第14話 海賊
脱出地点から北に10km。今、私はスロキス空港にいる。
地面へ落下後すぐに身柄を拘束された私は、こちらに銃を突きつける男に従って空港へと足を踏み入れたのだった。まぁ、拘束されたとは言っても手荒な事をされた訳では無く、単に見張られながら連れてこられただけだ。
女性プレイヤーにそんな事をしようものなら、即座にハラスメント警告が出る。自由意志でここまで来たと言ってもいいだろう。実は、ここまでもその男と談笑しながらの道中だった。
「いやー、噂には聞いていたけど本当にこんな若い女の子だとは思わなかったよ。コーラでいい?」
「ええ、ありがと」
空港内の食堂に腰を落ち着けた私は、男が持ってきた飲み物を受け取った。ここの雰囲気も、他の場所とそう大差が無い様に見える。
実際、こういう部分のモデリングは手抜きがされていて、今まで行ったどの空港も同じ様な部屋の構成だ。生活系の事がしたかったら他のゲームに行けと言わんばかりである。
「で、どうして私だと分かったの?」
「煙を吐きながら落ちてきた機体が、少し珍しい物だったからね。レーダーが機種を判別してたんだけど、RWRに気付かなかった?」
「全く分からなかったわ。もしかして飛行機乗り?」
「あれ、言ってなかったっけ? 君達に墜とされた、って」
そう言えば、出会い頭にそう言っていたような記憶がある。
「改めて自己紹介を。僕はジェイク、ここの島を拠点にしている。メインは飛行機乗りだ」
既にバラクラバを脱いだ彼は、精悍な顔付きをしていた。少し色素の薄い髪の毛を肩ほどまで伸ばしているので優男風に見えるが、体つきはがっしりとしているみたいだ。年は20代だろうか、身近な異性には例のおっさんしかいないので彼が少し新鮮に思える。
あ、ヒューとかダスティとかはいるけども。ま、どちらにせよ全員おっさんだ。因みに凄くどうでもいいのだが、ダスティは最近腹がちょっと出てきている。
しかし、飛行機乗りがなぜ迷彩服姿なのだろうか……? 彼の着ている濃いタイガー模様のBDUに疑問が浮かんだ。
私は1度立ち上がって差し出された手に握手を返すと、再び席へと座った。
「私はフィオナ。ここで私達と戦ったって事は、もしかしてF-35に乗ってた人?」
「お、覚えててくれたとは嬉しいな。その内の1人さ。あの時は奮発してライトニングを出したはいいものの、奇襲を仕掛けた上で返り討ちとは格好悪かったな」
そう彼は言うが、あの時はこちらもジャックとナオが墜とされるという結果だった。
「で、今日はなんでこんな所に?」
その質問に対して、私は順を追って説明をした。
今回のミッション内容自体は実に単純なものだ。他のゲームで言ったら「討伐クエスト」という所だろう。このゲームでも、それ自体は珍しいものではない。
しかし、目標となる艦名を口にした時、少し彼の表情に変化が生じた。
「成る程、アレがね……」
「何か問題でも?」
そのリアクションに素直に聞き返すと、ジェイクは少し考えた後にこう切り出した。
「君はこのゲームの遊び方について、考えた事はあるかい?」
***
鋼鉄の蜂が翼を広げて降りてくる。前縁フラップは最大位置まで下げられ、ひし形のインレットは最低限の空気を取り込みながら甲高い羽音を奏でている。脚を着ける瞬間にそれは一際大きくなり、タイヤの悲鳴と同時にそのボリュームを下げていった。
それでもF414エンジン2基は実に五月蠅く、ナオは耳を手で塞ぎながらコクピットから降りてくる機体の持ち主の元へと向かっていった。
「ジャックさん、遅いですよ!」
「悪ぃ悪ぃ。いやよ、せっかく1Qが終わったと思ってたのに余計な仕事が入って来ちゃってよ。学生はいいよなー、今を楽しめよ若人」
空母の上に似つかわしくない言葉を吐きながら、ジャックは甲板上を見回す。そして彼は周囲に見慣れた機体が2つしかない事に気付いて、
「おろ、あいつがいねえじゃん」
「ママねー、おちちゃった」
「ああ? またかよ。今度は何やったんだ、まったく」
そう言いながら、大きなため息をつくジャック。
「マリーさんのお手伝いでズムなんとかっていう船を沈めに行ったんですけど……だめでした」
「あ、そりゃ墜ちるわ。相手が悪い。で、どこに迎えに行けばいいんだ?」
降り立ってすぐだというのに、ローズマリーの格納庫へと向かおうとするジャック。
とりあえず自分達の隊長を探すつもりはあるようなので、そんな彼にナオは安心したのだが。
