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第19話 トリガー

 スクランブルミッションを受領して視界の暗転が解けると、そこは以前と同様にコクピット内の風景だった。眼下には陸地が広がっており、目の前にあるHUDの高度計は15,000ftを示している。

 しかし、前回とは違い味方機が居ない。今回は単独ミッションという事なのだろう。

 自分の機体を把握する暇もなく、刺々しい赤色のウィンドウが目の前に大きく表示された。


【ミッション目標:味方航空部隊に先んじての目標への到達】


 そのウィンドウが閉じられると同時に、私はコクピットに並ぶMFDへ目を落とす。ナビゲーションマップには目標の位置が表示されていた。右前方、40マイル弱の距離といった所だろうか。

 また、レーダーには目標の光点とは別の光点群も表示されている。それらは目標へと真っ直ぐ向かっているようだった。


 状況を把握してすぐ、短く鋭い右旋回を1回。目標を正面に捉え、すぐにアフターバーナーを点火させる。

 燃料計を見ると、胴体中央下にある増漕の残量は既に半分以下になっていたので手早く投棄。空気抵抗が減り、HUDの対気流速度の数字の増え方が少しだけ早くなった。


 しかし、これまた見慣れない機体だ。アシストのおかげで操作に不満は無いが、兵装がよくわからない。MFDに表示されている画像は短いものだったので、短距離空対空ミサイルだと思うのだが。

 数は全部で2本だ。それ以外は機銃しか無いようである。


 機速は音速を越えてもまだ増えていく。光点群が目標へ近付く速度とこちらが目標へ近付く速度に差が出て来ていた。若干こちらがリードしているように見えるが、まだ五十歩百歩だ。

 目標までは30マイルを切っただろうか。マッハ数は2に迫り、HUDに浮かぶベロシティベクターとウィスキーマークがワルツを踊り始めた。


 目標接触までの余裕がもう少しあると見た私は、もう一度視界の細部を見てみる事にした。

 兵装選択の画面から察するに、こいつもデルタ翼の機体みたいである。見える範囲では、大きく動くカナードは確認出来ない。

 という事は、この子はミラージュとかだろうか。良い趣味だ。

 程良くグラスコクピット化されているので、そう古い物でも無さそうである。


 目標まで、10マイルを切る。

 そろそろ目視も出来る距離だろうと思い、マスターアームスイッチを入れる。薄らと靄の掛かった水平線の上に、何か糸のような物が見えてきた。右から正面へと流れているので、飛行機雲だろう。その進行方向へ向かうように、進路を微調整する。

 このまま行けば、レーダー上の光点群からリードを保ったまま目標へ接触出来そうだった。10マイルはリードしているだろうか。


 目標をぼんやりと視認する。そのシルエットから、どうやら戦闘機では無さそうであった。2つの飛行機雲を引いているので、4発エンジンの大型機でも無いようだ。

 細身のシルエットなので輸送機とも違う。どう見ても、民間機の様だった。エアバスA320とかだろうか。

 光点群からこちらへはレーダー照射を受けていない。ミッション目標にも味方と書いてあったので、攻撃される事は無いだろう。このままいけば目標は達成となる。

 しかし、それが少し腑に落ちない。彼等より先に自分を目標へ到達させる意図が分からないし、同じ所へ向かう点も謎だ。


 考えている内に、私の進路と民間機の進路が至近距離で交差する。右手下方にその機影を見ながら、私はその前方を横切っていった。

 コクピットの窓越しに、操縦しているNPCがこちらを見てびっくりしているのがわかる。ニアミスというレベルの距離では無かったので、リアルだったら夕方のニュースを独り占め出来るだろう。


