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第6話 再会


 ドッペルゲンガー、という怪談話がある。いや、超常現象と言った方が良いだろうか。自分と同じ姿をした他人がどこかに居る、という話だ。それを見ると、暫くして見た本人が死ぬと言われている。

 グリペンUCAVのコクピット部にちょこんと収まるこれは、そう言う類いの物だろうか。

 しかし目の前の少女は、私に似ているとはいえ年齢が大きく違っていた。丁度、私が小学校に上がりたての頃に撮った写真とそっくりだ。その小さい体には、これまた似合わないパイロットスーツが着用されている。私達が普段着ている物をそのまま縮小したような形だ。顔が分かるという事は当然、ヘルメットを付けていない。

 私は、とりあえずその少女をグリペンのコクピットから降ろした。筋力が補正されているので、その作業自体に苦は無い。機体の上から意識の無い彼女をフジトへと受け渡すと、彼はそのまま芝生の上に彼女の身体を横たえさせた。


「プレイヤー……じゃねぇよな」

「無いでしょうね……」


「うっわー、フィオそっくり……金髪の色とか」

「確かに、この子が大きくなったら嬢ちゃんみたくなりそうだな」

「うむ、将来が楽しみだ」


 周囲の人々は、それぞれの感想を口にする。

 とりあえず、少女の身体に外傷は無い様だ。胸が上下動しているので、一応生きているという事だろう。NPCに対して、生きているという表現が正しいのかどうかは分からないが。


「……どうしよう?」


「だからよ、拾った犬は責任持って面倒見ろよ?」


「そうやってジャックさんはまた、人を犬扱いするんだから……」


 彼の言葉に、頬を膨らますナオ。まだ、自分が同じ事を言われたのを根に持っているらしい。


 しかし、これは何かのイベントなんだろうか。最近見るようになった掲示板では、こんな情報は全く無かった。そこまでUCAVを使っている人が居ない、という事なのかも知れないが。

 そもそも、NPCであろうが中に人が入っているのなら、それは有人機なのではなかろうか。いや、そうなるとベルのような自立式AIが入った機体は、全部有人機になってしまう。


