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第15話 潜入


 そんなこんなで今、私はズムウォルトの上にいる。


 いやいや、流石に最新鋭の軍艦である。そんな簡単に乗り込める訳がない。この話を持ち掛けた私でも、ぶっちゃけそう思っていた。

 しかし、「よし行くか」とジェイクに連れられていった先の入り江にはズムウォルトさんが堂々と停泊しており、おまけに艦橋後部のヘリコプター格納庫には被弾の後が見て取れた。

 どうもそこには近接防御用の30mm機関砲が設置してあったらしい。ジェイクに聞けば私達の攻撃で壊れたという事で、それがあったので彼等もこの作戦を思い付いたようだ。

 とはいえ、流石に船で後方から堂々と近付く訳にもいかないので、


「うえぇ、結局ずぶ濡れ……」


 夕闇が迫る中、ウエットスーツから海水を滴らせながら一人ごちた。

 体が濡れるのを避けて陸に墜ちたというのに、結局これである。口の周りがしょっぱい。段々と長さが気になってきた髪がうなじにまとわりついている。


 全く、泳いで船に近付きそこからロープ弾を発射するなんてスパイ映画紛いの事をやるとは思わなかった。筋力アシストのおかげで登る事に苦は無かったが、現実感しかない感覚に現実感の無い動作が組み合わさって、私の脳内は絶賛混乱中である。


 既にジェイク達は身支度を終えて戦闘準備に入っている。

 今回集まった人間は6人と少ない。これから100人を相手にしようとしているのに、だ。

 しかし彼らの表情には不安や恐れという物は全く感じられず、実際楽しいのだろう。出発前、人数について聞いた時も「僕等は一騎当千だから」等と笑っていたが、相当腕には自信があるようだ。

 ちなみに彼等は全員、部屋の出口を押さえていた男達だ。


「私もすぐに着替えるわね」


 そう言って私はメニューを開いて、着ているウェットスーツの装備を解除した。


「ふぁっ!?」

「ちょ、いいの!?」

「ありがたや、ありがたや」


 そんな声が男達から上がった。


「フィオナちゃんって、今いくつ?」


「ん、17よ? なんで急に……」


 インベントリから取り出したいつものジャンプスーツに脚を通そうとして、自分が下着姿である事に気が付いた。着ている物を全て脱いでも裸にならないあたりは、やはり規制が入っているのだろうか。

 色気も素っ気も無い下着なので、なんか見られてもどうでもいい様に思えてしまうのだが。


「マジかよ、来て良かった」


 そんな事を言い放つジェイクに対して、


「「それにしては……」」


 と声を揃える他の皆さん。俺の好みはもっと、とか言い出している奴もいる。


「皆まで言うな。それ以上言ったら撃つわよ」


「「スミマセンでした」」


 イニシアチブは取れたので良しとしよう。

 ホルスター類を整え、そこから唯一の装備であるグロックを引き抜く。その様子を見ていたジェイクは、初弾をチャンバーへと送りながら言った。


「よし、行こうか。パーティの始まりだ」


 それぞれから薬室を開く音が鳴った。




 ***




 落ちかけた夕日を背にして、4回の疾風が甲板上に吹きすさぶ。まだ太陽からの熱を蓄えている耐熱モルタルと、そこに加えられた計8つの発熱物が空気を膨張させて、人々の視界を歪ませていた。

