第50話 テュポーン
「艦載機はまだ上げられないの!?」
上下左右へと大きく体が揺さぶられる中、マリーゴールド艦内のCDCでマリーが吼える。液晶モニターの淡い光が部屋を照らす中、NPCの1人がそれに答えた。
「駄目です! 波高が高すぎて……」
「優先目標は対艦ミサイルよ。攻撃は駆逐艦隊に任せるわ、ファイア!」
「了解! ナンバー4670から4675、発射!」
これではただのお荷物だ。ミサイルの発射音を微かに聞きながら、マリーは唇を噛みしめた。
ログイン直後。空の様子に気付いた彼女は急いで艦を出港させたが、そのすぐ後にアニハを嵐が襲った。小型艇は沈没を恐れて港へ残ったが、フリゲート以上の艦艇は一斉に沖へと出た。それは他ならぬマリーの指示によってだ。
少し前から、アニハ沖では頻繁に識別不明の艦船が目撃されていた。これを敵が何か仕掛けてくる前兆と読んでいた彼女は、嵐に乗じて仕掛けてくると予測を立てていた。
そして、それは見事に当たったのだった。
(……悪い予感ばっかり当たるんだから)
だが、空母が揺さぶられて艦載機も出せないこの状況では、フリゲート級であろうとも浮かんでいるのが精一杯だった。この海域にいるプレイヤーで現在戦力になるのは30%にも満たないだろう。レーダーに映っているのは、アーレイバーク4隻にタイコンデロガ3隻と言った状況だ。空母はマリーゴールドのみである。
おまけに嵐のせいでレーダーの探知距離が少し狭まっている。巡洋艦クラスですら艦首が時折水面に顔を出してしまう為、対潜警戒も疎かになりがちだ。イージス艦のSPYレーダーも、艦体が左右に揺さぶられる為にゴーストや死角を発生させているようだ。
何が起こっても、不思議ではない状況。そして飛来する対艦ミサイル群。
正面からの殴り合いをせざるを得なく、VLSから迎撃のスタンダードが飛び交う。こちらの艦隊も余裕のある時にはハープーンを撃ってはいるが、まだ着弾の報告は無い。
そんな時、フレンドのログイン通知が光った。事前に彼女宛に出しておいたメールに従って、連絡が入る。
が、それに応対していた時。大きく艦が振動した。体を支え切れず、マリーはその場に膝を着いた。
「被弾!? ダメコン急いで!」
「これは……魚雷です! 損傷軽微、直撃は避けた様です!」
「発射位置特定を!」
「今やってます!」
くっ、この状況で潜水艦まで出て来たら最悪だ。
「格納庫で火災が発生しました!」
「んもう、この忙しい時に機体を出したのは誰!? 海に叩き落としといて!」
水上では、今だにミサイルの迎撃合戦が繰り広げられている。向こうから飛び出す光点に対してこちらの迎撃ミサイルが発射され、2つ共に消滅。レーダー上ではそんな様子が続いていた。
このまま正面からの殴り合いをやっていても埒があかない。しかし有効な打開策が見つからないのが現実だ。
「どこか、波が大人しい所はないの?」
「……敵の真っ只中で良いのであれば、無くは無いですね」
NPCの回答に、マリーは肩を落とす。
その時、合成音声によるアナウンスがプレイヤー達の頭に響き渡った。
【全ブループレイヤーへの通信になります。防衛ラインが突破された為、アステリオスの起動シークエンスが開始されました。これより全ブループレイヤーによる投票が開始されます】
マリーの目の前に、可否の文字が書かれたホロウィンドウが自動的に表示される。
【起動が行われた場合は3時間のECM、ECCMがマップ全域に発生し、アステリオスは168時間のクールタイムに入ります。起動をしない場合、今後任意のタイミングで起動が出来る様になります】
ただでさえ頭を抱える状況であるのに更に判断を迫られ、頭を抱えるマリー。
【参考の為に、現在の戦況を表示します】
別ウィンドウでマップが表示され、リアルタイムで各味方艦の位置が青丸で表されている。またそのウィンドウ内には、別枠で戦いのライブ映像も映し出されていた。
そして、
【投票を開始します】
120秒のカウントダウンが始まった。
***
「ジャック、ナオ。見てる!?」
『ああ。こりゃ、どーすっかねぇ……』
『どーしましょうか……』
