころび、天井を見上げる。その隅では、監視カメラと思われる半円形の透明なカバーに入った物体がこちらを見ていた。

 空調設備の発する低周波に、また頭は痛くなってきていた。




 それから、どのくらいの時間が経っただろう。外からロックされたドアは、私の行動をこれでもかと制限していた。


 あの男、チャールズは私を野放しにはしないと言っていた。まぁ事実を知っている人間を閉じこめておくのは当然のように思えるが、私の居た場所は日本である。個人の自由を奪うのは法律に触れる行為だ。拉致監禁、そんな感じだろうか。

 企業がそんな事をすればどうなるのか、分かってない事は無いだろうに。


 また激しい頭痛が襲ってきた。我慢出来ない物ではないが、あまりにも不快だった。チャールズが何かをしたのは間違いないが、それを知る術もないし、知った所で今はどうしようもない。


 これから、どうすればいいんだろう。

 ここから逃げようにも、自分に出来る事なんて何一つ思い付かなかった。アクション映画だったら看守の隙を突いて倒す、なんて事が王道だろうが、生憎私にはそんな筋力は無い。身に付けた護身術や、まして一子相伝の古武術なんて物とは全く縁が無いので、力業で逃げ出す事は選択肢に無かった。


 これがゲームの中だったら、もうちょっとやりようがありそうなのに。

 そう思いながら、戯れにメニューウィンドウを開くジェスチャーをすると、


「……開いた」


 目の前に現れる、見慣れた青いホロメニュー。

 つまりここは、仮想空間内なのか。しかしそうなると、さっき夢を見ていた事がおかしくなってくる。VRゲーム内で睡眠状態に入ると、自動でインターフェース側がログアウト処理をするのだ。所謂、寝落ちである。今はその機能が効いていない、そう考えるのが自然かも知れない。

 だが、そうだとすれば現実の私の身体はどこにあるのか。それに、ここから出られてもまだ捕らわれのままであるならば意味が無いし、またそこが現実であるという保証も無い。

 これじゃまるで、マトリョーシカ人形になったみたいだ。


 そうして呆然と立ち尽くしていると、突然ドアが開いた。そこから逃げ出せば良かったのかも知れないが、あまりに不意打ちであったので身構えるだけで精一杯だった。


 開いたドアから入って来たのは、バスケットボールサイズの丸い物体。自力でころころと転がりながら私の前まで来たそれは、


【迎えに来ました、フィオナ】


「まさか……ベル?」


【はい】


 私の周りを転がってぐるりと1回転したそれは、彼女が使っていたプローブだ。それに見蕩れていたら、部屋の入り口のドアはスライドして閉じられてしまった。


「ちょっと色々と混乱しているんだけど」


【私もどこから説明すれば良いのか、わかりません】


「えーと、えらい堂々と入ってきたけど、ここ監視カメラが……」


【カメラの形に見えますが実際はログ採取用のプログラムで、既に向こうには偽の情報が流れています。所謂、不正アクセスです。】


「それじゃ、とりあえずは安心していいのね」


 うむ。ほんと、便利な奴だ。

 胸を撫で下ろして、ベッドへと腰掛ける。まず必要なのは現状の把握だろうか。


「ここはどこなのか分かる? ゲームの中なのかもっていう推測はしているんだけど」


【半分正解です。Lazward onlineをベースに作られた空間ですが、違うセグメントになります。ただ、同一ネットワークにありますので行き来は可能です】


「それなら、ログアウトして現実に戻る事は出来るのね」


【現在のアクセス位置を解析します…………普段と同じ場所の様です】


「よかった。これで変な場所からのアクセスって言われたら、どうしようかと思ったわ」


 例えば、外国とか。グローバル・エレクトロニクスの本社があるアメリカだとか言われても、途方に暮れてしまう。

 ただ、そうなるとどうやって身体が家に戻されたのか気になった。ここから逃げ出したとしても彼等に家の場所が割れている以上、そこは安全では無いと言えるかもしれない。

 なんだか、実に面倒臭い事になった。


「……難しい事はここから出てから考えてもいいか」


【その為にも、1つやらないといけない事があります】


「何?」


【ここには、私の本体とも言えるUACSエンジンがあります。以前、私は外的要因によって外部サーバへと本体をコピーされたのですが、今の私をUACSエンジンへオーバーライドする事によって、ここの正規の権限を得られます。今の私の管理者はフィオナになっていますので、その後にメニューからログアウト機能が使用可能になるでしょう】


「それじゃ、まずは本体とやらを見つけないといけないのね。場所はわかる?」


【おおよその位置は】


「おっけ、行きましょ」


 今は、手近な出来る事からやっていこう。そう思い、1つ目のカメラアイが付いたボールを抱えて、私は部屋から逃げ出した。


 廊下は、SF映画に出てくるような無機質で人工的な壁で覆われていた。直線的なパネルで形作られたそれは、プラスチックのような質感だ。

 時折私が閉じこめられていた部屋と同じ意匠のドアがあるが、そこがどこへ繋がっているのかは分からなかった。自動ドアのようだが、近付いても何も反応が無く入る事は出来そうにない。ドアに赤く光っているランプは、進入不可を表しているのだろう。

 天井にはある程度の間隔で部屋内にあった物と同じカメラが付けられていたが、そのどれもが一定の距離まで近付くと明後日の方向へ向いてしまう。どうもベルが、プログラムを次々と乗っ取っているようだった。


 道中、巡回の見張り等に出会う事は全く無かった。


【ここです】


 10分程は歩いただろうか。とあるドアの前で、私はベルの声で立ち止まった。

 そこも他と同様の形をしていたが、私が正面に立つとドアのランプが赤から緑へと変わった。それから時間を置かず、ドアがぷしゅんという音と共にスライドして開く。

 中は、先程まで私が居た部屋と変わりがなかった。ベッドは無かったので、その殺風景さは更に上がっていたが。


「ここが目的地? 変わった物は特に何も無さそうだけど……」


【少々、お待ち下さい】


 そう言うベルのプローブの前には、いくつもの小さくて青いウィンドウが表示される。その中では上から勢い良く文字が流れていき、突然閉じられ、また別のウィンドウが出てくる。早すぎて、その中の文章は目で追えない。

 そんな事を数回繰り返すと、ノイズの混じったホログラムのコンソールが部屋の真ん中に現れた。基地のハンガーとかにあるものとデザインは一緒だ。


【これから処理を始めます。指示を】


「いいわ、お願い」


 先程同様にいくつかのホロウィンドウがコンソールの上に浮かび上がり、それらと対になるようにしてベルにもウィンドウが表示される。

 だが、一瞬だけ赤くなったそれらは一斉にしてその姿を消してしまった。


「終わったの?」


【いえ、何者かの介入を受けて処理が強制終了されました。管理者権限による操作です】


「私と同じレベルの権限を持ってる人って、他には誰が?」


【私の制作者になります】


 そうベルが言うのと同時、ホロウィンドウが1つ立ち上がった。

 そこに映っていた見知らぬ男。彼は不機嫌そうな声色で、私に向かって問い掛けてきた。


『――自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?』



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