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第3話 ガールズトーク


 F-16 ファイティング・ファルコン。

 軽量戦闘機の分野で世界的なシェアを誇るその機体はモニター内の光点として、その僚機達を伴って飛んでいた。光点の位置は、レーダー走査の更新と共に西へと移動していく。

 隼達に与えられた任務は、この空域の哨戒飛行だ。だがその任務は現在、領空内へ入ってきた敵性航空機の迎撃に変わっている。その為、敵機の進入地点に近い場所を飛んでいた彼ら、第8戦闘隊は4機編隊でその現場へと急行しているのだった。

 彼らの向かう先ではまた、2つの光点が移動をしている。その隣に輝く、Mir-2000の文字。レーダー波の反射パターンを解析して表示されたその機種名から、それらは間違いなく隣国の物だと思われる。


「ヤタガン隊、60秒で射程に入ります」


「こちら司令部、交戦を許可する。全て落とせ」


 既に戦争状態へと突入している現在、悠々と自国の空を飛ばさせてやる義理は無い。情けの欠片も無い命令を下されたヤタガン隊のリーダー機は、それに事務的な返答をした。


『ヤタガン1、了解。各機、マスターアームオン』


 光点同士の距離が近付き、中距離ミサイルの射程へと入る。


『レーダーコンタクト、ロックオン。ヤタガン1、FOX3』

『ヤタガン2、FOX3』


「対象、反転しました。チャフ放出」


 レーダーディスプレイに、彼らの放った矢が表示される。マッハ4まで加速されたミサイルは、指示された目標へと一気に距離を詰めた。


 が。


『命中せず。再度発射ポジションを取る』


 しかし、そこに新たな機影が2つ。


「新たにボギー2機。北西20マイル、高度3,000」


『近いぞ、どういう事だ』

『無駄口を叩くな、迎撃するぞ』


 高度が低い。地平線に隠れて近付いたのだろうか。

 目視での索敵に失敗したパイロット達の声には、焦りのような声色が表出している。


「敵機、ミサイル発射」


『どこに向かっている? 全機、回避に入れ』

『ブレイク! ブレイク!』

『なんだあの機動性は!』


 乱入してきた2機に加え、先程離脱をした2機も混ざって合計8機の乱戦が開始された。目まぐるしく光点達は立ち位置を変え、それに追いつけなかったミサイル達が戦闘空域の外へと吐き出されていく。

 そして、時間と共に光点達はその数を減らしていき……。


「ヤタガン隊、レーダーからロスト。目標、空域を離脱していきます」


 光点が4つまで減った時点で、IFFが味方機を示している物は1つも無かった。




 ***




『日本時間の昨夜、トルコ領空内で発生した武力衝突で……』


 今朝もニュースを賑わす、軍事関係のニュース。今度は海上で空中戦が発生したようだった。ギリシャ側が領空侵犯をして、それにトルコ側が対処、か。コメンテーターである評論家の話によると、F-16とミラージュ2000が戦ったようだった。


『……この2機種は、ほぼ同性能機と言っていいでしょう。しかし、ギリシャ軍は全機を無傷で撃墜したと発表しています。一方のトルコ側からは、まだ何も発表がありません』


『少し前までの反政府勢力、そして今の政権であるギリシャ側が行う発表は正しいのでしょうか?』


『今ある情報では、そちらを信じるしか無いでしょうね』


 難しい顔をして、その評論家は腕を組んだ。


『有り難う御座いました。現在、国連は紛争介入に積極的な姿勢を見せており、トルコ側への後方支援を進める動きが出てきております。9時台のニュースで、その続報をお送り致します。それでは、次は経済のニュースです。劇的な買収劇となったローリングキューブ社の……』