「スロキス島です」
「げ……マジで?」
そうナオが場所を告げると、ジャックは実に嫌そうな顔をした。彼が返した言葉の意図がわからず、ナオとベルはお互いを見やったのだった。
***
「今の話を要約すると、つまりあなたは……海賊?」
「山賊だったり、空賊だったりする事もあるね」
どうやらここ、スロキス島という場所には少々特殊な事情があるらしい。
Lazward onlineには、大きく分けて2つの状態がある。1つは何もない平時。もう1つはファクションウォー、つまり大規模戦の開催時だ。
先日まで行われていた大規模戦では基本的に、各プレイヤーは2つある陣営のどちらかに所属する事となる。分けられる基準は、ホームとしている場所次第だ。なので他の陣営としてプレイする場合は、平時にホームとする場所を北側か南側に変更すればいい。
大規模戦時のゲーム内容は、基本的にPvPがメインになる。どんな所であろうが、別陣営の敵プレイヤーを倒せばシステムから報酬が支払われる。これはPvEに比べて金額が高く設定されている。
逆に大規模戦が開催されていない時、つまり今のような時にはどうなるのかと言えば、PvEがメインになるのだ。平時においては大規模戦時に比べてPvE時の報酬にはボーナスが入り、また他のゲームで言うレイドのような多人数参加型のCOOPミッションが発生する。今回マリーが受けた物はまさにそういう類の物だったようだ。
では大規模戦時にしかPvPを楽しめないのかというと、そんな事は無い。
基地や空港、軍港の周辺は治安が保たれており、騒乱を起こそうとするプレイヤーが居れば強力なNPCが対処を行う。だがそこから少し離れれば弱肉強食のルールがプレイヤーを待っているのだ。狩るも狩られるも自由。手にしている武器で己の身を守り、出来なければ殺される。
しかし、大規模戦時とは違ってその戦いに報酬は無い。つまり自分の財産を浪費するだけの戦いだ。そう簡単に金策が出来ない経済デザインなので、多くのプレイヤーは平時に争いを好まないのである。
また大規模戦時の事を考えて、それぞれの空域では大人しくするというローカルルールもある。この傾向は北、もしくは南に行けば行く程強くなるようだ。
そう言う環境であっても、一部の例外というのはどこにでも存在するようで、
「僕達はここを拠点に活動している賊みたいなもんさ。ここスロキス島はマップのほぼ中央に位置しているから、大規模戦開催時でも誰かに占領されない限りは中立になるんだ。もっとも、前回はちょっと政治的な判断があって赤側に参戦してたけどね」
ジェイクはコーヒーを一口飲むと、そう言った。
「賊って事は、やっぱり他のプレイヤーに仕掛けるんでしょ? でも、今って戦っても何にもならないと思うんだけど」
「襲う相手は様々さ。ミッション中のプレイヤーがいれば、その目標を横取りしてもいいし、ついでにプレイヤーを襲ってもいい。ふらついてるNPCの船を横取りするのも金になるね。他にも、同業他者とメンツを賭けて戦うのも面白いもんさ」
「あら、じゃあ私も襲われちゃうのね?」
「君がグロックを持っていなければ、それも面白かったかも知れないけど」
ケラケラと笑うジェイク。さりげなくレッグホルスターに伸ばしていた手を、ポリマー製のフレームに触る寸前で止めた。
出会ってからまだ一度も銃を抜いていなかったのだが、よく見ているものだと感心する。
「それじゃ、そろそろ本題に入ろうか」
彼がそう言った瞬間、部屋の空気が変わった。その違和感を探そうと周囲を見ると、獲物を持った数人の男達が各出口のそばに立っていた。
机に両肘をついて顔の正面で組んだ手越しに、彼の目が光った。
「君達の目標を、僕らに譲って貰えないかな?」
***
「おう、マリー。入るぜ?」
「入ってから言わないでよ」
扉を内側から閉めようとしている来客に対して、頬を膨らませてマリーは言った。
そんな文句を気にもせず、ジャックは部屋内の椅子に腰を下ろし、
「いくらなんでもよ、今回の作戦は無理がありすぎるぜ」
「うん、流石に反省してる。いけるかなーとも思ったんだけど、まさか無人ステルス機が出てくるとは思わなかったわ」
「お前の反省は相変わらず信用出来ん。で、どうすんだ? とりあえずバンシーとサイクロプスの連中には声掛けようかと思ってるんだが」
