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第20話 提案

 7月も最終週を迎える今日は、真夏の炎天下の中で英里の部活の応援である。

 が、前日の出来事のせいで試合内容なんて全く頭に入って来ない。正直言うとバックレようかとも思っていたのだが、流石に友人との約束を無下にする訳にも行かず、とりあえず責任だけは果たそうと市内にある競技場に来ていた。

 フェンス越しにコートを見ながら、私は山の斜面にある応援席に座る。学生の試合なので観客はそう多くないのだが、他の参加者の友人がちらほらと応援に来ているようだった。

 周囲の歓声から察するに、今やっている試合が終わったようである。


「ふー、疲れたぁ。どうよ、今の勝ちっぷり見てたかい?」


 そう言いながら、蛍光緑の短いスカートに白い半袖のテニスウェアを着たポニーテールの少女が私の横に座る。


「全く見てなかった」


「まじで!」


 本当に驚いてるのか分からないが、大げさに頭を抱えるリアクションをする英里。

 昨夜、彼女とは少し電話をしていたから、私の様子を見て気を使ってくれているのかもしれない。


「……あの後、どうなったの?」


「垢バンされたわ」


「まじで!! って、まーあれだけの映像があったらねぇ……」


 彼女の言う『映像』。それは匿名で誰かが私のプレイ動画を動画サイトにアップロードした物の事だった。


 昨日のログアウト後、私はLazward onlineへログインする事が出来なくなった。理由は、規約違反によるアカウントの凍結だ。

 プレイヤーの意識に直接働きかけるVRゲームという性質上、既存のPCゲームのようにプレイ動画を動画サイトで共有するという文化は絶えて久しい。技術的に出来ない事ではないらしいのだが、悪意のある外部ツールからプレイヤーの身体を守るという側面もあり、どのVRゲームでもプレイ動画のアップロードは基本的に利用規約で禁止されている行為になっている。


 昨夜遅く、私のアカウントから動画サイトにプレイ動画が上がっているという知らせを英里から聞いた私は、その動画を見た後すぐにセキュリティソフトのチェックを走らせたのだが。


「ウィルスとかの可能性は?」


「とりあえず何も出なかった。他のソフトも試してみたけど、白だったわ」


「フィオもある意味有名になっちゃったし、誰かの恨みを買ったのかねぇ」


「ここまでされる謂れは無いと思ってるんだけど。下手に他のアカウントを紐付けておくと怖いわ。そっちも気を付けた方がいいわよ」


 オンラインゲームのアカウントは、手間を省く為に他のネットサービスのアカウントでログイン出来るようになっている事がある。このゲームも例外ではなく、私は有名な検索サイトのアカウントを使ってログインしていた。

 その検索サイトは動画サイトも運営しており、プレイ動画はそこから上げられていたようだった。


「運営に問い合わせはしたの?」


「そりゃ勿論よ。私が上げたんじゃないってメールで抗議したわ」


「で? まぁ、顔見れば分かるけどね」


「……お察しの通りよ」


 そう。運営からの回答は「調査します」の一言だけだった。

 昨夜出したメールに対して翌朝に返信がある時点でよく出来た運営だと言えるが、調査するという事はつまり、結果が出るまではそのままと言う事でもある。別アカウントを作っても仕方が無いし、複数アカウントの作成も規約違反であるのでやりたくは無い。


「とりあえず、その眉間の皺を何とかしたら? 男子達、めっちゃ怖がってるし」


「むしろ、あんたがパンツでも見せて喜ばせてあげればいいでしょ」


「またそう言う事いうー。折角可愛いワンピース着て来てるっていうのに」


「だって暑いし。私はいつものタンクトップだけでも良かったんだけど、あんたが着て来いって言うから」


「じゃあさ、その格好でフィオもテニスやれば? どっかのお嬢様って感じで萌える!」


「ゲームオタクでスミマセンね……そんなアウトドアな趣味は無いもんで」


 彼女と話しながらも、スマートフォンで軍事系のニュースサイトを流し見る。

 いくつかを回る内に丁度更新タイミングが来ていたサイトがあり、そこに目を引く1つの記事があった。


【速報:シメール航空135便と軍用機がニアミス! また付近では戦闘が発生した模様】


 詳細は不明との事であったが、4機の軍用機が民間機へと接近した後に戦闘を行なったようである。

 まだ不確かな情報だと、最初に135便と1機の戦闘機が接近。その後、その機体と後から到着した3機が戦闘を行なったとなっていた。

 ニュースによると、その後135便は無事に目的地へ着いたらしい。

 乗客の証言では、1機の戦闘機が135便と並んでからすぐに別の3機が飛来。横にいたその戦闘機は自分達を追い越していき、すぐ後に爆発音が数回響いたという。

 戦闘機達がどうなったのかは分からないらしい。


 明らかに、昨夜の状況と重なる。

 とどめは、その記事にあった写真だった。インタビューされている乗客の後ろに見える家族連れ。父親と思しき男の腕に抱かれていたのは、窓越しにこちらへ手を振ってくれていた男の子だった。