 ふむ……。


「ほら、フィオナ! いい加減にしないと電車に乗り遅れるわよ!」


「え、もうそんな時間!?」


 その声に、私は慌てて頬張るトーストを飲み込んだ。

 この所、起きる度に戦況が進展していくので朝の時間がとても短く感じてしまう。この続きは、退屈な校長の話の間にでもニュースサイトを漁るとしよう……。




 ***




「終わったー! さらば1学期、こんにちは夏休みぃー!」


「英里はブレないわね……」


 そんな会話を友人と交わしながら、体育館と教室を結ぶ渡り廊下を歩く。周りの生徒達も彼女同様、それぞれあくびや伸びをしながら列を形作っていた。

 退屈な校長の話の間はずっとスマートホンで色々なサイトを漁っていたのだが、結局朝のニュースの詳しい情報はどこにもなかった。何か、不完全燃焼だ。


「で、今日はどう? 空いてる? 夏休みのどこかでって約束だったけど、今日なら暇っしょ!」


 彼女の誘いは、例のパフェの奢りの件だ。まぁ夜まで予定は無いし、いいかな。


「オッケー。それじゃ、でっかいの頼んじゃお」


「えー。お代官様、どうか堪忍を……」


「炎天下の中で愛想笑いを振りまくんだから、そのくらいはいいじゃない? あ、そうだ。知り合い呼んでみてもいいかな」


「いいけど……その人の分は奢らないよ?」


 流石にそこまで外道じゃないわよ……。

 許可が出たので、スマートホンのメッセージアプリを使ってとある人物に連絡を取ってみる。その返事はすぐに返ってきて、私の手を揺らした。


「うん、オッケーだって」


「まさか、彼氏を紹介したい……とか?」


「だったら、どうする?」


 ふふんと少し意地悪げな顔をして、そう言ってみたが、


「いや、絶対有り得ないから大丈夫」


 英里はそうキッパリと言い放った。待て、何が大丈夫なんだ。何が。


「顔は良いのに、そのオタク気質がねぇ……」


 そう、溜息をつきながら言う彼女。なんだなんだ。喧嘩売るなら、買ってやろうじゃないの。


「好きな物を好きって言って、何が悪いのよ。英里だってあんなもの抱えて……」


「わぁー!! その話、ここじゃストップ!! わかった、私の負けでいいから!」


 よし。ある意味自爆攻撃だったけど、なんとか言い合いは制した。突然の彼女の大声に数人の男子生徒がこちらを見ているが、まぁ内容までは伝わっていないだろう。




 教室に着くと、担任から最後の挨拶があった。よくある、休みの間の諸注意という奴だ。やれ学生らしくだとか、不純異性交遊はするなだとか、そんな事が出来るリア充はみんな爆発すればいいと思いながらそれを聞き流す。


「それでは皆さん、また2学期で会いましょう」


 その言葉が聞きたかった! そう思ったのは誰も同じだろう、一瞬で教室の空気が緩んだのが感じられる。

 それは、私達に与えられた1ヶ月と少しの自由期間の始まり。そして宿題提出期限までのカウントダウンが開始された合図だった。




 ***




「まぁ、ファミレスよね」


「いいじゃない、我慢してよ。私も今月の課金があるんだから……」


 そう言う英里を正面に見ながら、私はマロンサンデーへとスプーンを差し込む。

 ここは通学路の途中にある、駅前のファミレスだ。高校生とは言え、バイト禁止でおまけに毎月決まった出費がある私達にとって、これがぎりぎりの贅沢と言っても良い。


「で、一体誰なの? そろそろ言ってくれてもいいんじゃない?」


「慌てない、慌てない。あ、向こうの方が先に終わったみたいで、もうすぐこっちに着くって」


 スマートホンの画面には【もうすぐ着きますー】という文字が、吹き出しの上に表示されていた。それに伴って入り口の方に目を向けると、セーラー服姿の少女が入ってきたのが見えた。

 それを確認した私は彼女に向かって手を振る。周囲をキョロキョロと見渡していた彼女は、それに気付いて手を振り返してきた。


「おまたせしましたー!」


 鞄を脇に抱えた、同年代の少女。黒髪をショートカットにした姿は普段見慣れた物だが、その服装や、ピンクの髪留め等が逆に新鮮に見える。


「……で、この可愛い子は誰? まさかフィオ、そっちの趣味があったとか……あたっ!」


 変な事を口走る英里の頭を、平手で小突いた。必殺、突きチョップ。


「アホな事言わない。彼女は私の隊の3番機よ」


 その言葉に、英里は納得したかの様な顔をして首を縦に振る。


「ちょ、フィオナさん。いきなりその紹介は……って、あれ?」


「で、ナオ。こっちは私の同級生の英里。彼女も、Lazward onlineプレイヤーだから安心して」


「あ、そう言う事だったんですか!」


 ぽんと手を合わせて、彼女は笑った。


 私は座席を叩いて、ナオを自分の隣に座らせる。素直にそこへ腰掛けた彼女は、注文を聞きに来た店員にチーズケーキを頼んだ。


「まさか、フィオのとこの隊員がこんな可愛い子だったとはねぇ。むさいオッサンかと思ってたよ」


「まぁそんなのも居るけど、こっちは自慢の拾い物よ。年は……1つ下だっけ?」


「ですです。って、拾い物ってひどいです!」


 少し頬を膨らませる彼女に笑いを返して、


「それじゃ、まずは自己紹介かな?」


 そうナオに促すと、彼女は頷きを返した。


「あ、そうですね。それじゃ、わたしから。名前は佐々木奈央、高校1年です。キャラ名は、本名と同じナオです。フィオナさんとはラズオンで知り合いました。まさか家が同じ市内だったとは、ついこの間まで知りませんでしたけど……」


