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第54話 スポンリオ攻防戦3


 サリラを過ぎてから進路変更。方位320へ向かって数分で、地上に戦いの爪痕が見えてきた。いくつも立ち上る黒煙から、後方の部隊にも被害が出ている事が伺える。

 一方で空には十数本の飛行機雲が、お互いの生き残りを賭けて争っていた。こうして見ている間にも雲が延びていく先では爆発が起こり、その破片を散らしていく。


「フェザー隊よりイーグルヘッド、これより戦闘空域へ入るわ」


『こちらイーグルヘッド、やっとお出ましか。重役出勤もいいとこだな』


「悪かったわね、色々手間取ったのよ。それより、今の目標は?」


『データリンクに指示が……ん? いつもと違う機体か?』


「私以外はデータリンクを受けられるけど、私は使えないのよ。後、敵の隙を見てやりたい事があるんだけど」


 そう言って、私は先程の作戦をイーグルヘッドに伝えた。


『……また荒唐無稽な事を考えたもんだ。だが悪くない。わかった、伝えよう』


 しばらくの間が空いて、イーグルヘッドから領域内の全軍へ向かって指示が出た。


『こちらイーグルヘッド。優先目標をロメオ4に設定。滑走路出口の対空砲火を処理してくれ。後はフェザー隊が何とかする』


『フェザー隊!? 今更来たって獲物は無いぜ!』

『やっと来たか! 待ちくたびれたぞ!』

『何するつもりかわからんが、掃除は任せてくれ!』


 イーグルヘッドに続けて、私は簡単な説明をした。


「お願いします。隙を作ってくれたら、私があそこに入りますので」


 その私の言葉に、


『……マジかよ、正気じゃねえ』

『流石に出来ると思えねえぞ……』

『それより、地上目標に弾薬使った方がいいんじゃねえか?』


 このゲームの常識から言ったら普通だと言える反応が返ってきた。

 よし、猫をかぶるのは止めよう。


「みんな、あまり考えている暇は無いわ。掛け金は私の機体と命よ。伸るか反るかの大博打、乗ってみたくない?」


 博打と言ってもある程度の勝算はあるし、失敗しても私1人が墜ちるだけだ。全体から見ればリスクは少なく、リターンは大きい。

 その焚きつけるような私の言葉に、想定通りの言葉が返ってきた。


『そう言われちまったらなぁ……』

『……このままやり合ってても駄目なのは判ってんだ。俺は乗ったぜ!』

『よし、俺も乗った! 頼んだぜ!』

『隙は出来るもんじゃねえ、俺達が作り出すもんだ!』


 幸先が良い。賛同を得るというこの賭けには、先ず勝利したようだ。


『イーグルヘッドから全機へ。誰か、弾薬残ってる奴はいるか?』


『こちらバンシー4、マーベリックが2本残ってるぞ』

『バンシー2、俺も1本残ってる』


『よし、2人はロメオ4にあるAAA、2両を排除しろ。突入するならここだ、今までで一番離陸の頻度が少なかった。それ以外は上空援護だ』


『『了解!』』


『タイミングは、フェザー1に任せる』


「了解」


 イーグルヘッドの指示に2人は答え、彼らの物と思われるスーパーホーネットが揃って旋回を開始したのが見えた。

 彼らが処理をしてくれている間に、必要となる情報を集めなければ。

 スーパーホーネットの向かう先を見つめ、目標となる滑走路の出入口を探す。目を凝らすと、山の麓から対空砲火の曳航弾が延びる場所があった。

 見つけた、あれだろう。その曳航弾の発射地点には、空母の幅より一回りは大きそうに見える長方形の穴が口を開けている。そのすぐ近くでは、いくつもの戦車の残骸が煙を噴いていた。味方の地上部隊だろうか。