 先に到着している5匹の蜂達は、カタパルト横に整列して次に飛び立つ機会を待っていた。その周囲を、紫の服に赤いヘルメットを被ったNPCが忙しなく行き交う。


 マリー達が出した結論は、フィオナと同じ物であった。

 ミッション外の人間による手助け。それであればゲームのルール上は問題なく、当事者達が報酬に納得が行っていればそれでいいのである。

 また、この方法ならフィオナへの断りなど関係無しにズムウォルトを沈めてしまっても問題は無い。むしろ早く沈めてしまわないと救出活動にも支障が出るだろうという判断だ。

 そうなると話が通じる人間、つまり只働きをしてもいいという人の手が必要であり、そんな人となると彼らの交友関係では限られてくるのであった。


「やぁ、お待たせ。こうやって集まるのも久々だね」


 ラファールから降りたヒューレットは他のサイクロプス隊のメンバーを引き連れ、先にローズマリーへ到着していたバンシー隊とジャックに挨拶をした。


「悪い、うちの姫様がまた……な」


 申し訳なさそうに頭を掻きながら言うジャックに、


「ヒュー、聞いてくれよ。ジャックはフィオナちゃんから置いてけぼり食らったんだってさ」


「うっせえ、ダスティ。こっちは仕事だったんだよ、お前と違ってな」


「こっちだって仕事だったって! つい最近までプーだった奴に言われたくないね」


「プーとか言うな! 求職中だったんだよ!」


「まぁまぁ、平民同士が争っても醜いよ?」


「「うっせえ、ヒモ野郎!」」


 ぎゃあぎゃあと言い合いを続ける3人を、他の隊のメンバー達は生暖かい目で見ていた。それを見慣れているメンバー達は、


「またやってんのか。終わったら起こしてくれ、それまで寝てるわ」

「昔から相変わらずだよな、こいつらは」

「10年以上も、よくまあ飽きないと思うわ」


 と、そんな感想を口にしていた。


『こらー、じゃれあってる暇があったらさっさと準備しなさいよね』


「おい、姐さん怒ってるぞ」

「ほら、ダスティとジャックはとっととメット被れ」

「おーい、こっちはオッケーだからカタパルトの圧を上げといてくれー」


 そうやってサイクロプス隊とバンシー隊のメンバー達は、騒いでいた3人を慣れた手つきでそれぞれのコクピットに放り込んでいった。

 ぞれぞれ大人2人がかりで抱えられて無理な姿勢で押し込められた彼等は、座席の上で姿勢を整えながら、


『で、ヒュー。今回は何を持ってきてんだ?』


『ラファールで対艦と言ったら、エグゾセでしょ』


『あーそうか。俺とバンシーはハープーンだから、サイクロプスがまず牽制でエグゾセを撃った隙にこっちは近付いて……』


『でもジャック。どうせ低空で近付くんだから、俺らもヒューも探知距離は同じぐらいになるんじゃない?』


『それもそうだな』


『よし、サクッと飽和攻撃を決めてフィオナちゃんを探しに行こうか』


『だな』

『だね』


 と言った具合に戦闘態勢を整えたのだった。

 マリーはと言うとそんな彼等の様子を艦橋から見下ろしながらニヤついていたのだが、それはまた別の話である。


『みんな、ナオちゃんとベルちゃんは先に上がっているから宜しくね。彼女達はズムウォルトの射程外から偵察しているから、そっちが捕捉したら引き上げさせるわ』


『サイクロプス隊、了解』

『バンシー隊、了解』

『フェザー2、了解』


 そうして対艦ミサイルをそれぞれ2本ずつ抱えた彼等は、マーシャルの合図で順に飛び立っていった。




 ***




「で、ここからどうするつもりなの? 皆殺し?」


 ゲームの中でなかったならば、自分でも驚くくらいの物騒な言葉が口をついて出る。

 海賊仲間と数分前に分かれて2人組になった私達。前を歩くジェイクは立ち止まり、その問いに答えた。


「NPCの船を乗っ取るにはいくつかの方法がある。1つは、君の言ったような皆殺しだ。操る人間が居なくなればここの所有権は無くなるからね」


 成る程、そうなったらズムウォルトも只の鉄の塊だ。


「ただし、艦船は1人で動かす事が出来ない。小さいものならまだしも、この船は絶対に無理だろう」


「じゃあ、どうするの?」


「キモは所有権さ。リアルでの話は置いておいて、このゲームだと船の所有権は船長にある。つまり……」


「船長を殺すのね」


 なんだ、結局殺すんじゃないか。

 物騒なゲームなので仕方ないとは言え、どうにも脳筋な方法に歩きながらため息が出た。


「それも1つの方法さ。後もう1つは、操舵輪をプレイヤーがアクティベートする方法。操船の主導権を奪った時点で、船はこちらの物になるから。まぁ乗員は抵抗するだろうし、結局誰かを殺すことになるんだろうけど」


「でもそれなら、手分けしないで一気に攻め込んだ方がいいんじゃない? ましてや、こっちの戦力はたったの6人しか居ないって言うのに」


「君は、最新鋭艦の操舵がどこで行われているか……知っているかい?」


 むぅ、そう言われると全く分からない。外から見る限りではピラミッド状になっている艦橋の麓に窓があった様に見えたが、内部のルートなんてどこにも公表されていないだろう。


「そう言うこと。さ、それじゃズムウォルトダンジョンの探索と洒落込もうじゃないの」




 道中、出会い頭でNPCとの戦闘が散発的に発生したものの、すべてジェイクの手によって納められていった。

 私達の存在に気付いたNPC達が怒声を発する前に彼のMP5SD6がカチカチとボルトの後退音を奏でるが、他に響いたのは薬莢が床に落ちる音ぐらいだった。鮮やかな手並みで障害は排除されていき、私は己の必要性に疑問を抱きながら彼の後をついて行く。

