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第55話 終りと始まり


 滑走路のトンネルを抜け、視界が明るくなる。その明暗の激しさに瞳孔の動きが付いて来れなかった。一瞬だけ視界を奪われてから目がその明るさに慣れてくると、そこにはいつもと変わらない群青色の空と海が広がっていた。

 機速の下がりすぎた機体は、ぎりぎり重力と揚力が釣り合っている様な状態だった。

 海鳥達が音に驚いて飛び立ち始める。その様子を見てスロットルを少しだけ上げ、巡航に入ろうとした時。


 激しい爆発音と振動が機体を襲った。


 自分の身に起こった事が何なのか分からず、反射的に後を振り返る。

 海鳥達の群れが、左後方へと飛んでいく。正面の計器を見ると、右エンジンからの出火を知らせるワーニングランプが点灯している。


「バードストライク……」


 最後の最後でこういう墜ちになるとは、運が無い。とりあえず落とす所はどこでも良いだろう。海に行くと逆に厄介だ、脱出は早い方が良い。

 そう思って、股の下にある射出座席の作動レバーを強く引く。ベルトが自動で引かれると爆音と共にキャノピーが吹き飛び、私の体はロケットのように空を舞う。そしてすぐにパラシュートが開き、私はぶら下がった干物の様な格好になった。


 潮風が香り、私の髪を……なんてロマンチックな状況だったら良かったのに。溜息を吐き出し、乙女さの欠片も無い自分の格好を見下ろしながら私は先程の光景を思い出していた。


 正面から、私へのミサイルをすくい上げるように拾っていった機体。あれはやっぱり、ベルだったんだろう。

 その結末を見届けられなかった事を悔やむが、こればかりはどうしようもない。あの助けがなければ、突入は成功しなかった。携帯式のSAMなんて予測も発見も無理だろう。


 そんな事はわかっている。


 でも悔しい。そして、どこにもこの悔しさをぶつけられない事が非常に苛立たしい。


 段々と地面が近付いてくる。

 そして、遠くから2機の戦闘機がこちらへ飛んでくるのが見えた。それらは私の上空で旋回をすると、同時にキャノピーの付近から炎を吹き上げた。

 操る者を失ったホーネットとトムキャットは、あっという間に海の向こうへと落ちていく。

 それをつい眺めてしまった私は、地面へ落ちるタイミングが分からないまま強い衝撃と共に体を転がした。




「痛ったぁー……」


 国道の側にある草むらへ落下した私。その場に座ったまま、地面へ盛大にぶつけた頭をさすろうとしてヘルメットの上から撫でてしまう。そんな些細な事にすら苛ついて、私は脱いだヘルメットを地面に叩きつけた。


