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第17話 入手

「……どう、一息つけた?」


 私はズムウォルト艦内の食堂から調達したミネラルウォーターをジェイクへと渡す。彼はヘリ用ハンガーの壁に寄りかかりながら、それを一気に飲み干した。


「ぷは、助かったよ」


「どういたしまして。後、お疲れ様」


 私のその言葉に、ジェイクは少し頬を緩ませることで答える。

 上空にはまだベルが警戒の為に待機していた。何度か低空飛行でズムウォルトの上を通り過ぎる姿は、まるで自分の仕事を誇っているかのようだ。

 初めてのおつかいが出来た子供じゃないんだから。


「あの機体は君の?」


「ええ、隊の4番機よ。近くに来てたのが彼女でよかったわ」


「と、いうと?」


「アレじゃなかったら、私達もきっとああなっていたでしょうね」


 そう言って後部甲板の中央付近に視線を移す。グリペンの固定機銃で掃射されたそこは、表面の舗装は剥げて折れ曲がった鉄板が剥き出しになっていた。

 先程までそこにいた男の姿はもう無い。やはり、グロには一定の配慮がされているのだろうか。

 とはいえ靴の中身が落ちているようだったが、それは見なかった事にした。


「で、どうやったんだい。まさかCICのNPCを全員倒した訳じゃないだろう?」


「交渉したのよ」


 命を惜しむ敵NPC。

 今までの彼等との関わり合いから、ある程度は想像出来た事だった。彼等には自我、と言っていいのかはわからないが、少なくともAIの行動方針にそれに類する物があるかも知れないと思い付いたのだ。

 なにせ、ベルがあのような形で実装されているのだ。むしろ初期のベルよりコミュニケーションという点では勝っていた汎用NPCなら、可能性はゼロではなかった。


 しかし、普通であれば彼等とのやりとりはあくまでも事務的な物が多くなる。プレイヤーとして接する機会が多いのは、管制官や艦船のクルーだろうか。偶にマリーゴールドにいたおやじさんのようなキャラもいるが、多くの人はユニークNPCぐらいの認識だろう。

 ネット上にそのような情報が出ていた記憶は無いし、博打と言えば博打だった。


「操舵設備のアクティベーションはしたから、この船はもう私の物よ。船員付きでね。想像してたような船の舵じゃなくて、ちょっと焦ったけど」


 こう、くるくる回す奴じゃなかったのは、流石最新鋭なのだろうか。おまけにCICと同じ場所にあるなんて。


「あー、駄目だ。身体が痛い、動きたくない」


「あんだけボロクソにされりゃね」


 ジェイクは壁に寄りかかったまま、傷だらけで痣だらけになった顔を触っていた。


「大丈夫よ、変形してないから」


 そう告げると、少し安心したようにしてこちらを見た。


「さて、それじゃ帰りますか。とりあえずうちの連中に……いや、どうやって連絡しようか……」


「それなら大丈夫よ、もう迎えを呼んでいるから。もうちょっと時間掛かるかも知れないけどね」


 そこから暫くして、上空にいたベルは翼を振りながら遠くへと飛んでいった。離れていく翼端灯を見送ると、それが合図であったかのように闇が深くなっていく。


「ああ、そうか。そう言えばそうだった」


 とっぷりと日が暮れてから少しして、今度は代わりに見覚えのある回転翼機がやって来た。




 スロキス空港へ着陸したイロコイ。滑走路端にあるヘリポートへと降りたそれは、パイロットの手によって火を落とされる。慣性で回り続けていたローターも徐々に勢いを弱め、風を切る音が大人しくなっていった。


「おら、とっとと降りろや」


 既に肉声だけでも会話が出来るレベルまで騒音は収まっている中、イロコイの持ち主はそうぶっきらぼうに言った。


「何よ、その態度。連れて行かなかった事にスネてんの?」


 道中、全く声を発しなかった彼の開口一番がこれだ。普段からこんな奴だと言ってしまえばそれまでだが、それにしてもこの態度は無い。


「あー、すまんフィー。お前じゃない。そっちのヤローに言ってんだ」


 それだったら尚更じゃないか。ある意味では、快く手伝ってくれた人だって言うのに。


「ごめん。あまりに空の旅が気持ち良くて寝ちゃってたよ、兄さん」


「駄目よジェイク、いくら兄弟だからってこいつに……はぁ!?」


 いや、驚いた。

 2人の顔を見比べてみると、そこまで似ている感じはしない。髪の毛の色は殆ど同じではあるのだが、共通点と言ったらそこぐらいだろうか。


「それにしては……随分仲が悪いのね」


「僕は兄さんの事、好きだけどね?」


「止めろ、気持ち悪ぃ」


「まぁ、深くは聞かないでおくわ」


 彼等にも色々な事情があるのだろう。詮索するのも無粋だし。


「言っとくけどな、別に家庭問題がややこしいとかそんな話じゃねぇからな? 単に、こいつのプレイスタイルが気に食わないだけだ」


 うん、想像以上に子供っぽい理由だった。


「海賊とか気取ってるが、こんなのに絡まれるなんて面倒臭ぇだけだろ。もうちょっと大人になれや、ジェイク」


「やってみると楽しいんだけどねえ、兄さんはそう言うとこ真面目だから」


 仕事サボる奴が真面目?