 眠る彼女の顔を覗き込みながらどうでもいいような言葉の定義を考えていると、いつの間にか目を開いていた少女と目が合っていた。

 それに私は少し驚いて、後ずさる。


「お、動いた」

「よかった、気が付いたんですね!」


 その声に反応してなのかは分からないが、少女はその場で上半身をむくりと起こす。そして彼女は、いつもの感じで言葉を発した。


【対プレイヤー用インターフェースがアップグレードされました】


「ああ、そう言う事ね」


 既に同様の経験があったジャックとナオはその言葉に納得した顔であったが、エイリを始めとする地上組は首を傾げている。


「前にね、突然ボール型のプローブが出てきた事があったのよ。それが更にアップグレードされたって事だと思う」


 その場に立ち会ったのはナオだけだったので私が直接その光景を見た訳では無いのだが、きっと同じ事だろう。


「多分、合ってると思います。同じ様な言葉を前に聞きましたから」


 ナオの言葉に一呼吸置いた後、少女は私の方を向いて言った。


【メインAIサーバーとの接続がタイムアウトしました。UACSエンジンをバックアップサーバーへ移動。初期化を実行中……】


「なんか、マズいんじゃねえの? 墜ちた衝撃でぶっ壊れたか?」


「ゲーム内の衝撃で壊れる訳無いでしょう……」


【終了しました。再起動します】


 その言葉と同時に、少女の上半身は力が抜けたかのようにして崩れ落ちる。私は咄嗟に、それを抱き抱えるように支えた。


「どーなってんだ、こりゃ」

「さぁ……」


 この場に居る6人、全員を置き去りにして進む事態。

 それに終止符を打った言葉は、突然私の背中に腕を回して抱きついたその少女によって告げられた。




「ママーっ!」




 ***




「ふぇぇ……ママがぶった……」


「おーよしよし。いきなりチョップかますとか、ホント非道いママだよな」


 少女をおぶったジャックが前を歩く。


「だーれがママじゃ! こちとら、まだ彼氏もおらんっちゅーに……」


「ふぃ、フィオ……落ち着きなって。口調ヘンだよ?」


 その後ろをドカドカと、私は地面に怒りをブツケながら歩いた。


「ほーらベルちゃん、チョコレートだよー」


「わーい! パパもおねーちゃんも、やさしいから好きー!」


 ナオは少女に、レーションに入っていたチョコレートを渡しながらその頭を撫でている。くっそー、2人共飼い慣らされおって。


 私をあろうことか母親呼ばわりした少女は……いや、幼女は、既にフェザー隊のアイドルのような扱いを受けている。

 もうどうにでもなれと半ば自棄糞な気分になりながらも、私は今のやりとりから違和感を放つ部分を拾った。


「待った。今スルーしそうになったけど、やっぱりあなたはベルって事で良いのよね?」


「うん、そだよー」


 ナオは特に疑問を持っていなかったようだが、これで1つの事実が確定した。この調子で情報を拾い上げていこうと矢継ぎ早に質問を投げかけたのだが……。


「じゃあ、グリペンには乗れるの?」


「わかんないー」


「前の戦いの事は覚えてる?」


「わかんないー」


 これだよ、これ。その後、何を聞いても「わかんないー」の一点張りだ。人型になった事でデータリンク経由でのコミュニケーションから解放されたかと思ったら、全くそれ以前の問題だったのだ。


 駐機してあるイロコイまでの帰路で、私はベルを更に質問攻めにした。しかし全く有益な情報が手に入らないまま、イロコイはジャックの手によって宙を舞った。その後、サリラまで行って地上組の面々と別れるまで、私とベルはそんな意味の無い問答を繰り返したのだった。




 ***




「それじゃフィオ、またね。ベルちゃん、ばいばーい!」


「おねーちゃん、おにーちゃんたち、ばいばーい!」


 サリラ空港のハンガー前、ベルはエイリ達と手を振りながら別れの言葉を告げる。その光景を見ながら、私達フェザー隊の3人は考え込んでいた。


「で、真面目な話でよ。これじゃベルを戦力として考えるのは、止めた方が良さそうだな」


「そうですね。と言うかこんな小さい子を戦いに出そうというのは、ちょっと良心が……」


 2人の意見に、自分も同意する。


「このまま、少し様子を見るのが一番妥当かしら……」


 こういう所で意見の相違が出ないのが、実に有難い。

 困った様な、呆れた様な。そんな複雑な思いでベルを見る。彼女はまだ、エイリ達が消えた方向へと手を振っていた。


 すると。


「……さて、そろそろ良いでしょうか」


 と言いながら、こちらを向いた幼女は先程迄とはうって変わって、落ち着いたトーンの声を発した。


「「「は?」」」


 あまりに突然の出来事に、つい間抜けな声を出してしまった私達を無視してベルは続けた。


「申し訳有りませんでした。規程で、部外者への接触については制限がされている物でして」


 え、えー……折角、色々と諦めが付いて事態を受け入れようとしていた所だったのに、再び頭をシェイクされた気分だ。もうこれ、訳わかんない。


「えーと……ベルちゃん?」


「うん、あれだな。さっきまでの方で良かったな」


 ああ、おっさんが壊れた。


「混乱させてしまい、申し訳有りません」


 ぺこり。私同様に短くした髪が、ふさりと上下。5頭身もあるかわからない大きな頭を、重そうにしながらお辞儀をする彼女。


 ……。


 さて。自身の思考がその姿に大分慣れてきた所でようやく、


「お帰りなさい、ベル。後、ありがとう」


 私は腰に手を当てながらやっと、まだ伝えていなかった言葉を口に出来たのだった。




 こちらの聞く体制が整った所で再度ベルへと諸々の事を確認すると、今度はしっかりとした返答が帰ってきた。

 彼女曰く、こんな姿ではあるが以前と同型のグリペンであれば操れるとの事。また、戦闘能力もほぼ変化は無いだろうという事だった。

 しかし、以前と変わった所もあるらしい。


「現在は仮想サーバ上で縮退運転中の為、学習プログラムの一部が機能していません。コード10」


 という具合に一応説明を受けたが、専門用語の大津波が襲ってきて理解出来なかった。


「要約するとだな……前までの家から追い出されたんだが、田舎すぎて道が無いから新聞が届かない、ってこった」


 うん、分かったような分からなかったような。


「なんで追い出されたの?」


「私にも分かりません」


 小さな頭を横に振りながら、大げさに手を広げるジェスチャーをするベル。


「今回のアップデートが、何か関係してるのかもな」


「でも、不具合が出てるなら普通はプレイヤーにアナウンスしませんか?」


 確かにナオの言葉は尤もだ。しかしアップデートの際、公式トップページでそのような文字は見ていない。単純に、運営も把握していない未知の不具合という可能性もあるが……。