突然のアナウンスと、目の前に現れた投票ウィンドウに戸惑う私達。そうしている間にも、荒れ狂う気流が機体を襲い、HUDのピッチ角表示はふらふらと上下に行き交っている。
『範囲は広いが、たった3時間の効果。次に使えるのは1週間後だ。どんだけ効果があんのかわかんねーけど、なんかぶっ飛んでんな』
「まぁ、こんなゲームにいきなり塔が建った時点でぶっ飛んでるけどね」
『うぇー、後100秒になっちゃいました! どうしましょう!!』
「どうするも何も、投票は個人の自由でしょ。好きに選べばいいんじゃない?」
組織票っていったって、たった3人の票をどうこうした所で変わりは無いだろうし。
『こいつ、思考放棄しやがった!』
『ぶん投げましたよね!?』
とは言っても、みんな思っている事は同じだろう。ここでマリーゴールドを沈めさせる訳には行かない。
私は迷わず、賛成へ1票を投じた。
雨がキャノピーに叩きつけられる。
『よし、投票した!』
『わ、私も!』
乱気流でお尻がストンと落ちる感覚を数度味わった後、再び音声通信が入った。
【こちらアステリオス。ECMを開始】
『だと思ったぜ!』
『ですよね!』
2人は声を上げた。
「目標の敵艦隊は後200マイル。行くわよ、みんな!」
***
『こちらフェザー隊、後70マイルで射程に入ります!』
迎撃用シースパローの残弾が底を突き掛けて来た時、彼女達から全艦隊に向けて通信が入った。
『きた! メイン盾きた!』
『落ち着け、盾は俺達の方だろう』
『おっしゃー、羽根付き来たー! ぶちかましてやれ!』
「その前に私達はやる事やるわよ! 全艦、前進!」
『『『了解!』』』
沸き立つ他のプレイヤー達。レーダーに映る艦影が一斉に動き始めた。
「ECMの効果がどのくらいか分からないし嵐で大変だと思うけど、各艦はジグザグに動きながら敵艦隊へ接近。アキレア以下駆逐艦隊は優先目標アルファへ攻撃、巡洋艦隊は背後から追いかけて敵の対艦・対空ミサイルを迎撃して!」
マリーがそう指示を出すと、4つの艦影が1直線に並ぶ。それらはお互いの距離は維持しながら、艦を左右へと振り始めた。
「フェザー隊も優先目標アルファへ向かって。そこから一番近い目標よ」
『データリンクで確認しています。フェザー了解』
敵艦隊は1つの艦を守るようにして、8隻の艦が円陣を組んでいる。反射したレーダー波を解析した火気管制は、中心に居るのは空母だと言っていた。
それを裏付けるかのように、敵艦隊の中心に新たな光点が出現した。
「敵艦隊中央部に機影、艦載機が出たようです!」
「フィオナちゃん、アキレアとタイミングを合わせて攻撃を。艦載機が出たから、最大射程で良いわよ」
「フェザー隊、射程に入りました」
敵の円陣に南から近付く艦隊。対してフェザー隊は西からの進入。
『フェザー1、了解。全機、デコイ射出』
『こちらアキレア。嬢ちゃん、準備は良いか?』
『いつでもどうぞ』
『了解。全艦、ハープーン発射!』
続けざまに、他の駆逐艦からも発射の報告が飛ぶ。
『フェザー全機、発射!』
レーダー上、横に並ぶ駆逐艦隊。西に位置取る4つの航空機。そこから一斉に「線」が発射された。
それと時を同じくして、敵艦隊からも同様にミサイルが発射。その軌道から、敵側も1つの艦に的を絞ったようだった。
「グラジオラス、回避行動を!」
隊列から離れるようにして回避に入るグラジオラス。その光点上にノイズが入り始める。チャフの散布を開始したのだろう。
敵空母を取り囲む8隻から延びる線はグラジオラスの光点へと向かい……消滅した。
「アルファ、沈黙しました!」
NPCからの報告が入り、艦隊のプレイヤー達は更に沸き立った。だが、そんな事より……。
「グラジオラス、報告を!」
被弾していませんように。そうマリーは祈りながら報告を待つ。少しの沈黙の後、通信が入った。
『こちらグラジオラス。損害無し、全弾回避』
それに、胸を撫で下ろすマリー。
『すげえぞ、全部真っ直ぐ飛んで行きやがった。これがアステリオスの力か……?』
『こっちも見てたぞ。途中からまるでロケットの様に直進したな』
『これで何も怖くねえぞ! 全艦、ブラボーへ発射しろ!』
『『『了解、発射!』』』
これで安心してはいけない。そうマリーは自分を戒めながら、意識を切り替える。