 そこから私に悪戯心が芽生えた。エアブレーキで減速を掛けながら、ぐるりと民間機の周囲を旋回。その右後方へと私は機体を動かした。

 このままこの民間機の影に隠れれば、昔見た映画であったシーンを再現出来るな等と思いながら、その巨大な主翼の横に機体を付ける。


 ぶら下がったエンジンが丸見えになる、主翼横の特等席。

 そこに居たのはこちらを見て驚愕する夫婦と、無邪気にこちらへ手を振る小さな男の子だった。



 後頭部がちりちりとする。

 これは、撃墜していいのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。


 私は、一旦この場を離れて様子を見ようと考えた。

 だが操縦桿に力を込めた瞬間、新たな命令が私に下った。


【ミッション更新:目標の撃墜】




 ***




「革命軍より通達です。シメール航空135便を撃墜せよ、との事です」


 オペレータールームのスクリーンに、P.G.S.Sを通して送られてきた映像が映される。チャールズは、それを苦虫を噛み潰した表情で見つめていた。

 大方、この民間機には彼等にとって都合の悪い人物が乗っているのだろう。もしかしたらこの作戦自体が、最初からこれを狙っていた可能性も考えられる。


「……分かった。プレイヤーに指示を出せ」


 横暴な所がある上司であっても流石に民間機の撃墜命令には表情を変えた事で、アンドリューは少し安堵していた。この男にも、良心と言う物はあるのだと。

 しかし彼が表情を変えたのは、単にクライアントと自分達の国際的立場がどうなるかを考えただけの物であったのだが。


 レーダースクリーン上では、3つの点が民間機の進路を横切る様子が映し出されていた。少し距離を取った後に反転して、攻撃態勢に入るのだろう。

 旋回が終わり、3機が再び直進を始めたその時。オペレーターの1人から報告が飛んだ。


「ミラージュ、マスターアームを解除しました」

「レーダー作動……F-104をロックしています!」


「なんだと!?」


 驚きの声を上げるアンドリュー。


「赤外線誘導ミサイル、発射されました! ……F-104、被弾。高度が落ちていきます」

「プレイヤー機、更にミサイル発射!」


「彼女への指示はどうなっている?」


「既に135便の撃墜命令が出ています」

「B.E.L.L.S、ミラージュを敵性航空機と判断しました。交戦します」


 チャールズの声に答えるオペレーター。


「どうしますか、このままでは……」


 このままでは問題になる。アンドリューはそう考えていた。

 彼女がB.E.L.L.Sを全機撃墜して135便を守ってしまえば、クライアントは自分達が命令に背いたと考えるかもしれないからだ。

 ギリシャでクーデターを起こした過激派組織。自らを革命軍と名乗っている彼等には、資金の余裕が無い。だからこそテスト運用を条件に契約を結んだのだが、そんな相手に隙を見せたら不払いが起こりかねない。


 指示を仰ごうとして、彼はチャールズを見た。

 するとそこには、頬を緩ませて邪悪な笑みを浮かべる男がいた。


「この映像をネットへ流せ。全てが終わったら、彼女のアカウントを凍結しろ」




 ***




 上空を駆け抜けていく3機の機影。それと、真横を飛ぶ旅客機の乗客の顔を見比べる。

 ミッションの達成条件は、この民間機の撃墜だ。それを達成するには、少し機速を落として左のラダーペダルを踏み込んでから、FCSをGUNモードにしてトリガーを引けばいい。

 しかし私はそれを躊躇ってしまっていた。


 こんな丸裸の相手に対して合計4機も必要無い。中距離ミサイルが使える機体が1機あれば充分だ。

 それになにより、この機には民間人風のNPCが大勢乗っているように見えた。そんな相手を叩くというミッション内容が、とてつもなく不愉快だった。

 しかもその乗客に子供がいるなんて、悪趣味もいいとこである。


 ……こんなの、やってられない。ふざけるな。


 通り過ぎた3機は、少し遠くへ行った所でこちらに向かって反転した。攻撃態勢に入るのだろう。

 IFFの周波数を変える。レーダー作動、マスターアームオン。

 もう一度だけ男の子の顔を見てから、私は怒りに任せてスロットルを一番前の位置へと叩き込んだ。そのまま操縦桿を軽く引いて、左上方へと機首を向ける。民間機に覆い被さるようにブレイクをして、通り過ぎていった味方機へと正対する。

 3機の元味方機はまだ編隊を組んでいるようだ。私はその左端の機体をロックすると、すぐにミサイルをリリースした。

 発射のコールも無く、次の獲物を求めた残弾のシーカー音だけが周囲に響き渡る。残りのミサイルは編隊の右にいる機体を標的として捉えていた。

 再びリリースボタンを押すと、2本目の白煙が勢い良く伸び始めた。同時に初弾が着弾し、炎に包まれた機体が地上へ向かって墜ちて行くのが見えた。

 しかし、それで私の手札は全て使い切った事になる。知ってか知らずか、最後の1機はミサイルを発射した。赤外線誘導なのだろう、ミサイルアラートは出ていない。シーカー誘導用の電波もこちらへ飛んできていない。

