第10話 サボタージュ
カフェの中央部にあるモニター上には、今まさに敵へと襲いかかろうとするF-22が表示されていた。更に数を減らした生き残りは、現時点で彼らを含めて3機だ。
高高度から一気に襲いかかるそれに対して、襲われた側のF-22は急降下を開始。同時に、連続して囮の火球をばら撒く。
その光景に、モニターへ群がる観客達の歓声が沸き起こった。
「羽根付き対決だ!」
「下に逃げたか……。もう手後れだろうけど、愚策じゃね?」
英里の横に立つ男達から、そんな声が聞こえてくる。だが、英里にはフィオナが考えも無しにその回避行動に入ったようには思えなかった。あまり空中戦に詳しくは無いのではっきりとは分からないのだが、きっと彼女には何か狙いがある。
空に腹を向けたラプターは、仰向けのままループに入った。放たれたミサイルは、その間にもぐんぐんと距離を詰めてくる。フィオナの動きを予測して、その未来位置に向かって延びる白煙。
その場にいる誰もが、彼女の被弾を予想した。
ぱかり。
もう、後1/4の行程で機体の軌跡は正円を描こうかと言う時、英里はループの途中で、彼女の平らな胸板が開いたのを見る。
ラプターはそこから、今までと逆のマイナスG方向へと激しく機体を振った。
そして、爆発が起こった。乾いた炸裂音が1回。そこからコンマ秒のラグがあり、同様の炸裂音が数回。
ある者は、ブラックアウトで力尽きたのだと思った。またある者は、回避を諦めたのだと思った。
しかしそのどちらも違う事は、まだ獲物を求めて旋回を続ける彼女の機体が物語っている。
「な……何が……」
しんと静まりかえるカフェのモニター前で、思わず観客の1人が漏らす。その彼と同様に驚愕の表情を浮かべていたある男が、ゆっくりと口を開いた。
「俺には見えたぞ……。あいつ、アムラームを投棄してサイドワインダーにぶつけやがった」
「なっ……?」
ラプターの腹部にあるウェポンベイには、中距離空対空ミサイルであるアムラームが6発。それに加えて、両側部に収納されたサイドワインダーが2発、装備されている。それらが今回の戦いで統一されている武装の全てだ。
「まぐれ狙いの苦肉の策か?」
「いや、それは早計だ。アムラームは近距離でも使えない事は無いが、その本体の大きさから考えてもそこまで有効じゃない。ロックオンするまで、敵がレーダーの視角内に居てくれるとも限らないしな。既に激しいドッグファイトに入っていた事から、あいつはデッドウェイトを有効に使ったんだ」
それを聞いた英里はなるほどと1人納得をした。何故なら、その答えはモニターの中にあったからだ。
片や残弾数は1だが、身軽になった機体。それを追いかけるのは、まだ残弾に余裕を残しているであろう機体。まだその攻守が交代するまでではないのだが、それも時間の問題であるように思われる。
シザースに入った2機は組んず解れつといった具合に、互いの位置を交換しあった。
息詰まる攻防。互いに引かない、最終決戦。
先頭を飛ぶ機体が、不意にエアブレーキを掛ける。速度が一気に下がり、後ろの機体との距離が詰まった。それをチャンスとばかりに、後方の機体はコクピット横にある機銃のハッチを開ける。
数十発の20mm弾が一瞬で、曳光弾まじりに吐き出された。それを見切っていたのか、流れるようにブレーキ解除からアフターバーナー点火までの動作をこなした先頭機は、体を大きく捻って回避行動を行う。
そこからの減速は間に合わないと判断し、後方のラプターは大きく方向転換を行った。
一旦、距離を取る2機。そこから更に旋回を続け、お互いを正面に捉えた瞬間。
英里の周囲で、わあっと歓声が沸いた。
2機から同時に放たれたサイドワインダー。発射の瞬間から既にそれぞれの回避行動は始まっており、全く同じタイミングでフレアを放出しながら、彼らは高G旋回を行った。
その着弾までの間、沸き上がった歓声は更にボルテージを上げていく。
「いけっ!!」
「どっちだっ!?」
だが、その決着は思わぬ形での幕引きを迎える。
「あ……」
英里がそう呟いた瞬間。
お互いのミサイルより早く彼方から飛来したミサイルによって、2機は粉々になって蒼穹へとその身を散らしたのだった。
【16、14と10を撃墜。Winner 16!】
