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第5話 中身

 着陸した地点は、大体サリラから北へ40km弱行った所だろうか。それは渓谷の入り口前にぽかんと空いた広場だった。


「それじゃ、ここからは下での戦いに慣れてる私が先頭を行くね。みんな、武器のチェックを忘れないでねー」


 エイリの言葉に、私は自分のM4A1を見直した。これは以前、墜落した際に拾った戦利品だ。ハンドガード部のレールからは短いバーティカルグリップが延びており、光学機器としてチューブ型のダットサイトが付いている。拾った際にムラキが色々とつけてくれたのだが、実の所まだ1回も撃った事が無い。

 彼の言葉曰く、このぐらいにしておくのが使いやすいらしい。確かに、持った感じは身体にしっくり来るような気がしないでもない。とりあえず満タンのマガジンを銃の下部へ押し込み、チャージングハンドルを引いて初弾を装填する。


 ジャックも、ヘリに置いていた自分のライフルを準備していた。彼も私と同じ銃を使う様なのだが、そのシルエットは全く違っている。小さめのスコープに補助用のダットサイト、フロント部には各種ライト類とそのシルエットは実にゴテゴテしていた。

 ナオは、その体格に似合わない機関銃へと弾帯を通している。システムアシストに全てを任せているようで、鼻歌交じりで色々やっていた。


「うん、みんなオッケーかな? それじゃ、出発! えいえい、おー!」


 その呑気なエイリの掛け声に、ナオだけが乗って「おー!」と元気良く拳を振り上げた。


 列の先頭を、緑の毛玉が歩く。その後ろをベトナム帰還兵がのしのしと付いていく。なんなんだろう、この光景は。そう思いながら、私は殿を務めるジャックへと話しかけた。


「空から見た感じだと、大体3kmぐらい? 1時間ちょっとかしら」


「そんな距離だったな。とはいえ、もうちょっと時間掛かると思うぞ。警戒しながらだしな」


 そんなものか。

 先頭を歩くエイリは、たまにコンパスで方向を確認しつつスコープで進路の先を見ていた。木々の隙間に視線を通しているようだ。

 その様子を見て、彼女に来て貰ったのは正解であったと思う。全く、方向感覚が掴めなかったのだ。これが空の上ならMFDでちょちょっとウェイポイントを設定して、その通りに飛べば良いだけなのだが。

 便利な物に頼りすぎると、人間は野生を失ってしまうのだろうか。


 広場から10分程歩くと、最初は藪こぎと言った程度だった物が段々と道無き道を進むようになってきた。鬱蒼と茂る木々の間を縫うように、毛玉が進む。それに遅れないように、私は必死で倒木を乗り越えた。

 こうして見ると、彼女の持ってきたギリースーツの色合いは周囲の風景に完璧にマッチしていた。これは計算済みだったんだろうか。少しでも離れたり余所見をしてしまったら、すぐにでも見失ってしまいそうだ。


 再び倒木を乗り越え、斜面をずんずんと進む。柔らかい腐葉土が、足の踏み込む力を奪う。上半身には低木の枝が襲いかかり、時折ある太い枝でバランスを崩しそうになった。

 これは想像していたより過酷だ。いや、単純に私の想像が甘かっただけなのだろうけど。


 そこから30分以上は歩いただろうか。延々と緑に包まれて変わらない景色に飽きてきた頃。突然、先頭のエイリが拳を上げて歩を止めた。

 彼女は少し地面に座り込んだ後、再び立ち上がってスコープで周囲を見た。


「どうしたの?」


「……新しい足跡がある。私達の進行方向と同じだね」


「敵ですか?」


「いや、そうとも限らないだろうが……」


「とりあえず、注意はした方が良いかも。……進むね」


 そう言って、エイリは再び歩き出す。それに合わせて、後ろの私達も移動を開始した。


「そうとも限らないって、どういう事です?」


 ナオは歩きながら、先程のジャックの言葉に疑問を投げかけた。


「俺達と同様に、ベルの残骸が何かしらのフラグになると考えた連中が居てもおかしくはないだろ?」


 その言葉に、考えていなかった可能性が思い浮かぶ。もし、別の人間が何かキーになるようなパーツなりアイテムなりを手に入れる事が出来たのなら、その人が新しいベルのご主人様になってもおかしくは無いのかも知れない。

 だが、一般的にはこのゲームのUCAVは使えないという評価が下されている。そこまでしてでも手に入れたい物なのだろうかという疑問も浮かぶ。


「俺等の戦いぶりでUCAVが再評価されてても、不思議じゃあ無いぜ」


 そう言われると確かにそうかも知れない。意識し出すと、自分の心に焦りの色が浮かんだのが感じられた。隊列を乱しはしないが、動かす足が心なしか早くなったような気がした。


