第49話 イミネントストーム
エレボンを破損した機体を宥めながら、私達はアミラ上空を通過する。アミラはネテアの北西に位置する市街地だ。
目的地はストンリコ。拠点としての機能は失われているが、基地としての機能には何ら変わりは無い。こちらの勢力下にある分には、充分にその役割を果たしてくれている。
しかし人の心は、リスポーンポイントを安住の地として求めるようだ。基地の住民は殆どNPCのみとなり、以前のような盛況さは無くなっている。ブラックバードでの偵察の際にストンリコを利用したが、常連の顔が無かった事が印象的だった。きっとその時にはもうアニハへ移動していたのだろう。
『なぁ、さっき戦ってた場所はサリラだったよな』
そのジャックの言葉を受けて咄嗟にMFDへと目を落とすが、戦術マップには地形図こそあれ地名までは書いてくれてはいない。あまり飛ばない空域では、どこを飛んでいるのか不安になる事もよくあるものだ。
『んー、たぶんそうだったと思いますけど……』
横を飛ぶナオも彼同様、正確には分かっていないようだ。
「それがどうしたの?」
『マップに地上部隊の位置が出てるんだが、先頭はもうアミラを抜けて峠に入ったようだな』
アミラからサリラへのルートは、基本的に北に向かって一本道だ。その途中に2カ所の峠道があり、それを抜けるとスポンリオ山の麓までは平原となっている。
MFDのモードを切り替えて確認すると、確かに地上部隊は峠に差し掛かっていた。
『まぁ、露払いは成功って所か』
そうジャックが呟いた所で、私達の上空を何十機もの機体が通り過ぎていくのが見えた。補給に帰っていた部隊だろうか。
『こちらサイクロプス1。フィオナちゃん大丈夫かい?』
向こうもこちらを確認したのだろう、ヒューの声が聞こえてきた。
「なんとかね。でも被弾したから、一旦ストンリコで直してくるわ。とりあえず掃除はしておいたから、後は宜しくね」
『流石。バトンタッチは任せといてよ。でもここからじゃマリーのとこの方が近いんじゃ?』
「エレボンに穴が空いてるから、着艦はちょっとね」
『ああ、そういうこと』
今の状態では細かい制御に自信が無い。それがストンリコに向かう理由だ。
そういえばヒューとマリー。前にちょっと気になる会話があったので、それに突っ込んでみる事にした。
「マイク、聞こえてる?」
『んん、なんだ?』
「前に一緒に墜ちた時、ヒューの彼女が不細工とかなんとか……」
『あああ、それ言っちゃダメ!』
『あっちゃー……』
焦る2人の声。これはレオとアンディか。
「ヒューって、マリーさんの旦那さんよね?」
『ああ、あん時のあれか……』
『ちょっと待って、なんか色々聞き捨てならないんだけど』
なんか地雷を踏んだようだ。騒ぎ始めるサイクロプス隊との回線にジャックが割り込んできた。
『解説しよう。あいつらって高校の時からの仲間でよ、そんときのヒューって趣味がアレで有名だったらしいんだ。で、今でも3人はそれをネタにしている、と』
「成る程。詳しいのね?」
『そりゃ、あいつらとも結構連んでたしな。趣味がアレって言っても、単にヒューは女の見た目にゃ拘らないんだよ』
いや、流石にあんな良い人そうなヒューが結婚している上に彼女が居るとは考えにくかったから、そんな事だろうとは思っていたが。
「ごめん、色々把握したわ」
周りが囃し立ててるだけでヒュー自体には何の落ち度も無い話で、ついでに彼の株まで上がってしまった。
そうサイクロプスの面々に対して言うが、時既に遅し。
『君達、そこに並んでくれないか』
『待て、ヒュー。早まるな、IFF切るなって! 俺は関係ねえだろ、むしろ被害者だ!』
『警報! ロック警報出てる!』
『フィオナちゃん、マジ助けて……』
……知らないっと。
一番の被害者は、こんな所で変な話のネタにされているマイクの妹さんだし。
***
暴れる機体を押さえつけながら、ストンリコ空港へ着陸。そのままハンガーへ機体を入れ、地上へと降り立った。
「あーあ……」
