第2話 お買い物
レトロな機体での空の旅は普段とは違う趣があり、格別の物だった。なんて言うと鄙びた温泉旅館を訪ねた老夫婦のような感想になってしまうが、気流の状況によってコロコロと感触の変わる操縦桿は一言で言って面白い。
『ジャックさん、遅いですよー!』
前を行くナオからは、無線越しでもはしゃいでいる様子が伝わってきた。
人から機体を奪っておいて、これである。良い性格だったんだな。
『にゃろ、待ちやがれ!』
そう言いながらアフターバーナーを点火するジャック。みるみる内に機体は加速していき、ナオのセイバーを追い越した。
『は、速い……』
『ふむ。後期量産型だからか、意外とまともに飛べるな』
私とナオの機体は共に初期型であり、アフターバーナーを装備していない。改めて、その威力を目の当たりにした形だ。いざというときの追加推力、これほど心強い物も無い様に感じられる。
そんな風にして遊びながら飛んでいる内に、いつの間にかサリラの上空にやってきた。
『おし、俺から降りるぜー』
そう彼は告げて、機体を降下させた。
飛行場の上空をぐるりと1周した後、滑走路に正対して速度と高度を落とし始める。
『……ぬあ?』
「どうしたのよ、間抜けた声出して」
『……やべえ、スピードが落ちねえ。フラップねぇし』
上から見ている分に、今の所は進入角度は合っている。
ランディングギアを出したカットラスは機首を上げ、フレアを掛け始めた。
『なんだこれ……もっと角度が要るのか?』
どうも、思うように速度が落ちてこないようだ。それに対応して、更に機首を上げ続けるカットラス。
『うげえ、全く前が見えん! なんだこのクソ機体!』
もう30°近くは機首を上げている様に見える。それなのにだらりと延びた前輪のおかげで、前後の車輪軸の水平は取れているのだ。うわぁ。
そしてそのまま、車輪はなんとか滑走路の舗装を捕らえて白煙を上げた。サスペンションで、機体がぼよんと跳ねる。
彼は脚を地面に着けても、機首を上げたままにしてブレーキを掛けている。
そして前輪が無事接地すると、
『ほっ……』
『おい、ナオ。お前、今のは俺を心配したんじゃなくて、自分じゃなくて良かったって思って出た声だろ』
『えっ? い、イヤ。そんなコトナイデスヨ? いやだなぁ、あははは!』
しどろもどろで返すナオ。
その後、私達は何事も無かったかのようにサリラへ着陸した。
***
「もう俺は乗らねえ!」
ハンガーに機体を入れるとすぐ、メニューを開いて新しく機体を購入しようとするジャック。
「えー、かっこいい機体なのに……」
「だったらお前が乗れ、タダでくれてやるわ!」
「んじゃ貰っておくわ」
彼は吐き捨てるように言うと、トレードメニューを出して私へと機体を押し付けた。
そしてすぐ、新機体の購入ボタンを押す。
「ああ、やっぱこれだよ……これ……」
機体を実体化させると、彼はウットリとした目でそれを見た。気持ち悪いなぁ。
その機種は、F/A-18E スーパーホーネット。その前身となるレガシーホーネットを再設計した機体である。主翼、尾翼、そして特徴となるストレーキが大型化されており、エンジンも強化されている。
装備するF414エンジンは、私が過去に取得したグリペンと同型の物だ。それが2つ付いているのだから、パワーが無い訳が無い。そして機体の大型化は、アビオニクスの強化や搭載量の増加にも寄与している。
「こいつがありゃ、お前等に空中給油する事だって出来るぜ」
胸を張って威張るジャック。
「私は複座型の方が好きなんだけどな」
ほら、キャノピーが大きい方がカッコいいし。なんか単座はバランス悪く思えてしまう。
「で、さっきからメニューをスクロールしまくってるナオも何か買うの?」
私の声に対して彼女は、ハッとした顔でホロメニュー越しにこちらを見た。
「いえ、何かあるかなって思って……いや、決して猫ちゃんやグリペンちゃんが嫌いって訳じゃなくて」
「何に気を使ってるのよ……」
「あは、あははは……」
ナオは頭に手を置きながら、そう言って苦笑いする。
「まぁ、いいけど。今日は移動だけで時間掛かっちゃったから、捜索するのは明日にしましょ。ナオはゆっくり機体を選んでていいわよ」
「はーい」
そう彼女に告げた後、私はジャックの方を向き直した。
「アップデートされたミッション内容って知ってる?」
