表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/120

第51話 ファイナルテイクオフ


「とっとと上がれ! 後ろがつっかえてんぞ!」


 おやじさんに尻を叩かれながら、プレイヤー達が甲板へと運ばれていく。今現在で空へ上がったのは、大体半数という所だろうか。


「大混雑ね……」


「そりゃ、ここを拠点にしてたのが一斉に上がろうとしてるからな」


「あれ、ベルちゃんは?」


 ナオの声にその姿を探すが、何処にも居ない。勿論、プローブは私の腕の中にはあるのだが。

 そして、


【追い出されました】


 と、プローブからの声。


「おう、嬢ちゃん。悪ぃけど、連れは先に飛ばしちまったよ」


 そのおやじさんの言葉で納得。あれは場所取るからなぁ。

 インベントリに仕舞う事も出来るが、そうするとベルはスタンバイモードに入ってしまって何も出来なくなる。隊内の個人間で情報量に差を出したくないと思って出しっ放しにしていたのだが、他人の迷惑になってしまったようだ。


 プローブ、どうしようか。そう、自分の機体を出しながら考える。ジャックとナオは私の隣で、自分達の機体を出そうとしていた。


 とりあえず、ナオに渡しとけばいいか。


「ナオ、パス!」


「へっ?」


 と、バスケットボールのようにプローブをナオに向かって投げた直後、大きな揺れと爆音が私達を襲った。

 バランスを崩した私は、無様にも転倒。


「あわわわっ」


 よろけながらもナオはプローブをキャッチ。ナイス反射神経。


「なんだ!?」


 耳障りな軋む音、大きく傾く船内。それによって私達のグリペンは、坂を転がるように動き出してしまった。


 そして、2度目の衝撃。おやじさんは、それで足を取られて転んでしまう。

 大きく艦が傾斜する。エレベーターで甲板へ上がる寸前だったホーネットが1機、海へと飲み込まれていった。


「おやっさん!」


 慌ててジャックが手を伸ばすが、あと少しの所で彼の体を掴み損ねる。

 同時に、ぶつかり合う私達の機体。衝突の衝撃で主翼が折れ、擦れる金属から火花が飛散。

 そして転がっていった彼の姿は、積み木のように重なったグリペンの残骸に隠れて見えなくなってしまった。


「おやじさんっ!!」


「行くな、フィー!」


 立ち上がった私の体を引き止めるジャック。


「離して!」


「行っても、どうしようもねえだろ!」


 そう言われて彼に返す言葉も無く、呆然と立ち尽くす。

 つい先程まで叫んでいた彼の声は、もう聞こえない。仮想空間だと言っても、やっている事は殺し合いなんだという事実を突きつけられたようだった。

 自分だって散々やってきた行為だと言うのに。


 単純に考えれば、単にNPCが1人消えただけだ。サーバにデータは残っているだろうし、運営次第でいくらでも復活は出来るだろう。

 だけど、今はとてもじゃないがそんな風に考えられない。


 私はジャックに無理やり連れられて、別のハンガーへと向かった。後ろ髪を引かれる思いとは、こういう事を言うのだろうか。


『全整備兵、プレイヤーに通達。まだ発艦出来てない人が居るけど、フェザー隊を優先で上げさせて』


 手を握られて走りながら、マリーの声が艦内放送用のスピーカーから聞こえる。


「有り難いけどよ、機体が無くなっちまったぜ。ファントムはアニハに置きっぱなっしだから、ホーネットはあるが……」


「わたしも猫ちゃんがありますけど……」


 走りながら、そう呟く2人。


 無傷のエレベータがあるハンガーに着くと、そこには足止めを食らってしまったプレイヤーが立ち尽くしていた。部屋に入った私達を、彼等は一斉に見てくる。

 その数から来る威圧感が、無言で何かを訴えかけて来ているようにしか思えない。まさかマリーの言葉に恨みを買って、袋叩きにされるなんて事は無いだろうが……。


「……おい、フィー。大丈夫か?」