 そこからは体が勝手に反応していた。

 ミサイルがこちらに向かって飛んでくる。私はロールをしながら、ありとあらゆる方向にフレアをばらまく。

 最後の機体がこちらへ突っ込んでくる。私はその影にベロシティベクターと機銃のピパーを重ねる。

 機影と交差する。それより早く、ありったけの機関砲弾を飛ばす為にトリガーを引き絞る。


 爆発音が2回響き、私は乱れた機体姿勢を水平に戻す。それから緩やかに旋回をすると、後方の大きな機影がまだ空にいる事が確認出来た。

 視界隅のミッション内容は、まだ完了になっていない。私の気が変わり、この機体が旅客機を撃ち落とせばミッションが成功になるからだろう。


 だったら、そいつも落としてしまえ。

 空と地上を反転させた後、私は中指を立てながら最後の機体を撃墜した。




 ***




「あ、フィオナさん戻ってきた! おかえりなさいー」

「おかえりー、って……なんか浮かない顔ねぇ。どうしたの?」


 ローズマリーのハンガーへ戻ってきた私を出迎えるナオとマリーは、私の顔をのぞき込んで言った。


「折角グリペンが新しくなったって言うのに、水を差されましたから……」


「まぁ、ちょっと間が悪いわよねぇ。ところでスクランブルミッション、どうだったの? いつものように成功?」


「いいえ、大失敗です。私的には大成功でしたけど」


 1回のヘッドオンからの交差で3機も墜とせたんだから、大成功には間違いないだろう。

 だが、あのミッションだとどうも命令違反という事は相当なペナルティが入るようで、成功報酬で入る筈の金額がそっくりそのまま所持金から引かれていた。ミッションが成功すれば、私の所持金は倍になる筈だったのだ。

 つまり、今は一文無しである。


「ありゃ、珍しい事もあるんですね」


「ナオ。申し訳ないんだけど、当分出撃に掛かる諸経費を出して貰えない……?」


「いいですけど……、えっ? お金無くなっちゃったんですか!?」


「そうなの、ほんとごめん」


「や、その辺は全然いいんですけど。スクランブルミッションってそんな厳しいんですか。わたし、受けないようにしよっと……」


 それが良いかも知れない。あんな胸糞悪いもの、自分ももうごめんだ。


「ところで、この機体のテストはどうします?」


 ナオが、ハンガーにまだ出しっぱなしにされている新型グリペンを見ながら言う。

 ああ、そうか。テスト飛行させてデータを集めないといけないんだったか。


「とりあえず、データ取りとかだったらベルにでも手伝って貰えないか聞いてみるのがいいかもね。そう言えば今日はまだ姿を見てないんだけど、ベルは?」


「ベルちゃんなら、自分の機体の中で寝てるみたい。珍しいわよね」


 あいつ、寝れるのか。てっきり所有者に生活リズムを合わせているのかと思ってた。いや、そもそもリズムがあるのかも分からないが。


「それじゃ、とりあえずベルが起きたら……」


 早速テスト飛行を、と言おうとしたら突然視界が暗くなった。そして部屋の景色が見えた事で、リアル側の意識に戻って来た事を察する。


 回線障害か何かだろうか。ルーターの再起動でもして見ようと思い、自室に置いてある無線ルーターを探す。


 ……あったあった。

 電源ケーブルを引っこ抜いて、そのまま15分ぐらい待ってみる。読みかけの漫画でも読んでいよう。


 ……。


 ……よし。そろそろ良いだろうと思い、再び電源ケーブルをコンセントに入れた。各種ランプがチカチカと点滅し、それらが落ち着いた所で再びPCとVRインターフェースを起動した。


 いつも通りの起動画面が表示されていき、アカウント情報の入力画面が表示された。そこで、いつも通りのIDとパスを送信する。

 エンターキー、ぽちっと。押したのは、そんな音が出る筈もないホログラムのキーだが。


 しかしその後に表示されたのは、目を疑うような文章だった。


【本アカウントは利用規約違反のため停止されています。詳細はHPよりお問い合わせ下さい】




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