 エイリが再び足を止めたのは、その時だった。


「マズい、囲まれたかも」


 再びスコープで周囲を観察し始めた彼女は、右と左に1回ずつ向きを変える。そして、正面へ向き直った瞬間。


「伏せて!!」


 突然の声に慌てて頭を下げると、連続した発砲音が鳴り響いた。数発の鉛玉が木に当たり、その表面を抉る。飛び散るその湿った繊維が、はらはらと頭上へと降りかかってきた。

 エイリの反応によって奇襲を失敗した射手と思しき影が、ごそりと遠くの方で動いたような気がした。


「一旦、2手に分かれましょ。フィオは私と一緒に来て!」


「ナオのお守りは任せとけ!」

「お守りってなんですか!? 足手まといにはなりませんよ!」


 私はエイリの言葉に頷き、彼女とその影を追った。

 しかし運動部である彼女の体捌きは、帰宅部の私とは次元が違った。全力で走る彼女を追いかけるのが精一杯だ。

 どこかの万博のキャラクターのようなシルエットが、ひらりと倒木の上を飛び越える。それを同様にして避けようとするが、少し足を上げるのが足りなかったらしく爪先が樹皮に引っかかってよろけてしまった。更に着地点に待っていた低木に足を取られて、私はその場に転んでしまう。


 その少しのロスが、私とエイリを離ればなれにしてしまった。


「まずった……」


 太めの枝にぶつけた膝をさすりながら、人間より一回りも大きい倒木の影に身を隠す。足手まといは私だったか。

 このままエイリを追いかけるにしても、ジャック達と合流するにしても、タイミングを逃してしまった。今動けば、身体と草木が擦れる音で敵に感づかれてしまうだろう。


 呼吸を整えると、静寂が辺りを包み込んだ。

 やがて耳が慣れたのか、聞こえてくる枝や葉が風で擦れる音、動物や鳥の声。そのどれもが普段、機械的な騒音の中で戦う自分には縁遠いものだ。

 少し動くのを止めるだけでこんなにも色々な環境音が鳴っていたのかと、自分の置かれた状況を忘れて思い耽ってしまう。


 そして、自然の奏でる音楽に僅か響いた不協和音。


 近い。今、身を隠している倒木の裏だ。パキリと細い枝が折れ、落ち葉が踏み締められる音。それは着実にこちらへと近付いてくる。

 段々と心臓の鼓動が早くなり、環境音をマスキングし始める。

 身体を預ける倒木のすぐ裏。間違いなく、誰かが居る。その体温が伝わってきたかのように、私の背中が熱くなる。


 どうする。


 どうするも何も無い。先手必勝、これはどこの戦いでも大体は正解だろう。


 セーフティを親指で解除し、引き金へと指を置く。

 そして、深呼吸。肺一杯に溜めた空気をゆっくりと吐き出し終えると、私は一気に行動へと移した。

 左足を軸にして、倒木の影から一気に身体を出す。


「動かないで!」


 両手で抱えたM4A1を、顔の分からぬ相手へと突き出した。

 その私の動きに反応した影も、同様にして自身の得物をこちらに向ける。

 その動きに反応して引き金が引ければ、この戦いはそれで終わっていた。


 しかし、私の脳はその命令を下せなかった。


 茶色い木製ストックの銃。腰にぶら下げた「たばこのはこ」

 そして、口から延びる紙巻きの白い棒。戦闘中だというのに紫煙をくゆらせるその人物は、


「……ムラキ?」


 友人の兄、その人だった。




 ***




「お兄ちゃん、紛らわしすぎ! てか、本気で狙ってたよね!?」


「すまんすまん」


 そう言って、エイリはムラキの胸をポカポカと叩く。

 彼と銃を向け合ってすぐ後、彼は大声で全員へと戦闘中止を伝えた。ムラキと動いていたのはいつものようにフジトであり、彼も離れた所から顔を出したのだった。


「ま、知り合い同士で殺し合わなくて良かったぜ」

「ですねー」


 ナオの隣に立って、ムラキから貰った煙草で一服するジャック。喫煙者だったのか、死ねばいいのに。ナオの風下に立っている事だけは評価してあげるが。

 その事を彼に突っ込むと「ゲームの中でぐらい、いいじゃねえか」と宣った。


「しかし、まさかこんな形でまた会う事になるとはな……」


 そう驚いた顔で言うフジトに


「奇遇ってレベルじゃねーな」


 と、絡み続けるエイリが視界に入っていないかのように続けるムラキ。


「で、嬢ちゃん達はまたなんでこんなとこにいるのよ」


 そうフジトが質問を投げるので、今までの経緯を話した。それに「ああ、そう言えばこの辺だったか」と相槌を打つ彼。


 スポンリオでの戦いの時、彼等も私達を見ていたらしい。フジトは携帯SAMの歩兵を処理出来なかった事を詫びてきたので、それは全く問題ないしこちらの不注意でもあった事を私は告げた。