「それもいいんだけど……。フィオナちゃん、アイテムに目が眩んじゃってるのよね」
どうせお前が焚きつけたんだろうが、とジャックが突っ込むと、舌を出しながらマリーはメニューを開いて受けているミッションの詳細を見せた。
「あーこれ、人数が増えると追加報酬のランクが下がる系の奴なのか」
「そう。私はクリアさえ出来ればカタパルトが手に入るからいいんだけど……」
勝手に参加人数が増えて、終わってみたらサイドワインダー1本でしたなんてなったら彼女がヘソを曲げてしまうかも知れない。そこまで彼女が子供だとマリーは思っていないのだが。
だが手伝って貰っている以上、これは礼儀だろうと思っている。
「そうなるとフィーに1回確認とらねーとなぁ。ま、マリーゴールド復活な訳だし、どっちにしろあいつらを呼んでおいて損はねぇだろ」
「そうね。あと、この船はローズマリーよ」
へいへい、と手を振って答えるジャック。
「で、どうやって彼女に連絡を取るの?」
「リアルの方でナオ経由しか思い浮かばん。どっちにしろ、動くのは明日になるな。とりあえずヒューとダスティにはメールしておく」
ホロメニューを出して早速作業に取りかかるジャック。
時刻は日本時間の22時、救出作戦の立案は難航していた。
***
ジェイクの言葉に、私は眉をしかめた。
こればっかりは、自分1人で決められる話でもない。「はいそうですかお願いしますラッキー」と彼らに目標を渡してしまって、それでマリーのミッションがクリア扱いになるとは限らないからだ。場合によっては私達はミッション放棄と見なされ、いちからやり直しなんて事も考えられる。
「理由を聞いても?」
「1つは、あれが目障りだという事。ここの近辺で手当たり次第にレーダーを回されたら、警報装置が反応しまくってたまったものじゃない」
飛行機乗りらしい理由だ。今回のズムウォルトはあくまでも「私達」の敵なので、無関係なプレイヤーに襲いかかったりはしないだろう。
だが索敵は通常通り行うだろうし、脅威と認めた物があれば自衛の手段を使うだろう事は考えられる。
「あと、もう1つ」
もう1つ?
「僕達も、楽しい事をやりたいなって」
そう言った彼は、子供のように無邪気な笑顔だった。
ああ、そうか。彼の言った「遊び方」がわかったような気がする。
このゲームを始めたばかりの頃、私は機体を壊してばかりで金欠に苦しんでいた。最近は色々と軌道に乗ってきてあまり考える事は無くなってきていたとはいえ、どうしても自分の行動の基準に「損得」を入れてしまっていたようだ。
自分のプレイ期間の大部分は、大規模戦が開催されている期間だった。ゲームの情報収集をしていく中でPvP専門にやる人達が居るという話は知っており、平時においてそれは無駄な行動だと言われている事も知っている。
だから皆、そうであると思ってしまっていたようだ。
違うんだ、彼らは純粋に楽しいからやっているんだ。
少し、腕を組んで考える。
一応、アレを倒した時点で私がミッションを受けている状態なら……元請けの彼女もクリアになるだろう。
だが、
「……その提案には乗れないわね。私も撃破報酬が欲しいの」
私の言葉で、周囲が一気に殺気立った。交渉は決裂だと言わんばかりに、既に得物のセーフティを外している者もいる。
「成る程、それが狙いなのか。なら仕方がない。君には退場して貰って、こっちはこっちで勝手に……」
「待って、まだ選択肢は残っているわ」
席を立とうとしたジェイクが止まった。
「私はあくまで、ミッションを受注した人数が少数の状態でクリア出来ればいいの。で、あなた達は報酬とかどうでもいいのよね? 単純に、アレと戦って倒したい。むしろNPCから奪ってしまっても面白いかも知れない」
「ふむ、その通りさ」
「どうやって沈めるつもりだったの?」
「船を動かすには多くの人間が必要だ。あの中で暴れたら、それはきっと楽しいだろうね」
「じゃあ、それで行きましょ?」
ジェイクは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。それは他の男達も同様で、厳つい猛者共が揃って顔を見合わせている。
全く、言わなきゃ分からないのだろうか。言わせんな、恥ずかしい。
「ズムウォルトを奪っちゃうのよ。で、その作戦に私も混ぜろって言ってるの。戦場に不測の事態は付き物よ。それがプレイヤーだろうがNPCだろうが……ね」