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第52話 スポンリオ攻防戦1


 舗装路を、8輪の装甲車が唸りを上げながら走る。

 今現在の地上部隊の進軍スピードは、今まで経験した中でも最速かも知れない。装輪装甲車であるストライカーの中でフジトは思っていた。

 既に大部分はラサルファ、サリラを真っ直ぐ北へと抜けて、スポンリオ山の麓にあるナソラエへと到着していた。ここからは手前の山を西に迂回して平地を進むのが、一番進軍し易いルートになる。


「よし、ここからは山に入るぞ」


「山、行くんですか? 平地を行った方がいいんじゃ……」


「向こうは本隊の進軍ルートになっている。俺達は本隊とは別行動だ」


「了解」


 その声と共に、ストライカーは右折を開始した。ICV型のその車体には巨大な砲は付いていない為、軽快にカーブを曲がる。

 しかし不整地では無いとはいえ、山道ではこの装輪装甲車もスピードが落ちる。350馬力のディーゼルターボエンジンが唸りを上げ、16.5トンの車体が峠道を登り始めた。


 登り始めてから10分を過ぎた頃、主力部隊が指定地点へ入った事を知らせる無線が入った。スポンリオ山から12km南西へ行った所にあるダーアピンリオに広がる平原、そこに味方は現在展開している。


「始まったようだ」


 無線機を持ったムラキからの報告が入る。


「くそ、予定より早いな……アーノルド、急いでくれ」


 そのムラキの声で、ストライカーは更に速度を上げた。隠密性を無視して、盛大な排気音が響く。

 何十回も車内で体を左右に振られながら、ストライカーは森を貫く道を駆け抜けた。


 ある地点まで来るとブレーキが掛かる。アネミカシと言われる地点の少し手前。峠道の頂点に位置するそこからは、下界の平地がよく見える場所だった。


「よし、ここからはお前達だけでいけ。隊長権限はアーノルドへ移譲、アルファとブラボーの編成はそのままでいい。いつもより1人ずつ少ないが、頑張れよ」


 そう言ってフジトとムラキは、ストライカーの車内から外へ出る。


「隊長達は?」


「別の仕事があるんでね」


 それだけ言うと、ムラキは後部ハッチを閉めた。フジトは車外に乗せていた荷物を降ろし終わってから、拳でハッチを2回叩く。すると、ストライカーは排気を残してその場を後にした。


「よし、始めるか」


「ああ」


 1人は双眼鏡を持ち、もう1人はその荷物を地面へと設置する。

 L16 81mm迫撃砲。最大射程は5.6km。ここから目標までは4kmなので射程の範囲内だ。本来は3人で運用する武器だが、連射速度の低下に目を瞑れば2人でも問題はない。

 だが、これはあくまでも副目標だ。主目標、それは敵基地の観察にあった。


「早速動き始めたようだぜ」


 以前、偵察に成功した部隊がもたらした航空写真。それの詳細な分析によって、敵基地には航空機用の滑走路だけではなく車両搬出搬入口も複数存在する事が判っていた。


「ぞろぞろ出てきたぞ。T-72、3両。T-80、5両。なんだありゃ、メルカバっぽいの2両。随伴歩兵は、もうアリのようにわんさかだ」


「適当な報告だなぁ……ポイントアネミカシよりHQ。あー……、わんさか出てきた」


 フジトの報告を端折って司令部に伝えるムラキ。


『ばっきゃろー、それじゃわかんねーよ!』


「大事なのはそこじゃないだろ……」


 フジトからも、ムラキへの突っ込みが入る。


「悪い悪い。T-72、3両。T-80、5両。メルカバっぽいの2両。随伴歩兵わんさか、で宜しく」


『結局わんさかかよ……HQ、了解。中腹部の様子はどうだ?』


「んー、まだ動きは無いな」


 偵察を行ったパイロットから、中腹に自走砲が配備されているという報告があった。本来ならまずはそれから排除したい所ではあるが、自然の要塞がそれを阻んでいるのが現状だ。航空機に排除して貰いたかったが、アニハ沖に発生した嵐の影響で到着が遅れている。

