第11話 ローズマリー
「……てな事があったのよ」
「ぶーん、ぶーん!」
ラズオンカフェから帰宅後、適当に夕飯を取ってからいつものようにゲームを始めた私は、既にログインしていたナオに愚痴る。
場所は昨日と変わらないサリラ。私と同時に出現したベルは、何か勝手に1人遊びを始めたようだ。昔のギャグマンガの主人公よろしく、両手を広げて飛行機ごっこ(?)をしている。手のひらを立てているのは、ウイングレットのつもりだろうか。
お前は民間機だったのか。
「いいなー、私も行きたかったなぁ」
「今度行く時には、ナオも誘うわね」
「是非是非! そう言えば、ジャックさんは?」
む、忘れてた。昼間に会ったから、もう今日はあいつと会う事は無いと体が勝手に思っていたようだ。
メニューをおもむろに開いてみると、新着メールの知らせが光っている。それをタッチして新たなホロウィンドウを開くと、彼からのメールが届いていた。
「ぶーん、ぶーん! ばしゅー!」
「……残業で遅くなりそう、だって。昼間に遊んでるからこうなるのよ」
「あ、あはは……」
全く、いい歳した大人だというのに。近くにああいった悪い見本が居ると、何故か自分の将来は安泰なように思えてくるから不思議である。
「ぶーん、だだだだだ!」
「来るまで待ちます?」
「ただ待ってても時間の無駄だし、何かしよっか」
まだ休戦期間は終わっておらず、大規模戦への参戦は無理だ。3人でラッティングに出ても良いけど……。
「それじゃ、私の作業を手伝って貰おうかな?」
そう声が掛かったのと同時、両手を広げて私の周りを走り回っていたベルが誰かに抱き抱えられた。ベルはその長身の女性の正体に気付いたようで、きゃっきゃと嬉しそうな声を上げる。
「マリーさん!」
「お久しぶり、フィオナちゃん。ナオちゃん」
「無事だったんですね!」
ナオは嬉しそうにそう言うが、
「いやー、無事じゃーなかったけどねー」
ケラケラと笑いながら、そう彼女は返す。そりゃそうだ。船、しかも空母1隻吹き飛ばされたんだし。
彼女に抱えられたベルは、目の前に突然現れた柔らかそうな2つの物体をぺしぺし叩くと、
「こんふぉーまるたんく!」
「ベルちゃん、それは私のおっぱいよー」
ベルはひとしきりゴム鞠と戯れると、今度は眉をしかめてこちらの方を見た。
「……りふてぃんぐぼでぃ?」
うっさいわ。
再会の挨拶も程々に、とりあえずこちらの現状を彼女に伝える。またいつかマリーの船に乗る事を考えて艦載機にしていると言うと、彼女は嬉しそうにしていた。
「こっちもほぼ準備は終わってきているわよー。前回の撃沈で多少NPCへの被害は出ちゃったけど、主立った所は回収出来たからね」
「それは良かったです。今は何か乗ってるんですか?」
「一応、形だけなら……ね」
そう言って彼女は自分のインベントリを開き、こちらに見せてくる。
ジェラルド・R・フォード級航空母艦。
これは、以前彼女が乗っていたニミッツ級航空母艦の後継に当たる原子力空母だ。ニミッツ級より少ない人数で運用出来、防空能力が大きく強化されている。航空機の搭載能力は約2倍で、甲板も大分広くなっているらしい。
「凄い、最新型じゃないですか!」
「そりゃもう、金策を頑張ったわよー」
本当に大変だったわ、とこぼしながら涙を拭う仕草をするマリー。
それを見たナオは、素朴な疑問を口にした。
「……どうやってお金稼いだんですか?」
「企・業・秘・密!」
やはり簡単には教えてくれないようだ。
海側の人達は、それぞれが独自の金策手段を持っているという噂が流れている。一説には「漁」だとも囁かれているのだが、流石にそんな荒唐無稽な話は無いだろう。
だって、戦争ゲームなのだし。
「でも、まだ実戦に出せないのよ……これ」
インベントリに入っているという事は、もう彼女がこの船を所有しているという証だ。それなのに戦いへ出せないというのは、どういう事なのだろうか。
「何か、不具合でもあるんですか?」
「……カタパルトが無いのよ」
「え、ええー!?」
「それじゃ、降りた飛行機はどうするんですか!?」
驚きながらナオが聞く。
「んー、良い反応! 正確に言うと『電磁式カタパルト』が無いんだけどね。今は蒸気式のを無理矢理付けてるのよ。余剰スペースのある設計でホント良かったわー」
彼女の話によると、本来は格納庫だとか居住スペースとなる空間に、原子炉から蒸気配管を無理矢理通しているとの事だった。しかし、そのせいで最新鋭艦の強みがスポイルされてしまっているらしい。
「で、さっきの話に戻るんだけどね。もし今日暇なら、私のお手伝いをお願い出来ないかなって」
そう言う話なら、私達の答えはもう決まっている。
……。
マリーの話だから、とんでもない無茶苦茶な事をやらされるに決まっているのだ。今度は何だ、どうせ例のブラックバードで衛星を打ち落としてこいとでも言うのだ。絶対、絶対に今回は断らせて貰おう。
絶対に!