***
実に、すっきりしない。これも全て、いつも聞いてる声の持ち主、あんにゃろーのせいだ。
戦いが終わって部屋から出た私は、どかどかとフロアを踏み締めながらある場所へと向かっていた。そう、太陽を背にして私に仕掛けてきた10番機の部屋だ。
目的地に着くと、そこから長身の男が出てきた所だった。黒いスラックスに半袖のYシャツを纏うその人影に向かって、私は遠慮なんて微塵も無い怒声を浴びせる。
勿論、現実世界では初対面であるのだが、
「ちょっと!」
「おう?」
「おう、じゃない! あんたがあんなところで仕掛けてくるから、こーなったんでしょうに! もうちょっとタイミング、考えなさいよ!」
「まーて、待て待て! 落ち着け! ぐえぇ」
身長180cmはあるであろうその男の襟元を掴み上げ、迫る。殆どアッパーカットを食らわしているような体勢なのだが、そんな事すら気にならない。
「ちょっと、フィオ何やってんの……。でもほんと、あんた達は仲が良いよね」
合流してきた英里がそう声を掛けてくるが、
「なんでよ!」
「エイリちゃん、そう見えるかね……?」
ジャックはそう言いながら苦笑いを浮かべて、手をひらひらと横に振った。
「とりあえず、あっちで話しない? みんな、見てるし」
ふと周囲を見ると、それぞれの部屋から出てきた人達がギョッとした顔でこちらを見ていた。あ、冷静になってきたらちょっと恥ずかしくなってきた。
「ほら、フィオ行くよ?」
「……わかった」
ジャックの首を掴んだまま、英里に促されて先程までの席へと座る。丸テーブルを囲んだ私達だったが、どうも周囲からは未だに注目されているようだ。ひそひそと何か話しているのが見えた。
「ふー、苦しかった。あ、なんか旨そうなもん飲んでんな。一口くれよ」
図々しくも私のコーラフロートに手を伸ばしたジャックを叩く。
「やだ」
「ちぇー、ケチな奴め。いいよ、俺も同じの持ってくるもんね」
そう言って、彼はドリンクバーへと向かっていった。おいおっさん、拗ねて口を尖らせるんじゃない。可愛くないから。
「はぁ……」
彼がある程度離れたところで、私は大きなため息を吐いた。吐きたくて吐いたのではないので、漏れ出したと言った方が適切だろう。
そうしたところで、
「いやー、でもスゴかったよさっきの」
いつの間にかアイスコーヒーをおかわりしていた英里が口を開いた。
「勝てると思ってたんだけどなぁ。あんにゃろのせいで……」
自分が怒っているのは、敵がまだ残ってる状況なのに仕掛けてきた事についてだ。ジャックならそのぐらいの判断は出来ると思っていた。そこがどうにも腑に落ちないのだ。
「まー、ああも綺麗に漁夫の利されちゃうとねぇ」
くすくすと笑う英里。
「最後まで残ってたと言っても、どーせ撃墜数はたったの1機ですよ。ふん、笑うが良いさ」
「いや、でも面白いのはそこじゃなくて……ね?」
「だって、あんな楽しそうに色々試してるからよ。つい、悪戯心が出ちまってな?」
言いながら、ジャックが飲み物を手にして帰ってきた。コーラじゃないじゃないか、メロンソーダって子供か。
「ま、気持ちは分かるけどよ」
「……だって、あんなに良い動き出来るなんて思わなかったし」
「だな。実は俺が最後まで残ってたってのも、途中までずっと遊んでたからだしな。どうだ、いっそ皆でラプターに乗り換えるか?」
「イヤよ。あんなの、維持費がどれだけ掛かるか見当も付かないし」
ステルス機は通常の整備費用の他に、電波を吸収する塗料の補修費まで取られてしまうらしい。今は前回の大規模戦による報酬である程度財布は重いが、どうせすぐに貧乏極まってしまうだろう事が容易に想像出来る。
「ここにナオも居りゃ、また面白かったんだがなぁ」
「そんなにやりたいなら、今夜やる? そう言えばあんた、今日は仕事って言ってなかったっけ?」
「おうともよ。外回りって言う、超大事なミッション中だ」
「つまり、サボってんのね」
「そうとも言うな」
「そうしか言わないわよ」
「こんな暑い日に歩き回ってたら、ミイラになって死んじまうぜ。日本、なめてんのか?」
「でも、それでお金貰ってるんでしょうに」
「おう。女子高生にそんな正論言われたら、立場ねえぜ」