 ホロメニューを出すジャックに問い掛けられ、どこかへ飛んでいた思考が戻ってくる。私は急いでインベントリを開いた。


 機体を実体化させる。それは最初の頃にお世話になった機体だ。グリペンと同じ軽戦闘機ではあるが、こっちはローテクの塊だ。


「F-5Eなんて持ってきてたのか」

「うわぁ、初めて見ますね……」


 何かあった時の為にと、輸送ヘリでパーツ毎にバラして持ってきていたのだ。空母で運用が出来ないのはわかっているのだが、愛着もあって手放す事が出来なかったタイガーⅡ。


「……これしかないわ」


「どうするよ、取り敢えずナオに相乗りするか? どっちにしろ何処かで機体を調達しなきゃならんし……」


 そこまで言いかけたジャックは、目を丸くしてタイガーⅡの向こう側を見た。それに釣られて同様に目を遣ると、見覚えのある男が肩を抱えられて立っていた。


「おい、幽霊じゃねーよな……」


「勝手に殺すんじゃねえよ!」


 それは先程、ひしゃげたグリペンに潰されたと思われたおやじさんだった。彼はジャックに向かってレンチを投げる。

 投げられたレンチをジャックはひょいと避けるが、代わりにそれは彼の機体へと命中した。


「あーっ!!」


「おやじさん、無事だったのね!」


「ちと足を挫いたけどな」


 私は彼に急いで近寄ろうとするが、彼はそれを制止して続けた。


「構うんじゃねえ。おい、急いでアレを付けてやれ! 手前等はとっととコクピットに入れ!」


 肩を支える若いNPC整備兵にそう命令すると、彼は寸胴なミサイルの様な物を私の機体の胴体下部と主翼のパイロンに取り付ける準備を始める。

 しかしNPC達にも被害が出始めているようで、人手が足りずに作業が手間取り始めた。

 危うく、可燃物であろうそれを落としかけるNPC整備兵。


 するとすぐさま、それをフォローした影があった。

 出撃を止められたプレイヤーの1人。彼は確かフラッパー隊だっただろうか。


「ここ、押さえればいいか?」

「あ、ああ……助かる」


 すると誰が何を言うでもなく、足止めを食らっていたプレイヤー達は続々とNPCを手伝い始めた。あれよあれよと言う間に、その物体はタイガー2の懐へと収まってしまった。

 腕を組んで、その様子を見ていたジャックが呟く。


「思い出した。これ、JATOか……?」


「JATO?」


「ロケットやジェットを使った、補助推進装置だ。F-5のノルウェー輸出モデルは付けられた筈だが……」


 そう言うジャックに、おやじさんは


「なに、対応してようがしてなかろうがくっつきゃイイんだよ」


 そんな、ゲームバランスを根底から崩壊させるような事を言い始めた。


「後、これはあいつらからのプレゼントなんだとよ。感謝しとけよな」


 そのおやじさんの言葉の後、男が1人こちらへ歩いてきた。彼はプレイヤーだ。


「俺達はこのぐらいしかお前等にしてやれないけど、頑張ってな」


「みんな……有り難う」


「カタパルトは使えんから、甲板を縦に目一杯使って飛べ。どっかでちゃんと武装は仕入れとけよ!」

「リスポーン出来たら、すぐ追い掛けてやるよ!」

「先に行った連中と、地上の奴等に宜しくな!」


 その言葉達に頷きで返し、私はコクピットに乗り込む。

 ジャックとナオも同様に自らの愛機へと体を納める。ベルのプローブがトムキャットの後席に放り込まれると、何故か普段出現するはずのNPCレーダー士官は現れなかった。


 ジャックのホーネット、ナオのトムキャットが順に甲板へと運ばれて行く。それを無言で見守るおやじさんや、プレイヤー達。

 最後に私がエレベーターへ運ばれた時、彼等はこちらに親指を立てて笑みを浮かべていた。




 ***




 嵐の最中に飛んできた魚雷。その発射位置を掴めなかった時点で、こうなるであろう事は予測出来ていた。それだけに碌な対処が出来ていない現状が悔しい。

 出来れば全員を空へ上げたかった。だが、もう残された時間は無い。後で批判は甘んじて受ける覚悟をして、マリーはフェザー隊を優先させる命令を出した。