「ロメオ4を確認したわ。イーグルヘッド、敵機の離陸はどのくらいのタイミングで行われているの?」


『大体、2分間隔と言った所か? 偶に長時間途切れる時があるが、リスポーン待ちの人間が居なくなるんだろう』


 結構早い。そんな間隔で沸き続ける敵を押さえるのは大変だっただろう。


 滑走路出口の先には、小山が1つある。ひとまず、あの陰に隠れてその時を待とう。

 操縦桿を倒し、機体をブレイクさせる。フル爆装の為かロールが鈍い。


「ジャック、ナオ。上空援護、頼んだわね」


『任せとけ!』

『了解です! わたし達がフィオナさんを守るから、ベルちゃんは近付けさせないように頑張ってね』


 キャノピー左右に付いたバックミラーに、散開をする3機の姿が映った。ホーネットとトムキャットは揃って高度を上げ、それと反対方向にグリペンが離れていく。

 ジャックは元からだが、ナオも頼もしくなったもんだ。


『フィオナさんはもちろんだけど、バンシー隊にも近付けさせないんだから! フェザー3、FOX3! FOX3!』


 勇ましい発言と共に、発射のコール。

 トムキャットの胴体下からミサイルが放たれ、白煙は自身の高度を上げ始める。


『やたっ!』


 2本のフェニックスが炸裂するのを見て、ナオは喜びの声を上げた。


『フェザー隊か? レーダー警報が消えた、助かる!』


『よし、俺も負けてらんねえな。FOX3!』


 低空で、更に1つの炎が上がった。


『こちらイーグルヘッド。敵攻撃機の撃墜を確認した』


 ちょっと、もっと難しい目標を落としなさいよ。


『目標、ロックした。バンシー4、ライフル!』

『バンシー2、ライフル!』


 2機の味方機から空対地ミサイルが発射されたのを、山の稜線越しに見る。十数秒かそこらで、それらは出入口の左右へと着弾。爆炎と共に土煙が上がり、出入口を覆った。


 だが、その中から再び伸び始める曳航弾。それは回避行動に入るバンシー隊の1機を狙って、その行く先を塞ぐ。


『バンシー4、しとめ損なった。1機残ってる……くそっ、被弾した!』

『バンシーリーダーよりバンシー4、被害報告を!』

『……大丈夫だ。燃料が漏れているが、なんとか飛べてる』


 良かった。

 だが、運悪く残弾のある方が被弾した事でAAAへの追撃が出来なくなった。そして、晴れかけた煙の中から1機の航空機が離陸した。


 突入タイミングは今がベストだ。しかし、まだ出入口前にはAAAが残っている。こちらの近くには、他に残弾のある機体も居ない。


 ……行くしかないか。


「フェザー1、突入するわ!」


 アフターバーナーを点火し、山陰から私は飛び出した。

 その時、誰からかわからない通信が入った。


『待て、任せろ。俺がやる!』


 山陰を乗り越えた瞬間、他の戦車隊から1両だけ離れた戦車が見えた。それは立て続けに主砲から炎を上げる。

 初弾がAAAの脇に着弾し、砂煙が上がった。すぐに位置を修正された第2射が車両の本体を襲う。AAAから、弾薬に誘爆したのであろう炎が上がった。


『AAA撃破、今だ!』


「了解! 助かったわ!」


 名も知らぬ地上の戦士からの助けで、完璧に舞台は整った様に見える。よし、ここからは私の仕事だ。


 着陸の要領で高度を一気に落とし、上がった機速をエアブレーキで落とし始める。500ノットまで上がった速度は、コクピットへ伝わる振動と共にHUD上の数値を下げ始めた。

 少しでも機体を軽くする為、翼端に装備されたサイドワインダーを投棄。


 しかし、レーダー警報が鳴り始めた。RWRは後方7時からの照射を知らせる。

 くっ、早まったか。


『させるかよ! FOX3!』


 聞き慣れた声がして、ミサイル発射のコールを告げる。左後方へ上体を反らしながら顔を向けると、遠くの方で何かが爆発した。同時に、レーダー警報が鳴り止む。


『ビンゴッ!』


「ジャック、ナイス!」


『だろ? 任せとけって』


 機速は300ノットを切る。滑走路も大分大きく見えてきた。

 山に四角い大口を開けるそれは、上下にも余裕が取られている様に見える。この大きさなら、動く空母に着陸するよりは簡単かもしれない。

 誘導灯が、暗がりの中へと延びている。黄色い光が等間隔に並び、3本の直線を描く。

 ランディングギアを降ろし、フラップを最大位置まで展開。高度を落としながらも、機体が落下しないスピードを探る。


 そしてHUD内の未来予測位置と滑走路の口が重なると同時、滑走路横でキラリと何かが光った。

 間髪置かずに、白煙を纏い始める。


『フィー、携帯SAMだ! 避けろ!』

『フィオナさん! 避けて! ……え?』


 だめだ。もう機速が下がり過ぎていて、今から回避行動を取っても間に合わない。フレアを撒きながらラダーペダルを交互に踏み込み、出来る限りの速度で機体を左右に振って見る。

 それに合わせて、左右へ動く排煙。


 その時、1つの機影が私の正面からやってきた。


『ベルちゃん! だめ!!』


 その機影は、私とミサイルの間に入り込むようにしてバレルロールで高度を落とす。明るい火球がいくつも前方に現れ、それに目を配った瞬間にも機影は更にこちらへと近付いてくる。

 ミサイルの射線上にいた機影は一気に機首を引き起こし、私の機体へ覆い被さるようにして交差。キャノピーのすぐ上を巨大な影が一瞬で通り過ぎ、アフターバーナーの炎が視界に入った。

 そして、白い噴煙は影と同様にして私の上方へと過ぎ去っていった。

 私はそれを確認したい衝動を押さえ込みながら、操縦桿を前に倒す。一瞬だけ体を浮遊感が襲い、ワンテンポ遅れて機体の未来予測位置を示すフライトパスマーカーが再び入り口へと重なった。