 そう、私もまさかこんな近くに住んでいるとは思ってもいなかった。リアルの連絡先を交換して以来ずっとメッセージアプリでやり取りをしていたのだが、ふとした日常の話題が被った事からそれが判明したのだ。

 その内容はと言えば……。


「大方、飛んでる飛行機の機種で分かったとかでしょ……」


「なんでわかったの?」

「なんでわかったんです?」


 声を揃えて言う私達を見て、英里は溜息をついた。


「私は村木英里。キャラ名は、漢字をもじってエイリ。フィオとは高校に入ってからの付き合いかな? いつもは地上で遊んでるから、ゲーム内では殆ど会わないんだけどねー」


「……爆殺ポニーテール」


「やめてー!! その呼び方はやめてー!!」


 その言葉に、頭を抱えてテーブルに伏せる英里。


「なんですか、それ?」


「英里も実は結構なプレイヤーでね。私達が羽根付きとか言われてるのと同様に、そうあだ名されてるのよ」


「そ、壮絶な名前ですね……何をしちゃったんです……?」


「いや、ちょっとこう……ね。10人ばかり纏まってたから、ラッキーと思ってポンっとグレネードを……でも、私は本来スナイパーなんだから!」


 そういう英里。彼女は兄の影響でゲームを始めたらしいのだが、グレネードを背負ってるスナイパーって、一体何と戦ってるんだろうか。

 ん、そういえばムラキってどこかで聞いた気がするな。いつも名前で呼んでたから、今更という気もするのだが。


「英里のお兄さんって、タバコ吸う人?」


「お兄ちゃんはヘビーなレベルで吸うけど……なんかあった?」


 あー、当たりかも。世間は狭いなぁ。


「いや、何でもないわ。お兄さんに宜しく言っておいて。さて、それじゃ本題なんだけど」


 マロンサンデーを食べ終わった私は、わざわざナオに来て貰った理由を告げた。


「私とナオはこの間の戦いで、勿論スポンリオの上を飛んでたの」


「知ってる。だって、あれ壊したのフィオなんでしょ? 下のみんなも、あれ見て大興奮してたよ」


「うん。で、その時に味方が1機やられちゃったのよ」


 横を見ると、ナオは私が何を言おうとしているのかが分かったような顔をしていた。


「今夜、サリラから捜索に出るんだけど……護衛をお願い出来ないかな?」


「わたしからも、お願いしたいです!」


「いいよん」


 あれ、思ったよりあっさりと返事が返ってきた。


「その代わり、ここの奢りの話はそれでチャラね!」


 ぐっ、そう来たか。まぁ、いっか。


「で、捜索って何を探すの? パイロットさん?」


「違うんです。機体の残骸なんです……」


「あー、そこ。ほら、そんな暗い顔しないの。今回探すのが機体の残骸なのは彼女の言う通り、間違ってないわ。私達はいつも4機で飛んでたんだけど、その内の1つは無人機だったの」


 英里の知らない、私達の4番機の話をする。アイテムとして現れたベル。その戦いぶりと、最期の姿。


「ふーん、そんな事があったんだねぇ……」


 私達は、学校では殆どゲームの話はしなかった。周囲からゲーマーとして見られるのが嫌だった事もあるし、陸と空という別の世界で戦っていたという事もある。放課後は彼女は部活があるし、私も帰宅部なのでこうやってじっくり話し込むのも本当に久々だった。


「アップデート直後で、多分やりたい事も沢山ある所だと思うんだけど……」


「いーよーいーよ。他ならぬフィオの頼みだしね! 現地までの足はあるの? 無いなら私が車出してもいいけど」


「そこはうちのジャック……2番機のメンバーが出すから大丈夫」


「ですです!」


「おっけー、じゃあ時間までにサリラに移動しておくね」


 その後はガールズトークに花を咲かせ……と言いたい所だったが、どう考えても硝煙か爆炎の臭いしかしない会話が夕飯の時間になる前まで繰り広げられたのだった。

 時々出現する物騒な単語に、周囲の人達から変な視線を向けられたのは言うまでもない。


 帰宅後、手早く夕飯を済ませた私は、少しだけ緊張しながらゲームへとログインした。




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