第12話 アクティブ
さて、電磁式カタパルトを手に入れるにはどうしたらいいのだろうか。
以前、私はヒューに誘われてレアハントを試みた事がある。その時にログを検証した内容だと、私がグリペンに使った艦載改修キットはMig-29 OVTからのドロップであるようだった。ゲーム的に考えれば、強い敵や珍しい敵がレアアイテムを落とすという考えは実に真っ当なものだ。
その時は志半ばにして倒れてしまったのだが。
「ま、そういう事ならこれよね」
と言いながら、私は久々のミッション申請を行おうとホロウィンドウを出す。難易度はベリーハード、海の装備を目的にするのだから対艦ミッションを選ぼうとしたのだが、
「あ、ちょっと待って?」
マリーはそう言いながら、私と同様にしてメニューを開いた。何か、考えがあるのだろうか。
「多分フィオナちゃんはMob狩りをしようと思ったのだろうし、その考えは間違っていないと思うの。でも、今回はちょっと毛色が違うのよね」
数個のウィンドウを開いたマリーは、それをこちらに見せる為に私の横に並んで座る。
「この船を買った時、同時に連続ミッションが始まったのよ。大体はお使いだったから、私1人でやってたんだけど」
そこにはミッションの受注画面が出ており、内容の解説まで付いていたのだった。
【地域:スロキス島東40マイル 海上】
【報酬:電磁式カタパルト】
【目標:ズムウォルト級の撃破】
ふむふむ、ここから260kmぐらい先に居るのか。これをこなせば……ハァ!?
「ズム……?」
眉間に皺を寄せたナオが呟く。
「そ。これをやりたいのよねー」
にこやかな笑みを浮かべながら、そう言うマリー。
私には悪魔の微笑みに見えるのだが。
「ちょっと……ズムウォルト級ですよ? たった3機と1隻でどうにか出来る相手じゃないですって、これ……」
マリーのウィンドウに表示される、奇怪な艦影。見慣れたような構造物は艦上に全く存在せず、ただ平面のみで構成されたシルエット。普通の船をひっくり返したような艦首が目を引く。まるで、ピラミッドが海上に浮かんでいるかのようだ。
「そんなにこれ、凄いんですか?」
「そりゃもう、すんごいわよー。VLSが全部で80セル、その中の対空ミサイルのESSMは1セル4発付き。いくら他にもミサイルがあるっていっても、まぁ、まず通常戦闘じゃ弾切れは無いでしょうねぇ」
「これ、イージスっていう種類になるんです?」
「ミサイル駆逐艦という分類だから、イージスって考えちゃってもいいかな? 正確に言うと、イージスシステムが付いているのがイージス艦なんだけどね」
「へぇー」
相づちを打っているものの、ナオのこの顔はよく分かっていない顔だ。
「でもね、このローズマリーだってこれと同じレーダー乗っけてるんだから!」
自慢げに大きな胸を張るマリーだが、
「で、レーダーが良くても攻撃と防御はどうするんですか……」
「そこはフィオナちゃんが居るじゃない!」
はいきた! 来たよこれ! 真っ正面からぶつかって対艦ミサイルを全部迎撃されるのと同時、対空ミサイルの雨が降ってきてリスポーンする未来が一瞬で見えた。
そんな未来、死んでループしなくたって見える。オールアイニードイズファイアパワーだ。火力だけじゃなくて防御力も圧倒的に足りないけども。
さて、どうしようか。
「……真面目な話、ズムウォルト相手は厳しいでしょう。いや、イージス艦相手でも無理ゲーですよ。正攻法は対艦ミサイルの飽和攻撃でしょうが、それをするには味方が少なすぎます。地形の影から奇襲を掛けたくても、場所は何もない海上のようですし」
「でもね、VLSのセル数はアーレイバーク級より少ないのよ? 前は対艦攻撃、出来たじゃない」
「あの時は……」
そう、あの時は嵐という状況とアステリオスからのECMがあったから出来たのだ。今回は全くの孤立無援であり、ECMに頼る事は出来ない。グリペン自身にもECM機能はあるが、SPYレーダー相手では暖簾に腕押しだろう。
そもそも、西側と東側の駆逐艦では設計思想が違うのだし。
「さ、それじゃそろそろ戦いたくなるような情報をあげようかな?」
む? なんだろう。