 そこに歩いてくる2つの影。


「フィー」


「フィオナさん」


 立ち上がった私は、尻に付いた草を払いながら彼らへ話しかけた。


「2人共、わざわざ脱出して来てくれたの? 有り難う、私は大丈夫よ。出た瞬間にバードストライク喰らっちゃって、脱出したの。これだから嫌よね、海岸線沿いって」


 苦笑いを浮かべながら、2人を見る。


「これで持ってる機体、全部無くなっちゃったわ。今度の戦いの報奨金ってどれぐらい出るんだろう。またグリペンが買えればいいんだけど」


 ホント、また買い直しだ。今回の事は言ってみれば2回連続で墜落したようなもんだし。私ばっかり損しているみたいに思えてしまう。


「フィオナさん、ごめんなさい……わた……し……」


 目を潤ませながら、謝罪の言葉を吐き出そうとするナオ。


「何謝ってんのよ。戦ってるんだから当然……」


 そこまで言い掛けた私に被せて、ナオが叫んだ。


「わたし! ベルちゃんを……止められなかった……っ!」


 そう言った彼女は、堰止められない感情を露わにして、


「ぅわあああぁ!!」


 膝から地面に崩れ落ち、力の限りの声で慟哭した。

 それを見た私も、力が突然抜けてしまう。そのままその場にへたり込むと、自分の頭がこんなに重かったのかと錯覚する程に顔を上げる事が出来なかった。

 ナオは確かに止めていたし、それを無視したのはベルだ。彼女に非なんてこれっぽっちも無い。

 そもそもここは両軍の人間が本気でぶつかり合っている場なのだから、何があってもおかしくはないのだ。


 これは……戦いなんだから。


 そう……。


「戦いだから……っ!? そんなの、当たり前な訳ないじゃない! なんなのよ、私はちゃんと前に言ったわよね!? 自分に危険が迫ったら、逃げろって!!」


 怒りに任せて、心の底から叫んだ。


「あんたをっ! アイテム扱いしないって!!」


 そう言った後、すぐ正面に立つジャックを睨む。もうこれは八つ当たりだ。そんなのわかっている。わかっていても、何かにぶつけずにいられなかった。

 そんな私に彼は、


「……これは予想だけどな。お前の言い方が限定的だったんだよ。あいつは、最初にあった"味方を守る"っていう命令に従ったんだ」


「でも、私は!」


「その"味方を守る"行動をした後に、お前の命令を実行したんだよ」


 そう言われて、私はやっと理解した。私の言った言葉は"追加の条件"にしかならなかったんだと言う事に。


「2人共、頑張ったな。本当にお疲れ様」


「ごめん……ベル、ごめん……私……」

「ひっく……ふぇえん……」


 拳を力の限り握り締めるが、力の抜けた上半身は地面へしなだれる。

 それを包み込んだ腕の暖かさに身を委ねて、私は大声で感情を吐き出した。




 ***




 数日前、とあるゲーム会社は世界的な電子機器メーカーへと買収された。新聞の一面記事を飾る事は無かったが、その事は一部の人間に快く迎え入れられていた。

 これで将来的にも安定した運営が約束されるであろう、と。


「やや強引でしたが、買収は殆どのプレイヤー達には歓迎されているようです」


 ニューヨークにある高層ビルの一室、黒いスーツ姿の男がそう報告をする。すらりとした、長身で痩せ形。地味な性格なのだろう、そのネクタイもシンプルで色気の無い物だった。


「大事なのはそこじゃあ無いよ、アンドリュー」


 豪華な装飾の付いた木製の机に座る男が、そのスーツ姿の男であるアンドリューへと言う。彼の部下、アンドリューとは対照的に彼はその腹へと脂肪を溜め込んでいた。はちきれんばかりに膨らんだスーツの張り具合が、その体型を物語っている。

 ビルの最上階からの夜景を眺めていた男は、椅子を回転させて向きを変えた。


「で、アレはどうだったんだい?」


「はい。第58次ファクションウォーは本日、日本のプレイヤーの手によって……」


「そこじゃあない、そこじゃあないよ」


 男は指を振りながら舌を鳴らす。その古臭い仕草に苛立ちを覚えながら、アンドリューは続けた。


「……失礼致しました。UACSは想定通りの働きを行いました。現在、開発部隊がフライトログと思考ログを解析しています」


 アンドリューは書類をめくりながら、上司へと告げた。


「いいねぇ。あれを手に入れるのに少々無茶をしてしまったが、その甲斐はあったと思っていいのかなぁ?」


「はい。しかし開発者を拘束するのは少々……」


「手荒い、と? だって、もし逃げられでもしたらビジネスチャンスが吹っ飛んでしまうじゃあないか」


 そう言いながら、男は煙草に火を付けた。昨今のオフィスには似合わない紫煙が、部屋を漂い始める。


「で、アウトプット側の方の開発状況は?」


「そちらも95%が完了しております。基本動作はもう自立して行えますので、次のアップデートに合わせて顧客へのリリースが可能でしょう」


「いいねぇ。完璧だ」


「既に試作機の一部がギリシャへと運ばれています。後は客先の状況次第かと」


 男は煙を肺一杯に吸い込んでから、満足そうな表情で吐き出した。


「これは一大事業だよ。世界を"かえる"力を、我が社は手にする。失敗は許されない」


 男は念を押すかのように、そう自分の部下へと言うと


「心得ております。では」


 アンドリューはそう言い残し、部屋を後にした。

 それを一瞥して見送った後、男は巨大なクリスタルの灰皿へ煙草を擦り付ける。その火が消えたのを確認もせず、彼は椅子から立ち上がって夜景を眺めた。


「さぁ、戦争ごっこをしようか」




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