「私はそこまで気にしてないけど。人それぞれでいいじゃない」


「けっ」


 ああ、真面目がゲシュタルト崩壊しそうだ。


「あ、そうだ。これ」


 私はメニューを開いてジェイクへ見せる。そして所有兵器の一覧を出して、その中の1つの所有権を変更した。


「はい、ズムウォルトあげるわ」


 そうやって差し出したトレードメニューを見て、ジェイクは目を丸くする。


「いいのかい? お金は?」


「金はいいわ、これがそっちの今回の報酬って事で。私が持ってても、多分使わないと思うしね。あなた達なら人も多いだろうし、使えるでしょ? ただ、1つだけ条件があるのだけど……」


「なんだい?」


「NPC達はそのまま使ってあげて。彼等との約束なの。後、あそこからの回収もお願いね」


「分かった、約束するよ。最新鋭艦で海賊か……いいね」


 ジェイクは嬉しそうに微笑んだ。

 ……よっしゃ、押し付け成功だ。あんなもの貰ってもどうしようもないし、あそこから動かしてドックに入れて修理なんて面倒臭いにも程がある。

 ま、彼等も使って貰える人の所に居た方がいいだろう。


「話は終わったか、それじゃいくぞ」


 全くせっかちな奴め。

 ジャックがパネルのスイッチをいくつか操作すると、暖まっていたエンジンは快調に始動して再び周囲は騒音に包まれた。


「それじゃ、またどこかで!」


 そう叫ぶジェイクへ私は手を振ると、機体は地面から勢いよく遠ざかっていった。




 帰り道。顔を計器パネルの灯りが照らす中、背中越しにジャックへと話しかける。


「折角、兄弟揃ってゲームやってるって言うのにね」


「いいじゃねえか、ほっとけ。別にリアルで仲悪いって訳じゃねえからよ」


 ま、いいけどね。彼等とは顔見知りになった訳だし、次にどこかで出会ってもいきなり発砲される事は無いだろう。


「彼、楽しいからやってるって言ってたわ」


「バトルジャンキーだからな、あいつは。なんでもソツ無くこなすし、器用な奴だよ」


「快楽主義ってのも悪くないわね」


「そうは言うが、俺だって快楽主義だぜ」


「なんで?」


「やりたくない事はやってないからな」


「……ありがと」


 そこからローズマリーへと帰るまで、私達は会話を交わさなかった。




 ***




『……ケシャンより侵攻を開始したギリシャ過激派勢力ですが、最新の情報によると既にイスタンブールが陥落したとの報告が入っております』


『驚異的な侵攻スピードですね。しかし不思議な点も多く、これまでギリシャが保有していた通常兵器の量から考えると、この時点で既に半分は使っている計算になります。現地での目撃情報だと、かなり旧式の兵器も投入されているようで……』


『アメリカ国防総省は第6艦隊に派遣していた原子力空母、ジョージ・ブッシュの引き上げを先延ばしする事を決定しました。これに伴い、アメリカは国連平和維持軍と連携して……』


『また、詳細は不明ながら新型の無人兵器の投入も確認されており、全戦力の3割は……』


 ふわぁ、今日もいい天気だ。

 夏休みが始まって約1週間。それだけの時間があれば、親の居ない生活でリズムを崩すには充分だった。眠気覚ましに流していたニュースは昼時の物であり、既に時計の針は午後が始まって30分が過ぎた事を伝えようとしている。