「いんや。まだ掲示板でも、受ける事の出来たって奴は少ないようだ。まだ、それらしい書き込みは1件しか見てないな……」
「そう……どんな内容だったの?」
スクランブルミッションと言うからには、突然発生するだろう事は容易に想像が出来る。問題はその内容だ。実入りは良い様なのでそれに見合った難易度になってはいそうだが、例の課題みたいに無理難題を押し付けられても困る。
ただ、基地内に居る事は必須条件である様なので、こうやって喋っている事も無駄な時間にはならないだろう。
「そいつの話では、機体固定で飛ぶ事になったらしい。で、これがまた妙な話なんだが……」
「なに?」
「全然、リアルじゃないんだとよ。まるでゲームみたいだ、なんて書いてあった」
なんだそりゃ。
「このゲームからリアルさを奪ったら、ただのマゾゲーじゃない」
「はは、間違いねえや」
ジャックは笑いながら私の意見に同意した。
さて、私も自分の機体を買わなければ。と言っても、やる事は決まっているのだが。私は購入メニューを迷いなくスクロールさせ、その中程にある機体を選ぶ。
まぁ、グリペンである。しかしただのグリペンでは無い。E型をベースに、ある時拾った【艦載改修キット】というアイテムを使用してアンロックさせた"シーグリペン"だ。
前回の大規模戦で中盤から使用し始め、ほぼ最後まで苦楽を共にしたので非常に愛着がある。決着はタイガーⅡだったが。
「で、そろそろナオは決まったの?」
エプロンに機体を出現させながら、未だに悩み続けている彼女に問いかけた。
あー、この機体を見てると落ち着く。
「……ダメです。決まりません……」
ふむ……。
「乗りたい機体が無いってんなら、単純な性能だけで決めるって言うのも手だぜ? ライトニングⅡやラプターだって、無理すれば買えるぐらいは持ってるだろ」
「そうですね……」
そう言って、ジャックの提案にしょぼくれた顔で返すナオ。
その様子を見て、私はここできっちりケリを付けておこうと思い口を開いた。
「ベルの事、気にしてるんでしょ」
彼女はその言葉に短く息を呑んだ後、こちらを見てまた苦笑いを浮かべた。
「……気にしてない、と言ったら嘘にしかなりませんね」
そんな事だろうと思った。一見、いつものナオの様に見えるが、今日の彼女は浮き沈みが激しい。おまけに、機体の話になったとたんにテンション急降下だ。
放っておけば時間が解決するだろうとも思ったが、それに気分を引きずられそうになるのも余り良くない。
「持ち主だった私がこうして吹っ切っているのに、なんであんたがこうなのよ。全く……」
「だって……わたしがもうちょっとしっかり指示を出せていたら……」
「それでも結果は同じよ。あれは、あれの判断で行動したの」
そのわたしの言葉に、腕を組みながら頷くジャック。
「そそ。全部、こいつの失敗なんだよ」
「……そう言われると腹が立つわね」
しかし、否定出来ないのが更に腹立たしい。
「大体、これから探しに行こうって言ってるじゃない。私は希望を持っているんだから……」
そう、あれで全てが終わりという訳ではないのだ。インベントリに入っていたベルの説明文には、確かに【再取得が可能】という文字があったのだ。
あれ、インベントリ……あー、そうか。そう言う事か。
「ごめんナオ。私も悪かったわ、言葉が足りなかったわね」
そう、ナオにはきっちりあの説明文を見せた事が無かったと、今になって思い出した。
私達の模擬戦にベルが乱入してきた時の事、メニューを開いた私の周りには人だかりが出来た。その時、背の小さい彼女がそれに飲まれていたような、そんな光景が朧気に脳裏に浮かんできた。
その後はナオが最初に模擬戦の相手となったので、彼女がじっくり説明を読む機会は無かったのか……。
「ベルの説明文には、再取得が出来るって書いてあったのよ。だから私は……」
その先を言おうとした時、突然ナオは私に抱き付いてきた。少しだけ間を置いて、その潤んだ目で私を見上げる彼女は、
「本当ですかっ……?」
そう、涙声で言うのだった。
うわー、このアングル超可愛い、などと余計な事を考えてしまった。だからそっちのケは無いっての。
「そうよ。だから、安心して好きな機体を選んで」
私の胸元から離れたナオは、ジャンプスーツの袖で涙を拭いながらまたメニューを出した。
とりあえず、これで一安心かな?