まだ熱を発するエンジンノズル側へと回り込んで被弾箇所を見ると、エレボンには見事な大穴が空いていたのだった。
しかし、動翼に当たったのはある意味で幸いと言える。後1mズレていたらタンクに穴が開いて、下手をすれば即引火、墜落だ。
「おっ、派手にやられたな」
NPC整備兵が話しかけてくる。
「これ、今すぐ修理に入りたいんだけど」
「久々のお仕事で嬉しいねえ。でも、ちょっと時間を貰うよ。ふーむ……幸い、主翼へは全くダメージが無いようだな」
「どれくらい掛かりそう?」
「そうだなぁ……最短で1時間は見ておいてくれ」
結構掛かるなぁ。今日中の再出撃は難しそうだ。
「わかった。とりあえず、お願い」
そう告げると機体は姿を消し、修理のクールタイムに入った。
そこにジャックとナオの機体が滑り込んできた。機体から降りた2人がこちらへ向かってくる。
「どんくらい掛かるって?」
「1時間。現実だったらもっと掛かるでしょうけどね」
「ま、下手に燃えてたりしたらこのゲームでも丸1日コースだけどな。良かったじゃねえか、修理費もそんなに掛からないだろうし」
「でも、それだと終わるのは夜中になっちゃいますねぇ」
メニューの中の現実時間を示す時計は、既に23時過ぎを指している。
「今日は、私はここまでかな。2人はどうするの? まだ落ちる時間にはちょっと早いから、私抜きで行ってもいいわよ」
「それだったら、俺もパスだな」
「わたしもかなー。やっぱ4人じゃないと怖いし……」
人間様は3人だけどね。
「じゃあ、今日はここまでにしましょうか」
「了解。明日、ここが落とされてないことを祈るぜ」
「わかりましたー。それじゃお先でーす」
ジャックはそう言って笑いながらログアウト。続いてナオもペコリとお辞儀をして姿を消した。
続いて、タキシングを終えたベルがハンガーへ入ってくる。前輪のダンパーを沈み込ませながら機体を止めると、同時にエンジンを停止。甲高い騒音が止み、油圧の落ち始めた機体は徐々に動翼をしなだれさせていった。
今回の戦いで再確認出来た事が1つ。やはり高度なAIを擁した無人機は、無類の強さを発揮する。これが人間用に作られた機体ではなく、最初からAI専用に設計された機体であったなら……。
もう戦争に、人間は必要無いのかも知れない。
ベルは、戦っている最中に何を考えていたのだろうか。
「ねぇ、ベル……あなたには感情ってあるの? 撃たれたりした時に、怖いって思ったりする?」
【射撃を受けていると判断した際には、危機回避の為の策を取ります。己の生存を脅かされた際に表出する行動を感情と定義するならば、私のそれは恐怖と言うのかも知れません】
「………………」
【私には感情を模倣する為のエンジンが組み込まれています。しかし、それが行動の妨げになる事はありません】
「恐怖に足が竦むとか、テンションが上がり過ぎたりはしないって事?」
【はい。その際には感情模倣エンジンのプロセスが強制終了し、それ以前の行動を続行しようとします。現在の最優先事項は「味方の生存」となります】
味方の生存、か。
実は、先程の戦いで少しだけ見てしまっていたのだ。ベルが、ナオを庇いながら戦う様子を。
その機体には被弾こそ無いが、ナオが敵機の射線に入りかけると上手く囮となるような動きをしていた様に感じた。
それはまるで、少し前の自分を見ているかのようだった。
「なぜ、自分より味方の優先なの?」
【機械は消耗品という設計思想に拠ります。指揮機の剣となり盾となるのが、私だからです】
確かに現実世界ならそれでいいのかも知れない。
だが、ベルは只でさえ貴重な戦力で、しかもメンテナンスにゲーム内マネーをつぎ込んでいるこちらからしたら、勝手に盾になって墜ちられたらたまったもんじゃない。
自分達はリスポーン出来るし、機体も買い直せばいい。だがベルの替えは利かないのだ。
「昔、言った事を覚えてる? 私はあなたをアイテム扱いするつもりは無いって」
【メモリ参照中……RAM上には無い様です】
うそつけ。
