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第21話 拒絶

 自分のところへ来いと、男は言った。そうすればもっと高みを見る事が出来る、と。

 命を懸けない戦いでは見れない世界を見せてやる、と。


 だが私はそんな言葉を求めておらず、今は本当の事が知りたいだけである。当然、質問に対して質問を返し、あまつさえそれが明後日の方向を向いているこの男に対して、「全く説明になってない」とぴしゃりと言い放ち、チャールズの言葉から話を本題へと戻す。

 そもそも、こいつこそ武人ではないだろうに。そんな男が戦いを語るだなんて、片腹痛い。


「あれは何だったのかと、私は聞いているの」


「では、君はそれを聞いてどうするのだね。もし聞いてしまえば、それこそ後戻りが出来なくなる可能性もあるだろう」


「五月蝿い、そんな事は私が自分で決める!」


 テンションが上がり、語気が強くなってしまった事に焦りを覚える。このままでは向こうの勢いに飲まれるだけだ。

 ゆっくりと息を吐いてから、胸の鼓動を落ち着かせた。


「……気が強い娘だ、嫌いじゃない。分かった、教えてやろう」


 そう言ったチャールズは、その場で勢い良く腕を横へと振った。するとそれに合わせ、私と彼の間にある机の上で大きなホログラムのウィンドウが表示される。


 これは……Lazward onlineのマップだろうか。普段プレイヤーが見慣れている縮尺はもっと大きくその全体を見る事が難しくなっているのだが、これにはそれよりもっと広い地域が表示されている。

 画面の左端には、長靴のような半島。ここは……イタリア?


 つまりは、そう言う事なのか。


「画面上に沢山の光点が見えるだろう? これらは今現在、スクランブルミッションをやっているプレイヤーの接続先だ」


 それらは一部分に固まっている場所もあれば、間隔を置いて光っている物もある。

 薄いブルーのウィンドウに散らばる金平糖。それはまるで夜空のように美しい物だった。


「見覚えの無い部分は未実装の地域……という訳では無さそうね」


「勿論、今後のアップデートで増える部分ではあるがね」


 言いながら、チャールズは2本目の煙草に火を付けた。それを深く肺に吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。


「そう。君があの時戦った世界は、現実だ」


 噛み締めた奥歯が音を鳴らした。

 話の流れからその言葉が出る事は予想していたが、やはりいざ聞いてみるとそれはバットを頭に叩きつけられたような衝撃で心を揺さぶる。


 しかし、そのおかげでしっかりと確信出来た事もある。

 ミッション目標だからとあの命令に従っていたら、ゲームだからと思考を放棄していたら、あの男の子は間違いなくこの世に居なかったという事。

 あの決断、そして私の戦いは間違っていなかった。


 もう一度、金平糖の散らばるホロウィンドウを見る。

 溜息が出てしまう程に美麗だが、この星空の下では今まさに誰かの血が流れているという事実。


「……趣味が悪すぎる。今も数万人のプレイヤーが、知らずに戦争の片棒を担がされているって事でしょ」


 そう言った私に対して、チャールズはあろう事か「ハハッ」と笑い、


「何を言うんだね、私はむしろ感謝して欲しいぐらいだよ。これこそ君達ゲーマーが長年求めてきた、真にリアルな戦場じゃあないか。より現実に近く、より過激に。そうやってゲームは進化し、ここまでの物となった事にまずは喜びたまえ」


「そんな物、誰も求めていない!」


 その言葉に、ついに私はキレてしまった。

 怒りの矛先をワイヤーフレームの机へ向けると、拳を叩き付けたその衝撃で地図ウィンドウにノイズが走った。


「虚構と現実をごっちゃにして、ゲーム脳も良いところね」


「そうは言うがね、君。モニター越しの戦争体験は、兵士の消耗を少なくする事が出来る。実際に殺したかどうかなんていうのは、受け取り側の認識次第なのだから」


「認識次第……?」


「君も知っているだろうが、無人機に掛かるコストは過去と比べものにならないぐらいに上がっている。しかしその利点は消える事なく、その性能も際限を知らずに上がっているのだ。だが、それを動かす事が出来る人間が育たない。――そんな時に、我々はあるゲームを見つけた」


 一昔前の話であるが、ゲーマーに無人機の操縦を行わせようと言う試みがあったという事は知識で知っていた。

 戦闘機を運用する国にとって一番コストが掛かる部品は人間である。それが無人機に取って代わられると、パイロットへの適正という物は身体能力からバーチャル世界への適応能力へと変わっていった。

 だが当時のそれはまた、ある問題を抱えていた。自分が戦闘をしているという意識が希薄になりすぎるのだ。

 命令のまま画面越しに命を奪い、仕事が終わると平和な日常へと戻っていく。そのギャップがPTSD、心的外傷後ストレス障害を発症させるとして、人道的な見地から今では有人機並の素養を求められる物となっている。