「フェザー隊は?」
そう聞くと、NPCレーダー士官は「敵艦載機部隊と交戦中です」と告げる。
『デコイってのは楽だなぁ、フィー』
『そうは言っても、弾少ないんだから気を付けてよね』
『やった、ブラボーに当たりました!』
『ベル、そのまま上空警戒お願いね』
どこか、呑気な通信が入ってきた。彼女達らしい台詞に、その様子が目に浮かぶようだった。
「ブラボー、沈黙しました!」
「……優先目標チャーリーを敵空母に設定」
2隻撃沈。戦況が傾いてきたと判断したマリーは、新たな指示を出した。
「全部隊へ通達。駆逐艦隊は引き続きチャーリーへ攻撃しつつ、敵艦載機への攻撃を。巡洋艦隊は前進、砲撃でもミサイルでも何でも使って空母をやって。一気に殲滅するわよ!」
***
嵐はいつの間にか過ぎ去り、夕日が顔を覗かせている。海面に反射したオレンジ色の光が眩しかったので、ヘルメットのバイザーを下ろした。
『終わってみれば、ちょっと呆気なかったですね』
敵艦隊が居た場所の上空を旋回しながら、ナオが言う。海では炎上している艦もあれば、既に魚の住処となった艦もある。勿論、全て敵艦だ。
『こりゃあ、あのECMには相当な効果があるな……』
現実世界でもあれがあったらなぁ、とジャックは呟く。
空母「だった物」は流石にまだ浮いてはいるが、その甲板の上は火の海に包まれている。
艦載機の第2陣を準備していた所に被弾したようだった。弾薬や実体化した機体に延焼し、誘爆したと言った感じだろう。
最初にマリーの通信を聞いた時には最悪の想定もしていたが、逆に敵艦がそうなる結果になるとは思っていなかった。
やったのは私だけど。
「フェザー隊よりマリーゴールド。もうこの空域に脅威は無さそうです」
『マリー了解。確認、ありがとね。戻ってきたら急いで打ち合わせしましょ。ブリーフィングルームまで来てちょうだいね』
「了解。フェザー隊、RTB」
すぐ近くまで来ているマリーゴールドの艦尾に向けて、私達は旋回を開始した。
機体がアレスティングワイヤーを捕まえてすぐ、私達3人は彼女の所へと急いだ。すぐさま機体を仕舞ってから寂しそうにしていたベルのプローブを抱えて小走りで艦内を進んでいると、すれ違う人達から様々な声が掛かった。
「お疲れ、羽根付き! 役に立てなくて済まなかったな」
「有り難う御座いました、フィオナさん」
「アニハからこっちと、大変だったな」
うーん、なんか認識がズレている気がする。今回の私達なんて、アステリオスの発動が無ければ何も出来なかっただろうに。
立ち止まって少し考えていると、ジャックが私の頭に軽く手を置いてきた。
「ほら、いくぞ」
その言葉で再び歩き始めると、ふとしたことに気づいた。私達を追い越していく人影も、すれ違う人達と同数程度居るという事に。
皆、向かう先は同じだった。次々と人が入っていくブリーフィングルームの扉を開けると、そこには彼女と、50人はいるであろうプレイヤー達が待っていた。
「そろそろいいかな? それじゃ手短に始めるわ」
手を2回叩いて、喧騒を鎮めたマリーが言う。
「アステリオスが止まるまで後2時間ちょっと。さっき、地上部隊からサリラ突破の知らせが入ったわ」
おお、とざわめく部屋。
「今、私達はネテア南に浮かぶアケ島の沖まで来ています。スポンリオ山まで直線距離で300km。今ならECMの効果時間内でぎりぎり叩けるわ」
いつものように部屋の中心に立つマリーは、その横にある地図を強く叩いた。
「みんな、上がれる人から順次発艦! 今日で落とすわよ!!」
「ホーネット乗ってる奴はHARM持ってSEADやれ! それ以外のは対空装備でも対地でも何でも良い! 後は空の上で適当に組もうぜ!」
「おっし、行こうみんな!」
「おう!」
1人の男が音頭を取ると、皆それに異を唱える事もなく従って走り出す。さっきまでお預けを食らっていたので、皆のテンションは最高潮のようだ。
「私達も行きましょうか」
「ちょっと待って」
踵を返し掛けた私をマリーが止めた。なんだろう、また何か……。
少し構えてしまった私に近づいて、彼女は囁いた。
「頑張ってね」
それは、何時に無く穏やかな彼女の声だった。