 寝汗で湿った下着を洗面所のかごへと押し込み、シャワーを浴びようとしたところで携帯が鳴った。その画面をよく見たら、着信があったことを知らせるアイコンも光っていた。


「……もしもし」


『あ、やっと起きたかこの野郎。明日は朝から試合なんだから、寝坊しないでよねー?』


 英里だった。


「なんか用? 急ぎじゃなかったら掛け直すけど。これからシャワー浴びたいの」


『あらやだ、じゃあ今はすっぽんぽん? 今日のパンツ、何い……』


 迷い無くスマートホンの赤いタッチボタンを押して、洗面台に置く。あいつは何がしたいんだ。

 しかし、すぐに端末は再びの着信を告げた。


『ちょっとヒドくない!?』


「すっぽんぽんよ。そう言う事だから、じゃね」


『まーてまてまて、なんかいつにも増して冷たいよ! もしかしてあの日?』


 イラッときたので、再び通話終了ボタンを押す。

 すぐにまた鳴り出すスマートホン。


「……ちょっと、いい加減にしなさいよ」


『ひえっ!?』


 その小さい悲鳴に違和感を覚えて、画面を見る。そこに表示されていた名前は英里ではなかった。


「あー、ごめん。ナオだったのね。英里かと思っちゃった」


『……英里さん、何かしたんですか?』


「大丈夫よ、こっちの話だから。で、どうしたの?」


『マリーさんからメールが来ててですねー。これからミッションの完了報告をするからって』


「夕べは遅くなっちゃってたもんね。わかった、もうちょっとしたらログインするから」


『はーい、待ってまーす!』


 そんなやりとりをしてから、やっと私は汗を流す事が出来た。

 メッセンジャーアプリには英里からの文句の言葉が届いていたが、それには「用事があるならラズオンで聞くわ」とだけ返しておいた。




 ***




「あ、きたきた!」

「フィオナさーん!」


 ローズマリーの甲板上にログインした私に、艦の持ち主と同じ隊のメンバーが声を掛ける。


「お待たせしました。報告はこれからですか?」


「そうよー。私も2人が何を貰えるのか気になるしね! さて、それじゃ揃ったところで……」


「待ってましたー!」


 横でナオがはしゃいで飛び回る中、マリーはメニューを開いてクエストの報告をした。単に、ホロメニューに表示された「OKボタン」を押すだけの行為だ。手間が掛かるような物ではなく、一瞬でそれは終わった。

 そして彼女はメニューを操作して別のウィンドウを出す。その中身を見て、満足そうに頷いた。


「……うん、ちゃんとインベントリに入ってる。後はどこかにドックインして、これをローズマリーに付ければいいかな」


「そっか。船って結構そう言う所、面倒臭いんですね。グリペンの時はなんか、ちゃちゃっと出来ちゃいましたけど」


「そうねぇ、そっちは整備出来るハンガーがあれば適用出来るからね。で、これが入れる軍港ってなるとラトパ、キニロサッテ、スアレピあたりなんだけど、ここからじゃスアレピかな? ネテアも近いし、ついでに色々補給もしましょうか」


 さて、自分は何が貰えたのだろうか。

 元々報酬に釣られて始めたミッションだったし、少人数でのクリアもまぁ出来ているだろう。そうなれば相当何か良い物が……。

 そう思いながらインベントリを開くと、


【スラストベクタリングキット】

・特定機種へ推力偏向機能を追加する。

・機種によって改修範囲は異なり、外見、機体名が変更となる場合もある。

・適用した機体を損失した場合はショップにて同仕様の機体を再度購入可能だが、ベースとなった機種と同費用での購入は出来ない。

・該当機種は以下の通りとなる…………


「……? なんですかね、これ?」


「スラストベクタリング……」


「あら、これまたレアそうねぇ」


 って言ったらあれだ。F-22とかに付いている、エンジンノズルを動かして推力の方向を変える事が出来る奴だ。後はフランカー系の機体に付いている物も有名だろう。

 排気の方向を上下や左右に無理矢理変える事で、機動性を上げる為の仕組みである。


「……説明文読んだんですけど。フィオナさん、これってスゴくないですか!?」


 とはいえ、


「Mig-29に乗ってたなら良かったかも知れないけど、ちょっと私達には要らないかも……」


 スラストベクタリング機構を後付けした量産機体は無い。ラプターにもフランカーにも、設計段階から推力偏向ノズルが付いているのでこんなアイテムは必要無いのだ。

 後はMig-29 OVTや、NASAによって魔改造されたF-15 S/MTD系列だろうか。ホーネットにもそんな機体があった気がする。

 この辺の機体には共通点がある。どれもエンジンが双発だと言う事だ。


「双発機だったら左右のノズルを別々に動かしてロールスピードを上げたり出来るけど、グリペンじゃ……ね」


「あー、この子はエンジン1つしか無いですもんね……。使えないのかなぁ?」


 さて、このアイテムどうしよう。誰か欲しがりそうな人を探して、直接取引でその人の機体を改造してあげるという手もあるかなぁ。そうすればいいお金になるかも。


 そんな風に、自分の手に余るレアアイテムの処分方法を考えていると、


「そんな事もないぞ?」


 後ろから、マリーゴールドでは名物NPCだった人物に声を掛けられたのだった。



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