 心拍数が一気に上がる。

 何故、彼の姿がこの記事にあるのか。彼はNPCではなかったのか。


 ――私の見ていた景色は、何だったのか。


「……フィオ? ちょっとどうしたの?」


 そして、混乱する頭の中にもう1つの事実が頭に浮かんできていた。

 初めてのスクランブルミッション。あの時、確かに私は敵機のキャノピーに広がる赤い血を見ていた。それは私の放った機関砲弾によって作られたものだ。


 手に力が入らなくなり、スマートホンがその場に落ちる音が響く。


 私は……人を殺してしまったのだろうか。


 そんな事、あってたまる物か。そう強がっても、気付いてしまった事柄から逃れられずに思考がループし始めた。

 真夏だというのに突然の寒気が体を襲う。震える両手を脇に回しながら、私はその事実に恐怖した。

 民間機とのニアミス。単に現実世界でのタイムリーなイベントを模倣しただけにしては、余りにも時間差が無さ過ぎる。

 私がやっていたのは、ただの遊びだ。ゲームの筈だ。


「……フィオ、メールが来てるよ」


 そう英里が呟く。足元に落ちたスマートホンは少し傷付いた液晶をこちらに向け、新着メールを知らせていた。

 差出人は、Lazward onlineの運営チームからだった。


「こんなの、巫山戯てる」


 まだ震える手でなんとかそのメールへと返信をしてから、私はゆっくりと立ち上がった。


「ごめん、英里。用事が出来たから行くね」


「ちょっとフィオ、どこ行くのさ!?」


 呼び止める彼女を無視する事になったのを申し訳なく思いながら、それでも私は体を駅へと向けた。




 ***




 テニスの試合会場の最寄り駅から1時間と少し。頭の中をループする思考を強制的に止めながら電車に揺られた後、私は品川のとある駅へと降り立った。

 オフィスビルが並ぶ一角に目的地はある。ビル街の中でも一際目立つ台形をした大きなビル。そこがLazward onlineの現在の運営会社である、株式会社ローリングキューブ日本支社だ。

 スーツ姿のサラリーマンが行き交う中をワンピースを着た女子高生が歩く様はさぞ異様だったと思われるが、そんな事はこれから起こるであろう出来事に比べれば些細な事だ。

 運営から来たメールには、責任者が直接会いたがっている旨が書いてあった。日時はこちらで自由に指定して良いとあったので、私はそこに「今日、これから」とだけ書いて返信をした。

 了承のメールは、試合会場から駅へ向かうまでに返ってきていた。


 ガラス張りのエントランスに入り、受付にいる女性へとスマートホンを見せる。


「確認しますので少々お待ちください……」


 高ぶった感情はここに来るまでにはなんとか落ち着いていたのだが、今度は慣れない場所に来ている事が私を動揺させていた。

 受付の女性が受話器を置き、こちらへと向き直る。


「確認が取れました。岩井様ですね、お待ちしておりました。これよりご案内します」


 四角い受付ブースからスーツ姿のその女性は立ち上がり、奥へと歩き出す。それを追い掛けるように、私も足を進めて行った。


 エレベーターに乗ると、彼女は9階のボタンを押した。それ以上の階数はボタンが無かったので、そこが最上階なのだろう。

 軽いGを感じてすぐに電子音が鳴り、鋼鉄の籠は目的地へ着いた事を知らせる。ドアが開き、女性に促されて私はフロアに降りた。

 そこは高級感のあるカーペットが敷かれており、明るい木目の壁が並ぶフロアだった。自分の通う高校の校長室がこんな感じだった等と思ってしまい、まだ自分の世界の狭さを感じてしまう。

 再び彼女は歩き出し、その後廊下に並ぶいくつかの扉を通り過ぎた所で足を止めた。


「こちらになります。失礼します、岩井様をお連れ致しました」


 2回ノックした後、彼女は扉を開けた。


「どうぞ、お入り下さい」


 そう促されて部屋に入る。正面には応接用の茶色いソファ。その奥には木製の机があり、それを囲うようにして背の高い観葉植物が置かれている。

 背後で扉の閉まる音がして、つい振り向く。部屋から受付の女性が退出したようだった。


 少し緊張を覚えながらその場から1歩、部屋の中央へと足を進める。がしかし、何かが足りない。

 その場で左右に目を向けて気付く。そこには、自分を迎える人間が居なかったのだ。


『ようこそ、フィオナ君。確か君のキャラネームも、本名と同様だったね』


 どこからともなく声が響く。が、その主の居場所は分からない。

 低く、太い男の声だった。聞き覚えのある物では無い。


『申し訳ないが私も多忙な身でね。今日は本社からの応対になる事をまずは詫びよう。そこの椅子の上にVRインターフェースがあるのは分かるかね?』


 そう声に促されて、木製の机に収まる椅子を引いてみる。するとそこには、今最も普及しているモデルのインターフェースが置いてあった。私の使うアンドロメダⅢの先代モデルだ。