「やりましょう!!」
断りの言葉を告げようとした私は、目を輝かせてそう答えるナオの前にあっさりと敗北した。
***
サリラから南東に80km少し行った所に、アニオイ・アネという街がある。そこから広がるスコィテシガパ湾に新しいマリーゴールドは停泊しているらしい。なんとも、発音が難しい名前だ。
マリーはT-2 バックアイを自分で操縦してサリラまで来ていた為、3人で連んで現地へ向かう事にした。練習機ではあるがジェット機であるので、そこそこの速度は出る。道中特にストレスは無く、マリーを先頭にしたダイアモンドを組んでの移動だった。
「しかしマリーさんも芸達者ですよね」
『あれから、空を飛ぶのも楽しくなっちゃってねー。暇を見つけては飛んでるのよ』
ゲーム内の出来事に対しても忙しいだ暇だと言うのは、ゲーマーの悪い癖だと思う。そもそも、リアルで暇があるからゲームをしているのだろうし。
『……ママのログから、鳥さんのにおいがする』
『なんか新鮮ねぇ、こうやって空の上でベルちゃんが喋ってるのって』
『鳥さんくさいママ、きらいー。ばっちぃー』
「仕方ないでしょ、あそこじゃラプターしか使えなかったんだから」
『でも、前の時と口調が違うのねぇ。ちょっと残念かも』
「中身は同じみたいなんですけどね。昨日はあれのまま喋ったりもしてましたけど、どうも時間制限があるみたいで」
ジャックとナオに聞いた話だと、私がスクランブルミッションで転送された後すぐに幼児状態へ逆戻りしてしまったらしい。これもエラーの影響なのだろうか。
『わたしとしては、まだちょっと混乱してますけどね……』
『ま、どっちもベルちゃんなのは事実よね。これからも宜しくね!』
『よろしくね、マリー!』
「ほんと面倒になったわよね、あんた」
『めん、どー! こて!』
無性にイラッとしたので、右ラダーを踏み込んで隣を飛ぶベルの機体に接近させる。主翼で向こうの主翼を小突いてやろうかと思っての行動だったが、それに反応した彼女は右へのヨーを行ってこちらとの距離を保った。
『ちょ、フィオナさん。危ないですって! ひゃあ!』
「あ、ごめん」
私が斜めに動いた事で距離の縮まったナオが、驚きながら左へ進路を変更して回避した。
『ああ。この感じ、久々だわぁ……あ、見えてきたわよ』
離陸してまだ数分だというのに、もう目的地へ着いてしまったようだ。散々ジェット機のスピードを体験してきたというのに、改めて高速な乗り物だと思い直す。車だったらどんなに飛ばしても1時間以上はかかる距離だというのに。
青い海原に、1つだけぽつんと浮かぶ点。モノトーンのそれは長く尾を引き、まるで流れ星のようだった。
段々と距離が縮まってくると、そのディテールがはっきりとしてくる。上から見た感じだと、以前のマリーゴールドとそう印象は変わらない。艦橋が大きく後方に移動している点と、少しだけ大きくなったような様に思えるぐらいだ。
「あれが……フォード級?」
『そうよ、私のフォードちゃん!』
『おっきいおふねだー』
フォードちゃん、って。
アメリカの空母は、昔から偉い人の名前がよく付けられる。このジェラルド・R・フォードという名前も、確か昔の大統領のものだ。
それを、ちゃん付け……。
『それじゃ、私から降りるわねー』
彼女はそう言うと、さっと左へブレイクを行い編隊から離れた。相当練習を積んだのだろう、危なげない動きで高度を下げ、すぐに進入コースへと乗った。
『あんまり、今までと変わらなさそうですねぇ』
「ま、艦種が変わったと言っても、やる事はそう変わらないでしょうしね」
そこからしばらくの間、私達のグリペン編隊はフォード級の上空を周回しながらバックアイが巣に戻る様子を眺めていた。
ゆっくりと空母へ近付くバックアイ。そのまま彼女は、特に問題もなく甲板へと降り立った。その機体がアングルド・デッキを離れてから少しすると、無線から再び彼女の声がした。
『それじゃ、順番に降りてきてねー』
「フェザー1、了解。私から行くわね」
『『はーい』』