「……じゃあもう一度言うわね。自身に危険が迫ったら必ず逃げて、必ず生還する事。最優先事項よ」
すると少しの間、風防に当たる箇所にあるカメラと思われる場所が緑色の点滅を始めた。数秒でそれは収まり、そしてベルは奇妙な事を言った。
【管理者アカウントよりレスポンスがありませんでした。規定により、フィオナに臨時管理者権限を付与します。ポリシーの変更を確認しました】
よく分からないが、分かって貰えたという事で良いんだろうか。
そんな所でこの日は仮想世界に別れを告げ、私は現実へと戻ったのだった。
***
「んー! 今日もいい天気ですねえ!」
ログインして直後、ほぼ同時に入ってきたナオが伸びをしながら言う。その横に、タイミングを見計らったかのようにジャックも姿を現した。
ベルは既にエプロン上に駐機している。あれ、仕舞い忘れたかな……。
「よっ」
いつもの光景、いつものメンバー。……と思いたい所ではあったのだが、目に映る景色には1つだけ普段と違う所があった。
「ねぇ、天気がいいのはここだけみたいよ?」
「んっ? お、マジかよ。向こうの空は真っ黒じゃねえか」
「ありゃ、ほんとですねぇ」
ハンガーから1歩出て、南の空を見る。まるで台風が来ているかのような、黒い雲が広がっていた。
それぞれ、メニューから自分の機体を出しながらも空を眺めている。。
「このゲームで天気の変化って珍しいわね……」
曇り空ぐらいなら経験はあるが、大雨の中を飛んだ事は無い。
その私の呟きにジャックは反応を返す。
「全く無いって訳じゃ無いぜ。天候の変化っていうのも、重要なシミュレーション要素だからな」
「わたしはここに来てからは初めての体験ですねー」
淡く輝くポリゴン片が機体を形作る。それの実体化が終わると、NPCが慌ただしく動き始めた。
それを横目に見ながら私は視界の隅に光るアイコンを触り、1通のメールを開いた。
差出人はマリー、本文は実にシンプルだった。
【ログインしたらすぐに無線を】
その言葉に従って私は外部電源の接続された機体に掛かったハシゴを登り、機内の無線機のスイッチを入れた。
周波数をいつも彼女との通信に使う所に合わせ、呼び掛ける。
「こちらフィオナ、マリーさ……」
そう問い掛けようとした私の声を遮って、彼女の叫びが響いた。
『各艦、陣形を広げなさい! 波に足を取られるわよ! あ、フィオナちゃんナイスタイミング!』
その第一声を聞いてすぐにジャックとナオは各自のコクピット内に飛び込み、耳を傾け始める。
『まっずい事になったわよ、敵が海路で進撃してきたの。こないだのメンバーをかき集めてアステリオスを防衛しているけど、状況が悪すぎるの。こっちは天気のせいで艦載機が発進出来ないのよ』
「マリー、今のそっちの位置と戦力を送ってくれ」
『今、やって……きゃあ! 被弾!? ダメコン急いで!』
「おいおいおい、マジかよ」
「これ、結構マズいんじゃ……」
無線の背後ではノイズのような風切り音と爆発音、発砲音が轟いていた。かなり切迫した状況のようだ。対応が急がれる。
「マリーさん、すぐに向かいます。それまで何とか頑張って下さい! 2人共、兵装交換急いで!」
「何持ってくよ?」
「Rbs15Fとマーベリック。BO2Dも忘れないで!」
「「了解!」」
更に慌ただしくなるハンガー内。指示を出すのと同時に、私はコクピットに潜り込んでエンジン始動手順を進める。
「ベル、あなたはそのまま空対空兵装でいいわ。すぐに上がって!」
【Roger.】
コンコンとキャノピーを叩く音が聞こえると、外では整備兵が親指を立てる仕草をしていた。私がそれに同じジェスチャーを返すと、急いで梯子が取り外される。
ハンガーの外に居たベルはすぐにエンジンを始動させ、タキシングを開始した。同じく始動が完了した私も、即座にハンガーから機体を出し始める。
「先に上がるわよ。ウェイポイントを設定している暇はないから、細かい事は飛びながらで!」
そう2人へ言い残し、私は空へと飛び立った。