「ゲームの進行においては、大きく問題にならない機能です。通知しないという選択を取ったのかも知れません」


「問題無いなら、とりあえず放っておけばいいんじゃないか。ユーザーに見えない問題なんて、どんなシステムでも大なり小なりあるもんだ」


 そうジャックが言うので、この話はここでお終いにしよう。


「わかったわ。それじゃ、明日までにベルの機体は買っておくわね……って、どうやって受け渡せばいいの?」


「私は常にログインしている状態ですので、フィオナのインベントリに入れて置いて貰えればそれで大丈夫です。機体はUCAV型でお願いします。マーケットが更新されて、購入出来るようになっている筈ですので」


「わかったわ。それじゃ、今日はここで……」


 解散、と言い掛けた私の視界上に1つのホロウィンドウが現れた。いつもの鮮やかな青いウィンドウ色と違う、神経を逆撫でるような赤で縁取られたそれは、私に質問を投げかけていた。

 その中央に大きく陣取った数字は、60から1秒毎に数を減らしていく。


「こういうのは、ホント空気を読まないわよね……」


「どしたい?」

「どうしました?」


 そんな2人の反応に、


「ああ、他のウィンドウと違って他人には見えないのね。スクランブルミッションのお呼び出しよ」


「お、ついに来たか! 成功したらなんか奢ってくれよ!」

「がんばってください!」


「なんで奢らなきゃなんないのよ……まぁいいわ、行ってくるわね。時間掛かると思うから、今日はこれで解散で!」


 わいのわいのと騒ぐ2人へそう伝え、ウィンドウ内の【YES】ボタンを押す。視界が暗転を始めるまで、2人ははしゃぎ続けていた。


 しかしそうやって私を見送る2人に対して、ベルだけは表情を変えずにじっとこちらを見つめていたのだった。




 ***




「対象、P.G.S.Sへの接続を開始」

「接続、確立されました。各種アシストシステム、正常稼働中」

「B.E.L.L.Sの状況はどうだ?」

「F-16が3機、ハニアから発進済みです」

「よし。内、1機のコントロールをP.G.S.Sへ移譲。残りはそのままでいい。予定通り、最終テストを実施する」


「順調そうじゃないか」


「社長、いらしていたんですか」


 数人のオペレーターが、モニターの並ぶ部屋で各自の仕事をこなす。そこを上から眺める事が出来る部屋からその様子を見ていたアンドリューは、突然聞こえてきた上司の声に内心驚きつつも平然を装いながらそう返した。

 部屋へと入ってきた社長、チャールズはガラスの張ってある一角へと歩み寄ると、アンドリューから手渡された資料をめくる。


「彼女が、例の?」


「はい。現在はランキングがリセットされていますが、前大戦でのエースです。今回は最終テストですが、単に運用状況の確認だけでは有りません」


 資料をめくる手を取め、その言葉の真意をチャールズは聞いた。


「というと?」


「Branched Elastic Low-cost Labor Systemと、Player-to Global Striking force System、この2つの並行実戦稼働を行います」


 買収した会社の開発者が作ったB.E.L.L.S、そして自社が開発したP.G.S.S、この2つがもたらす変化の先に見える未来はどのようなものだろうか。それを考えると、チャールズはいつも口元が緩んでしまう。

 その様子を横目に見ながら、アンドリューは続けた。


「また、同性能機同士での戦力差を明らかにします。結果如何によっては、いいプレゼン資料にもなるかと」


 アンドリューの答えに対し、チャールズは眉間に皺を寄せて言った。


「そうじゃあない、そうじゃあないだろう。結果は明白だろう?」


「失礼しました。勿論、明白であります」


 語気を強め、アンドリューはチャールズの意見を肯定する。

 これまでのテストでは、陸上と海上については良い結果が出ている。人間という不確定要素を入れても、問題は発生していない。それは空であっても同様だろう。

 語尾に「結果如何」等という、自己弁護をする言葉を付けてしまったのは彼の失敗だ。チャールズは何より、その類の言葉を嫌うからだ。


「こちらにモニタリング出来る環境をご用意しました」


 オペレーションルームを見下ろす窓ガラスが一瞬で色を付け、壁へと変わる。透過型の液晶になっているそれは、オペレーションルームのモニターにも表示されている各種の情報を写しだした。

 その画面の一角には、3つの緑色の矢印。そこに正対した、同数の赤い矢印。


「それじゃあ、見物させて貰おうか」


 言いながら、チャールズは愛飲する紙巻たばこへと火を付けた。




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