ずぞぞーっと、もうフロートが溶けきって乳白色と薄茶色が混ざったコーラを飲み干した。そこまで喋った後、英里を置いてきぼりにして会話をしてしまった事に気付く。
しかしふと横を見ると、頬杖をついてニヤニヤする彼女がいた。
「……なに?」
「いや、仲良いなぁって。おふたりさんは、リアルで何回も会ってるの?」
どんどん頬を緩めていく英里に対して、私達は顔を見合わせて、
「初対面だ」
「初対面よ」
「えっ」
そう言ったら、今度は彼女の目が見開かれた。
「いや、だってさ、完全に今の感じだと……」
「何を考えてるのか分からないけど、リアルで会うのは初めてだから」
ナオの時も驚きだったが、まさかジャックまでこんな生活圏が近いとは夢にも思わないだろう。確か、ちょっと前に日本に引っ越してきたと言っていたような気がするから、不思議ではないのだが……。
そろそろこの国も、人種のるつぼになって来ているという事だろうか。ハーフの私が言うのもあれだけど。
「そういやそうだな。いつも会ってる顔だから、全然そんな感じはしないけどよ」
「でも、オープン回線で声が聞こえてきた時は、まさかと思ったわよ。ていうか、なんで私だと気付いたの?」
「愛の力かな」
「殺す」
腰のホルスターについ手を回すが、手を動かしてからそんなものは携行していない事に気付いた。
「冗談だ、冗談!」
その仕草に本気でビビるジャックも、相当のゲーム脳と言えよう。
「やっぱあんたたち、デキてるでしょ」
「英里。ゲームのやりすぎで、目悪くなってんじゃないの?」
昨日、ジャックに目が良いと褒められていたが、絶対にそんな事はないと今は思う。節穴もいいとこだ。
「俺はそれでも構わねえけどな!」
「明日の朝刊に記事が載るわね。おっさん、女子高生への淫行で逮捕」
「待て待て。知り合いに話しかけたら捕まるとか、日本って怖い所だな」
そんな事をジャックは言うが、今の状況が分かってないのだろうか。
「でもまぁ、この状況って外から見たら相当アレだよね」
英里の言う通りだ。今の彼はどっからどう見ても、女子高生をナンパする胡散臭い外国人である。ここで私達のどちらかが悲鳴でも上げれば、真面目な日本の公務員さんはきっちり仕事をしてくれるだろう。
英里の言葉に周囲を見渡すジャック。どうやら彼も、周りの人間が怪訝に見ている事に気が付いたようだ。
「よし、冗談はここまでにしよう」
賢明な判断だと思う。
「で、ちょっと真面目な話なんだが……アレは狙ってやったのか?」
アレ、というのはやっぱりアムラームの投棄の事だろうか。
「ミサイル捨てた奴よね? そりゃ勿論よ」
「ちょっと驚いたぜ。結構、最初の突っ込みの時点で勝ちを確信してたからさ」
「使える物は何でも使うのよ、私は。あんな綺麗に決まるとは思って無かったけど」
「フィオって、そういう思い切りの良い所あるよね」
ふふん、もっと褒めて褒めて。
「でも正直言って、もう1人残ってる奴の事は考えてなかっただろ」
半目でこちらを見るジャック。ぐっ、やっぱそこを突いてくるか。
「さ、サイドワインダー残ってたし……」
「1発だけ、だろ? お前がサイドワインダー撃つ瞬間は見てたからな」
「フィオって、そういう考え無しで突っ走る所あるよね」
英里め、貴様はどっちの味方なのだ。先程まで2人でジャックを苛める立ち位置、流れだったのに、勝手にこちらをいじるスタンスに切り替えるんじゃない。
「ま、そういう無茶するとこもお前の魅力だよ。今日は楽しませて貰ったわ」
「何それ、口説いてんの?」
「はは。さて、それじゃ俺は行くぜ」
ぐいと残りのメロンソーダを飲み干して、ジャックは席を立った。
「サボりも程々にね。それじゃ、また今夜」
「おう。じゃあな、おふたりさん」
そう別れの言葉を残し、彼はひらひらと手を振りながらエレベータへと消えていった。
折角、初めてリアルで会ったというのにあっさりとした奴だ。まぁ、これで引き留めてそれが原因で会社をクビになってゲームを引退、なんて言われたら大きな戦力ダウンなので私が困ってしまう。
今度はナオも誘って、ここに遊びに来ても面白いかも知れないかな?
「……そう言って去った彼の姿を見送った私だったが、普段と違うその姿に胸の高鳴りを押さえられないのであった」
「変なモノローグを入れない!」