『それを付けてくれたまえ。心配しなくて良い、ただの遠隔会議用のソフトだ』


 だがインターフェースを手に取ろうとした瞬間、少し躊躇ってしまった。男の言葉を信用していいのだろうか。

 しかし、そうしていた所で状況は変わらない。そう思い、私はその椅子へ深く腰掛けてからヘッドホンのようなそれを頭へと付けた。


 目を瞑る事をキーにして、インターフェースが作動。結果、いつもと変わらずに意識を上書きされていく。違った点は、見慣れたログイン画面が表示されなかった事だけだ。

 ビジネス用のソフトらしく、全く装飾の無いグリッド線だけが描かれた空間が眼前に広がる。少し離れた所に置かれた、ワイヤーフレームだけの長方形をした机。その向こう側、白線が縁取る青みがかった暗闇に浮かぶ、人影。


 声の主はそこに居た。


「ようこそ、そして初めまして。私はここの社長をしている、チャールズ・ベイカーという者だ。グローバル・エレクトロニクスの代表も務めさせて貰っているから、そちらの方が通りが良いかも知れないね」


 グローバル・エレクトロニクスは確か、世界的な電子機器メーカーだ。少し前にここ、ローリングキューブ社を買収していた事がニュースにはなっていたが、まさかそんな地位の人物が出てくるとは思わず少し驚く。

 チャールズと名乗った茶色いスーツの男は、咥えていた煙草を手元の灰皿で擦り潰す。ワイヤーフレームの空間に紫煙の末尾が漂った。

 年齢は40代だろうか。肌は年齢相応といった感じだが、髭は綺麗に剃られており、その細い目と相まって精悍な感じを受ける。いかにもやり手のビジネスマンという雰囲気が漂っていた。身長は私より高いだろう。私が小さいだけなのだが。


「ただのプレイヤーの問い合わせ対応に、そんな人が直々にお出ましになるとは思わなかったわ」


「私もトッププレイヤーには一度会ってみたくてだね、ずっと君には興味があったんだ。さて、早速だが本題に入ろう。君のアカウントの件だが……」


「昨日のスクランブルミッション。あれはどういう事なのか説明して」


「ふむ」


 私は、既に自分のアカウントなんてどうでも良くなっていた。そんな事より、真実を知りたい。

 一体、自分がどこで戦っていたのか……を。

 男はその質問が来る事を予想していたかのように、にやりと口元を歪める。


「ところで、君は戦争が好きかね?」


「は? 別に好きじゃないし、平和が一番だわ。そもそもリアルの戦争が好きだなんて言う奴は、創作物の中でしか見た事がない。生憎、私のフレンドリストにはそんなサイコ野郎は居ないわね」


 そう告げてから、ふとジェイクの顔を思い出した。が、彼も単純にゲームが好きなだけだろう。


「では、戦闘行為は好きかね?」


「誰にも危害が加わらない物なら、好きよ」


 この質問には、脳内のジェイクも喜んで頷いていた。

 そもそも、戦闘行為とは勝負事だ。己の技術を持ち寄って優劣を決める。勝てば優越感に満たされるし、負ければ誰だって悔しい。

 ただ、その悔しさをバネにして人は強くなれる。反省し、検証し、欠点を埋め、長所を伸ばす。そのサイクルがあるからこそ、人は勝負事に熱くなれるのだと私は考えている。

 その点で、命を懸ける戦いというのは愚かだ。次に繋げる機会を、対戦相手から永遠に奪ってしまうから。


「つまり、君の戦いとはスポーツなのだと。そう言いたいのかね?」


「そう言われればそうかも知れないわね」


 健全な戦いとは、詰まるところスポーツだ。勝敗に一喜一憂しながら高みを目指す。その姿は時に、人の心を動かす事も出来る。

 このゲームは、そう言い切るには少し生臭すぎるが。


「では、君はその先にある物を見る事は叶わないのかも知れないな」


「……どういう事よ」


 私の意見を聞くだけ聞き、その上で否定をするチャールズ。

 その先、とは何の事だろうか。


「昔から武人と呼ばれる人々は、己の命を懸けて真理に辿り着こうとしてきた。技術を磨き、魂を極限まですり減らし、己の得物を知り尽くし、その煌めきに手を伸ばし続けて……その命を散らした。だが、その先にそれぞれが見た物は、きっと現代社会で誰も見る事の出来ない世界だったに違いない」


「……何が言いたいの」


「私は君に、そのチャンスを与える事が出来る」


 そう言いながら彼は立ち上がり、こちらへと手を伸ばしてきた。


「どうだね、私と一緒に来ないかね?」




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