 つまり、安価な兵器では無くなったのだ。


「それがこのゲーム……?」


「そうだ。元々、このゲームは軍事用のシミュレーションエンジンを改良して造られている。おまけに開発元であるローリングキューブは、私とは同じ方向性で別のアプローチをしていた。だからそれを使わせて貰ったのだよ」


「……他人の褌で相撲とは、良い趣味ね」


「それがビジネスと言う物さ。それから数回の実証実験で、我々は答えを得た。本当にそれは、些細な問題だった。つまり、最後の最後までゲームだと騙し通せればいいのだ。彼等は楽しくゲームが出来て、我々は兵力の提供が出来る。これは実に、Win-Winな事じゃあないかね?」


「人の命を『些細な問題』で済ますあんたは、一度カウンセリングを受けた方がいいんじゃないの」


 滔々と語る彼に、そう吐き捨てるように言った。


「では、その命を奪う為に造られた物に多大な興味を示す君はどうだというのかね」


 灰皿に煙草を数回当て、それからチャールズは立ち上がってこちらへと歩いてくる。そのまま私の正面へと来た彼は、私の顎を下から軽くつまんできた。

 身長差から彼の顔を見上げる形になって威圧感を感じてしまうが、それでも私は彼の目から視線を離さない。


「本能的に、君は争いを求めているのだ。前線に立ち続け、『死線』という甘美な世界に心を奪われている。戦闘機という、個人が持つには大きすぎる力の行使を楽しんでいる」


 そう彼に問われて、言葉を詰まらせた。


「君のような軍事マニアが、平和を語るというのかね?」


 ――私は戦闘機が好きだ。

 だがそれは武器であって、人を殺す為に生まれてきた道具である。機能美という言葉で誤魔化しても、その本質は何ら変わりはしない。

 彼はゲーム内での私の行動を知っているのだろう。確かに、常に前線へと出て仲間と共に戦ったあの時間は、日常生活では味わえないスリリングな物だった。

 痛みのフィードバックという要素さえはねのけてのめり込み、その瞬間に生きる事を楽しんでいたのは紛れもない事実だ。


 ごくりと生唾を飲み込み、言葉を絞り出した。


「……そもそも、私に気付かれているようじゃ欠陥品よ。いずれ、誰かが気付くわ」


 苦し紛れに逸らした話題は、薄ら笑みを浮かべるチャールズに返される。


「そうか、君は自分でこの事に気付いたと思っているんだな。それなら安心だ」


 一歩。彼は後ろへ下がり、こちらに背を向ける。短くなった煙草は足下へ落とされ、彼の靴によって火を消された。


「……どういう事よ」


 その言葉に対してこちらへ向き直ったチャールズは、大げさなジェスチャーで両手を広げた。


「この場は、私がセッティングしたという事だ。君の動画を上げた事も、アカウント停止の指示をしたのも、全てこの私だ。どうだ、心の内を吐き出せてスッキリしたかね?」


「……胸糞悪いにも程がある」


「うら若き乙女の台詞じゃあないな。まぁ吐き出せたのなら安心だ。余計なノイズが思考に入らなくなるからな。さあさあ、長くなったが『私の』本題に入ろう」


 チャールズは苦笑いを浮かべるが、私はその顔に唾を吐きかけてやりたい気分だった。

 そうして表情を戻した彼は、気障に指を鳴らした。


「もう一度聞く。私と契約してくれないだろうか。勿論、成果に見合った報酬を約束出来るし、君が存分にその腕を振るう事が出来る環境を用意しよう。一緒に造り上げようじゃないか、安価でまとまった戦力が用意出来るこの素晴らしいソリューションを」


「クソ食らえよ」


 そう返した私に対して、少しの表情も変えないチャールズ。まるで、その返事を知っていたかのように平然とした顔で、


「そうか。それなら君のアカウントは元に戻す事は出来ない。そして我々は、既に事実を知っている君を野放しにする事もしたくはない。何より、その戦闘技術は実に我々にとって有用だ。君のお父上には、感謝の言葉も無い」


 ……何を言い出すんだこの男は。

 そう思っていると、突然激しい頭痛と吐き気が襲ってきた。耐えられずにその場で膝を突くと、目の前のワイヤーフレームがぐにゃりと歪む。


「――っあ……ぃがっ!?」


「ベル君と言ったかね? あの男の作品である彼女と、仲良く暮らすといい」


 そうチャールズが言い切ると同時、視界からワイヤーフレームが消えて身体は浮遊感に包まれ……そこで私は意識を失った。




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