「フェザー隊は!?」


「今、甲板に上がりました!」


 その報告を聞いて、マリーは艦橋の窓際へ立つ。

 舳先のカタパルトへ繋がれたホーネットとトムキャット。その後方、アレスティングワイヤーの更に先へと置かれたタイガーⅡ。


 先程の被弾でグリペンに何かが起こったのだろう。出来れば彼女達には最善を尽くして欲しかった。それをさせてあげられなかったのは私の責任だと、マリーは自分を責めた。

 先程の戦いで掠った魚雷。敵から撃たれたのは間違いないのだが、その発射源はついに見つける事が出来なかった。

 状況は悪かったのは間違いないが、それを言い訳にするつもりは彼女は無かったが。


 艦橋側に位置取るホーネットが離陸し、続いてその隣のトムキャットもアフターバーナーを点火し離陸。同時に甲板後方から一際大きい爆音が響き出して、タイガーⅡは複数本の炎と煙を曳きながら甲板を滑走していった。

 助走距離をぎりぎりまで取り、それでも足りない揚力の為に大きく機体を沈める。一瞬だけ嫌な考えに包まれたマリーだったが、艦の陰から無事出て来たその姿に安堵した。


「魚雷、また来ます!」


「全員、耐衝撃姿勢!!」


 既に1度被弾した艦の中央部と前方で、再び水柱が上がる。その衝撃で艦橋の窓ガラスは吹き飛び、近くにいたマリーはそれを無防備に浴びてしまった。

 肌の露出した部分、手や顔から滴り始める血液。その凄惨な姿でなお、彼女は口元を緩める。


 賽は投げられた。


「マリーより各NPCとプレイヤーへ通達。総員、退艦!」




 ***




 無事離陸出来た私達は、一旦周回コースを取って低空飛行をする。


『フィオナさん、マリーゴールドが……』


 私達の家だった船。それが朦々と煙を上げている。先程まで居た甲板は、通気の良いエレベーター部から出る炎に包まれてしまっていた。

 プレイヤー達、そしてNPC達。彼らはどうなってしまったのだろう。

 既に戦闘能力は皆無となった空母。だが、魚雷の着弾が止まる事は無く、周囲の海面は隆起を繰り返している。


『ひでえ……』


 そしてマリーゴールドは、その巨大な姿を2つに割った。その行く末を見届けたい衝動を振り切って、私は命令を出す。


「各機、一旦ストンリコで武装を補給。ベルはそのままストンリコまで行って。補給が済み次第、前線へ合流するわ」


『『了解』』


 彼らの行動に答えなければ。

 データリンクの使えないF-5Eにベルの返答は届かない。その事が少し寂しく思えた。




 ストンリコへ着陸後、人気の無いハンガーですぐにショップメニューを開いたのだが、


「予備機すら無いわ……」


 並ぶ、在庫無しの文字。

 空母で誰かに借りる余裕は無かったし、借りた所で使い慣れない機体では不安が残る。後はもうこの機体に頑張って貰うしか無いだろう。

 機体の購入は諦めて、整備兵達へ爆装の指示を出す。


「対空戦闘はみんなに任せるわ。私は、私が出来る事をやるから」


 その言葉に、ジャックとナオは頷きを返した。


「ベルちゃんは私と一緒に来てね」


【分かりました、ナオ】


 再びナオに抱えられたプローブから返答が聞こえた。ベルのグリペンは先にストンリコへ降り立っていたので、既に出撃準備が終わっている。


 翼下のJATOは外され、代わりにMK81爆弾とLAU-10/Aロケットランチャーが装備されていく。


「マリーさん、大丈夫かな……」


「確かに心配だが、余計な事考えてると足をすくわれるぞ」


 彼女らしい言葉に彼らしい言葉で返すのを聞きながら、いつかと同じ兵装にセットされた機体を見る。

 そういえば、この機体から全てが始まった。終わりもこの機体となるならば、何かの縁を感じざるを得ない。


「これで、最後の戦いにしたいわね」


 私は遠くに見えるスポンリオ山を見て、呟いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