「……で、落ち着いた所で欲しいのってあるのか?」
「無いです!」
おい。
「でも、おふたり共にマルチロール機ですよねぇ。4.5世代機で即戦力、おまけに海軍機ってなると……」
おっ、ナオの口から4.5世代機なんて言葉が出るなんて。順調におたく化しているようで、おじさんは嬉しいぞ。
「まー、選ぶとしたらフィーのグリペンか俺のスパホ。もしくはラファールMぐらいか」
そうなのだ。4世代目ですら海軍機となると殆ど選択肢がない状況だ。5世代目を狙うのであればライトニングⅡが選択肢に入ってくるのだが。
「ロシア系の飛行機ってどうなんです?」
「あっちは結構、茨の道だぞ。上を狙っていくならミグ系列かスホーイ系列になるんだが、Mig-29にしろSu-27にしろまずはベースの機体を買って、そこから飛行時間で上位バージョンがアンロックされていくらしい。フィーのグリペンみたいに、アイテムでアンロックする事も出来るらしいがな」
それはそれで、機体を育てていくみたいで楽しそうに思える。
「どうせ当分は陸の上だ。アンロックまで育てる時間もあるし、買ってみるのもいいんじゃないか?」
マリーの空母は沈没してしまったので、そういう選択肢もあるのかと思いながら、
「そう言えばマリーさんは元気してるの?」
「あいつならピンピンしてるぞ。今度はフォード級を買ってやるって言いながら、金策してるわ」
「それなら、また空母に乗れるのね。楽しみだわ」
そうだな、とジャックは頷いて同意した。
「ただ、そうなるとロシア系のは選択から外れるな。あっちはスキージャンプ式だから」
「なんですかそれ?」
「簡単に言うとだな。発艦するのにカタパルトで飛ばすんじゃなくて、坂を登って自力で飛び上がる方式の事だ。そういう違いがあるから、どうしても西側と東側で装備を固める必要性が出てくるんだよ。後、データリンクの問題もあるな」
なるほど。
つまる所、選択肢は殆ど無い訳だ。
「フィオナさんのグリペン、また売って下さい……」
「それしか無いわよね、現状」
先程出現させた機体を、早速ナオとトレード。彼女のハンガー枠へそれが仕舞われるのを見てから、私は再度購入メニューを開いてシーグリペンを購入した。
そうしている内に、何やらジャックはメニューを開いてごそごそやっていた。
「何してんの?」
「いや、ちょっと明日の為に足をな」
「そう言えば、明日って完全に歩き? 休戦期間とは言っても一応敵の領域な訳だし、さっと行きたいんだけど」
「そう言うと思っての、これだ」
勿体付けるように、彼はオーバーなしぐさでホロメニューを叩いた。そこに現れたのは、1機の回転翼機。つまり、ヘリコプターだった。
「UH-1 イロコイ。人数も少ないし、これで充分だろ?」
鴨のくちばしのように丸まったイロコイの機首を叩きながら、彼は言った。
「ジャックって、ヘリ飛ばせるのね。ちょっと見直したかも」
「こっちは趣味の領域だけどな。飛ばすだけなら何とか出来るぜ」
これなら向こうまでの移動手段も心配無いだろう。
「後、何か買う物ってある?」
「一応、護身用の銃ぐらいはあった方が良いかもな」
銃かー。前に墜ちた時に貰ったは良い物の、全く使う機会が無かったからなぁ。そもそも反動に慣れてない人間が使って、まともに当たるもんなのだろうか。確かインベントリに……あったあった。M4A1、だっけか。
「ジャックさーん、何かオススメのってありますか?」
「そうだなぁ。体が小さいから、SMG系の方がいいんじゃないか?」
「……MG? これですか?」
そう言って何かを実体化させた彼女は、インベントリから黒く光る巨大なモノを取り出して、
「大きい、わね……」
「おま、なんでそこでM60が出てくるんだよ! まぁ、それでもいいけど……イロコイのドア横にでも置いとけや」
「はーい」
筋力補正が入っているおかげで、苦も無くその巨大な機関銃を振り回すナオ。小柄な女の子に、巨大な銃。それはなんだか、凄くアニメ的な絵面だった。
「ジャック、墜ちた場所ってわかってる?」
「大体の所はな。近くに降りて、そこから徒歩で探して見ようぜ」
「はーい」
「それじゃ、今日はこんな所で解散かな?」
私達はお互いに別れを告げて、仮想空間を去った。