遠足の引率をしているようだと思いながら、フォード級が引く航跡を左手に見るように回り込む。艦の後ろに入ると、その艦橋の位置から意外と圧迫感を覚えた。以前は狭い空き地に機体を落とす感覚だったが、今回は狭い門を潜るようなイメージだ。
いつもの手順で進入。角度よし、スピードよし。機体は迎角を一定に保ったまま、その高度を下げていく。面白い事に、艦に近付いていくと逆にその圧迫感は息を潜めていき、心に余裕が出来てきた。ギリギリになって焦りが生まれるニミッツ級より、私はこちらの方が好きかもしれない。
接地。
衝撃で一瞬体が浮き上がるが、そこをアレスティングワイヤーで一気に捕まれると減速の衝撃が襲ってくる。それに負けないようにスロットルを押し込むが機体は加速に入らないので、自分が無事にワイヤーを掴んでいる事を認識した。
スロットルを落として一息吐くと、艦の所有者は自慢げな声を響かせてきたのだった。
『私の新鋭艦、ローズマリーへようこそ!』
***
ナオとベルも無事に艦へと降り立ち、私達4人は艦内の会議室で再び顔を合わせた。
新鋭艦らしく、内装はハンパなく綺麗だった。実にさっぱりしている……と言いたいところだったのだが、それは難しい。
何故かというと、艦内をぶち抜くようにしてとてつもなく太い配管が走っているのだ。多分、これが無理矢理蒸気式カタパルトを使っている弊害なのだろう。場所によっては滅茶苦茶熱い物もあったので、そういう所は遮熱材でくるまれていたり、そもそも近付けない様になっていたりもした。
ベルは、まるでジャングルジムで遊ぶ子供のように喜んでいたのだが。
この会議室においても、それは例外ではなかった。部屋の半分を埋め尽くす湯たんぽのおかげで、全く空調が役目を果たしていない。
リアルがクソ熱い時期なのでゲーム内でもこれなのは勘弁して欲しいが、他にあまり話せる場所も無いらしい。
ナオとマリーはもうジャンプスーツを脱ぎ捨てて、ほぼ下着の様な格好になっている。私とベルも同様だ。
「窓……無いんですか?」
「ある訳無いじゃないの……ここをどこだと思ってんの……」
「ぷぇー」
地面に伸びる4人。リノリウムの床の冷たさが途轍もなく心地良い。
「ごめんねぇ……。どうせ私達しかいないから、ちょっとカタパルトの動きを止めさせるわね」
そう、まだここには住人がいないのだ。ローズマリーは言うなれば処女航海中であり、艦を動かすNPCだけがここで暮らしているらしい。
彼女は入り口の壁に取り付けられた内線端末まで歩いていくと、どこかへ連絡を入れた。
「どうせ誰も居ないなら、ここじゃなくてもいいんじゃ……食堂とか……」
ごもっともな意見を言うナオだったが、食堂にプロジェクターは無い。動きを説明するなら、ここが一番適しているのだろう。
「あー、段々冷房が効いてきたわね……」
流石は新鋭艦。従業員への福利厚生もばっちりだ。
そうやって室内温度も落ち着いてきたところで、私は話を切り出した。
「で、手伝うって何をすればいいんですか?」
そうね、と彼女は呟くとその場に胡座をかいた。
「フィオナちゃん達はまぁ知っていると思うけど、このゲームには武器を強化させるアイテムという物があるわ」
ここで言うアイテムとは、敵がドロップする物を言う。小さいものだと、小銃に付ける光学機器やグリップ、ストックが代表的なものだろう。直接その武器を強化したり、使い易くするアイテムだ。他にも、戦車になると追加装甲という物もある。
私達に身近な物だと、以前拾った艦載改修キットやAMRAAM搭載改修キットがそれに当たる。
直接拾う歩兵の装備品に比べると追加装甲や改修キット系は拾得形態が異なってくるが、システムの内部的にはほぼ同じ扱いになっている。どれも敵を倒した時点で、その出現判定があるらしいのだ。銃のオプションについては、敵の出現時点で判定されるとの事だが。
以上、マリーからの受け売りである。
しかし、アイテムの話となると過去の思い出が蘇る。最初はまぐれで手に入ったものの、それ以降は大変な目に遭った事しか無い。
で、勿論マリーが続けた言葉は、
「その電磁式カタパルトがね、ドロップアイテムらしいのよ」
……ですよねー。