「私はミッション報酬でカタパルトが貰えるけど、同行者にも何か特殊な特典が付くみたい。ほらここ、メニューの隅っこに」
そうして彼女が指さす所を見ると、確かにそういう旨の文章があった。同行者にも同レアリティのアイテムが報酬として……か。
おまけに、だ。参加人数が少なくなればなるほど、報酬が豪華になっていく仕様らしい。
「よし。ナオ、ベル、今すぐエンジン始動するわよ」
「ちょっと現金すぎませんか!?」
「おもちゃもらえるのー? やるやるー!」
***
一旦マリーと別れた私達3人は、ハンガーへと顔を出した。プレイヤーこそ居ないが、既に艦を運用出来るだけのNPCを集めているらしく以前の活気が戻っている。何人かは見知った顔もいるようだった。
その中の1人が、彼だ。
「久しぶりだなぁ、嬢ちゃん。元気してたか?」
「おやじさん!」
皺の多いモデリングがされた男で、かつての乗員達からその名で親しまれたNPCと私は握手を交わす。
「またここに乗っているのね?」
「もう足だって治ったし、おめぇ達の面倒を見れるなら来ない訳にいくめぇ」
怪我だとかの扱いがNPCだとどうなるのかはさっぱり分からないが、見知った顔にそう言って貰えるなら嬉しい事だと思う。
「それじゃ、早速お願いをしちゃおうかな」
「ん? どしたい」
彼に、現状の手駒とこれから挑む敵を説明する。最初はにこやかな笑顔だった彼の顔が、段々と険しい物になっていった。
その間、私はAI相手に会話をしているという事をすっかり忘れてしまっていた。
「……また、あの姉ちゃんは大変な事を」
「でね、ぶっちゃけ軽戦闘機が3機で挑む相手じゃない事も分かっているんだけど」
「ふーむ……」
腕を組んで考える、ツナギを来た壮年の男。わずかに生えた顎髭を撫でながら、彼は続けた。
「そうなると長距離から攻撃出来て、迎撃もされにくい物が良いな……」
彼は整備の人間だが、自らが扱う物に対しての知識を幅広く持っている。その辺はノンプレイヤーである事の特権だろう。現実だったら1つの機体の事を覚えるだけで一杯一杯になってしまうだろうが、彼らは多くのプレイヤーの機体を扱う。それ故に知識が広く、初心者プレイヤーに対してのチュートリアル機能も担っていたりもするのだ。
「とはいえ、そんな都合の良い武器は無い。核でも使うか?」
「そんなの実装されてるの?」
「あったら、とっくにゲームバランスが崩壊してんだろうな!」
ガッハッハと笑うおやじさん。メタ発言が出来るNPCとか、それってどうなんだろう……。
「ま、冗談だ。ある1点だけ我慢できりゃ、使えるかもしれない奴があるな」
そう言いながら、おやじさんは私達に向かってホロウィンドウを出してきた。
「なんですかこれ? お弁当箱?」
「ぴくにっくー!」
弁当だけが先に目的地へ届くピクニックは如何なものか。
彼の見せてきたウィンドウにはある物が表示されていた。グレーで直方体の筐体、その上部には収納式の翼のような物が付いている。
「これは確か……」
「そう。KEPD350っていう、タウルス・システム社が開発した巡航ミサイルだ。射程距離はなんと500km! 中に遅延信管が入っていて、地下の構造物なんかをぶっ壊せるっていう代物だな」
俗に言う、バンカーバスターという物だろうか。
「でも、船相手にそんな物って必要あるの? エグゾセだって、船を貫通しちゃったとか聞いた事あるんだけど」
「まぁ、話は最後まで聞くもんだ。こいつはモジュラー式でな」
「もじゅらー?」
首を傾げて、ナオが聞く。
「パーツを組み替えて、色々な事が出来るのよ」
「そう。嬢ちゃんの言う通り、様々な機能に変更する事が可能でな。その内の1つが、小爆弾のディスペンサーだ。もしかしたら、自重で少し射程が落ちる可能性があるが」
ああ、段々話が見えてきた。
「本来はルート上に設定した目標を爆撃していくような使い方をするんだがな。さて、嬢ちゃんならどう運用する?」
この問いかけは、まさに彼からプレイヤーへのアシスト機能が動き始めた合図だ。ここで私が回答を出せば、それに対して彼は簡単な正誤やアドバイスをくれる。会話形式でやり取りをする事によって、初心者でも軍オタに肩を並べる事が出来る。