 彼等はいつものように、武器漁りの為に来ていたとの事だった。まだプレイヤー達がドロップしたアイテムは残っているらしく、激戦地であったこの周辺はフジト曰く「お宝の山」らしい。

 しかし、これは有力な情報だ。銃が残っているなら、墜落したグリペンの残骸も残っていてもおかしくはないだろう。

 一通りの話を終えると、ムラキは腕を組みながら思い出すように言った。


「そう言えば、さっき機体の残骸を見かけたな」


「お兄ちゃん、ホント!?」


 っと、更に有力な情報が飛び出してきた。他の人の残骸という事も考えられるが、確かめて置いて損は無い。


「その場所ってどこだった?」


「ここから1kmも行かない所だな。なんか面白そうだから、案内しようか?」


「そいつは有り難いな、恩に着るぜ」


 ジャックとムラキは、そう言いながら揃って煙を吐き出した。その光景は実に戦争映画っぽいと思えなくもないが、臭い。


「さて。一服出来たし、早速……」


 ムラキはそう言いながら肩に銃を掛け直して、歩き始めようとすると


「あの、エイリさんのお兄さんはなんて呼べば……」


 と、ナオが聞く。


「ん? ムラキでいいよ、名字だけどキャラネームだし」


「わかりました。でもなんか、変な感じになりますね……」


 そう言うナオの気持ちはよく分かる。英里とリアルの付き合いがある私でも、その兄だけを名字で呼ぶのは言いしれぬ抵抗感を感じるし。


 そうして緊張の解けた私達5人は、雑談をしながらその目的地へと再び歩き始めた。その主なネタは、アップデート関連だ。

 地上の方でも、スクランブルミッションという物は実装されているらしい。リアルでないのは地上側でも同様だそうで、ジャンプは出来ない、溝は飛び越えられないと、さながら黎明期のFPSみたいな感じらしい。おまけに自キャラが異様に堅いので、こそこそ隠れると言うよりはガンガン前に出てバリバリ撃つのが主流のスタイルになっているようだ。

 報酬が高いのも同様である為、もしかしたらこれから他の戦場へ行く人間が増えるかも知れないと言う事をフジトは言っていた。


 しかし、なんで今更そんなモードを実装したのかという所が疑問になる。今までのこのゲームは「リアルさ」を売りにしていた。それをスポイルした要素を入れるメリットは、どこにあるのだろうか。


「聞く話だと、あんまりやる気にはならないわね……」


「まぁ、ずっとガチガチでやるのも肩がこるからなんじゃねえの?」


「たまには、そう言うのも悪くないよねー」


「わたしは、不自由だからこそ燃える! って感じが好きですねー」


 んー、ナオは良い事を言うなぁ。

 制限された中で、如何にして立ち回るか考えるのは確かに楽しい。そういうのが得意なのは、日本人の特長とも言える。

 昔のゲームのペイント機能での話だが、図形しか扱えないはずなのにそれを巧みに駆使して絵を描いてしまうと言った事もあったらしい。


「そろそろ着く頃か」


 先頭を行くフジトが呟いた。

 その言葉の通り、木々の間から見える景色に光が射してくる。最後の茂みを無理矢理に抜け出すと、私達は森を出たのだった。

 そこから先は、もう木々の植生限界であるらしい。我が物顔で斜面を支配していた落葉樹や常緑樹は息を潜め、人の背丈程も無い植物が顔を出す。

 大分、高い所まで上ってきたようだ。


 そして私達の正面には、斜面に身体を落ち着けるグリフォンの亡骸があった。


「当たり、だな」


「そうみたいね」


 機体の後半部分は火災で殆どが焼け落ちていた。しかし空気取り入れ口やカナード付近は、地面に擦れた部分以外の原形を留めている。

 私達は揃って、その灰色の機首へと近付く。すると金属製の外板とセンサーで覆われたキャノピー部には、殆ど破損は見られなかった。


「で、ここからどうするよ」


「どうするって言われても、ね。とりあえず、こうして見ましょうか」


 何かがあるとしたら、ここだろう。そう言って私は機首部のメンテナンスハッチを開け、緊急時にキャノピーを無理矢理吹き飛ばす為のレバーを動かした。火薬の爆発音がして、センサーがいくつも並ぶキャノピー部が空を舞った。


「お、おい……」


 ジャックの声を無視して、折れたカナードをよじ登る。そしてその後頭部からコクピットを覗き込んだ私は、


「何よ、これ……」


 そこに眠る、10年前の"私"を見た。




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