 それどころか、アステリオスを狙った敵艦隊が接近したとの情報も入っていた。多くを望むのも酷だ。


「このままじゃ、睨み合ってる間にアステリオスの効果時間が終わっちまうぜ?」


「そうは言っても、誰だって虎穴に入るのは確実に虎子を得れる状況になってからにしたいさ」


 ムラキの言葉にフジトが答える。


「ん、なんだ?」


 味方の地上部隊の展開する方向と逆を見ていたムラキが呟く。次の瞬間、呟きは大声に変わっていた。


「まずい、滑走路のシャッターが上がり始めた!」


「背中の無線機、借りるぞ! こちらポイントアネミカシ、シャッターが上がり始めた。アタッカーが出てくるぞ!」


『こちらHQ、了解した。全侵攻部隊へ通達、対空戦闘用意! チャパラル使ってる奴は前に出ろ、アベンジャーもだ! 後方のパトリオットは展開急げ!』


 指示が出るのと同時に、最初の敵機体が滑走路のトンネルを抜けて出てきた。しかし、滑走路はこの1つだけでは無い。放射状に6箇所のトンネルが確認されているのだ。

 つまり、それは同時に6機の敵が離陸した事を意味していた。


「第1波、来るぞ!」


 形も様々な敵の攻撃機が、爆撃コースに入る。離陸間もない為に誘導兵器の準備が出来ていないのだろう。この飛び方は自由落下式を使うに違いないと、フジトは予想した。

 攻撃機の向かう先では、先行した戦車部隊が蛇行を始めた。蛇のように砂煙を上げながら、戦車隊は進む。


『そんなうんこ弾に当たるかよ!』


 攻撃機が戦車隊の上空を通過するとすぐ、爆弾が着弾を始めた。動き出しの遅かった車両、足の遅かったものは爆発に喰われ炎上。だが、それに怯む事無く先頭の戦車は前進を続けた。


『撃てる奴から撃ち始めろ!』


 離脱に入った攻撃機を、今度は対空砲火が襲う。対空機銃の曳光弾が、それの行く先を阻むかのように飛び始めた。短距離のSAMも発射され、その排煙が空に残る。フレアを出しながら旋回する攻撃機の1機にミサイルが着弾し、翼をもがれた鳥は地に墜ちた。


「第2波、離陸したぞ!」


『こちら、HQ。ポイントアネミカシ、回転翼機は居るか?』


 司令部からの言葉に、フジトは周囲を探した。それらしい影は見当たらず、ジェットのエンジン音だけが聞こえている。


「まだいないようだ。温存しているか、この基地自体が回転翼機の運用を考えていないか……」


『楽観は出来ないが、今の所は良い知らせだな』


 上空援護が無い今、一番怖いのは回転翼機。つまりヘリコプターだ。対人だろうが対装甲車両だろうが、お構い無しにその威力を発揮出来る状況にある。


『っしゃ、2機目撃墜!』

『いいぞ、そのまま後衛も徐々に前進するんだ』

『了解!』


 炎を上げた攻撃機が、地上に還る間もなく上空で爆散する。当たり所が悪かったのだろう。


『戦車隊からHQ。おかしいぞ、敵装甲車両が後退を始めた』


 その連絡を受けて、フジトは味方戦車の前方を双眼鏡で見る。すると、いつの間にかそこには人間の生け垣が出来ていた。

 そう、生け垣としか表現しようのない光景が、そこには広がっていた。数十人のプレイヤーが一直線に並び、その列が二重にも三重にも重なる。


 そして、前方の列に夥しい量の噴煙と光が見えた。1つ1つの噴煙は薄いが、重なりあったそれらは視界を遮る程の濃さになる。


『あ……RPG!』


 通信と同時に、先頭を走るM1A1 エイブラムスが大爆発を起こす。

 その光景を見たフジトは、何が起こったかを理解するまでに時間が掛かった。戦車兵が叫んだ通り、敵が発射したのはRPG-7に違いなかった。その特徴的な形の兵器を構える姿が見えたからだ。

 しかし、エイブラムスの装甲であればRPG-7の直撃にもある程度耐えられる筈だ。


「もしかして、全員が1つの車両を狙ったのか……?」


 その予想は、次の斉射で確信へと変わった。

 再び、味方戦車が被弾し炎上。だが被害は1両だけに留まっていた。


「フジト、これは不味いぞ」


 同じ方向を見ていたムラキが言う。フジトがその理由を聞くと、


「今は様子見で1両へ射撃を限定しているが、破壊出来る閾値が判明すればもっと効率的に運用出来る。しかも後方の待機列のお陰で、ある程度の連射も出来る。流石にバックブラストを避ける為に最前列とは距離を取っているが……」