そうして、着実にオタクが生み出されていったりもする。
「……高々度とは言わないけど、高い所から滑空させて射程を稼ぐわ。海の上だから元々地形追従は出来ないし、誘導方式はGPSに絞る。終末誘導は赤外線でいいかな? ズムウォルトがモーター駆動だから、ちょっと心配だけど」
「ふむ。もうちょい具体的に良いか?」
「高度40,000ftぐらいで発射して、目標へ一直線。ホップアップは要らないから、突入時は目標上空まで行った後にそのまま垂直落下へ移行。ESSMの最大射程が50kmだから、どうしても射程には入っちゃうかな?」
「どうだろうな。ほぼ垂直だったら飛距離は落ちそうだが、そん時の高度次第か」
「目標上空まで行ったら、小爆弾は一気に放出。とりあえず小爆弾の着弾範囲だけ考えて、迎撃される距離は棚上げしましょうか。少しでも敵が被弾すればいいから、着弾範囲は広く取りましょ。レーダーカウルになんて当たったら最高よね」
「ふむ……ふむ。ま、悪かねえだろ! どれ、機体を出しな。こっちで設定しといてやるから」
「ありがと、それじゃ私はマリーさんに伝えてくる。ほらナオ、起きなさい」
「ふぁっ!? あ、お話終わりました?」
「おねえちゃん、よだれだばー」
ナオは大きい欠伸をしながら、ぐしぐしとジャンプスーツの袖で口の周りを拭ってからグリペンを出現させた。
「それじゃおやじさん、お願いね。ナオとベルはそのまま出撃準備してて」
「「はーい」」
「おう、任せとけ!」
3人の言葉に背中越し振った手で返し、私は艦長室へと向かった。
「……という作戦です」
以前と似たような調度品で整えられた部屋で、私は先程の話をマリーに説明した。彼女は飾り付けの入った高級そうな木製机に座り、コーヒーを飲みながら対面に座るよう促した。
「なるほどー。で、私は何をすればいいかな?」
「んー。やばそうだった時に、仕切り直しが楽そうな距離にいて貰えると助かりますけど。そうなると、やっぱ主砲の射程外になりますよね」
「そうね、砲撃されたら一方的になっちゃうし。155mm砲の射程が最大118kmだから、そのぐらいの位置かな? 失敗したらどうしよっか?」
「向こうの弾切れまで、対艦ミサイルを撃ち続けるぐらいしか思い浮かばないですね。どちらにしても弾代はハンパなくかかると思うんで……」
「あ、そこは私が全額出すから安心して!」
お、それは実に有り難い。
「ちなみに、KEPD350は1発2,000万ドルです。今回は中に入れる小爆弾が12発なので……」
「……割り勘じゃダメかな?」
「えー」
「えー」
そんなやり取りをしながら、マリーはウィンドウを操作しながらミッションを受注した。
「それじゃ、誘うわねー」
言うと同時に、私達の目の前に現れた「ミッションを受注しますか?」の文字。それに答えつつ、
「まずは索敵からですかね?」
「そうね。海域は指定されてるけど、詳細な場所は出てないし。向こうはステルス艦だから、苦労しそうだわぁ」
「こっちもある程度近付いたら、哨戒に出ますね」
「うん、お願いね」
だだっ広い洋上に浮かぶ船を探すという行為は、運動場に落ちた針を見つけるのと同じだ、という言葉を聞いたことがある。ルックダウン機能のあるレーダーだと言っても、海からのクラッターノイズは索敵の邪魔をする。
空の上への物と同等の距離で見つけられるとは限らないから、こちらのレーダーが新しいからといって油断する訳にはいかない。
「それじゃ近付いたら艦内放送で伝えるから、それまで自由行動で!」
「分かりました」
そう伝えて部屋を出ようとした時だった。
ぐらりと部屋が傾き、私は出口の扉にぶつかるような形で寄りかかって体を支えた。
「え? え?」
マリーも何が起こったのか分からず、目を丸くしている。
すると彼女の机の上にあった内線が鳴り、間髪入れずに彼女は受話器を取った。
「何があったの!?」
『艦長……、砲撃です! 初撃は回避しましたが……すぐに次が来ます! 速い!』
「げ、アクティブエネミーなの!? 機関全速、今すぐに湾を出て!」
『了解!』
受話器を置いたマリーに目配せをすると、彼女は何も言わずに頷きを返す。
それを受け、私は急いで格納庫へと向かった。