『ベルっ!!』

『だめえぇ!!』


 火薬の炸裂音が聞こえると同時、私は滑走路内へと飛び込んだ。視界をコンクリートの壁が包み込み、気圧の変化が耳を襲う。


「くっ!」


 中に入った途端、一気に落ちようとする機首。地面効果が無くなったからだろうか。アフターバーナーを入れて操縦桿を慎重に、しかし大胆に数センチ引くと、一瞬だけ車輪が接地して悲鳴を上げた。フラップ位置を通常に戻して抵抗を減らし、機速を上げる。

 上下左右を、コンクリートの壁が猛スピードで過ぎていく。

 250ノット。275ノット。上がった機速により機体が浮き始めると今度はアフターバーナーを切って、フラップダウン。暴れるフライトパスマーカーを通路の出口へと落ち着かせた。


 明るく光る滑走路の出口。ナオの予想は当たっていたようだ。後は、そこで抱えている兵装をリリースすればいいだろう。

 そう考えながら空対空モードになっているFCSを対地モードに切り替えようとすると、そのフライトパスマーカーに重なるようにしてロックオンマーカーが出現した。

 出口を塞ぐようにして現れたのは、離陸しようとする航空機。いくらある程度の広さがある通路であっても、上下に航空機が通れる程の高さはない。

 出口に重なる、ミグらしきノーズ。

 私は再度アフターバーナーを点火した後にフラップを上げ、エアブレーキを解除した。


「いけぇ!」


 誰に伝えるでもない叫びを上げながら、操縦桿のトリガーを強く握る。同時に機体を右へ90°横転させて、左のラダーペダルを限界まで強く踏み込んだ。重力方向に落ちようとする機首を無理矢理ラダーで引き起こしながら、出口へ向かう。

 暴れる機首から放たれた機銃弾は上下の壁へと着弾しながらも、出口を塞ぐミグの機首を襲う。大穴を穿たれた機体はコクピットの後方で折れ曲がり、火花を上げながら地面へ衝立の様に刺さったそれによって機体の動きが止まった。


 このまま鼻先を掠めるように行ければ!


 視線とフライトパスマーカーを、辛うじて通れるであろう隙間へ向け。

 左足のすぐ上にある、全ての兵装のトグルスイッチを上に上げ。

 その先を見越して、操縦桿を右へと全開に倒しながら。


 視界の圧迫から解放されると同時に、私は兵装のリリースボタンを押した。




 ***




「まさか、マジで突っ込むとは……」


「ああ、ホントな」


 1機の無謀な機体が滑走路へと突入するのを眺めながら、フジトとムラキは呟いた。

 突入時、あの機体を庇ったのは誰だったのだろうか。瞬間的にあんな判断が出来るなんて、人間業では無かったとフジトは思う。まるで、最初から狙われる事が分かっていたかのような動きだったからだ。


 フェザー隊の彼女が突入してから、味方は誰一人として通信を流していない。砲火の音は引き続き聞こえてはいるが、2人はまるで場を静寂が支配しているかのような、妙な感覚に陥ってしまっている。まだ数秒しか経っていない筈であるのに、もう何十分も何かを待っているようだ。


 山が低周波を出し始める。


 最初は耳鳴りのようだったそれは低い轟音になり始め、微かではあるが地面を揺らし始めた。


 その変化にフジトとムラキがお互いに目を合わせた時、山岳基地の随所にある通路から炎が噴出した。彼らの位置から見えるだけでも十数はあるが、その全てから爆炎が上がった。

 オレンジ色に包まれるスポンリオ山の麓。その衝撃で、一番巨大な出口となる滑走路の口が崩れ落ちる。

 爆発の後、途方もない量の粉塵が山を覆っていった。


「これは……」


 呆気に取られていたムラキが口を開く。


 その数秒の後、甲高い電子音と共に視界をホロメニューが覆い尽くした。それを読み上げる合成音声が、同時に鳴り響く。


【Lazward online運営よりお知らせします。只今、第58次ファクションウォーが終結しました事をお知らせ致します。勝者は、青陣営です。繰り返します、勝者は……】


 ムラキは何かを伝えたそうにして口を動かしているが、全く言葉になっていない。


「勝ったのか……? 俺達が……」


「あ……ああ。勝ったんだ。青陣営って、確かに書いてあるぞ」


 そう言いながらムラキとフジトは同時にお互いの手を高く掲げ、激しく平手をぶつけ合った。


「やりやがった! あいつ、マジでやりやがったぞ!!」

「ああ! マジでやらかしやがった!」


 その場で2人は子どもの様にはしゃぎ始める。現状を認識するのに時間が掛かったのは彼等だけでは無かった様で、ようやく通信機が元の賑わいを取り戻し始めた。


『勝ったぞ……勝利だ!』

『やったぞ……うおおおおお!! 勝ったんだ!』

『いよっしゃあ! 羽根付きがやりやがったんだ! ひゃっほおおお!!』


『『『フェザー! フェザー! フェザー!』』』


『戻って来たら、何だって奢ってやるぜ!!』


 鳴り止まないフェザー隊へのコール。

 無線の全てのチャンネルで、彼らを讃える声だけが流れ続ける。




 しかし、そのカーテンコールに当事者達が現れる事は無かった。




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