 一騎当千だというのは大口すぎると思っていたが、あながち間違いでは無いのかもしれない。彼等のプレイスタイルが、スキルを鍛え上げていったのだろう。


 そうしてしばらく歩き回った結果、操舵室と思われる部屋の前に私達は着いた。


「こちらアルファ。ブラボー、チャーリーはこちらに合流を」


 装備しているインカムに向かってジェイクは呟く。しかし、それに返ってくる言葉は無かった。


「……ジェフ、パット? 応答してくれ」


「どうしたの?」


「返事がない。NPC相手にやられる腕はしてない筈なんだが」


 ここに来るまでの間、どこかで戦闘が起こっているような様子は無かった。出会ったNPC達は私達を倒しに来たという風でも無かったので、ほぼ偶然だろう。


「探しに行く?」


「いや、このまま行こう。このドアには隙間が無いからファイバースコープで様子は伺えない。どうせここでの戦闘は避けられないだろうし、フラグクリアしてから突入する」


 ジェイクは金属製のドアに耳を付ける。少しだけそうした後に、腰のポーチから手榴弾を2つ取り出してピンを抜いた。そして金属製のドアを少しだけ引いてからそれらを放り込むと、


「押さえろ!」


 彼が全体重をドアへと掛ける。それを後ろからサポートする形で、私も彼に覆い被さるようにして体を押さえた。

 乾いた炸裂音が派手に響き、その衝撃がドア越しに伝わってくる。一緒に聞こえてきた音から考えると、窓が吹き飛んだようだった。


「ガラスがあるって事は、当たりっぽいね」


 そう不意に耳元で囁かれて、慌てて彼の体から離れる。

 くそ、油断した。


「先に僕が行くから、後ろは頼む」


「……わかったわ」


 伸縮ストックが延びたMP5を右手で持ちながら、ジェイクは左手でドアを開けた。まだ爆発の衝撃で舞い上がった埃が残る中、彼は部屋へと入る。


 そこは間違いなく艦橋だった。

 ただ、自分の知っているマリーゴールドやローズマリーの物とは違い、物が少ないように思われる。モニター類は多いのだが、座席が少ない。これも省力化のおかげなのだろうか。放り込まれたフラググレネードのおかげで、それらは悉く蜘蛛の巣が張ったようにひび割れていた。

 しかし、少し見た感じでは想像していたような操舵輪は見当たらない。


 部屋の中央付近まで来た時、前を行くジェイクが立ち止まる。

 前方に残る煙の中に、1つの大きな人影。


「……誰だ?」


 ジェイクは問い掛けるが、それを無視するようにして影は彼へと飛びかかった。

 それに反応してジェイクは引き金を引く。くぐもった音が数回聞こえるが、影は身を低くしながらも止まらなかった。放たれた弾は金属製の壁によって跳弾して火花を上げる。


「ぐっ!?」


 ジェイクの持っていたMP5は、煙から飛び出した男によって下からすくい上げられるようにして弾かれた。射線を敵に向けられなくなった彼は潔く自分の得物から手を離し、後ろへと飛ぶ。

 すると男はサプレッサーが一体になったハンドガードをそのまま掴み、くるりと銃を回して自分の物とした。


「やっべえ!」


 バックステップから着地したジェイクはそのまま私の体を掴み、横にある机の影に飛び込む。同時にMP5のボルトが動く音と、私の背後にあった壁が煌めいた。


 頭の中を整理する。

 敵は……1人。少なくともジェイクから奪った武器を持つ、オールバックで大柄、細い目の中年男。彼はどこかで見たような、白い服に身を包んでいた。その動きは堂々としたものだがまるで無駄が無い。武術の達人のようだった。

 しかしあの服はどこで見たのだろう。実に清潔感のある感じで、まるで料理でもしていたかのようだ。


 うん。


「なんでコックがこんなとこにいるのよ!」


「そんな事を僕に言われても! でも昔から、戦艦にいるコックは強いって相場が」


「どこの相場!?」


「ありゃさしずめ、ここのボスって所だろうか」


 ジェイクは机の影に隠れながら、腰のホルスターからベレッタを抜いた。なんでこいつは冷静なんだろう。


「もしかして、みんなあいつにやられたとか……?」


「可能性はあるね。そうだとすると、もうここには僕達しか居ない訳だ。2人でなんとかしなきゃならない」


 机から敵の様子を伺おうと顔を出した瞬間、大男と目があってすぐに首を引っ込める。即座に顔の横で火花が飛び散った。


「……操舵輪をアクティベートすれば、って言ってたわよね?」


「いや、どっちにしろ彼は倒さなきゃダメだろう。はいそうですか、とボスが手の平を返すように思えるかい?」


「それもそうね」


「僕は右からやるから、君は左から頼む」


「了解、そっちに弾が飛んでいく事を祈ってるわ」


「……いくよ。せーのっ!」


 同時に立ち上がって大男へと銃を向ける。が、先程まで彼が居た所に人影は無く、


「……っ! ジェイク、横!」


 男の動きに気付いてそう叫んだ時には、大男は彼に向かって飛びかかっていた。




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