「くそ、ここはどこの長篠だよ……!」


 一瞬で2両を撃破された戦車隊には、混乱が広がり始めていた。


『MPATだ! 榴弾で吹き飛ばせ!』


 その合図で、味方戦車隊は発砲を始める。回避機動を取りながらであるため正確な射撃は難しいが、手前の地面を狙った榴弾は殺傷範囲の広い爆発で敵部隊を襲う。

 生身の人間は爆風で吹き飛び、出血のようなパーティクルを撒き散らしながらポリゴン片へと消えていった。

 それを見て、フジトは少し安心を覚えた。確かに火器は強力だが、所詮は生身。装甲車両の方が強い、と。


 再び戦車と生身の人間の、常軌を逸した正面からの殴り合いが始まる。

 戦車隊には断続的に被害が出るが、それでも前進を続ける。ひとたび戦車が榴弾を発射すれば、いとも簡単に敵兵達は吹き飛んで命を散らしていった。


「おい、不味いぞ……」


 そのムラキの呟きに、何言ってんだと思いながらフジトは


「お前、さっきから不味いしか言って……」


 そう返しながら、ムラキの視線の先へと目を向けたフジトは絶句した。


「……マジかよ」


 先程の砲撃で十数人は吹き飛んだように見えた。それなのに、RPG発射の待機列に並ぶ人の数が殆ど減っていなかった。

 つまり、リスポーンが早過ぎるのだ。基地の構造がどうなっているのかわからないが、アステリオスと条件が同じであるならばリスポーンポイントは1箇所しか無いはずだ。であれば、リスポーン待機待ちの人が出てきてもおかしくない。


「なんでもうこんなに復活してるんだ……?」


「まさか、基地にいくつもリスポーンポイントがある……?」


 だが、複数のポイントがあるというムラキの言葉は考えにくいものだった。対戦ゲームである以上、ここの運営が不平等な設定をするとは考えにくい。それぞれの拠点の機能は違うものの、どこかでバランスを取っているはずだ。アステリオスのクールタイムが良い例である。


 フジトはもう一度、敵の列を観察した。

 車両搬出口から、人の群れが出てきている。それらが列に合流し……。

 全員が徒歩で合流……。


 車両……?


「くっそ、わかったぞ!」


 フジトはそう叫ぶと、ムラキが背負う無線機を乱暴に掴んだ。


「聞こえるか、HQ! 敵は基地内に兵員輸送車を置いてるんだ!」


『……どういう事だ?』


「兵員輸送車はリスポーンポイントとして機能させる事が出来るだろ!? 基地自体のポイントが1箇所だろうが、車両がある分だけ何倍にもその能力を増やせるんだ!」


『基地内であれば、外からは仕掛けが分からない、か……』


 この仕掛けであれば上空からの偵察には映らないし、兵員輸送車を爆撃される心配も無い。遠路遥々やってくる敵軍を懐に迎え入れるリスクはあるが、何倍もの兵力が持続するので守りは固くなる。


『その仮定で動いてみよう。戦車隊は後退だ、なるべく敵基地から離れた所で戦線を維持するぞ。自走砲部隊は前線に弾を送り込んで、後退を援護して……』


「ダメだ、フジト! 後退しちゃダメだ!」


 ムラキが叫ぶ。


「今、中腹のシャッターが開いた! 自走砲が顔を出している! 後退したら逆に喰われるぞ!」


 くそ、とフジトは毒づいた。砲弾の雨の中を後退した所で、こちらが一方的に攻撃を受けるだけだ。これでもう、残された道は前進しか無い。


『………………』


 絶望的な雰囲気がフジト達を包み込んだ。

 他に何か出来る事はないのか。考えるが、頭をフル回転させた所で何も浮かんでこない。


『サイクロプス1、ライフル!』


 無線機を置いて、フジトは空を仰いだ。


 すると視界のある1点から白煙が伸び始めた。蒼穹に引かれる1本のその線は、あっという間に戦場の上空を通過。スポンリオ山の側面に開いた穴へ飛び込んだ。

 顔を出していた自走砲は、外へ吹き出す爆風と共にその巨体を四散させた。

 それに続いて同様の白線が伸び、戦車隊の先に見える敵装甲車両へ突き刺さる。至る所で爆発が発生し始め、地面に穴を穿つ。


 合計で何機になるだろうか。ひと目ではわからない程の航空機が飛来。最初にミサイルを発射した機体がこちらに背を向けながら、低空で旋回をした。


『こちらマリーゴールド所属部隊。サイクロプス、以下30名弱。これより戦闘に参加する』



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